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連載第45回: Anywhere I Lay My Head(3)

アバター画像杜 昌彦, 2025年8月20日
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Rの百人力を得て本来のあるべきザ・Bに戻った僕らはメルボルンでいくつかの公演を順調にこなしたBEや警官と相談したり関係者に指示したりするMを見て安心したまたしても僕らを置いてどこかへ消えるのではと思ったのだところがEMIが開いてくれた歓迎会で僕は怒りのあまり正気を喪った和やかな歓談は豪州版の装幀を勝手に変えられたのを報されるまでだった二作目の装幀は半分が光に浮かび上がりもう半分が闇に沈むあの懐かしい手法で撮られているそれがこの国ではまるで子どもが雑誌の切り抜きでこさえたかのような雑な代物にすげ替えられていた大切な想い出を踏みにじられたことを僕は口汚く責めなじった常軌を逸した激昂にPとRそれに付き人ふたりは狼狽していたけれどGとMが肯くのを視界の隅に捉えた僕は一歩も退かなかった重役たちは組合の規則が……云々としどろもどろに弁解した知ったことかと僕は吐き棄てたBEが場を取り繕おうとしたけれど散々な空気はどうにもならずお開きとなった
 その罰があれなら三人の仲間を巻き添えにしたことになるシドニーへ引き返した僕らは英国のよりずっと硬いジェリベイビーズを雨あられと浴びるはめになった観客はいったいどこにあんな大量の弾薬を隠し持っていたのか役立たずと僕らに責められてMが弁解したところによると暗殺者や狂人ならまだしも競技場を埋め尽くす少女たちを制圧するには一個分隊が必要だというPは二度も公演を中断しお願いだからやめてくれ目にぶつかったら失明しちまうと観客に訴えたMお得意の日本ではによれば伝統芸能の狂言に押すなよなる演目があるというお決まりの登場人物である太郎冠者が熱すぎる風呂を前にしてその台詞を発するすると仲間の次郎冠者と三郎冠者が合点承知とばかりに突き飛ばすそのわかりきった展開で日本人は大笑いするのだそうだ日本の伝統芸能など知るべくもない観客は果たしてわあっと歓声をあげ期待に応えんとしてさらなる菓子を降らせた九〇年代に渋谷のゲームセンターで次男と光る床を踏む勝負をしたとき父ちゃんなんでそんなに巧いのと驚かれたけれどPとGも四〇代までならきっとおなじことをやれたはずだあらゆる方向から飛んでくる銃弾を左右にかわしたり身を屈めたりとても演奏どころではないドラムセットのRに逃げ場はなくバーミヤン渓谷の石仏さながらに集中砲火を浴びた両眼に異物を挿入することに慣れるべく努めていた僕にとってPの懇願は決して大袈裟ではなかった舞台はたちまち鮮やかに彩られ恥辱で崩れ落ちるだけの仏性を持ち合わせぬ僕らの顔や手も負けじと鮮やかに腫れ上がった
 その夜のパーティはあたかも反動のように盛り上がった僕とGは新入生に絡む上級生みたいにRの肩に手をまわしたり背中を叩いたりしたRは入院中の苦しみを顔芸で再現しておどけてみせたPはミラー日報紙のザ・Bの誕生会にお呼ばれしたいッ! コンテストなる読者企画の優勝者である一七名の美人に囲まれ相好を崩したなんで毎年あいつの誕生日ばかりこんな催しがあるんだと僕はぼやきまぁそういわず僕の誕生日も祝ってくれよとMが笑っただいたいおまえ路上育ちの孤児だろなんで自分の生まれた日を知ってんだよまぁその話はいずれ……それより次はもっといいものをぶつけられるかもよとMは話題を逸らした札束とか宝石とか? とGが眉を蠢かせそうそう前みたいにじゃらじゃら鳴らすだけじゃなくてね……とMが調子を合わせたおいおいそれこそ失明しちまうよなんて苦笑してはみたものの千里眼の持主にそう告げられてはつい期待する僕とMとG付き人のふたりは次に投げ込まれるいいものについて冗談をいい合った病み上がりのRはひさしぶりの酒が急速にまわりBEに肩を担がれて早々に部屋へ引き上げたMの予言は二日後に成就した爆発音めいたハウリングにRはドラムセットから腰を浮かせGはギターを手にしたまま駆け寄りPは狼狽して後ずさったそれまでと異なる悲鳴で騒然となり公演は一時中断せざるを得なかった実際にぶつけられたのは腐った卵だったMが猛然と飛び出してきて僕を床へ突き倒し覆い被さってくれたおかげで臭い汁は浴びずに済んだけれどリッケンバッカーが危なくお釈迦になるところだったし腕や胸骨を骨折しかねなかったので感謝する気にはなれなかったすまん手榴弾かと思ったんだ……とMは僕の耳元で弁解したその声はあいつらしくなく慄えていて僕の罵声は行き場を喪った
 空港で一万人に見送られてオークランドへ飛び七千人に迎えられた民族衣装のマオリ娘たちに笑顔で鼻をすり合わせる伝統的な挨拶を受けた僕はMに無言のニヤニヤ笑いで冷やかされた押し寄せる三千人をかわすため酒屋を通って聖ジョージホテルに入ったノースアイランド市民会館ではRの持ち歌を演目に戻したかれの喉が治ったのはよかったけれど当時の水準からいってもお粗末なPAで収容人数が二桁違うモナBの店とすら大差なかったのには閉口したこの地の歓待ぶりはそれだけに留まらなかった地元警察はおまえらになど来てほしくなかったと公言しそのような待遇は王室や国賓に限られるとして僕らの護送を拒否した五千人の暴徒に割り当てられたのはわずか数名連中に組合があるのか知らないけれど殉職を命じられたも同然のこの数名こそ気の毒だった僕らの車列は帝大陸ホテルから三〇フィートで暴徒に阻まれ立ち往生したキャデラックには凄まじい形相でわめき叫ぶ少女たちがひしめいて張りつき両の掌で窓をぶち割ろうとした内側からどう見えているか想像もしないようだ付き人ふたりとMは特攻隊よろしく肩で扉を押し開けて表へ飛び出し大切なファンを怪我させまいとする配慮すら忘れて無数に伸びてくる手をかき分け振り払いながら僕らのキャデラックを車庫まで一台ずつ懸命に押していった二〇分かけてようやく車が入ったその隙に乗じて二百人がもろとも雪崩れ込もうとした車を脱出した僕らは暴徒に押されて床に叩きつけられ引っ掻かれたり髪をごっそりむしられたりしたちょっと肉もついていた)。 僕に馬乗りになった女をMは大根でも引き抜くように力尽くで排除した無事だったとは思えないけれど同情する余裕はない付き人ふたりとMは死にもの狂いで暴徒を喰い留めながらここは任せて先に行けと口々に殊勝に叫んだもとより我が身が大事だ命からがら宿へ避難した四年後にジョージ・A・ロメロの映画を観たとき僕らの経験をどうやって知ったのだろうと思ったものだ
 ダニーデンでも同様の暴動がくり返された地元警察がわずか数名の派遣に固執する理由が謎だったそれで何千人もの暴徒を制圧できると考えていたとしたらお笑い種だけれどいくらなんでもそんなはずはない僕らを子どもたちをたぶらかす英国の笛吹きのように考えていたにせよかれらの家族かもしれぬ少女たちや気の毒な巡査数名が危険に晒されたことを思えば筋が通らないいずれにせよ地元権力者らに軽んじられたのは確かで八千人に無蓋トラックから愛想よく手を振ったブリズベーンではお返しにまたしても腐ったトマトや卵木片なんかをぶつけられたMは僕らの楯になろうとして全身に汚物を浴び周囲の客に嫌悪されつつどうにかひとりは捕まえたものの別方向からの攻撃に気をとられて逃げられた殻や木片混じりの赤い粘液を滴らせたMの姿に本当に爆弾だったときの想像を重ねた僕は恐怖のあまり指さして痙攣するようにうわずった声で笑ったその心理を理解できない三人の仲間は口に出す勇気はないまでも咎めるように眉をひそめていたけれど戦場や路上で飢えに苦しんだ経験のある当のMは恩知らずな僕の態度などまるで気にかけず喰い物を粗末にするなんてとむしろそちらに憤慨しきりだった
 あとの三人はどうか知らないけれど僕はMをハンブルク時代からずっとつるんできた暢気なお人好しと思っていたかったこの頃にはどうもそんなに単純な男ではないらしいと認めざるを得なくなった世界公演の少し前からマルEは僕らに群がる少女たちの毒味係を担っていたかれには揉めごとを招かぬ相手を選別する優れた嗅覚があった自分と寝たら逢わせてやってもいいと臭わせそのような要求を喜んで受け入れる子だけを僕らにまわした塀の上を渡るかのような共犯関係がマルEと僕らとの結びつきを強めた現代なら大炎上ものだけれど当時はそれが妥当な取引と考えられていたし彼女らだって僕らを人間とは見なしていなかったのだ代わりにマルEは必ず捕食対象者との約束を守り僕らもその協定を破らなかったそれがうまく切り抜けるコツだったところがそうした機微を理解しない男もいた世界公演には前座のグループを連れて行ったのだけれどそこのドラマーが僕らの悪事を中途半端に真似ようとしたファンクラブ会報で有名になっていたマルEをダシにして現地の美人母娘に近づき母親のほうを信用させてふたりが楽しくお茶で盛り上がる隙にザ・Bに会わせてやると騙して娘のほうをこっそり連れ出しマルEの部屋で輪姦に及ぼうとしたのだ僕らは別の場所で女の子たちと盛り上がっていたのでここから語ることは伝聞を継ぎ接ぎした憶測でしかない叫び声や烈しい物音を聞きつけたMが様子を見に行った時点でその部屋に何人いたかは不明だ厄介には関わらぬ主義のNが隣室が急に静かになったので廊下へ顔を出すと茫然自失した少女をMが連れ出すところだった円盤評で僕らに信頼されて元少佐の後任になった広報担当デレクTはことによると揉み消しに動かねばと考え意を決して部屋に踏み込んだ寝床が乱れていたほかに直前までだれかがいた形跡はなかった翌日の公演直前になっても前座のドラマーは姿を見せなかった真っ赤になって苛立つBEや動揺するデレクTにあいつは来ないよとMは告げたかれらとの噛み合わない口論ののちMは溜息をつき五分ほど待っていてくれといい残して部屋を出て行った戻ってきたあいつはそのドラマーを連れていたBEによればドラマーは五体満足に見えたものの何を話しかけても返事が要領を得ずまるでよく似た別人みたいだったそうだ実際そのドラマーは僕らの眼にもその夜を境にひとが変わったかに見えた振り返れば当時の僕らはそいつが辿った運命と紙一重のところにいたのだそして遥か五八一一マイル離れた日本ではまさにその同時期Yが男性の観客に鋏を与えて自らの服を切り刻ませ力の非対称性を可視化するあの有名なパフォーマンスを初演していた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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“Anywhere I Lay My Head(3)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog そりゃJが怒るのも当然だよな。そしてもはやただの暴徒のファンが恐ろしいのに、ダチョウ倶楽部のネタに和む。Jを庇ったMの震えた声に彼の過去を思って胸が痛くなった。いいシーン。

    マルEとBのやつらの加害は当時としては仕方なかっただろうし、ちゃんと約束を守っているのは彼ららしいと思った。そんな中でとんでもなく酷い加害を働いたドラマーにきっちりふさわしい罰を与えてくれたMはやっぱり筋の通った人物だなぁ。