CLOUD 9

連載第63回: Setting Sun(1)

アバター画像杜 昌彦, 2025年12月24日
Fediverse Reactions

駝鳥音頭なる珍妙な踊りを流行らせようとした男を憶えておいでだろうかおなじ街に暮らし共通の友人も多く前衛芸術運動のフルクサスと関わりがあり互いの公演を客として訪れたりもしていてやっている仕事もフィードバック轟音のみの二枚組を出したりと昔から似ており僕が極めて個人的なことを書いた嫉妬男の二曲を持ち唄にされたばかりかKやYと競演までしているのに僕自身は面識がないままその太極拳愛好家は肝臓移植の合併症で死んだもう十数年も前だあのときは街中の市民がリンカーン・センターに集まって親しい友人を亡くしたみたいに悼んだものでそんなことがあるたびに僕のことはみんな憶えていてくれるんだろうかと不安になるそいつがウォーホルのお抱えバンドにいたときMがあたかも画家自身の演奏作品であるかのようなバナナのステッカーがついた音盤をNEMSの共同経営をしているBEの弟に頼んで取り寄せてもらって是非とも契約すべきだとBEをしつこく口説いたのを思い出す架空の楽団を演じた音盤を僕らが出す二ヶ月前BEがあんなことになる五ヶ月前だ
 Mがいうには僕らの作品とバナナは一九六七年という硬貨の表裏なのだそうだPが主導権を握った音盤は世界中で大絶賛されたけれどヒトラーとガンジーを装幀に出す案を却下されたせいか僕自身はいまひとつ気に入らず金字塔マスターピースなんて呼びながらもMもどこか納得いかぬ顔をしてその前の二枚が最高傑作との持論は揺るがぬようだったかつてSやKとつるんでいた僕は売上面じゃPとタッグを組んでだれよりも表もっともポップなトップのてっぺんを目指しながらも芸術面じゃどこか裏側を志していた僕とタメを張るほどひねくれ者の毒舌家で知られたその男はMによれば逆に地下芸術を気どりながらも売れたがっていてザ・Bが軽薄な流行に過ぎなかった時代にはみんなあいつらの価値がわかっちゃいない解散は社会の損失だと嘆いてみせた癖に商売上手なYの戦略のおかげで僕らがある種の権威と見なされるようになると一度だってあんな屑に関心を持ったことはないねと掌を返したと聞くMの説では僕とそいつとの共通点それに僕とPとの相違点はシュトックハウゼンやジョン・ケージのような音楽をポップに昇華できたか否かだという世間から保守的な商業主義と評されるPのほうがむしろ前衛に留まりがちで、 「革命その九とお蔵入りにした光の祭典とを較べればその傾向は歴然だというのだ僕との仲が悪化していた最後の二年間世評ではボロクソだった前者をMはとても買っていて、 「革命その一と分断されたのを残念がりながらもこれはこれで物語性が感じられていいとか構成がしっかりしてるから飽きずに何度でも聴けるなどといっていたもっともあいつはオーネット・コールマンを伝統的なブルースと評していたから当てにならない
 Mが僕の鏡像と呼んだ男が評価した唯一の曲にPは参加していない一九六六年六月下旬収録や調整をひと通り終えてあとは原盤が上がるのを待つばかりと思いきや尺がちょうど一曲分足りないのに僕らは気づいた発売日はすぐそこだし海外公演の日程も迫っていたシングル盤ではストロベリーフィールズよ永遠に/ペニーレインと並んでMいちばんのお気に入りとなった三文作家/雨の二曲でかさ増しはできたけれど乏しい小遣いで僕らの新作を楽しみにしてくれる子どもたちを落胆させたくないそれで僕は一曲に三日以上かける完璧主義者のPが何か些細なことで僕とGにぶち切れて出て行った夜いいからとっととやっちまおうぜと宣言して兄貴分に逆らえぬGにバーンズのベースを押しつけ大根役者の失言から着想した書きかけの曲に飽きて投げ出した別の歌詞を継ぎ足すのを手伝ってもらって収録から調整まで含めてたった時間でやっつけたPならそんな荒技を許さなかったに決まっているし付き合わされるGとRにとっちゃたまったもんじゃなかったろうでもそのふたりに僕が難癖をつけると意地になって庇うMがPとはどれだけ熾烈にやり合おうとあんたらの仲に口は出さないよ終わったら教えてくれとばかりに傍観するのだからあいつにも責任の一端はあったはずだ
 一端どころか万事が予定された絵に収めるための工作だったザ・Bが愛と平和と自由を歌いつづけることで未来の物語ナラティブその言葉をあいつの口以外から聞いたのはここ数年が初めてだが変わるのだとのちにあいつは白状することになる出逢いから別れの日まで煽ったり宥めたり激賞したり急に醒めてみせたりしてMは僕らを操りつづけた日本公演に強硬に反対したのだって本心からか疑わしい肖像権の訴訟に巻き込まれて三万枚しか売れなかったバナナをどこで知ったか熱心に僕らへ売り込もうとしたのと同様に海の向こうのつむじ曲がりにも偏見を改めるべく仕向けた節さえある伝え聞いた話だと駝鳥男にも相棒がいてPシンパの録音技師ジェフEが雑な急ごしらえと腐したあの子はいったあの子はいったをふたりで耳にするなりおっとなって思わず互いに顔を見合わせたというその相棒は偶然にも僕とおなじ名前というからなるほど確かに硬貨の表裏ではあったのだろう念仏のように呟き歌うことで知られたこの鏡像氏だれの耳にも影響は明らかなのにディランのことも糞味噌に貶したらしい片や記録映画の撮影に呼ばれるまでの僕は追随者そのものでレイバンや水玉シャツまで真似てMにからかわれたほどだったところが市中をまわってメイフェアホテルへ向かう半時間ほどの車中こっちは高尚な文学論を期待したのに憧れの偶像は支離滅裂な戯言を喋り倒すばかり挙げ句に気分が悪いといいだして宿の便所で僕に背中をさすらせる始末ですっかり幻滅させられた
 Kに頼んだ装画が仕上がったのもこの頃だBEの事務机に広げられた作品に僕らは言葉を喪ったビアズリーっぽい線画でラシュモア山のごとく僕ら四人の顔が並びヒエロニムス・ボスを連想させる小さな悪戯小僧の僕らがひしめいてそれ自体が生き物であるかのような奇怪な髪と戯れる口火を切ったのはPだパンツを降ろして便器に腰かけた自分を指さして冗談だろ? といったのだ受けた衝撃の大きさは僕もおなじだった没を覚悟して身をこわばらせるKの横でMが熱病に浮かされたかのように猛然と褒めちぎりはじめた。 『明日は知れないトゥモロウ・ネヴァ・ノウズが完成したときとまるでおなじ態度だBEもまた競うかのように涙まで浮かべて絶賛した先進的な音楽が世間に受け入れられるか不安だったけれどきみの装画がきっと架け橋になってくれるよ……となるほど両者のいうようにそれはまさに僕らの写真の切り抜きを蒐集する子どもたちをそのまま超現実主義や前衛の高みへと導いてくれそうな絵だったのちに加えられた文字は最小限でグループ名も背と裏にしかなく表にはグロテスク番なる書体で題名があるきり排便風景を含むいくつかは穏当な写真に差し替えられたもののそんな装幀はいまだかつて世界中のだれも知れないネヴァ・ノウズだった
 それは音盤の内容をよく表していた聖地スタックスでの録音計画が実現していたらきっとこんな創意工夫はできず僕らは紛い物プラスティックソウルの坊やたちで終わっていたはずだ初期衝動のまま一発録りした第一作冒頭のカウントとは対照的に皮肉っぽい声で呟くようにGが四つ数えて稼いだ金を戦闘爆撃機F一一一に巻き上げられることへの恨み言が歌われるMに煽られたGは発憤して三曲も書き存在感を示した)。 孤独と死についての寓話惰眠を貪る快楽非西洋音楽空想的な童謡覚醒剤を処方する医師とそれまでだれもロックンロールで耳にするとは想像もしなかった奇怪な題材が次々に繰り出される最新機材とジェフEの実験が僕らの脳内の音を鮮やかに具現化しGMの楽譜による弦楽器や金管楽器テープの切り貼りやら逆回転やらが過去と未来を結びつける僕らを幼稚な子ども騙しと侮っていたディランはどうだ参ったかと得意満面のPを前にきみらはもうカワユイ坊やでいたくないんだね……なんて小莫迦にしたそうだし妹分アイドルのシラBに至っては一聴するなり僕らがふざけていると決めつけて噴き出した客を取り残そうが知ったことか僕らは過去に留まりたくなかった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Setting Sun(1)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog ヴェルヴェッツとビートルズが硬貨の表裏だというのはなるほど!と。当時の音楽の何がすごかったのかあまりよく分かっていなかった私ですが、ストンと納得しました。こんなふうに解説してもらえると分かって面白い。

    アルバムジャケットでも音作りでもビートルズが当時どれだけ最先端のことをしていたのかよく分かって、理解されないかもしれなくても恐れず新しい表現をしたJ達の気持ちの熱さや強さが胸に響きました。ルー・リードだってディランだってきっとそうだった。新しい音楽の世界を切り開いてきた彼らの背中をまぶしく思います。

    でもディランは今回Jに介抱されててちょっと情けないけど、それもディランのにくめないところ。そしてMがBの奴らに干渉してきた理由も明かされる……。未来の平和のためにMに頑張ってほしいです!