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連載第71回: Isn’t It A Pity(4)

アバター画像杜 昌彦, 2026年2月18日
Fediverse Reactions

米国公演前ニューヨークの共同経営者や興業代理人弁護士といった商売仲間はBEに電話し病を押してでも火消しに取りかかるべきだと口々に提言していた泊まりに来たGMと観光地で静養中だったBEはまともに取り合わず火にくべる音盤が売れて結構だなどと嘯いたものの聖書地帯バイブル・ベルトを納得させるような釈明をJLにさせなければ興行を取りやめざるを得なくなると忠告されてようやく事態の深刻さを受け入れた米西海岸へ移住してバーズやビーチ・ボーイズの広報をやっていたデレクTに謝罪文を書かせそれを僕に読み上げさせて録音し全米の放送局に送付する妙案をかれは思いついたそれならJLも受け入れそうだし公衆の面前での吊し上げから護ってもやれるそう考えて奮起したかれはチェスターまで車を飛ばし四人乗りのセスナ機を借りてロンドンへ飛びパンナムの定期便に搭乗する前にトニーBをはじめとするNEMS幹部らと対応を協議した風刺芸人レニー・ブルースが当局に目をつけられて干された挙げ句ヘロインを打たれた変死体となって自宅で発見された日のことだ
 眠れぬ夜を過ごした翌朝本来ならロンドンで新作発売を祝っていたはずの当日にBEは僕の失言が一面で大々的に扱われたニューヨーク・タイムズを読んだザ・Bの音楽を禁じる動きが収まらぬことを報じるUPIの記事やオックスフォード出の才媛記者による擁護のコメントがそこには掲載されていたかの才媛は自責に駆られたのかピッツバーグKDKA局のインタビューでも僕を庇ったもはやBEに謝罪文や録音なんてまどろっこしい段取りを踏む余裕はなくなった急遽その日の午後に七番街のアメリカーナ・ホテルで記者会見をひらいた喪服然とした出で立ちで現れたBEは沈痛な面持だった内心では怒りが煮えくり返っていた追い打ちをかけるがごとく二本の批判記事が出た上に女性記者が勝手に出しゃばって余計なことを喋りあまつさえ米国人の拝金主義を批判するPの発言や二週間ほど休んだらまた米国人に叩きのめされに行くんだなどと語るGの不遜な言葉までが報じられたからだかれは会見前にロンドンの助手へ電報を打ちザ・Bに報道陣に接触させず余計な口を慎ませるよう指示した会見の質疑応答では八人の看護学生が陵辱され刺殺されたシカゴの事件やテキサス大学の銃乱射事件が引き合いに出され同様の事態を懸念しているのかと問われた公演に危険は付きものだと動揺を隠して応えたものの脅しとしては充分だった
 八月一一日に僕らは経由地のボストンで六〇〇人の絶叫に迎えられたシカゴでは一般乗客より先にターミナルから離れた格納庫近くで降ろしてもらいミシガン湖から二ブロックの宿に直行したMは何もいわずに僕の隣にぴったりついて歩いた普段なら暑苦しいと押しのけるところだけれど今度ばかりは僕にそんな気力はなかった僕はBEとトニーBの顔を見るなり記者会見前に四人だけで話したいと持ちかけたどうしてMを引き込んだのか自分でもわからないあのときの僕にはそうするのが当たり前に思えたどう声をかけたものか戸惑っていたらしい三人の同僚は気を利かせてそっと離れたBEの部屋で膝を交えて話し合ったキリスト教を貶めたり自らを神に喩えたりする意図はなかったと米国人に納得させねばとBEはいいトニーBは三大テレビ放送網をはじめとする記者団への想定問答を伝授してくれた僕は椅子に座ったまま背中を丸めて頭を抱えた啜り泣きを悟られたくなかったBEが僕の肩にそっと腕をまわして慰めの言葉を囁いてくれた
 僕はそれまで他人によく思われるために自分を偽ったことがなかった六〇年後のいまだってバズ狙いの偽善は大きらいだ異国の便所裏から一九六六年八月のこのときまで世間の評価を気にして当たり障りのないことばかり口にするやわな芸能人をさんざん莫迦にしてきたし世界中のファンだってそんな傍若無人な僕らを気に入っていたはずだけれども三人の仲間と築き上げてきた努力を台なしにするとなれば話は別だGもRも結婚したばかり親たちだって親戚だって成功を喜んでくれているそれに大勢が僕らのために働いていて何かあれば職を喪うのは僕らばかりじゃなかった僕は洟を啜って顔を上げBEとトニーBに訴えた幾らでも謝るよやれといわれたら何でもやるでもおれのせいで商売が駄目になったらどの面下げてみんなに会えばいいんだ……トニーBは謝るよりも状況説明に努めるよう助言してくれたBEは秘密結社の殺害予告について包み隠さず率直に警告してきたいいかいJきみたちの生命を危険に晒すくらいなら公演は中止するよGとPとRに話すのはわたしが引き受ける……僕は何もいえなくなってしまったその決断がBEにとってどれだけの重みを持つかわかっていたからだ
 前にもこんなことがあったよなとMが出し抜けにいったのはそのときだみんなびっくりしてあいつを見たMはあの間抜けな顔で懐かしそうに笑っていたなぁJあのときもあんたは責任をひとりで背負い込んでこれでザ・Bも一巻の終わりだと思い詰めたねでもあれはPとピートBのボヤ騒ぎが発端だし今回だってあんたひとりのせいじゃないおれもBEもあんたの考えを世間に知ってほしかったしトニーBだってそうさだからどう使われるか碌に確かめもせずに売り込んじまったんだ僕より四歳上の広報担当は気まずそうに苦笑した)。 まさか米国人たちが実物を読みもせずに騒ぐなんてだれが予期するよ……なぁブラックヴェルヴェットって本当は林檎酒サイダーじゃなくシャンパンを使うって知ってた?
 トニーBは二七階の自分の続き部屋に地元紙と全国紙の記者を招いた大勢の人間や撮影と録音の機材それに照明が鮨詰めになった僕ら四人はふざけて見られまいとチェルシーの最先端モッズ服ではなく初期の喪服めいた背広を着ていたそして実際この会見はカワユイ坊やたちの葬式になったのだ席は花柄の壁際にギリギリ寄せられていて低い卓のあいだに膝を抱えて這い込まねばならなかったまばらに離れて座った東京とは正反対に身を縮めてギュウ詰めだ罪人の僕めがけて一斉に閃光が焚かれた普段の僕は口から先に生まれたとMに日本語の慣用句でからかわれたほどお喋りだけれども肝心な場面ではいつだって伯母に叱られるときのように舌に伝わるまでに考えがこんがらがって意味のない音しか出てこない僕は頻繁に瞬きしてしどろもどろに弁解した近すぎる報道陣の眼やレンズをまともに見ることさえできず手許に視線を落としてばかりで見かねたPが助け船を出したり回答を補足したりしてくれた弟分と見くびっていたGさえも保護者のごとく代弁してくれたディランがスウェーデン翰林院に呼び出されたときおれは文学者じゃない歌手なんだと隠遁先から電話で泣き言をいってきたものだけれど僕だってそうだ弁舌巧みなら政治家か詐欺師にでもなっていた書いたものの力をMは信じてくれたけれど自分では心許ない僕の言葉に説得力があるのは楽器を弾いて歌うときだけだ
 あなたの宗派は発言の真意は神を信じますか神よりあなたがたを選ぶ子どもたちにどう責任を……? 挙げ句に身内の恥である親父のことまで当てこすられて嗤いものにされた弱みを突かれて頭に血がのぼった僕はますます舌がもつれた音盤が燃やされ放送禁止にされる動きに心を痛めていると認めても連中は許してくれず悔い改めるか否かを執拗に詰められた後悔してるさそんなつもりじゃなかった口の利き方がまちがっていたと僕は答えたそれでもまだ謝罪とは見なされずに問い質されたつまりあなたはザ・Bは神より人気があると主張されるんですか本当にキリスト教が縮小していると? さんざん説明したのが無駄だったのにがっくりして僕は溜息をついただから逆だよとPが割って入ったそんな世間を残念に思ってるってことなんだってば! 僕のとりとめのない言葉をGが改めて要約するのにつづけてPは僕らは進歩したいだけなんだと説明した見世物稼業ショウビジネスらしく取り繕いたければそうするさでも正直に向き合って話してるんだとも辛抱強く語りかけた我が相棒の演説は少なからず記者たちの胸を打ったようで敵対的な空気がかすかに変わった人気はだれのおかげとお考えですかとの質問にそれまで黙っていたRが子どものようにすっとぼけた顔で口を挟んだそりゃトニーBに訊いておくれよ! どっと笑いが生じて張り詰めた場がようやくほぐれた
 お開きとなって記者たちが追い返され吊し上げから解放された僕は安堵の息をついた歩み寄るMと視線が合ったあいつは僕の肩を無言でぽんと叩きそれからPと視線を合わせて互いにニヤッと笑った満足に喋れなかった恥ずかしさが薄れるにつれて感謝の念がじわじわと湧いてきた大迷惑をかけて見限られてもおかしくなかったのに三人の同僚は世間を敵にまわして庇ってくれたのだBEとトニーBは興行師や代理人と話し合って一五公演を決行することにしたチーム全員の愛を実感した僕はすっかり元気を取り戻し宿のテレビで排斥集会の様子を見ながら一二歳の見物客のために焚き火する中年どもなんて軽口を叩いたりしたひどい人相だまさに狂信者だねとPも声高に僕の肩を持ったGもRも付き人たちも口々に何か似たようなことをいったMはあの間抜けな笑みで僕らをただ眺めていたCや長男には悪いけれどこんな経験を重ねると仕事仲間のほうが家族みたいに思えてくるかけがえのないその家族がわずか四年後に離散するとはこの僕が自ら進んでその選択をするとはこのときは考えもしなかった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
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“Isn’t It A Pity(4)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 「バズ狙いの偽善は大きらい」というJの言葉、Jらしいなぁ。そんなJやBのやつらだから、しどろもどろでも自分の言葉で会見したのがよかったと思う。

    そして会見の前に四人で話し合ったときにJをはげましたMの言葉……泣いてしまった。ハンブルク時代のあの強制送還事件が懐かしくも思えたし、あの時だってBのやつらは大丈夫だったんだ。私まで安心したし温かい気持ちになった。今回は特にすごくいい。