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連載第37回: Nobody Told Me(3)

アバター画像杜 昌彦, 2025年6月13日
Fediverse Reactions

親元から独立して家庭を築く試みが難航していたこの頃初の米国公演が決まった紛い物のロックンロールやソウル音楽を演奏してきた僕らが憧れの本場にいよいよ上陸ってわけだ張り切りもしたし重圧も感じたかの国ではEMIと提携しているキャピトルが一九六三年末英国での人気にようやく気づいて重い腰を上げたばかりだった蓋を開けてみれば抱きしめたいはわずか三日にして全米で二五万枚年が明けて十日後には百万枚さらに数日後にはニューヨークだけで一時間に一万枚の売れ行きで業界紙チャートで初登場四三位からいきなり首位に躍り出た報せを聞いた僕らは狂喜して朝の五時まで盛り上がった僕もGもRも文字通りそこら中を飛び跳ねPなんかマルEの背中に飛びついてお馬さんごっこをせがんだとはいえBEが雇った広報担当者なら売り込みの手応えは掴んでいたのだろうけれど十代の少女向けアイドル雑誌一六での人気が一般誌にまで飛び火して、 『ライフなんか六ページにわたって僕らの特集を組んだらしいのに僕らの認識ときたらどうやらけっこう売れてるらしいぞくらいのものだった三ヶ月前に格安の報酬でむりやりねじ込んだ人気番組エド・サリヴァン劇場の仕事を間近に控え多少の野心はあったとはいえ英国人が米国に乗り込んで成功した例はいまだ存在せずクリフ・リチャードでさえ敢えなく撤退したと聞いていたし僕らにしても直前のパリ公演がさして盛り上がらなかったあのヒッチハイクの旅と同様に女たちはしらっとしていて男たちの野太い声援が目立った上に米国初進出のアルバムはキャピトルに断られ夫婦が手作業でプレスして袋に詰めるような家族経営の小さなレーベルから細々と売り出されたもののジャケ写は裏焼きで盤面は綴りを誤り歌い出しのカウントは三からはじまるようなお粗末な品質だったもんで過度の期待はせず今回はひとまず敵情偵察を兼ねたお試しのようなものと捉えていた
 その前にパリで退屈な仕事をこなさねばならなかったEMIの子会社オデオンに僕らのシングル二曲をドイツ語で吹き込まされたのだそうしなければ自国で成功できないと連中は本気で信じていたオケは元音源の流用で直しが必要なのはリズムトラックくらい歌詞はドイツ人の歌手だか司会者だかがでっち上げたやつを押しつけられたシャイセとかピーデルなんて単語こそ見当たらないけれど何を歌わされるか知れたもんじゃない日頃は何かと説教がましいMでさえこんなのちっとも創造的じゃないよAIにでもやらせりゃいいじゃんと文句をいったなんだって? とGが太い眉根を寄せもっともらしく装うばかりで心がないやつを意味する日本語だよとMは応えた)。 聞き分けのないことをいうんじゃないと僕らを叱りつけるGMにしても本心ではやりたくなかったはずだそこでお嬢様女優がPに逢いにきたのをこれ幸いと僕らは収録をばっくれた高名な精神科医と音楽家の娘でそれまでちゃんと話す機会はなかったのだけれどこの異国の地で挨拶してみればなるほどあいつがぞっこん惚れ込むだけあって知的で高貴な感じがした実際この半年後くらいに公開されたヴィンセント・プライスの怪奇映画ではお姫様を演じている彼女の前に出ると僕らはみんな付き人ふたりやMも含めて毛並みの差を意識させられて緊張した
 パテマルコーニ録音所で小一時間待ちぼうけを喰らわされたGMはジョルジュサンクに電話した僕らが遅刻するたびに矢面に立たされるNがみんなまだ寝てますと応えたそういえと僕に強要されたのだ)。 とっとと来いと連中に伝えろいや私がそっちへ行くとGMは受話器を叩きつけてドイツ人の歌手だか司会者だかと一緒にタクシーを飛ばした僕らがかれに反抗するのはそのときが初めてだった怒り狂ってスイートに踏み込んだGMは気違い帽子屋のお茶会さながらの光景を目にすることになった正面ではお嬢様女優が陶器のポットでお茶を注いでいて僕らは家来よろしくかしこまって長テーブルの左右を囲んでいる僕らは自習時間中の教室に校長が現れたみたいに四方八方へ弾け散りソファに飛び込み座布団で頭を隠したりピアノの陰やカーテンの裏に隠れたりしたいったいなんのつもりだこの屑ども! とGMはかんかんになって怒鳴った僕らは渋々戻ってきてしどろもどろに謝り二日後にちゃちゃっと収録を済ませてついでに新曲も一曲録った
 大使館で旅券を取得してからいったん帰国し翌々日の二月七日にパンナム一〇一便ボーイング七〇七に搭乗した僕は隠す必要のなくなった妻を連れて行くと強硬にいいはってBEに認めさせた本当はそもそもの最初からCにはどこへ行くにもついてきて舞台の袖から見守っていてほしかったのだ信じてもらえないかもしれないけれどその願望は彼女に家にいてもらってよその女とよろしくやりたいという欲求より強かった家庭に留まって支えてくれる伴侶を求める考えの古さではPも僕と大差なかったのにお嬢様女優は自立していて仕事で忙しかったしのちに最初の妻となるRの彼女はいまだ地元で美容師見習いをしていてGがアイドル女優と運命の出逢いをするのはまだちょっと先その辺りの事情を巧みに隠していたBEはといえば付き人ふたりの分はもちろんMの飛行機代まで出してやったようだ神出鬼没のMのこと現地集合でいいよと断るかと思いきや素直についてきた息子は義母に託した困ったときに必ず力添えをしてくれる母親がいるCをまたしても僕は羨んだ
 ヒースローには英国全土から見送りのファンが殺到し横断幕を掲げて泣き叫んでいて警官隊は互いの腕を鎖のように組んでそいつらを押しとどめており一般乗客が利用を諦めねばならぬほどだった機内は報道陣も大勢乗っていてシャンパンがふるまわれてちょっとしたお祭り騒ぎだった主役であるところの僕ら四人は期待と昂奮が高まるとともに緊張で胸が悪くもなってきた僕らを見守るかのようにひとりだけ離れて座るMは始終何かを警戒して険しい顔をしていたかれの大嫌いなプロデューサーが呼ばれもせぬのに強引に割り込んで同乗し上機嫌で僕らの酒を呑みまくり僕らに馴れ馴れしくふるまったせいかもしれないこのときはまだPが米国進出への不安を打ち明けるほどの間柄だったけれどのちに僕を銃で脅しつけてレナード・コーエンもやられたそうだマスターテープを持ち逃げしたり妻たちを暴行して最後には射殺したりしたことを思えばその人となりにMが不安を抱くのも無理はなかった
 出迎えもまた凄まじかった暗殺された大統領の名前に改名されたばかりの空港で車輪が地面を捉えて滑走しているときでさえ騒ぎは聞こえてきた悲劇で喪われた偶像の代わりを全米が求めていてたまたま絶妙の間合いで現れた英国の四人組がその位置に祭り上げられたばかりなのを僕らは知らなかった重い扉がひらくとファンの叫びが洪水のように機内へ押し寄せてきた大統領でも到着するのかなと呑気に構えていた僕はびっくり仰天おいあれ見ろよと叫んで指さした学校をサボって結集した三千人の少女たちがプラカードを掲げたり旗を振ったり僕らの曲を合唱したり髪を振り乱して絶叫したりしていた報道陣だってざっと二百人は詰めかけている昂奮する僕らと英国の報道陣を尻目にMとBEだけは冷静だったもじゃもじゃ頭の日本人は油断なくまわりに気を配り青年実業家は三ヶ月前から準備した段取りを滞らせまいと手際よく担当者に確認したり指示したりしていたこのふたりだけはこうなることが肚の底でわかっていたのだどこの音盤会社にも門前払いされていた頃から——いや遥かそれ以前何者でもない僕らが地下の牢獄や洞窟で汗みどろで叫んでいた頃から空港の建物で僕らは報道陣が待ち構えるラウンジへ追い立てられた生贄に供されるのにわずかのあいだとはいえCと引き離されたのに不安を憶えたこんな大規模な記者会見なんて生まれて初めてだし他人が受けてるのだって見たことない会見場があまりに騒がしいんでBEがパブで意気投合して雇った広報担当者は黙らっしゃい! と怒鳴ったその尊大さに何様だこいつ……といった困惑のさざ波が広がった
 元海軍少佐なる経歴を鼻にかけて威張り散らすこの禿男に僕らはずっと辟易していた態度が大きい割に無能なのでなおさらだ一度などパリ公演で記者会見の段取りを忘れた挙げ句待たされて殺気立つ記者団に畏れをなし急遽応じるよう僕らに命令してきたパリ公演で疲れ果てたGが渋ったところ上官気どりの大声で叱責されムカッ腹を立てたあいつはオレンジジュースで満たされた水差しを衝動的に投げつけてこの生意気な青二才がと怒鳴られ鉄拳制裁を喰らったそれを目撃したMは急にハンブルクのならず者もかくやという陰険な目つきになりオヤオヤ少佐殿何かお立場を勘違いなさってるんじゃァございませんかその拳骨のお給金がどこから出てるとお思いでお国じゃあござんせんぞ……などと唇を歪めて挑発した僕らのあいだでもっとも訛りが強かったのはGだけれどそのGをしてあんなのはどんな年寄りの口からも聞いたことがないといわしめたほどのきついリヴァプール訛りだった元少佐は怒り心頭禿頭を真っ赤にして猛然とMに殴りかかったそして僕のときと同様にその勢いでもってあっさり投げ飛ばされジョージ五世ホテルの格式ある壁に叩きつけられて寄り目になってうーんとひと声唸り意識を喪った怯えて医者を呼ぼうとするBEをMは制止しほっといてあげましょうや偉大なる英国海軍の少佐殿がたかが一兵卒に投げ飛ばされて伸びちまうなんてそんな不名誉なことあるはずないですからなァ……とニッタリ笑った禿の元少佐は半時間は意識を取り戻さずそれ以降はMにどれだけ侮辱されても無視するようになって僕らとの力関係も変わりコソコソと逃げ隠れするようになった広報担当として使いものにならぬ上に米国の記者団に対する居丈高なふるまいはさすがに目に余ったらしく帰国後ほどなくこの禿はBEに馘にされた
 フラッシュが焚かれマイクとレンズの束が突きつけられた抱負は? 米国に来ることお土産にしたいものは? ロックフェラー・センターベートーヴェンをどう思われますか? いいよね特に歌詞が……云々空港前には黒いキャデラックが並んでいて僕とCは二台目あとの三人とBEは先頭車両に乗る手筈だったところが警官隊が押しとどめきれずに群衆があふれ出てお節介なだれかがリムジンの屋根を叩いて行け行け行け! とMの紛い物みたいに叫んだので僕につづいて乗り込もうとしていたCが僕の手から引き離されてしまった車内にいた僕も路上に取り残されたCも恐怖にとらわれて大声で叫んだ群衆に呑み込まれる寸前でCはどこからともなく魔法のように現れたMに引き上げられ僕らの車に押し込まれたMは一緒に乗り込んで扉を締め車を出すよう運転手に指示した苛々して思いやりを示す余裕すらなかった僕はモタモタすんなよ愚図殺されてたかも知れないんだぞと冷酷にいい放った伯母の許で育った僕はそのような言葉がひとをどれだけ傷つけるか考えもしなかった船みたいに広い豪華なキャデラックの後部席で僕は彼女の手を握りしめて身を抱き寄せ流れる摩天楼の街並みを感極まって眺めた車のラジオからは僕らの訪米を告げる速報がひっきりなしに流れたこちらは一〇一〇WINS公式B放送局です……ちゅいーんざざざ……こちらはWMCA局現在B時三〇分マンハッタン・ダウンタウンの気温は三四B度それでは聴いてくださいザ・Bのスマッシュヒット抱きしめたい! 伯母の世話や育児を押しつけ当時は役得と考えられていた裏切りを無数に重ねておきながらそれでも僕はCに愛を求めた僕を棄ててあっさり死んだ母や底なし沼のような伯母に奪われたものを埋め合わせてほしかった夢破れて異国の便所裏から強制送還された惨めな自分ではなく成功して熱狂的に大歓迎される僕を見てほしかったその虫のいい願望がこの米国の地でついに叶ったのだ幸福な僕の傍にいられてCも幸せそうに見えたなりたかった夫婦になれたと感じたCが何になりたかったかなんて考えもしなかったちなみにBEはこのとき先頭車両に乗り損ねイエローキャブで僕らを追うはめになったおかげで部下のひとりは米国滞在中ずっと理不尽に当たり散らされたそうだ僕がBEを辛辣に虐めBEが部下にパワハラする暴力の連鎖がこの頃にはすっかり完成していたMによれば暴力はウィルスのように増殖し拡散するというBEの部下たちが鬱憤を妻子で晴らしていなかったのならいいのだけれど
 水色のフォードに高速道路で追い越された五人の若者のうちひとりが後部席から身を乗り出して僕らに赤い毛布を振った元は白だったろうと思われる薄汚いコンヴァティブルを運転する少女と後部席の少年たちも僕らに手を振った車体の埃には指で僕らのグループ名が書かれていたが綴りがまちがっていたこの車はパトカーから脇に寄せるよう指示され渋々高速を降りたずっと尾けてきたイエローキャブは交差点で前のリムジンに並んだ窓越しにGに話しかけたブルネット女は何かおもしろいことをいわれたらしく笑っていた僕とCはその様子を指さして笑い合ったMだけがどうも万事お気に召さぬご様子だった僕は水を差された気分になり何か気に喰わねぇことでもあるのかよとムッとして尋ねたきみらはいいんだ平和をもたらす音楽だからねとMは応じたでもこれだけ大きな国のこの熱狂が邪悪なものへ吸い寄せられたらどうなると思う、 『一九八四年華氏四五一度みたいなさ……あの空港とおなじ名前の劇場で何が演じられるべきか権力者が決めるような世界になったら? 見るもの聞くものすべてに大昂奮していた僕は聞き流しそんな舞台施設がまだ存在しないことにも気づかなかったまして僕らの音盤が近々この国で焼かれることになるなんて夢にも思わなかった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
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“Nobody Told Me(3)” への2件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 無意味な録音をバックレようとするBの奴らが高校生かよ!って感じでほほえましいのだけれど、そんな彼らが熱狂に巻き込まれていく様子は晴れがましくも恐ろしい。

    埃に指でBと書いた車のファン達はひとりひとりはいいやつそうだ。しかしその熱気が集団となり、よからぬ方向に向かっていくことの怖さ。今を生きる読者へのMからの真摯な警告がずっしり胸に響いた。

    Jの弱さがえがかれているのもいい。MがCを助けてくれるのも。
    きっとCのために幸せな思い出を作ってあげたかったんだな。

  2. ::: より:

    @ezdog 禿の元少佐がやっつけられるシーン、スカッとした!こんなスッキリやっつけてくれたらそりゃGもMを信頼するようになるよなぁ。