CLOUD 9

連載第67回: Setting Sun(5)

アバター画像杜 昌彦, 2026年1月21日
Fediverse Reactions

ほぼ円形の建物は隅々まで音が行き渡るつくりで一万人を収容する二層の観客席があり広大な競技場に約三メートルの仮設舞台が組まれ上から青い幕がかけられていた舞台後方にはグループ名を縁取る電飾があった舞台の二倍はある緩衝帯には紛争地の国境を思わせる障壁上にテレビ撮影用の線路が延びておりさらにその周囲を鉄柵が取り巻いていた本気か冗談かわからない米語による興行側の説明では乗り越えようとする不心得者がいれば警備室の操作によって高圧電流でたちどころに焼き殺せるとのことだった葉書による応募は二〇万九〇〇〇通当初予定された三公演に二回の午後公演が追加されたにもかかわらず切符を勝ち取れたのはわずか四分の一以下だったとか初日は一度の公演しかない夜にしては早く一八時三〇分開演だった性別問わずだれもがきちんとした服装で日曜学校の生徒みたいに指示通り着席しワクワクした口調ながら声を潜めて囁き合っていた昂奮した空気に包まれてはいてもどこか病院みたいな厳粛な雰囲気だ数人にひとりの割合で警官が目を光らせていてこれほど静かな公演は一九六四年のパリ以来だ多くの少女が小さな旗やハンカチや小さな花束を手にしていた団扇に僕らの顔写真を貼りつけた子なんか報道陣にしきりにレンズを向けられていた次男の説ではそのイメージが新聞やテレビを通じて広まりまるでだれもがやっていたかのように国民にすり込まれアイドル鑑賞の作法として定着したというJVのプラカードにつづく発明ってわけで韓流アイドルに夢中の孫たちを見るとなるほどそんなもんかなと思う
 前座はぱっとしなかった僕らを歓迎する曲にPは腕はともかく心意気がグッとくるじゃないと喜んだあとで僕らから話を聞いたMは内田裕也と尾藤イサオを見逃したのを悔やんだ前者と僕はのちに親しくなった)。 何か喜劇のようなことをやっている連中もいたが笑いの要となるはずのドラムが遠すぎて客席から見えず何やらわからぬうちに撤収した司会に呼ばれた僕らが演奏をはじめるなり大歓声があがって小さな花束があちこちから飛んできたところが一曲終えると観客はまた静まりかえり膝に手を置いて真顔で着席する次の曲でもそうだった盛り上がるのは曲のしめくくりだけ僕らが舞台にいるあいだ鼓膜を圧しつづけるいつもの神経症的な絶叫はないどの区画も前の数列は制服警官が固め立ったり踊ったり席を離れたりする観客はすぐさま制止されたバルコニー席の警官隊は双眼鏡をすぐさま狙撃銃に持ち替えるべく観客に紛れた狙撃手を探していた広大で空虚な舞台からだだっ広い緩衝地帯を越えて反応が読めぬ二層の観客席へ演奏を届けるのはやりにくかったおまけに正面のマイク台が僕らに敵対的で何度引っぱり上げて締めなおしてやっても勝手にスルスルと低くなり気ままに回転されちゃそっぽを向かれた僕は苛立って悪態をつきどうにかしてくれと舞台袖に怒鳴ったマルEは大きな身ぶりで裏方の日本人へ懸命に訴えたものの通じないのか通じぬふりをされたのか代わりは調達してもらえなかった
 調子が狂った僕らは投げやりで失敗だらけになった顔を寄せて重ねる声は音程を外しまだ六回しか客前で披露したことのない三文作家電気処理なしでは平板に聞こえた何をどの音盤に収録したか思い出せず僕の曲紹介はしどろもどろどの曲も明らかに練習不足で自分でも声に情熱がないのがわかった早く終わってほしいと祈る公演は世界中の舞台に立つようになってから初めてだった消え入りたい気持で足早に舞台から去り人払いした楽屋で汗を拭ったこんなとき口火を切る勇気があるのはGだきょうの恋をするならはこれまでのおれで最低だったといいだしたいい夜も悪い夜もあるさとRは宥めなかったことにしたい僕とPは無駄なあがきで九時間もの寄り道や時差惚けのせいにしてみたものの生真面目なGは許しちゃくれなかったもういい加減に現実を見ようぜ最近のおれらはいつもこんなんだよだれも聴いてないから手を抜くようになっちまったんだこんな無意味な舞台で消耗するなんて莫迦げてるよ録音所でならもっといい仕事ができるのに……心の奥底でずっと感じていたことをズバリいい当てられて残りの僕ら三人は黙り込んだ次の回から演奏は多少改善されちょっとふざけたり笑顔で視線を交わしたりする余裕も取り戻せたものの初日の出来は四人全員の心にくすぶりつづけた
 強大なストレスに晒されたあとは宿や夜の街で発散するのが常だったのにここ日本じゃ警官らの無言の圧力で叶わなかった貴賓室を一歩でも出ようものなら必ず待機所から誰かしら現れて慇懃な物腰で行き先を問い質される同階のBEを訪ねる分には許されたものの昇降機へ向かうと即座に連れ戻されたPは雨合羽をどこからか調達して襟を立て帽子を目深に被ってトニーBとアルカトラズからの脱出を試みたロビーへ着くまでに無線の報告が飛び交い待ち構えていた警官らに籠へ押し戻された翌日も事態は好転しなかった旭日旗を振ったり横断幕を掲げて演説したりする連中が窓から見えた大通りには装甲を施されて深緑に塗られ拡声器を取りつけられた小型トラックが軍歌を流して巡回していたMの翻訳に頼れぬ僕らに新聞はひと言も読めなかったものの何が起きているかは薄々察せられたPは今度はRを連れて宿の前に待機するタクシー列まで辿り着きそこで敢えなく拿捕されたついに成功したのは僕とNだ肉屋の写真家から報道許可証と写真機を巻き上げて帽子と黒眼鏡で変装しまんまと警官どもを出し抜いた欅並木の表参道をそぞろ歩いて画廊を冷やかし老舗土産物店オリエンタルバザーで福助人形と一九世紀の嗅ぎ煙草入れに一〇〇〇ドル支払った幼いYが空爆から避難した防空壕のある麻布では眼鏡を買った不撓不屈のPはマルEを連れて警官と押し問答になり私服刑事を満載した車で移動するならという条件で外出を認められた明治神宮と皇居前を散策して記念写真を撮ったりお土産を買ったりしたものの報道陣に見つかり即座に車へ連れ戻された僕とPは互いの冒険を自慢し合った
 それほどの厳戒態勢にもかかわらず宿にはイーグルスのヒット曲さながらに大勢が出入りした一年ぶりに再会した星加ルミ子はザ・Bが日本の女性記者を憶えていたのに感激した一方で僕らと長年一緒にいる日本人のことはまるで憶えていなかった記事を翻訳して僕らに聞かせてくれて尊敬の念をたびたび口にしていたMには気の毒なことにどうもあいつは出入り業者か使用人か何かと彼女に思われていたらしいMに教わった手脚を鍵十字のようにするギャグとゴジラ映画の知識で彼女を驚かせそのポーズで一緒に写真に収まったりして僕は大得意だった宿にすき焼きを喰いに来た自称歌手はたぶん本人が主張したほど音楽では有名ではなかったのだろうあとで聞いたMは岡本喜八の戦争映画を話題にしたくらいでそれも共演した別の俳優のことばかり喋ったその歌手だか役者だかには箸を使えぬことでさんざん莫迦にされたのでMに教わっときゃよかったと思ったけれど考えてみればあいつが日本食を口にする場面など見たことがなかった
 最終日は土曜で警官が増員され機動隊輸送車が四〇台も集まった軟禁状態に同情した興行師が高級店の外商を呼びつけて即席の物産市をひらいてくれた芸者を呼ぶ案も出たけれどお色気はよそでも手に入るので僕が断った)。 象牙細工や宝飾品写真機材手彫りの鉢絹織物……神田眼鏡店の品には僕とGが大喜びした万年筆入れに収まる小さな長方形レンズの黒眼鏡でロジャー・マッギンにいくらせがんでもどこで買ったか教えてもらえなかった奴だまさかここ日本で手に入るとは思わなかった僕らが真似てからあいつはかけるのをやめた)。 丸や六角形のレンズもあってPとRも買ったと思う映画で三船敏郎がいってたみたいに靴はひどいけど服の生地や仕立てはいいぜとMが日本製品について話していたのを思い出して背広を採寸してもらった絵具と筆の揃った画材セットは退屈しのぎにちょうどよかった大きな手漉きの和紙を買いにやらせて大きな卓に広げ卓上灯を重石にして四隅からそれぞれ色を足していった公演が終わる頃には卓上灯まで達した僕らは丸い空白に署名しこの合作を日本のファンクラブ支部に寄付して慈善競売にでもかけてくれと頼んだ日本の緑茶や煎茶は伯母へのお土産にした不味いとかおかしな味だとか文句をいいながらも結構気に入って飲んでいたようだ
 超特急の仕立てで背広はチェックアウトに間に合ったMの合流も出国に間に合った僕ら四人は空港であいつを囲みどこ行ってたんだよと肘で小突いたり背中や肩を叩いたりしてやった付き人たちはもちろんトニーBまでもが見るからに安堵していたしBEなど顔を紅潮させて複雑な表情をしていたあいつが戻ってこないのをチーム全員が畏れていたのに僕はそのとき初めて気づいたいやぁおかげでが捗ったよとMはあの間抜けな笑みでいったGは太い眉をひそめPは無言で尋ねるような眼を僕へ向け僕も知らんと首を振りRはただ戸惑っていたあいつがのことを口にしたのはそれが初めてでその仕事が何かとは尋ねる勇気はそのときの僕らにはなかった
 のちに聞いた話では僕らがこの国を去ったあと鋏で滅多刺しにされた遺体が塵芥処理場で続々と見つかりいずれも僕らの髪を切る脅迫をしていた右翼と判明したのだそうださらにあいつ自身がのちに僕に打ち明けたところによれば僕らを懲らしめて二度と来日できないようにせよと主張する連中は国力衰退の原因を若い世代の甘ったれた根性に求め徴兵制を復活させて若者たちを訓練せよなんてことも熱心に訴えていたというその考えは六〇年かけて感染症のごとく国中へ広まり子どもや孫の世代を戦場に送るべく声高な主張がなされるようになる夢や憧れは自分で叶えるもんだからね手助けしてやったのさとMは笑った現地の週刊誌には当時過激派の取材記事がいくつも出ていたまぁ見ててくださいよ改憲への第一歩との意気込みでいるんですから……なんて意気揚々とテロ計画を熱弁していた青年団体らを片っ端から調べ上げては拉致し黒い孔の向こうへ送り込んでやったそうだ挽肉の壁はいつだって人手不足さお国の役に立ててかれらも本望でしょとMは角砂糖で夢うつつの僕に語った薬から醒めたときはおかしな幻覚を見たものだと思っていたけれどいま思えばあれは実際にあいつが話したことだったのだ
 新作の題名は思いついたかい? と空港でMに尋ねられた僕は警官たちが腰に吊っていた五連発の回転式拳銃リヴォルヴァニューナンブM六〇を思い描いた銃器愛好家のマルEがこの本のために教えてくれたところによるとザ・B訪日の六年前に六〇年安保対策として配備されたその寸詰まりの小型拳銃には正式な手続を踏んだ発砲を想定して引き金にゴムが挟まれていたいまでは多くの自治体がその運用を撤廃し銃そのものも財閥系の兵器会社から満洲で戦闘機や爆撃機をつくっていた会社に製造が引き継がれたのち生産終了となり即座に発砲できる輸入物の自動拳銃に取って代わられたそうだ生死をかけてまわるものいったいそれはなんでしょう? 宿を出る間際に警官に囲まれて思いついたのはPだったように思うが確証はないその答えは即座にロンドンのEMIに電報で伝えられた僕は改めて同僚三人の顔を見渡しだれも気が変わっていないのを確かめてから宣言するようにMにその単語を告げた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
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“Setting Sun(5)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 日曜学校の生徒に例えられた日本の観客達の様子が容易に想像できる。観客にしても警官にしても日本人ってそうですよね。B達やりづらかっただろうなぁ……。そんな演奏の後のGの言葉が染みる。みんなちゃんといい音楽をやりたいんだ。

    貴賓室に軟禁状態なのをアルカトラズというのがぴったりで良すぎる!報道許可証があったとはいえJはよく脱出できたもんだ。脱出して出かけたオリエンタルバザーはさぞや楽しかったろう。

    そしてMが帰ってきてくれて、私もホッとした!ずいぶん働いていたんだなぁ。今の時代もMが活躍してくれたら……なんて考えてしまう。