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連載第61回: Flying(4)

アバター画像杜 昌彦, 2025年12月10日
Fediverse Reactions

遡ること一年前何気なくタブロイド紙を広げたら僕を圧縮し老けさせて下品にしたような男がロンドン南部のハンプトンにあるグレイハウンド旅館で皿を洗っている記事が載っていたそれによるとあいつは僕の出ている新聞を同僚に見せられ親戚かと尋ねられて息子が億万長者になった事実を知ったらしい連絡を取るべく何度も手紙を書いたのに梨のつぶてあれだけ成功して贅沢な暮らしをしていながら困窮する実の父親をないがしろにする親不孝者だ……なんてことが書かれていて僕は憤慨したほどなくシャーロット通りのスカラ座で最初の映画を撮っていたとき善人気どりの新聞記者があの碌でなしをNEMSの事務所に連れてきた感動の再会を特ダネにしようとの魂胆だ握手のつもりか髪の薄い親父は薄笑いを浮かべて分厚い手を差し出したくれてやるもんは何ひとつないと僕は応えたこの恩知らずめ血は水よりも濃いんだとか何とか古ぼけた背広の小男は拳を振りまわし地団駄踏んでキーキー騒いだ
 ぶち切れた僕が口をひらくあるいは手を出すよりも先にMのほうが怒り狂ったのには居合わせた全員が仰天したあいつはアンナ・カレーニナの冒頭を引用しひとにはいろんな事情があるんだ幸福に育っていい学校を出て大新聞社様にご入社できたあんたにはわからんだろうがね……と記者をまず罵倒しそれから親父に屈み込むように迫って人差し指を突きつけひとを人間にするのは血じゃなく努力だあんたは人生で何をしてきた? 蒔いた種の刈り入れどきとでも思ったか? と猛烈に凄んだ腰を抜かして文字通り這々の体で逃げる人間を僕はそのときはじめて見た怠惰な老人版JLを目の当たりにした僕はああはなりたくない痩せようと決意した不安にさせたくなくてこの件はCに黙っていたまともな神経を持ち合わせていたら一度で懲りるだろうに人生から逃げつづけてきた親父にとっちゃ痛くも痒くもなかったのだろう次は僕の留守を狙って彼女が独りで守る家にぶらりと訪れたしかしここが元優等生たる彼女の機転が利いたところあるいはザ・Bの妻として肝が据わったところなんだけど身を守るためと間を持たせるために散髪を申し出たという刃物を手にした女に身を委ねる小男にやれることはあまりないあの碌でなしは二時間ほど居座りお茶とチーズトーストかなんか平らげて帰って行ったそうだ
 それだけで諦めずに今度は音盤会社に売り込んでまで恥を世間に晒すとは水よりも濃い血そのものが強請ゆすりの種になるとよくご存知らしい僕はいかなる汚い手を用いても構わぬからあの忌まわしい代物を世間から抹殺するようBEに頼んだ血ではなく音盤の話だ市場からの引き上げと販促中止に八千ポンドも握らせた甲斐があり後者はさして話題にならずに消えた前者については話をつけてやろうかとMに問われたけれど何の話かわからぬふりを通した現実にそんな真似をされたらさすがに後味が悪いおかげで親父は図に乗り厭がらせに独創性を発揮して翌年には一八歳の女学生我らが商売敵ストーンズのファンだったらしいを手懐けて嫁にするといいだした親父は五三だいくら大人の女に相手にしてもらえぬからってそれはなかろう三〇過ぎの子持ちと再婚したPの親父さんとはわけがちがうし僕とメイPとはきっかけこそYの強要にせよ互いに納得づくの関係だった仕事を世話してくれというのでその子をファンレターの仕分け係として会社で雇ってやり家にまでおいてやった屋根裏部屋で日がな一日啜り泣いたり電話に金切り声で叫んだりするのが筒抜けで息子の教育にもよくないし僕もCも気が変になりそうだったもっともその頃僕はすでに薬漬けで実際に気が変になっていたのだけれど出て行った数ヶ月後にその若い娘は親父と駆け落ちして子どもまで産んだミック・ジャガーの悪口はいいたくないけれどそんな女の気が知れない気の毒な腹違いの弟には一度も逢ったことも財産を要求されたこともないその十年後に親父は胃癌で死んだだれもが尊敬するPの親父さんが亡くなった日後Mが殺される四年前だった
 思えばそれまでの僕らにケリをつけた年末だったPとGを襲撃せんとした暴漢がMに組み伏せられた一二月一二日が会社の屋上での公開録音を別にすれば正真正銘英国での最終公演になるとはそのときはまだわかっていなかったその一週間前には故郷での最後の凱旋公演があり二五五〇人収容の帝国劇場二回分に対して四万人が切符を申し込んだ一九五七年に悪友仲間と遊びでやっていたスキッフル楽団で一九五九年にR以外の三人で芸能人スカウトの審査を落選しその三年後には四人の顔ぶれが揃ってMに見守られながらリトル・リチャードの前座を務めさらにその翌年にはファン感謝祭をやってBBCで放送された思い出の場所だ子どもの頃には毎年年末になると伯母に観劇に連れてきてもらったのを思い出す雪の日に幼い僕がねぇ見て猫も僕とおんなじ長靴を履いてるよと叫んで劇場中の視線とクスクス笑いを集めた話を伯母は一九九一年に八五歳で死ぬまで何度もくり返したきっと彼女には僕がずっとその日の子どもみたいに見えていたのだろう
 もう少年少女ではない懐かしい顔ぶれに楽屋で再会した就職したり昇進したり子どもを産んだりしていた最初期のファンたちは、 「洞窟存続の嘆願書を手にしていて通算三百本の舞台をこなした思い出の店を救ってくれまいかと頼み込んできた衛生設備と水まわりの改善を市議会に求められた経営者は店を閉めるつもりでいるといういまでこそ歴史建築保全財団ナショナル・トラストが銘板を設置したゆかりの地へ世界中のファンが金とゴミを落としに押し寄せる僕らだけれど功成り名を遂げたとはいえ当時はまだいずれ弾けるあぶくと目されていて下水臭い墓穴をしてやる謂れはなかった地元ファンには現在進行形でも僕らにとっては大昔に終わったことだった帰郷するたびに僕らは亡霊の堂々巡りに付き合わされる気分になった故郷は確かに僕らを育んだでもそれはいつか出て行くべき田舎としてだ爆撃跡の残る煤けた港街なんかにいられるかと思ったからこそ僕らは成功した愛想のいいPは地元の名所にしてみたらと提案しちょうど親父という過去に苦しめられていた僕はあんな店に何の借りもないねと冷たくいい放った二年前Pが客に誓った約束も虚しく一万ポンドの債務を負った洞窟は二ヶ月後に監査官により閉鎖された警察はバリケードを壊して籠城するファンを立ち退かせた店は一時的な再開を経て一九七三年に埋め立てられ駐車場になる無関係の場所で営業する贋物を見に行くため知らずに車を停める観光客もいるのではないか
 内助の功やら伝統的な家庭やらを求める一方で恋の現地調達に躊躇がなかったPは自立した職業人であるお嬢様女優とうまくいっておらず暇を持て余してプリティ・シングスのドラマーやなんかとようやく角砂糖を試すに至った虹色世界の味を知ったあいつはやおら実験的な電子音楽やらGMに教わったテープループやらに嵌まりだすその手の曲をあいつは活動の参考になりそうな流行曲と取り混ぜてラジオDJごっこを演じてアセテート盤に吹き込みGがお茶の間アイドルに求婚した一二月二三日同僚たちへのクリスマスの贈り物にした僕ら三人は家庭教師役を勝手に自任する同級生から予習を命じられた学生みたいな気分になった世界にたった四枚しかないあの音盤は確かに翌年の僕らを占っていたしばらく大切にとっておいたのにどこへやってしまったろう年が明けると僕とR前のグループにいたときのひげが復活していたは互いの伴侶を連れて三年前に英国から独立したトリニダード・トバゴへ海水浴に出かけた追いかけてきた報道陣に撮られた写真は美しい女たちと腹の引き締まったRに較べ強面気どりのひとりだけが体脂肪やらセルライトやら怠惰な遺伝子やらを窺わせ僕に先日の決意を新たにさせたそのあいだにGは逃亡せぬようPとBEに監視されつつ登記所を訪れた三番目のそして裕福な中流階級との人生に足を踏み入れた初のBとなってお茶の間アイドルは日記をハートで埋め尽くし結婚したよわーいと丸っこい字で書き込んだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Flying(4)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 新聞記者と碌でなしの親父にMがしっかり怒ってくれて本当によかった。まったくひどい親父だなぁ。とんだ恥知らずだ。そんな親父を散髪して追い返したCは強いなぁ。

    故郷での公演、昔のお客さんとの再会。温かな思い出もありつつ、ここから出るんだという強い気持ちがあったJの気概に胸を打たれる。

    そしてGの結婚、これまで読んできたからなんだか他人事じゃない感じ。感慨深いなぁ。