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連載第68回: Isn’t It A Pity(1)

アバター画像杜 昌彦, 2026年1月28日
Fediverse Reactions

先に起きることをMが何もかもあらかじめ知っているかに思えた瞬間が正体を明かされる前から僕にはたびたびあった一九八〇年末にあいつの葬儀で解散以来ひさしぶりに揃って顔を合わせその話になって初めて四人全員がおなじことを感じていたと知ったなのにあれだけ訪日を畏れたMがチーム全員があわや殺害されかけた次の公演地についちゃ蒸し暑さしか警告しなかったのも妙な話だ袖にした相手にベッタリつきまとえばどうなるかだってこの僕にさえ予知できたあいつらしからぬ見通しの甘さがやがてルーブ・ゴールドバーグ・マシンさながらの破局を招くことになるあいつが独立運動の英雄は小説家で日本にはそいつをモデルにした古い冒険小説があるとかおれは華僑ってことにしといてくれといった話ばかりしていたのを憶えている前年には機上の退屈しのぎにこの地域の現代史を議論したものでマニラ大虐殺についても聞かされていたけれどこの年の僕らの関心はもっぱら薬物にあり始終酔っ払ってたんであいつも蒸し返さなかったしなんならあいつ自身が薬物で始終酔っ払っていた
 東京とちがって殺害予告は届かず僕らを伝統への脅威と見なす過激派もいなかった同胞を自称しつつ土足で上がり込み総人口一六〇〇万人のうち百万人の命を奪った日本よりもひとびとは教会を遺したスペインや道路と独立への道を敷いた米国に親しみを抱いていて公用語だって米語で英国のロックンロールを受け入れる土壌があった前年に成立したばかりでアジアのケネディを自称する政権は学校や高速道路を建設したりして国民に人気がありまだ独裁とは見なされていなかったあるいはそのせいでMもジャクリーン夫人気どりのご機嫌さえ損ねなければ大丈夫なんて高をくくったのかもしれない臍を曲げたBEがまさか自分の進言を聞き入れないとは思いもよらなかったのだ思い通りにならぬ恋路への強情が招いた窮地をBEは雇ったばかりの幹部ヴィクLに押しつけた楽団長から交渉代理人に転じたベテランだ十代の僕やトニーBは地元の帝国劇場で錚々たる大御所らの伴奏を務めるかれの楽団を観たことがあるそんな風に僕ら四人が敬意を示したりデレクTのように親しく打ち解けたりする相手にBEはいつだって嫉妬し癇癪を起こして理不尽な扱いをしただったら最初から雇わなければいいのにとそのたびに思わされたものだ落ち着きのなさじゃ引けを取らぬ僕がひとたび信用した相手が詐欺師や殺人者と知れてもなかなか縁を切れなかったのとは対照的に安易な閃きで雇っちゃ些細なことで馘にする癖があのユダヤ人青年実業家にはあった
 思えば香港経由で空港に降り立った朝四時半から雲行きは怪しかったなんせ僕らは英国による侵略ブリティッシュ・インヴェイジョンなんて呼ばれたくらいで市内の警備は六年前のアイゼンハワー来訪時並みに厳重装甲車やら消防車やら機動隊やら白バイやらが総動員され軍も非常事態に備えて待機していたなんでみんな武装してるんだ戦争でもおっぱじまったのかと僕は口走り戦争なんていつだってどこだってやってるよ人間は暴力で儲けるのが大好きだからねとMが応じたかつて日本人がこの国で殺した数の一割が殺到したターミナルを避け滑走路のはずれの茂みに隠されていた梯子で降ろされた僕らは緊迫した空気のもと旅券押印検疫証明書の確認手荷物検査に応じさせられたヴィクLの手配に抜かりはなく機材の税関手続にはマルEが立ち会い草や薬を隠した手荷物は外交封印袋の扱いで検査を免除される段取りになっていたなのに僕らは回収を許されず待機していたリムジンの後部席へ警官らに荒々しく押し込まれたNとBEMとともに滑走路にポツンと取り残された大切な荷物はたちまち背後に遠ざかった
 軍隊式のバイク六台に護送される車中でトニーBは僕らの心配ぶりを誤解し三人もすぐに追いつくさと宥めてくれたメアリ・ジェーンとあとのふたりはだれだいとGが尋ねRが何か素っ頓狂なことをいい映画で要人が拉致される場面を連想した僕とPはなんで宿へ向かわないんだと騒いだ宿の予約が報道陣や群衆を欺く見せかけで実際には湾内に停泊するマリマ号なる豪華ヨットで一夜を明かす手筈になっているのを広報担当もまた報されていなかった幸いひとけのない倉庫街で椅子に縛られて監禁されるなんてことはなく少なくともここでは)、 車は海軍本部へ到着し僕らは戦略室なる会場で四〇人の報道陣に囲まれて尋問された中身のない質問に中身のない答えで返しただちに裏口から連行されて港へ向かった付き人コンビとBEそれにだれよりも僕らを暴徒から護ってきたMから切り離され蒸した毛布のような湿気と汗にまとわりつかれて僕らは怯えた全員と船で合流するまで人心地がしなかった荷物が押収されなかったことをNに聞かされ僕ら四人は胸を撫で下ろしたBEは機材を返してもらうのに高い保証金を巻き上げられた怒りで顔を紅潮させていて報道陣を追い払えなどと関係者に当たり散らしていたMは撮影機材を抱えた岸壁の人だかりに狙撃者を探していた僕とPは無言で顔を見合わせた日本人がBEの傍ではなく付き人の向こうにいるのに我が相棒も気づいたのだ
 鉄鋼と麻それに葡萄酒で財を成し大統領そのひとの友人でもあった地元紙社主はヨットを提供する見返りに所有する放送局の独占取材権を得ていたところが道理の通じぬBEは局員へ下船を命じ海軍の協力で陸地と結ばれた電話越しにこんな横揺れのするあと一分だって乗っていられるか坊やたちは退屈でうんざりしてるあと一時間でトニーBを迎えに来るそうだなその船で全員宿へ帰れるようにしておけよ! と地元興行主を頭ごなしに怒鳴りつけたゴム草履を履いてラヴィ・シャンカールを聴きつつ日光浴する僕らをトニーBは困惑したように振り向いた。 「退屈でうんざりしてる坊やたちはコークハイ片手に肩をすくめたそりゃ暑さと湿気で汗だくだし武装警官も手荷物も気がかりだけどとりわけPは一服を恋しがった)、 騒ぎを逃れて沖合でひと晩のんびり過ごすってんならそれで一向に構わないよ……ここがボーンマスでもニースでもなく二〇年前まで紛争地だった独裁国家なのをチームのだれも理解していなかったMでさえも油断しきって社主の息子とその妹息子の恋人である美人コンテストの女王にタガログ語で冗談をいって笑わせていた僕らは気前よく大麻をフィリピン人たちと分け合ったこの時点ではみんな笑顔だったただひとりBEを除いては
 夜が更けて揚げ鶏フィレ・ミニヨンマッシュポテトと人参食用スイートピーが用意されコンソメに口をつけたところで迎えの小型船が到着し失望の声があがるのも顧みずBEはお開きを宣言したその気になれば涙目になるまで人前で辱めてやることもできたけれど移動や宿泊についちゃ僕らは何もわからずただ従うしかないんで豪勢な食卓に後ろ髪を引かれつつ指示されるがままリサール公園前のマニラホテルへ車で移動した二〇世紀初頭に建てられマッカーサー将軍の占拠や日本軍敗走時の放火をくぐり抜けたマラカニアン宮殿に匹敵する豪華な建物だBEは地元興行主に最低でも自分用に一室僕らには二室の続き部屋を確保するよう強要した格式ある高級宿は当然ながら満室でほかのVIPを追い出すのに興行主は交渉術を駆使させられるはめになり目の前でご馳走を取り上げられた僕らは飯どころか寝床にさえ朝の四時までありつけなかったBEのわがままのおかげで興行側とは碌に話し合う時間がとれず不正確でわかりにくい日程をチームのだれもが見落としたおまけに海外公演では必ず地元紙を翻訳して聞かせてくれるMがなぜか手遅れになるまで一面記事に気づかなかったそこには僕らが午前一一時にマラカニアン宮殿へイメルダ夫人を表敬訪問する旨があたかも決定事項のように書かれていた
 思うに興行主にしてみれば公演に備えるべき時間をそんな煩わしい行事に割くなんてBEに面と向かって伝えれば断られるに決まっていたしかといって独裁者夫人はひとたび望めば世界中の靴が目の前に運ばれてきてしかるべきと心得ていて八本の足に履かれたフラメンコ靴もまた強制を免れず板挟みになって当日の土壇場でどちらかが折れるとか超自然的な力が作用して事態が自然に解決するなんてことを願うよりなかったのだ二度の公演が予定されていたその日の朝まず興行主の部下が付き人たちの部屋を訪れ拳銃を見せびらかしながら僕らの署名入り写真をせびった帰りの飛行機の乗務員のために数枚残してあるだけだとのマルEの説明は鼻先に突きつけられた銃で遮られたPは僕がまだ眠りこけているうちにNを連れて金融街をのんびり散歩し貧民街で絵を二枚お土産に買ったあいつらが浜辺で一服して宿に戻る頃にはひと悶着起きていた宮殿へ僕らを護衛する役目を仰せつかった大将と艦隊司令官が寝間着姿のヴィクLを叩き起こし約束の時刻が近づいた事実と上流の子女三〇〇人が出席する昼食会について告げたのだ気の毒な元バンマスはそんな要請は何も聞いていないがBEに報告しておくと応えた要請ではないと軍服の将軍らは教えかれの眼を醒まさせた単なる命令であり選択の余地はないあなた方は従うのみだと


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
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“Isn’t It A Pity(1)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog さりげなく日本の加害の歴史にふれているのがいい。そしてBEったらワガママっぷりがすごいな!御馳走を食べ損なって明け方まで飯も寝床もなしのJ達の気の毒なことよ……。

    イメルダ夫人なつかしい。やはり夫人と言えば靴!B達も“八本の足に履かれたフラメンコ靴”と例えられているのがなんとも粋な表現!イメルダ夫人の人を人と思っていない様子がよく表れているなぁ。夫人とBにそんなことがあったなんて知らなかった!どうなっちゃうんだろ!?