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連載第54回: Mother’s Little Helper(2)

アバター画像杜 昌彦, 2025年10月22日
Fediverse Reactions

そのあとはチャーター機会社の社長兼操縦士がミズーリ州オザーク山に所有する牧場で数日間のんびりした大都会ロンドンでは洗練された上流階級や気鋭の芸術家との社交を満喫していたPは田舎暮らしもまたいいもんだと思ったらしいGもひさびさに寛いだ表情を見せて屈託ない冗談の感覚を取り戻したRは酒が飲めればどこでもよくて僕はちょっと都会が恋しくなりMも付き人たちと一緒に残ればよかったと後悔しているようだった当然のように僕らの小間使いとして同行しようとするマルEをMはあんたも休まなきゃだめだと説き伏せて前座の連中と一緒にクイーンズの宿へ留まらせたマルEはそこで仲よくなった警官に銃砲店巡りに付き合ってもらい西部劇のホルスターと牛追い帽六連発拳銃の玩具を買い込んだいま思えばこれを飛行機で持ち帰れたのだからおおらかな時代だご満悦のマルEにお土産を自慢されたMは複雑な表情をしていた大男にとって戦争は華やかな冒険の夢であり日本人にとっては血と泥と餓えの惨めな塹壕だったこの玩具はマルEの蒐集物第一号となりやがて普段は仲のよいふたりの口論の種となる
 ブロードウェイのパラマウント劇場での千秋楽は脳性小児麻痺ニューヨーク連盟の慈善公演でもとより僕らと親しすぎて嫉妬深いBEに睨まれていたデレクTはここでリムジンを無断で使ったとか何とかで揉めてそれだって僕らを宿まで安全に運ぶためだったのに蹄は割れているが反芻しない禁忌の獣呼ばわりをされた挙げ句に育ちのいいユダヤ人青年実業家にとっちゃ最大限の侮辱だったろう)、 通算数百回目の馘をいい渡されたもうあいつの気まぐれに振りまわされるのにはうんざりだとデレクTは吐き棄て律儀にも数ヶ月後かけて後任者にきっちり引継をしてから辞めた僕らに素敵な四人組ファブフォーなる綽名をつけてくれたトニーBもまたいい奴だったのにデレクTをひどく気に入っていた僕はあいつを追い出して後釜に収まったBEシンパだなんて勝手に決めつけて信頼するに足る相手だと悟るまでしばらく辛辣にいびり倒した
 僕らは叩き上げの生演奏グループだったはずだったなのに客が狂えば狂うほど見世物小屋で芸を披露する猿さながらに音楽から遠ざかった空中で手足をばたつかせたり手術着でRを治療したりなんてロックンローラーの仕事じゃない反動で帰国後はすぐさま収録に戻った考えようによっちゃこれも葉巻を加えてふんぞり返る連中のために偽札でも刷らされるようなものだったけれどささやかながら独創を試す余地はあったし少なくとも車に閉じ込められたまま転覆されて火をつけられる畏れはなかったこの頃から四人とも大麻を常用するようになり何もかもコマ落としめいた夢うつつで過ぎたRは無免許で車を乗りまわす事実を世間に気づかれぬうちに免許をとり二日後にその年倒産するフランスの高級車メーカーのファセルヴェガを速度制限のない国道M一を時速一四〇マイルで試走してから購入した僕にはハンドルと四つの車輪があればどの車もおなじに見えるのだけれどGが騒ぐだけあってこいつは確かにちょっとしたもので樫材に見える前面パネルが木目を手描きした鋼鉄だったのを憶えている十月九日僕の二四歳の誕生日にテレビやラジオの収録やアルバム制作と並行して四週間にわたる国内公演がはじまった戦場のような全米公演に較べれば楽なもので何より仕事が終われば家に帰れるこの頃からサンルームや居間でテレビを前に白昼夢に耽ることが増えた頭のなかに居座ってるをタイプライターで追い出しちまえよとMにはしつこく口説かれた)。 そんなときMは何時間もすぐそばで新刊のペイパーバックを読んでいて現実に戻った僕を死ぬほど驚かせたりした存在せぬ遠い世界を見つめたまま話しかけられても気づかぬくせにGやRが遊びに来ると急に元気になるものだからCには随分と恨み言をいわれたものだその代わりといっちゃなんだけど息子を義母や家政婦に預けて夫婦で高級百貨店での買い物や夜の街へ繰り出すことも増えた僕らは着実に贅沢を学びはじめていた
 この頃Pの親爺さんが三〇くらい年下といっても僕らよりひとまわり上の大人なので安心してほしいの美人と再婚しPには五歳の可愛い妹ができたPとその弟を男手ひとつで育て上げた親爺さんの幸運に僕やGやMまで嬉しくなりこれからは市場で買った肉をオーヴンに入れるのは奥さんの仕事になるのかな……なんて空想を楽しく話し合ったりした肉といえば病弱なRからしかとれない稀少な扁桃腺を少女たちが欲しがったのは前述した通りだけれど切除手術の数日後にアルバムが出荷され店頭に並ぶや飛ぶように売れたMの反応はといえば好きな曲がいっぱい入ってるとかこのディランぽい曲いいね強面な見かけ通りじゃないってところがさといった程度であとは収録中にも特に何もいわれなかったのでまぁクリスマス商戦に合わせて片手間に吹き込んだしな弱みをさらけ出すのがお好みなら次はもっとそんなのを書いてやるか……くらいに思っていたところが屋根裏部屋にあいつが遊びに来たとき音盤に針を落として二曲目のあたりで便所へ行って戻ってきたらなんとあの社会病質者が喪服の女に涙する場面に出くわして仰天させられた本人は眼にゴミが入ったなどと苦しい弁解をしていたけれどこれはいけると味をしめて早速次の会場から演目に加えたMがディケンズを擁護した言葉を借りればお涙頂戴のどこが悪いってなもんだSやAだってきっと許してくれるだろう
 年末年始は新作を売るための興行に明け暮れたお決まりの寸劇で僕らは雪男を追う南極探検隊の役をやらされた人気司会者のジミー・サヴィルが突如失踪して僕らも大いに迷惑を被った前日にもBBCのインタビューで会っていたのに何の兆候も感じなかった家まで送ってやっても部屋には断固としてあげてくれないとかおかしなところのあった奴で誘拐されたとか殺害されたって噂もあったけれど遺体は見つからずじまい僕らと同郷の男が急遽代打をやって舞台はどうにかなったもののおめでたいクリスマスが不吉なものになった二月にはRがついにあの美容師と結婚キャクストン会館登記所での式には僕GそれにBEが参列したMはカントリーやSFの趣味で打ち解けつつあったもののまだ信用されていなかった)。 お茶の間アイドルと秒読みに入っていたGはふたり片づいて残るはふたり! と太い眉を上下させて感想を述べたR夫妻はやがて僕らの近所に越してきて互いの家を行き来して愉快に過ごすようになる
 僕が免許を取得したのはR夫妻が新婚旅行からPとお嬢様女優がチュニジア旅行から帰った聖ヴァレンタインの日の翌日だったと思うただしRやGとちがって僕の運転は大いに不評でCはもちろんMでさえ同乗したがらなかった僕の運転術の秘訣はアクセルにあったハンドルを握りエンジンをかけギヤを入れたら床まで踏み込むGやRの話題に出てくる曲がり道の減速が僕には理解できなかった豆ッコか睡眠舞台か自宅オンオフ……僕の人生は万事そのどちらかだ内助の功か押しの強い歳上ってのも加えてくれよとMの声がいま聞こえた気がした)。 頑丈そのものの大男マルEがぐったり蒼白になり一度で懲りるのを見たMは次はあんたの番だと僕が命ずるのを断固拒否して命が幾つあっても足りないやと真顔でいうなり唐突に爆笑した自分にしかわからぬ冗談を口走ることがあいつにはよくあってそんなときいつもそうであるように腹を抱え涙を流して呼吸困難になるほど神経症的に笑うのを見て僕は薄気味が悪くなったSを喪った直後の奇行やCへの仕打ちを指して僕の陰口をきくやつは多いけれどあの頃の僕らを直接に知る間柄なら僕のほうがまだしも正気だと認めてくれるはずだ未来の戦争は人間としての大切な何かをMから奪っていた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Mother’s Little Helper(2)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog Bの奴らもマルEも少し休めてよかったなぁ。毎週彼らの過酷な日々の話を読んできたから、ちゃんと休みもあったんだとほっとした。見世物小屋の猿という例えがとても分かりやすいし、ここのところの表現には胸がぎゅっとなる。

    そして今回もMが大活躍でいいな。何時間もJのそばに居たのは警護のためもあったのかもしれないけど、それにしてもいいやつだ。そんなMに大爆笑されるJの運転が恐ろしい。そして「命が幾つあっても……」という言葉を使い捨てのクローン兵士だったMが口にすることに皮肉と切なさがある。