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連載第62回: Flying(5)

アバター画像杜 昌彦, 2025年12月17日
Fediverse Reactions

顔なじみの女性記者にキリスト教の趨勢を嘆いたのもその頃だ若く見えるというだけの理由で音楽欄を担当させられたオックスフォード大アンソニー寮出身の才媛で知識欲旺盛で観察力に富みずけずけと意見を述べるので三年前に初めて顔を合わせてから僕らは大いに信頼していた彼女の筆にかかればPは丸っこい幼顔」、 Gはハンサムで気まぐれでだらしない」、 Rは醜男だけど可愛いってことになり僕に至っては容赦ない辛辣な上唇なんて評された音楽誌や十代向け雑誌の大半とちがって彼女は僕らの意見に関心を持ってくれた王族に宝石の音を求めたときには僕らを社会現象として分析する三日連載の記事を書いてくれたし全米公演では飛行機に同行してくれたとりわけ僕とCとは馬が合ってケンウッドに泊まりがけで遊びに来てもらう間柄だった何を書くべきかを僕に考えさせたのがMだとしたら彼女はどう書くべきかを教えてくれた常套句や空疎ないいまわしを棄てて音節の多い単語を使えというのだ路上育ちの一兵卒にはできない助言だ僕やMにはない学識ってもんが彼女にはあったザ・Bとそのマネージャを五週にわたって深く掘り下げた見開きの特集記事のためにPはウィンポール通りのお嬢様女優宅にほど近い料理屋であとの四人はそれぞれの自宅で彼女の取材を受けた飛行機の窓から見た光について述べたに等しい記述があるとしたらこのときのRの発言だ原爆で揉めたり飢饉に手をこまぬいたりしていた連中も異星人が訪れたら冷静にならざるを得まいというのだGの発言はもうちょっと現実に即していた新婚旅行の滞在先でひらかれた貴族のパーティでスエズ危機に陸軍士官として従軍したF1運転手と烈しい口論になったほど権力と戦争を憎むかれはここでも法王やヴェトナムについて危険な持論を展開した戦場の英雄に憧れる連中には胸が悪くなるとか宗教は完全に廃れる触れ込み通りに素晴らしければ批判なんてものともしないはずだとか発言したのだ
 それに較べれば僕の発言なんてむしろ穏やかな部類だ僕もまたキリスト教の消滅を危惧したのだけれど本当にいわんとしたのは価値がないとかザ・Bのほうが偉大だとかではなくむしろその逆だった伝統的な英国国教徒として育った僕はGとちがって宗教的権威を自然に受け入れていたその宗派が王の不義からはじまったなんて経緯は知ったことじゃない子どもの頃は伯母に日曜学校へ通わされていて聖歌隊や年長の子ども向けの聖書研究会にも加わった一六のときには堅信式まで受けた大人になるにはそうするのが当然と思っていたのだ白装束をまとって僕らの音盤を焼いた米国人たちは読み落としたようだけれどこの記事でも金を持て余したスター宅の風景としてIHSと記されたカトリック式の祭壇用十字架やらチェスターで買った巨大な聖書やらが描写されている進歩的聖書学者のベストセラーを読んだばかりの僕は大工の息子がどれだけいいことをいったにせよ鈍い弟子たちがねじ曲げちまったせいで近頃じゃだれも聖書を読まず代わりにザ・Bみたいなものに夢中でこれじゃキリスト教と一時の流行に過ぎぬはずのロックンロールどっちが先に消えちまうか知れたもんじゃないと嘆いた一九六六年の英国だからザ・Bを引き合いに出したのであって一九三六年の取材ならラジオやヒトラーと答えていたろうし現代ならソーシャルメディアやAIを挙げていた当時だって別にわざわざ自分たちを引き合いに出さずともテレビか何かだって構わなかったのだそういうのに惑わされて社会がおかしな方向へ流されるのを批判しただけだ
 ただし言葉の選び方がよくなかったオックスフォードならぬ港町の芸大を中退した僕には決まり文句を避けるので精いっぱいだった心配性のMでさえも僕の知性が二百年もの歴史を持つ日刊紙に取り上げられるのを単純に喜んだ田舎の不良上がりの僕らだけじゃない学のある記者や編集主幹もだれひとり宗教のくだりが時限爆弾とは気づかず見出しに大きく抜き書きされたのは金を使い果たすのを畏れる発言のみだったニューヨーク滞在中のBEが僕らの予定を発表した翌日連載第一弾が掲載された国内の反応は社会現象化した僕らを皮肉る他紙のコラムとあとはJLを親不孝と罵る読者投稿くらいだったBEは記事が掲載されるたびに待ちかねたように読んで仕上がりにとても満足しているこれまでに出た記事で最良だなどと浮かれた手紙を記者へ書き送った広報担当トニーBに至ってはいい宣伝になるとまで考え米国の十代向け雑誌に転載権を売り込んだ確かに宣伝にはなった——いかなる種類の宣伝かは別としてちなみにこの地方紙は元KGB諜報員に買収されて無料化されたものの携帯電話とソーシャルメディアに読者を奪われて人気が低迷しつい数年前に名を変えて週刊化された宗教やザ・Bよりも廃れるのが早かったわけだ
 三月二五日の午後にはBEに気に入られてお抱え写真家となった男に血の滴る生肉やばらばらにされた赤ん坊と笑顔で戯れる写真を撮られた二年に渡る付き合いでそいつも僕らも十代に夢を売る普段の仕事に飽き飽きしていたそこで一九三〇年代ドイツの超現実主義者ハンス・ベルメールにかぶれていたあいつは一計を案じ損壊された少女の人体を模した球体人形に倣って社会病質の素敵な四人を撮影することにしたチェルシーのキングス通りから少し外れたザ・ヴェイル一番地にある写真館でブラジルの新聞取材に全員で応じたりカナダ国営放送のインド系記者にGがシタールについて語ったり雑誌付録のソノシート盤をキャロライン放送のDJと収録したりファン会報誌の発行人や記者がその様子を取材したりして大混乱のさなかNEMS事務所から歩いて二分のカーナビー通りで仕入れた最新流行モッズ服で決めた僕らは壊れた古い人形や数珠つなぎの腸詰め肉黄ばんだ入れ歯やガラス製の義眼それにチズウィックの肉屋から届いたばかりの新鮮な牛の厚切り肉を目の前にぶちまけられ白衣を押しつけられてさぁどうぞお好きに遊んでくださいと頼まれた
 当惑する三人の仲間を尻目に僕は嬉々として血まみれになったGは僕の頭に六インチの釘を打ちつけようとするところを撮られザ・Bとの楽しい撮影だよと騙されて連れてこられたモデルの女は腸詰め肉で僕らと繋がれた眼を輝かせ歯を剥き出して痙攣するように甲高く笑う僕とは対照的に仏頂面のMは防疫給水部隊やら九州の大学のことやらかれが元いた場所のことやらを呟いた挙げ句警護を放棄して撮影中にぷいとどこかへ消えちまった僕はザ・Bの意外な側面を暴露するその連作を米国キャピタルへ送るようBEに強要したアルバムを細切れにして枚数を水増しするような商売をする連中にはいい意趣返しだと思ったのだBEはトニーBの前でやすり車に指をかけたライターをそれらのポジにかざして沈思黙考したのち長々と溜息をついて首を振りライターの蓋を閉じてなるべく僕の笑顔が狂人じみて見えない写真を選んで封筒に入れたきっと親戚が連行された強制収容所のことでも考えていたのだろう素敵な肉屋の装幀は二〇万ドル以上もかけた回収騒ぎとなり大きな旅行鞄に寄り添うおざなりな写真を上に貼られて再出荷されることになるそっちの写真では同僚三人もこわばった笑みを浮かべておらず僕もとした無表情だったその写真家は数ヶ月後に馘になった
 その頃Mは僕とふたりきりになるたびに何かを打ち明けようとしてそのたびに言葉に詰まったりだれかに邪魔されたりして話題を変えた常ならぬ面持ちが気になったけれど真面目な話が苦手な僕はあいつがその気になるまで待つことにした例え話で引き合いに出されたオルダス・ハクスリーを僕は読んでいなかった幻覚剤と未来の本を気に入り二冊ともGに薦めた四月にはあの日本人とPを誘って書店兼画廊のインディカを訪れ柑橘類についての自費出版本の隣に陳列されていたチベットの死者の書:サイケデリックバージョンを買ったあいつらは道中も買い物中もずっと前衛文学について口論していたうるせえな本は黙って読むもんだといってやるとおれにとってはねでも書くんだとMはいいやがったPは短篇向きだともいっていたからあるいは月末に録音される行かず後家と神父のことを考えていたのかもしれないあの日本人は枕経として用いられるニンマ派の仏典について死後の三つの段階は臨死体験に似ているねなんて感想も述べた——まるで自ら体験したかのようにティモシー・リアリーに触発された僕は長らく放置していたMの宿題と年末に与えられたPの課題にいっぺんに取り組んだ完成したその曲にMは調整室で熱狂しザ・Bの最高傑作と呼んで霞がかった山頂から届くお経のような僕の声Rの独創的な叩き方やGの持続するシタール万華鏡のようなメロトロンや鷗めいたPの笑い声を絶賛したうっすら涙まで浮かべてハンブルクできみらと出逢ってよかったとまでいいやがった普段は厳めしいGMも三年前から試していた実験を認められて相好を崩し僕らは嬉しいやら照れくさいやらでどんな顔をすればいいかわからなかった一方でPには女も神父も独り身のほうが気楽でよくない? なんて話しかけてまたしても掴み合い叫び合いの喧嘩になっていた
 五月二七日にはGと連れ立ってロイヤル・アルバート講堂へ出かけたディランには直前に不愉快な思いをさせられていたけれどまぁ一応観といてやろうと思ったのだ外壁上部をテラコッタが取り巻く古代の円形競技場と近代のオペラ劇場の合いの子めいた楕円形の建物で低い舞台を僕らはバルコニーのボックス席から見下ろした客は概ね電化ディランに好意的で態度の悪い数名は舞台上の詩人からも周囲の客からも黙らされた改名前のザ・バンドドラマーは入れ替わっていたを従えたあいつに薬の影響は窺えずおいおい英国民謡じゃなく米国の労働歌だぜとかタジ・マハールに捧げますなどと意味不明な冗談をいう余裕があった険悪な空気で有名なあの音源はきっと別会場での収録だろうあの頃は対抗心もあり嘔吐の介抱をさせられたせいもあって莫迦にしてたんで海賊盤なんか聴こうとは思わず公式に商品化されてGが話題にしたときだって過去を懐かしむほど年老いちゃいないぜと虚勢を張った積んでおいた円盤を初めて聴いたのは二〇一六年Yのことで色々あって眠れなかった夜だ弾き語りの第一部は記憶と相違なくいつものと当時思われていたあいつだ第二部に入るなり客は俄然敵対的になり拍手で演奏を妨げんとするやがて嘲笑と罵声があがり客のひとりが裏切り者ユダ! と野次って笑いと拍手が起きるおまえなんか二度と聴いてやんないようと別の客が煽るのを最後まで聞いたあいつは信じないねと演奏したばかりの曲名を引用して呟くように返答するその曲の副題は知らんぷりするあの子という)。 それから一瞬黙ったのち強い声であんたらは嘘つきだと宣告しおもむろに背後を振り返りくそでかい音で演ろうぜと指示して転がる石のようにを決然とおっぱじめる一九六六年英国の音響設備の限界を突き破るような轟音で……
 千鳥格子のモッズ服とレイバン僕らとおなじ靴の痩せた詩人が閉じた瞼にまざまざと浮かんだ一九六九年九月トロントの惨めな記憶が重なった心から大切に思っていたはずの前の家庭を棄ててYとの人生を選んだ僕はずっと信じて味方でいてくれたMと仲違いし生涯の相棒Pとの絆さえもみずから断ち切って築き上げた何もかもを空中分解させていた一刻も早く生まれ変わりたい衝動から成り行き任せのぶっつけ本番で初めて三人の仲間抜きで舞台に立つはめになり自分で書いた歌詞すら思い出せずに便器を抱えて吐いたあのときでさえ僕には昔なじみのKと——それにだれよりもYがそばについていてくれたのだボロボロ涙がこぼれて夜中だというのに思わず電話しちまった老人は早寝するものと思っていたがなぜかあいつも起きていて僕の気まぐれに付き合ってくれた昔なら滑らかな地声を露わにして怒ったろうに丸くなったもんだあんたはこれに独りで立ち向かったんだなぁとしみじみ伝えるとあいつも照れたようにあぁ……まぁねと応えたその声はかつて背伸びして装ったしわがれ声に同化していて僕らの年齢が憧れに追いつきいつしか遠く置き去りにしたのを感じさせた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Flying(5)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 生肉まみれのB達に、もう何やってるのさ……と呆れて苦笑いしていました。そしていつかの宿題(トゥモローのことだな)の曲ができたのを聴いたMの大感激っぷりやMとPのケンカがほほえましくニコニコしていたら……後半で完全にノックアウトされました……。泣ける……。

    Jとディランの夜中の電話。大観衆にさらされた者同士だからこそ分かる、怖さとか辛さとか、それを振り切って自分の演奏をした強さとか……うわぁぁぁ!Jもディランも同じ時代を怒涛のごとく歌ってきたんだよなぁ。

    ジョンが生きていて年を経てからこんな時間が本当にあったらよかったのに。