そのあとはチャーター機会社の社長兼操縦士がミズーリ州オザーク山に所有する牧場で、 数日間のんびりした。 大都会ロンドンでは洗練された上流階級や気鋭の芸術家との社交を満喫していたPは、 田舎暮らしもまたいいもんだと思ったらしい。 Gもひさびさに寛いだ表情を見せて、 屈託ない冗談の感覚を取り戻した。 Rは酒が飲めればどこでもよくて、 僕はちょっと都会が恋しくなり、 Mも付き人たちと一緒に残ればよかったと後悔しているようだった。 当然のように僕らの小間使いとして同行しようとするマルEを、 Mはあんたも休まなきゃだめだと説き伏せて、 前座の連中と一緒にクイーンズの宿へ留まらせた。 マルEはそこで仲よくなった警官に銃砲店巡りに付き合ってもらい、 西部劇のホルスターと牛追い帽、 六連発拳銃の玩具を買い込んだ。 いま思えばこれを飛行機で持ち帰れたのだからおおらかな時代だ。 ご満悦のマルEにお土産を自慢されたMは複雑な表情をしていた。 大男にとって戦争は華やかな冒険の夢であり、 日本人にとっては血と泥と餓えの惨めな塹壕だった。 この玩具はマルEの蒐集物第一号となり、 やがて普段は仲のよいふたりの口論の種となる。
ブロードウェイのパラマウント劇場での千秋楽は脳性小児麻痺ニューヨーク連盟の慈善公演で、 もとより僕らと親しすぎて嫉妬深いBEに睨まれていたデレクTは、 ここでリムジンを無断で使ったとか何とかで揉めて、 それだって僕らを宿まで安全に運ぶためだったのに、 蹄は割れているが反芻しない禁忌の獣呼ばわりをされた挙げ句に (育ちのいいユダヤ人青年実業家にとっちゃ最大限の侮辱だったろう)、 通算数百回目の馘をいい渡された。 もうあいつの気まぐれに振りまわされるのにはうんざりだとデレクTは吐き棄て、 律儀にも数ヶ月後かけて後任者にきっちり引継をしてから辞めた。 僕らに 「素敵な四人組」 なる綽名をつけてくれたトニーBもまたいい奴だったのに、 デレクTをひどく気に入っていた僕は、 あいつを追い出して後釜に収まったBEシンパだなんて勝手に決めつけて、 信頼するに足る相手だと悟るまでしばらく辛辣にいびり倒した。
僕らは叩き上げの生演奏グループだったはずだった。 なのに客が狂えば狂うほど見世物小屋で芸を披露する猿さながらに音楽から遠ざかった。 空中で手足をばたつかせたり手術着でRを治療したりなんてロックンローラーの仕事じゃない。 反動で帰国後はすぐさま収録に戻った。 考えようによっちゃこれも葉巻を加えてふんぞり返る連中のために偽札でも刷らされるようなものだったけれど、 ささやかながら独創を試す余地はあったし、 少なくとも車に閉じ込められたまま転覆されて火をつけられる畏れはなかった。 この頃から四人とも大麻を常用するようになり、 何もかもコマ落としめいた夢うつつで過ぎた。 Rは無免許で車を乗りまわす事実を世間に気づかれぬうちに免許をとり、 二日後にその年倒産するフランスの高級車メーカーのファセルヴェガを、 速度制限のない国道M一を時速一四〇マイルで試走してから購入した。 僕にはハンドルと四つの車輪があればどの車もおなじに見えるのだけれど、 Gが騒ぐだけあってこいつは確かにちょっとしたもので、 樫材に見える前面パネルが木目を手描きした鋼鉄だったのを憶えている。 十月九日、 僕の二四歳の誕生日に、 テレビやラジオの収録やアルバム制作と並行して四週間にわたる国内公演がはじまった。 戦場のような全米公演に較べれば楽なもので、 何より仕事が終われば家に帰れる。 この頃からサンルームや居間でテレビを前に白昼夢に耽ることが増えた (頭のなかに居座ってるそいつをタイプライターで追い出しちまえよとMにはしつこく口説かれた)。 そんなときMは何時間もすぐそばで新刊のペイパーバックを読んでいて、 現実に戻った僕を死ぬほど驚かせたりした。 存在せぬ遠い世界を見つめたまま、 話しかけられても気づかぬくせにGやRが遊びに来ると急に元気になるものだから、 Cには随分と恨み言をいわれたものだ。 その代わりといっちゃなんだけど、 息子を義母や家政婦に預けて、 夫婦で高級百貨店での買い物や夜の街へ繰り出すことも増えた。 僕らは着実に贅沢を学びはじめていた。
この頃Pの親爺さんが三〇くらい年下 (といっても僕らよりひとまわり上の大人なので安心してほしい) の美人と再婚し、 Pには五歳の可愛い妹ができた。 Pとその弟を男手ひとつで育て上げた親爺さんの幸運に、 僕やGやMまで嬉しくなり、 これからは市場で買った肉をオーヴンに入れるのは奥さんの仕事になるのかな……なんて空想を楽しく話し合ったりした。 肉といえば病弱なRからしかとれない稀少な扁桃腺を少女たちが欲しがったのは前述した通りだけれど、 切除手術の数日後に新鮮なアルバムが出荷され、 店頭に並ぶや飛ぶように売れた。 Mの反応はといえば 「好きな曲がいっぱい入ってる」 とか 「このディランぽい曲いいね、 強面な見かけ通りじゃないってところがさ」 といった程度で、 あとは収録中にも特に何もいわれなかったので、 まぁクリスマス商戦に合わせて片手間に吹き込んだしな、 弱みをさらけ出すのがお好みなら次はもっとそんなのを書いてやるか……くらいに思っていた。 ところが屋根裏部屋にあいつが遊びに来たとき、 音盤に針を落として二曲目のあたりで便所へ行って戻ってきたら、 なんとあの社会病質者が 「喪服の女」 に涙する場面に出くわして仰天させられた。 本人は眼にゴミが入ったなどと苦しい弁解をしていたけれど、 これはいけると味をしめて早速、 次の会場から演目に加えた。 Mがディケンズを擁護した言葉を借りれば、 お涙頂戴のどこが悪いってなもんだ。 SやAだってきっと許してくれるだろう。
年末年始は新作を売るための興行に明け暮れた。 お決まりの寸劇で僕らは雪男を追う南極探検隊の役をやらされた。 人気司会者のジミー・サヴィルが突如失踪して僕らも大いに迷惑を被った。 前日にもBBCのインタビューで会っていたのに何の兆候も感じなかった。 家まで送ってやっても部屋には断固としてあげてくれないとか、 おかしなところのあった奴で、 誘拐されたとか殺害されたって噂もあったけれど遺体は見つからずじまい。 僕らと同郷の男が急遽代打をやって舞台はどうにかなったもののおめでたいクリスマスが不吉なものになった。 二月にはRがついにあの美容師と結婚。 キャクストン会館登記所での式には僕、 GそれにBEが参列した (MはカントリーやSFの趣味で打ち解けつつあったもののまだ信用されていなかった)。 お茶の間アイドルと秒読みに入っていたGは、 ふたり片づいて残るはふたり! と太い眉を上下させて感想を述べた。 R夫妻はやがて僕らの近所に越してきて、 互いの家を行き来して愉快に過ごすようになる。
僕が免許を取得したのはR夫妻が新婚旅行から、 Pとお嬢様女優がチュニジア旅行から帰った聖ヴァレンタインの日の翌日だったと思う。 ただしRやGとちがって僕の運転は大いに不評で、 CはもちろんMでさえ同乗したがらなかった。 僕の運転術の秘訣はアクセルにあった。 ハンドルを握りエンジンをかけギヤを入れたら床まで踏み込む。 GやRの話題に出てくる曲がり道の減速が僕には理解できなかった。 豆ッコか睡眠、 舞台か自宅、 入か切……僕の人生は万事そのどちらかだ (内助の功か押しの強い歳上、 ってのも加えてくれよとMの声がいま聞こえた気がした)。 頑丈そのものの大男マルEがぐったり蒼白になり一度で懲りるのを見たMは、 次はあんたの番だと僕が命ずるのを断固拒否して、 命が幾つあっても足りないやと真顔でいうなり唐突に爆笑した。 自分にしかわからぬ冗談を口走ることがあいつにはよくあって、 そんなときいつもそうであるように、 腹を抱え涙を流して呼吸困難になるほど神経症的に笑うのを見て、 僕は薄気味が悪くなった。 Sを喪った直後の奇行やCへの仕打ちを指して僕の陰口をきくやつは多いけれど、 あの頃の僕らを直接に知る間柄なら、 僕のほうがまだしも正気だと認めてくれるはずだ。 未来の戦争は人間としての大切な何かをMから奪っていた。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)
- Flying(5)
- Setting Sun(1)
- Setting Sun(2)
- Setting Sun(3)
- Setting Sun(4)
- Setting Sun(5)
- Isn’t It A Pity(1)
- Isn’t It A Pity(2)
- Isn’t It A Pity(3)
- Isn’t It A Pity(4)
- Isn’t It A Pity(5)

@ezdog Bの奴らもマルEも少し休めてよかったなぁ。毎週彼らの過酷な日々の話を読んできたから、ちゃんと休みもあったんだとほっとした。見世物小屋の猿という例えがとても分かりやすいし、ここのところの表現には胸がぎゅっとなる。
そして今回もMが大活躍でいいな。何時間もJのそばに居たのは警護のためもあったのかもしれないけど、それにしてもいいやつだ。そんなMに大爆笑されるJの運転が恐ろしい。そして「命が幾つあっても……」という言葉を使い捨てのクローン兵士だったMが口にすることに皮肉と切なさがある。