駝鳥音頭なる珍妙な踊りを流行らせようとした男を憶えておいでだろうか。 おなじ街に暮らし共通の友人も多く、 前衛芸術運動のフルクサスと関わりがあり、 互いの公演を客として訪れたりもしていて、 やっている仕事もフィードバック轟音のみの二枚組を出したりと昔から似ており、 僕が極めて個人的なことを書いた 「母」 と 「嫉妬男」 の二曲を持ち唄にされたばかりか、 KやYと競演までしているのに僕自身は面識がないまま、 その太極拳愛好家は肝臓移植の合併症で死んだ。 もう十数年も前だ。 あのときは街中の市民がリンカーン・センターに集まって親しい友人を亡くしたみたいに悼んだもので、 そんなことがあるたびに僕のことはみんな憶えていてくれるんだろうかと不安になる。 そいつがウォーホルのお抱えバンドにいたときMが、 あたかも画家自身の演奏作品であるかのようなバナナのステッカーがついた音盤を、 NEMSの共同経営をしているBEの弟に頼んで取り寄せてもらって、 是非とも契約すべきだとBEをしつこく口説いたのを思い出す。 架空の楽団を演じた音盤を僕らが出す二ヶ月前、 BEがあんなことになる五ヶ月前だ。
Mがいうには僕らの作品とバナナは一九六七年という硬貨の表裏なのだそうだ。 Pが主導権を握った音盤は世界中で大絶賛されたけれど、 ヒトラーとガンジーを装幀に出す案を却下されたせいか僕自身はいまひとつ気に入らず、 金字塔なんて呼びながらもMもどこか納得いかぬ顔をして、 その前の二枚が最高傑作との持論は揺るがぬようだった。 かつてSやKとつるんでいた僕は、 売上面じゃPとタッグを組んでだれよりも表 (もっともポップなトップのてっぺん) を目指しながらも、 芸術面じゃどこか裏側を志していた。 僕とタメを張るほどひねくれ者の毒舌家で知られたその男は、 Mによれば逆に地下芸術を気どりながらも売れたがっていて、 ザ・Bが軽薄な流行に過ぎなかった時代には、 みんなあいつらの価値がわかっちゃいない、 解散は社会の損失だと嘆いてみせた癖に、 商売上手なYの戦略のおかげで僕らがある種の権威と見なされるようになると、 一度だってあんな屑に関心を持ったことはないねと掌を返したと聞く。 Mの説では僕とそいつとの共通点、 それに僕とPとの相違点は、 シュトックハウゼンやジョン・ケージのような音楽をポップに昇華できたか否かだという。 世間から保守的な商業主義と評されるPのほうがむしろ前衛に留まりがちで、 「革命その九」 とお蔵入りにした 「光の祭典」 とを較べればその傾向は歴然だというのだ。 僕との仲が悪化していた最後の二年間、 世評ではボロクソだった前者をMはとても買っていて、 「革命その一」 と分断されたのを残念がりながらも、 これはこれで物語性が感じられていいとか、 構成がしっかりしてるから飽きずに何度でも聴けるなどといっていた。 もっともあいつはオーネット・コールマンを伝統的なブルースと評していたから当てにならない。
Mが僕の鏡像と呼んだ男が評価した唯一の曲にPは参加していない。 一九六六年六月下旬、 収録や調整をひと通り終えて、 あとは原盤が上がるのを待つばかりと思いきや、 尺がちょうど一曲分足りないのに僕らは気づいた。 発売日はすぐそこだし海外公演の日程も迫っていた。 シングル盤では 「ストロベリーフィールズよ永遠に/ペニーレイン」 と並んでMいちばんのお気に入りとなった 「三文作家/雨」 の二曲でかさ増しはできたけれど、 乏しい小遣いで僕らの新作を楽しみにしてくれる子どもたちを落胆させたくない。 それで僕は一曲に三日以上かける完璧主義者のPが、 何か些細なことで僕とGにぶち切れて出て行った夜、 いいからとっととやっちまおうぜ、 と宣言して兄貴分に逆らえぬGにバーンズのベースを押しつけ、 大根役者の失言から着想した書きかけの曲に、 飽きて投げ出した別の歌詞を継ぎ足すのを手伝ってもらって、 収録から調整まで含めてたった九時間でやっつけた。 Pならそんな荒技を許さなかったに決まっているし、 付き合わされるGとRにとっちゃたまったもんじゃなかったろう。 でもそのふたりに僕が難癖をつけると意地になって庇うMが、 Pとはどれだけ熾烈にやり合おうと、 あんたらの仲に口は出さないよ、 終わったら教えてくれとばかりに傍観するのだから、 あいつにも責任の一端はあったはずだ。
一端どころか万事が予定された絵に収めるための工作だった。 ザ・Bが愛と平和と自由を歌いつづけることで未来の物語 (その言葉をあいつの口以外から聞いたのはここ数年が初めてだ) が変わるのだと、 のちにあいつは白状することになる。 出逢いから別れの日まで、 煽ったり宥めたり激賞したり急に醒めてみせたりして、 Mは僕らを操りつづけた。 日本公演に強硬に反対したのだって本心からか疑わしい。 肖像権の訴訟に巻き込まれて三万枚しか売れなかったバナナを、 どこで知ったか熱心に僕らへ売り込もうとしたのと同様に、 海の向こうのつむじ曲がりにも偏見を改めるべく仕向けた節さえある。 伝え聞いた話だと駝鳥男にも相棒がいて、 Pシンパの録音技師ジェフEが雑な急ごしらえと腐した 「あの子はいったあの子はいった」 をふたりで耳にするなり、 おっ、 となって思わず互いに顔を見合わせたという。 その相棒は偶然にも僕とおなじ名前というから、 なるほど確かに硬貨の表裏ではあったのだろう。 念仏のように呟き歌うことで知られたこの鏡像氏、 だれの耳にも影響は明らかなのにディランのことも糞味噌に貶したらしい。 片や記録映画の撮影に呼ばれるまでの僕は追随者そのもので、 レイバンや水玉シャツまで真似てMにからかわれたほどだった。 ところが市中をまわってメイフェアホテルへ向かう半時間ほどの車中、 こっちは高尚な文学論を期待したのに、 憧れの偶像は支離滅裂な戯言を喋り倒すばかり。 挙げ句に気分が悪いといいだして宿の便所で僕に背中をさすらせる始末で、 すっかり幻滅させられた。
Kに頼んだ装画が仕上がったのもこの頃だ。 BEの事務机に広げられた作品に僕らは言葉を喪った。 ビアズリーっぽい線画でラシュモア山のごとく僕ら四人の顔が並び、 ヒエロニムス・ボスを連想させる小さな悪戯小僧の僕らがひしめいて、 それ自体が生き物であるかのような奇怪な髪と戯れる。 口火を切ったのはPだ。 パンツを降ろして便器に腰かけた自分を指さして冗談だろ? といったのだ。 受けた衝撃の大きさは僕もおなじだった。 没を覚悟して身をこわばらせるKの横で、 Mが熱病に浮かされたかのように猛然と褒めちぎりはじめた。 『明日は知れない』 が完成したときとまるでおなじ態度だ。 BEもまた競うかのように涙まで浮かべて絶賛した。 先進的な音楽が世間に受け入れられるか不安だったけれど、 きみの装画がきっと架け橋になってくれるよ……と。 なるほど両者のいうように、 それはまさに僕らの写真の切り抜きを蒐集する子どもたちを、 そのまま超現実主義や前衛の高みへと導いてくれそうな絵だった。 のちに加えられた文字は最小限で、 グループ名も背と裏にしかなく、 表にはグロテスク九番なる書体で題名があるきり。 排便風景を含むいくつかは穏当な写真に差し替えられたものの、 そんな装幀はいまだかつて世界中のだれも 「知れない」 だった。
それは音盤の内容をよく表していた。 聖地スタックスでの録音計画が実現していたら、 きっとこんな創意工夫はできず、 僕らは紛い物ソウルの坊やたちで終わっていたはずだ。 初期衝動のまま一発録りした第一作冒頭のカウントとは対照的に、 皮肉っぽい声で呟くようにGが四つ数えて、 稼いだ金を戦闘爆撃機F一一一に巻き上げられることへの恨み言が歌われる (Mに煽られたGは発憤して三曲も書き、 存在感を示した)。 孤独と死についての寓話、 惰眠を貪る快楽、 非西洋音楽、 空想的な童謡、 覚醒剤を処方する医師と、 それまでだれもロックンロールで耳にするとは想像もしなかった奇怪な題材が次々に繰り出される。 最新機材とジェフEの実験が僕らの脳内の音を鮮やかに具現化し、 GMの楽譜による弦楽器や金管楽器、 テープの切り貼りやら逆回転やらが過去と未来を結びつける。 僕らを幼稚な子ども騙しと侮っていたディランは、 どうだ参ったかと得意満面のPを前に、 きみらはもうカワユイ坊やでいたくないんだね……なんて小莫迦にしたそうだし、 妹分アイドルのシラBに至っては、 一聴するなり僕らがふざけていると決めつけて噴き出した。 客を取り残そうが知ったことか。 僕らは過去に留まりたくなかった。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)
- Flying(5)
- Setting Sun(1)
- Setting Sun(2)
- Setting Sun(3)
- Setting Sun(4)
- Setting Sun(5)
- Isn’t It A Pity(1)
- Isn’t It A Pity(2)
- Isn’t It A Pity(3)
- Isn’t It A Pity(4)
- Isn’t It A Pity(5)

@ezdog ヴェルヴェッツとビートルズが硬貨の表裏だというのはなるほど!と。当時の音楽の何がすごかったのかあまりよく分かっていなかった私ですが、ストンと納得しました。こんなふうに解説してもらえると分かって面白い。
アルバムジャケットでも音作りでもビートルズが当時どれだけ最先端のことをしていたのかよく分かって、理解されないかもしれなくても恐れず新しい表現をしたJ達の気持ちの熱さや強さが胸に響きました。ルー・リードだってディランだってきっとそうだった。新しい音楽の世界を切り開いてきた彼らの背中をまぶしく思います。
でもディランは今回Jに介抱されててちょっと情けないけど、それもディランのにくめないところ。そしてMがBの奴らに干渉してきた理由も明かされる……。未来の平和のためにMに頑張ってほしいです!