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連載第66回: Setting Sun(4)

アバター画像杜 昌彦, 2026年1月14日
Fediverse Reactions

夜明け前だというのにロビーでは昂奮した若者たちが警官隊と小競り合いをしておりひとりあたり数名に護られて到達した水浸しの玄関口では赤色灯を回転させる警察車両が白いリムジンのまわりを固めていたPとRは先頭車に振り分けられBEは警察の制止を振り切って強引に同乗したMはわざわざ通訳しなかった)。 これまでどの国でも受け入れ側が事態を甘く見たことこそあれこれほど厳格な規則に従うよう求められたことはないプロフェッショナルを通り越してまるで国粋主義者たちが僕らに仕掛けようとしている爆弾そのものにでもなった気分にさせられた言葉を交わす隙もなく二台目へ押し込まれる僕とGにMはそっけなく手を振った僕はきっと不安そうな顔をしたのだろう日本警察を信じろよJ先進国への返り咲きを目指すこの時期にむざむざと国際問題を生じせしむるのは政治家連中だって望んじゃいないおれはちょっとここでやることがある……そういって笑うとあいつは警護の列をすり抜け殺到してわめき叫ぶ人垣の向こうへ消えたどこかで犬の吼える声がしたBEに倣ってトニーBが僕らの後から滑り込み扉が締まったリムジンは十台以上のけたたましいサイレンを引き連れ徹夜で待っていた一五〇〇人を素通りして速度をあげたあとで聞いた話ではその全員に厳重な手荷物検査が実施されひとりにつきふたりの警官が貼りついたそうだのちにタルコフスキーの退屈なSF映画で再びお目にかかる曲がりくねった高速道路は一般車が締め出されて全交差点が通行止めとなり武装した白バイが僕らに伴走した護るよりもむしろ逃すまいとするかのようだった
 ヒルトンで貸し切られた一九階の寝台をふたつずつ備えた二寝室からなる一〇〇五号室は貴賓室と呼ばれていた角の左右に配置された長椅子孤島のような執務机果物の籠やら四人宛ての贈り物やらを乗せた箪笥屏風で隔てた広い居間には八脚の椅子に囲まれた食卓回転式拳銃を腰に吊った制服警官が部屋の前と同階のあちこちに仁王立ちした隣室内や階段やロビーなど建物内のあらゆる場所に総勢二〇〇〇人が配備されさらには空港から宿宿から武道館そして会場内といった道筋において私服刑事から狙撃手手伝いに駆り出された麹町消防署員まですべて合わせるとのべ三万五〇〇〇人が群衆整理や警護に動員されたと聞くBEは廊下の先のおなじく仰々しい部屋にひとりで泊まった建物の出入口は二四時間の交代制で監視され仮眠のため入れ替わる警官はどの顔も区別できなかった)、 出発準備を済ませるのが一二時七分警備班が本部つまり僕らの部屋に着くのが一二時一〇分昇降機前が一二時一二分でロビー到着が一二時一六分……といった具合に滑稽なほど厳格で綿密な管理下に置かれ会場への車に乗せられるまで僕らは一歩も部屋から出られなかったあとでMに教わったところによれば軍事作戦とはそういうものだそうだただし計画が機能するのは遠く離れた安全な都会の空調の効いた清潔な作戦室にいる連中の空想においてだけだともあいつはいった)。 僕らは無表情な制服の男たちに囲まれながら午すぎまで気絶するように眠ったのち午後二時半に真珠の間なる巨大宴会場へ通され現地報道陣と海外特派員を前に一時間も記者会見と撮影に応じさせられた
 先に十分間の写真撮影を済ませてからトニーBが僕らの傍で司会をし指名した記者に助手たちがマイクを向けるといういつもの質疑応答の段取りはここでは通用しなかった部屋の端で腕組みして壁にもたれながら僕らに親指を立ててみせるMもいないしそれどころか好きな順にも座れない僕らは珍獣のお披露目といった趣で緞帳まで備えた高い舞台上の金ぴかの壁と白布をかけた長卓のあいだに等間隔に離れて座らされた僕が言葉に詰まるたびに力添えしてくれるGはPの向こうで遠すぎたし冗談やいいまちがいで場を和ませてくれるRは向こう端トニーBやBEに至ってはさらに遠く離れた場所にいたさんざん日本への憧れを掻き立てておきながら肝心の案内役が消えちまったんだから持ち前の沈着冷静ぶりにも磨きがかかろうってもんで気もそぞろな僕は小便でも我慢しているのかとPにからかわれるほど落ち着きがなく不自然な笑みで両手で卓をぱたぱた叩いたりPに話しかけたりかと思えば肩肘ついて手で頭を支えてぼんやりしたりしたどの質問も意識を素通りした日本語だから当たり前だ聞こえてるかと通訳に何度も訊かれたそのくせこっちが口を開くとまだ通訳中だと横柄に遮られるたかだか数メートル先が地球の裏側からの中継みたいだった拙い英語をお許しくださいなどとあらかじめ謝られるからこっちこそ訛りがきついし辞書なんかで爆笑するほど語彙に乏しいのに妙だとは思っていたのだもとより記者会見では口数が減りがちなGはいつにも増して大人しくPもやはり心のどこかでMをあてにしていたのかグループを代表して如才なくふるまいながらもせわしなく煙草をふかしつづけた常に愛嬌ある返答を心がけるRもまたのちに声をあてることになる機関車さながらに喫煙に逃避していた
 家族ぐるみの交流はあるかとの質問に伯母のことを考えていた僕はなんで親のことなんか訊くんだよと喰ってかかったCや息子の存在は忘れていた金と名声の次に何を求めるかと問われ世界平和と答えると爆弾を廃絶せよとPが調子を合わせてくれた神聖な武術の場での演奏は冒涜だとか伝統の価値観から遠ざけて少年犯罪を誘発するとの声もありますが? この問いは心配性のMのおかげで僕らも予期していたただ頼まれただけさ僕らだって伝統は大事だとPは肩をすくめ格闘より歌うのを見るほうが平和だろと僕も言葉を添えた神経症的で暴力的な反応についちゃどうです若者の憂さ晴らしに利用されてるのでは? この挑発もPは柳に風と受け流したそれならサッカー試合のほうが世界中で負傷者を出してるよ暴力沙汰も多いしなと僕でも本当は烈しい反応を期待してるんでしょう? 受けなきゃ別のことをやるだけさただ舞台で歌うだけでご大層な考えなんてないとPこの受け答えを親父さんが見たらさぞかし誇らしく思っただろう見事なスポークスマンぶりを信頼してPに任せておけばよかったのにヴェトナムについて尋ねられた僕はつい口を滑らせてBEの寿命を縮めた毎日考えてるさ同意できないしまちがってるねでもせいぜいその程度の関心でやれるのもそれが限界だ……厭だと発言するくらいがね
 音楽がいかに世界を変えうるか一九六六年のJLが自信のなさを窺わせたこの話題にきっとMならいいたいことが山ほどあったろう鉄のカーテンの向こうでX線フィルムに刻まれた僕らの音源が密かにまわし聴きされていたと知ったのはインターネットの時代になってからだくだんの駝鳥男の音盤もまた命がけで聴かれていた我らがマネージャが属する少数者やMが受けてきたような虐待それに当時の僕らが隠した麻薬使用について公然と歌いつづけたこの詩人は四半世紀後東欧の大統領にまさにおなじ問いを発しているワルシャワ条約機構軍によって改革運動が潰されたあとバナナの次作を母国へ持ち帰って仲間内でこっそり聴きつづけ自由な音や言葉に勇気づけられて幾度となく逮捕投獄されながら人権憲章を起草しついに無血ヴェルヴェット革命を成し遂げた劇作家はこう応えたそうだ音楽だけじゃ足りないでも人間の精神を呼び醒ますものの一部として大きく貢献できる……と人間の精神とはいったい何だろう掌中の端末が世界を変えはじめた頃Mの故郷が津波で流された年に没した大統領が信じたような人権や民主主義といった崇高な理念かそれともその端末を通じて多くの人生を操り台なしにして高笑いする暴力か僕らの音楽は果たしてMの信念の側にいられたろうか
 会場への三キロほどの車中で僕らは沿道の群衆を手際よく交差点や橋のたもとに集める機動隊に見蕩れた流れ弾の被害をなるべく抑えてテロ犯を射殺しやすくするためだとは思いもしなかった空調の効いた楽屋は調律や練習をする広さが充分にあり高級家具が用意されていて寝台で寛ぐこともできた着物美人がしずしずと絶え間なく出入りして紅茶やいま思えば寿司だったろうと思われる軽食を差し入れてくれた今回の公演旅行で僕らは二着の衣裳を新調していたミュンヘンでも披露した襟が赤橙になった開襟シャツに東京の初日では橙の細縞がはいった薄鈍色の背広を合わせる予定だったところが採寸時はぴったりだった僕の細身トラウザーズが土壇場になって入らなかった運動せずに寝てばかりいたオンリー・スリーピンからだ僕だけ別の衣裳ってわけにはいかないんで初日はミュンヘンとおなじ襟が別珍の深緑の背広にして別の回では明るい色の上衣に黒トラウザーズを穿くことになった遅れて現れたトニーBは宿のロビーで数名の少女に取り囲まれて警告されたのを僕らに黙っていた右翼系学生団体が機関誌に殺害予告を出しているのに官憲が手をまわして報道されない公演に踏み切ってザ・Bの命を危険に晒すのはやめてと涙ながらに訴えられたのだそれがあながち荒唐無稽な陰謀論でもなかったのをトニーBはのちに英国大使館に送りつけられた脅迫状について聞かされて知ることになる


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
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“Setting Sun(4)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog やはり日本の警察はカッチリしている……というか、ほんと軍隊みたいだよなぁ。この件に関してはすごいと素直に思えない……。「護るよりも逃がすまい」という感じがよくわかる。

    記者会見の様子も色々な意味で日本らしい。無意味に間隔を開けられたBのやつらの様子を想像したら可笑しくなった。右翼の爆発予告が不穏ではあるけれど、きっとMがなんとかしてくれているんだ!という安心感がある。