Rの百人力を得て本来のあるべきザ・Bに戻った僕らは、 メルボルンでいくつかの公演を順調にこなした。 BEや警官と相談したり関係者に指示したりするMを見て安心した。 またしても僕らを置いてどこかへ消えるのではと思ったのだ。 ところがEMIが開いてくれた歓迎会で僕は怒りのあまり正気を喪った。 和やかな歓談は豪州版の装幀を勝手に変えられたのを報されるまでだった。 二作目の装幀は半分が光に浮かび上がり、 もう半分が闇に沈むあの懐かしい手法で撮られている。 それがこの国では、 まるで子どもが雑誌の切り抜きでこさえたかのような雑な代物にすげ替えられていた。 大切な想い出を踏みにじられたことを僕は口汚く責めなじった。 常軌を逸した激昂にPとR、 それに付き人ふたりは狼狽していたけれど、 GとMが肯くのを視界の隅に捉えた僕は一歩も退かなかった。 重役たちは組合の規則が……云々としどろもどろに弁解した。 知ったことかと僕は吐き棄てた。 BEが場を取り繕おうとしたけれど散々な空気はどうにもならずお開きとなった。
その罰があれなら三人の仲間を巻き添えにしたことになる。 シドニーへ引き返した僕らは英国のよりずっと硬いジェリベイビーズを雨あられと浴びるはめになった。 観客はいったいどこにあんな大量の弾薬を隠し持っていたのか。 役立たずと僕らに責められてMが弁解したところによると、 暗殺者や狂人ならまだしも、 競技場を埋め尽くす少女たちを制圧するには一個分隊が必要だという。 Pは二度も公演を中断し、 お願いだからやめてくれ、 目にぶつかったら失明しちまうと観客に訴えた。 Mお得意の 「日本では」 によれば、 伝統芸能の狂言に 「押すなよ」 なる演目があるという。 お決まりの登場人物である太郎冠者が、 熱すぎる風呂を前にしてその台詞を発する。 すると仲間の次郎冠者と三郎冠者が、 合点承知とばかりに突き飛ばす。 そのわかりきった展開で日本人は大笑いするのだそうだ。 日本の伝統芸能など知るべくもない観客は、 果たしてわあっと歓声をあげ、 期待に応えんとしてさらなる菓子を降らせた。 九〇年代に渋谷のゲームセンターで次男と光る床を踏む勝負をしたとき、 父ちゃんなんでそんなに巧いのと驚かれたけれど、 PとGも四〇代までならきっとおなじことをやれたはずだ。 あらゆる方向から飛んでくる銃弾を、 左右にかわしたり身を屈めたり、 とても演奏どころではない。 ドラムセットのRに逃げ場はなく、 バーミヤン渓谷の石仏さながらに集中砲火を浴びた。 両眼に異物を挿入することに慣れるべく努めていた僕にとって、 Pの懇願は決して大袈裟ではなかった。 舞台はたちまち鮮やかに彩られ、 恥辱で崩れ落ちるだけの仏性を持ち合わせぬ僕らの顔や手も、 負けじと鮮やかに腫れ上がった。
その夜のパーティはあたかも反動のように盛り上がった。 僕とGは新入生に絡む上級生みたいにRの肩に手をまわしたり背中を叩いたりした。 Rは入院中の苦しみを顔芸で再現しておどけてみせた。 Pは 『ミラー日報』 紙の 「ザ・Bの誕生会にお呼ばれしたいッ! コンテスト」 なる読者企画の優勝者である一七名の美人に囲まれ、 相好を崩した。 なんで毎年あいつの誕生日ばかりこんな催しがあるんだと僕はぼやき、 まぁそういわず僕の誕生日も祝ってくれよとMが笑った。 だいたいおまえ路上育ちの孤児だろ、 なんで自分の生まれた日を知ってんだよ。 まぁその話はいずれ……それより次はもっといいものをぶつけられるかもよとMは話題を逸らした。 札束とか宝石とか? とGが眉を蠢かせ、 そうそう前みたいにじゃらじゃら鳴らすだけじゃなくてね……とMが調子を合わせた。 おいおいそれこそ失明しちまうよ、 なんて苦笑してはみたものの、 千里眼の持主にそう告げられてはつい期待する。 僕とMとG、 付き人のふたりは次に投げ込まれる 「いいもの」 について冗談をいい合った。 病み上がりのRはひさしぶりの酒が急速にまわり、 BEに肩を担がれて早々に部屋へ引き上げた。 Mの予言は二日後に成就した。 爆発音めいたハウリングにRはドラムセットから腰を浮かせ、 Gはギターを手にしたまま駆け寄り、 Pは狼狽して後ずさった。 それまでと異なる悲鳴で騒然となり、 公演は一時中断せざるを得なかった。 実際にぶつけられたのは腐った卵だった。 Mが猛然と飛び出してきて僕を床へ突き倒し、 覆い被さってくれたおかげで臭い汁は浴びずに済んだけれど、 リッケンバッカーが危なくお釈迦になるところだったし、 腕や胸骨を骨折しかねなかったので感謝する気にはなれなかった。 すまん、 手榴弾かと思ったんだ……とMは僕の耳元で弁解した。 その声はあいつらしくなく慄えていて、 僕の罵声は行き場を喪った。
空港で一万人に見送られてオークランドへ飛び、 七千人に迎えられた。 民族衣装のマオリ娘たちに、 笑顔で鼻をすり合わせる伝統的な挨拶を受けた僕は、 Mに無言のニヤニヤ笑いで冷やかされた。 押し寄せる三千人をかわすため酒屋を通って聖ジョージホテルに入った。 ノースアイランド市民会館ではRの持ち歌を演目に戻した。 かれの喉が治ったのはよかったけれど、 当時の水準からいってもお粗末なPAで、 収容人数が二桁違うモナBの店とすら大差なかったのには閉口した。 この地の歓待ぶりはそれだけに留まらなかった。 地元警察はおまえらになど来てほしくなかったと公言し、 そのような待遇は王室や国賓に限られるとして、 僕らの護送を拒否した。 五千人の暴徒に割り当てられたのはわずか数名。 連中に組合があるのか知らないけれど、 殉職を命じられたも同然のこの数名こそ気の毒だった。 僕らの車列は帝大陸ホテルから三〇フィートで暴徒に阻まれ立ち往生した。 キャデラックには凄まじい形相でわめき叫ぶ少女たちがひしめいて張りつき、 両の掌で窓をぶち割ろうとした。 内側からどう見えているか想像もしないようだ。 付き人ふたりとMは、 特攻隊よろしく肩で扉を押し開けて表へ飛び出し、 大切なファンを怪我させまいとする配慮すら忘れて、 無数に伸びてくる手をかき分け、 振り払いながら、 僕らのキャデラックを車庫まで一台ずつ懸命に押していった。 二〇分かけてようやく車が入った。 その隙に乗じて二百人がもろとも雪崩れ込もうとした。 車を脱出した僕らは暴徒に押されて床に叩きつけられ、 引っ掻かれたり髪をごっそりむしられたりした (ちょっと肉もついていた)。 僕に馬乗りになった女をMは大根でも引き抜くように力尽くで排除した。 無事だったとは思えないけれど同情する余裕はない。 付き人ふたりとMは死にもの狂いで暴徒を喰い留めながら、 ここは任せて先に行けと口々に殊勝に叫んだ。 もとより我が身が大事だ。 命からがら宿へ避難した。 四年後にジョージ・A・ロメロの映画を観たとき僕らの経験をどうやって知ったのだろうと思ったものだ。
ダニーデンでも同様の暴動がくり返された。 地元警察がわずか数名の派遣に固執する理由が謎だった。 それで何千人もの暴徒を制圧できると考えていたとしたらお笑い種だけれど、 いくらなんでもそんなはずはない。 僕らを子どもたちをたぶらかす英国の笛吹きのように考えていたにせよ、 かれらの家族かもしれぬ少女たちや、 気の毒な巡査数名が危険に晒されたことを思えば筋が通らない。 いずれにせよ地元権力者らに軽んじられたのは確かで、 八千人に無蓋トラックから愛想よく手を振ったブリズベーンでは、 お返しにまたしても腐ったトマトや卵、 木片なんかをぶつけられた。 Mは僕らの楯になろうとして全身に汚物を浴び、 周囲の客に嫌悪されつつどうにかひとりは捕まえたものの、 別方向からの攻撃に気をとられて逃げられた。 殻や木片混じりの赤い粘液を滴らせたMの姿に、 本当に爆弾だったときの想像を重ねた僕は、 恐怖のあまり指さして痙攣するようにうわずった声で笑った。 その心理を理解できない三人の仲間は、 口に出す勇気はないまでも咎めるように眉をひそめていたけれど、 戦場や路上で飢えに苦しんだ経験のある当のMは、 恩知らずな僕の態度などまるで気にかけず、 喰い物を粗末にするなんてと、 むしろそちらに憤慨しきりだった。
あとの三人はどうか知らないけれど、 僕はMをハンブルク時代からずっとつるんできた暢気なお人好しと思っていたかった。 この頃にはどうもそんなに単純な男ではないらしいと認めざるを得なくなった。 世界公演の少し前からマルEは僕らに群がる少女たちの毒味係を担っていた。 かれには揉めごとを招かぬ相手を選別する優れた嗅覚があった。 自分と寝たら逢わせてやってもいいと臭わせ、 そのような要求を喜んで受け入れる子だけを僕らにまわした。 塀の上を渡るかのような共犯関係がマルEと僕らとの結びつきを強めた。 現代なら大炎上ものだけれど、 当時はそれが妥当な取引と考えられていたし、 彼女らだって僕らを人間とは見なしていなかったのだ。 代わりにマルEは必ず捕食対象者との約束を守り、 僕らもその協定を破らなかった。 それがうまく切り抜けるコツだった。 ところがそうした機微を理解しない男もいた。 世界公演には前座のグループを連れて行ったのだけれど、 そこのドラマーが僕らの悪事を中途半端に真似ようとした。 ファンクラブ会報で有名になっていたマルEをダシにして現地の美人母娘に近づき、 母親のほうを信用させて、 ふたりが楽しくお茶で盛り上がる隙に、 ザ・Bに会わせてやると騙して娘のほうをこっそり連れ出し、 マルEの部屋で輪姦に及ぼうとしたのだ。 僕らは別の場所で女の子たちと盛り上がっていたので、 ここから語ることは伝聞を継ぎ接ぎした憶測でしかない。 叫び声や烈しい物音を聞きつけたMが様子を見に行った時点で、 その部屋に何人いたかは不明だ。 厄介には関わらぬ主義のNが、 隣室が急に静かになったので廊下へ顔を出すと、 茫然自失した少女をMが連れ出すところだった。 円盤評で僕らに信頼されて元少佐の後任になった広報担当デレクTは、 ことによると揉み消しに動かねばと考え、 意を決して部屋に踏み込んだ。 寝床が乱れていたほかに直前までだれかがいた形跡はなかった。 翌日の公演直前になっても前座のドラマーは姿を見せなかった。 真っ赤になって苛立つBEや動揺するデレクTに、 あいつは来ないよとMは告げた。 かれらとの噛み合わない口論ののちMは溜息をつき、 五分ほど待っていてくれといい残して部屋を出て行った。 戻ってきたあいつはそのドラマーを連れていた。 BEによればドラマーは五体満足に見えたものの、 何を話しかけても返事が要領を得ず、 まるでよく似た別人みたいだったそうだ。 実際そのドラマーは僕らの眼にもその夜を境にひとが変わったかに見えた。 振り返れば当時の僕らはそいつが辿った運命と紙一重のところにいたのだ。 そして遥か五八一一マイル離れた日本ではまさにその同時期、 Yが男性の観客に鋏を与えて自らの服を切り刻ませ、 力の非対称性を可視化するあの有名なパフォーマンスを初演していた。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)

@ezdog そりゃJが怒るのも当然だよな。そしてもはやただの暴徒のファンが恐ろしいのに、ダチョウ倶楽部のネタに和む。Jを庇ったMの震えた声に彼の過去を思って胸が痛くなった。いいシーン。
マルEとBのやつらの加害は当時としては仕方なかっただろうし、ちゃんと約束を守っているのは彼ららしいと思った。そんな中でとんでもなく酷い加害を働いたドラマーにきっちりふさわしい罰を与えてくれたMはやっぱり筋の通った人物だなぁ。