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連載第57回: Mother’s Little Helper(5)

アバター画像杜 昌彦, 2025年11月12日
Fediverse Reactions

ロイヤル催事会館でディランの公演がありサボイホテルの一等室に逢いに行ったのはそのちょっと前かギンズバーグにウィリアム・ブレイクについて意見を求められ労働者階級の不良を気どっていた僕は着想源を隠したくてなんだいそりゃ聞いたこともないねと答えたまぁ嘘ばっかりとCが暴露したのでみんな笑ったギンズバーグといえばその翌月くらいにGとその彼女と連れ立って三九歳の誕生会に呼ばれて行ったらかのビートニク詩人は全裸だった米国の誇る高名な知識人ともあろうものがご婦人方の前でみっともないと僕は窘め何年もそのことを内心で反芻した挙げ句Yとの音盤で真似をした二冊目の本が出たのがこの頃で僕は前宣伝のために複数のラジオ番組で自作を朗読させられた何かの罰で晒し者にされた気分だった上機嫌のMはよかったぜを連発し次はそろそろ本物の小説を書けよといいはじめたまるでこれまでの作品を紛い物呼ばわりされたみたいでおもしろくなかったレイバンのもじゃもじゃ頭やアメリカン・オプティカルの禿が脳裏をチラついた国民保険支給品のモップ頭にだってやれるはずだとの思いを見透かすかのようにMには執拗に焚きつけられた僕は心密かに自分の家系の年代記を構想しはじめたそういうMとの奇妙な間柄を僕は独占したかった嵐の夜にモーテルで弱い内面を吐露し合った親友とはいえPは狂気を分かち合える相手ではなかった大勢が集まるPの華やかな誕生会とは別にどこか寂れた店で密かに祝い合う習慣があのふたりにはあるようで呼ばれぬ僕はおもしろくなく妬かれる気分も悪くないねなんてMにからかわれるもんでなおさら不愉快な気分のまま欧州公演に突入した
 無名時代にPとふたりでナンパを試みたヒッチハイク旅の頃からの因縁で僕らはパリではいつも受けが悪くこの年も二度の公演はそれぞれ六千人を動員したものの宿の外にたむろする狂信者たちはわずか五〇名で拍子抜けさせられたつづくミラノも二万二千の席が七千しか埋まらなかった切符が高すぎて子どもの小遣いでは買えずみんな学校へ行っていたからだ四台のアルファロメオに分乗して向かったジェノバでも二万五千席のうち五分の四が空席だった多いのも恐怖だけれど少なければそれはそれで先行きが不安になるもので前年の僕らならもう落ち目だと悲観して嘆いたことだろうしかしこの冴えない巡業で気を揉んだのは見栄を張って大会場を選んだBEと広報担当だけ狙撃や投擲を畏れるMはいつもより気楽そうで僕ら四人はしじゅう大麻で酔っ払っていたPなんか気が緩んだのか出番の前にも一服やるようになった特別列車で到着したローマでRが彼氏になりたいを熱唱したときPは急に笑いだして呼吸困難で演奏できなくなりやぁ悪い悪いみたいな身ぶりをして勝手に舞台を降りてしまったようやく戻ってきたと思ったらマイク台に躓いてまたもや噴きだし今度は僕までつられて大爆笑Rは困惑し職業意識の権化たるGはおれの演奏には教師面で指図する癖に客の前でその態度かよ……と機嫌を損ねたMに至っては我関せずきみらが安全ならどうでもいいよといった態度だった
 二日後の二公演でも会場は半分も埋まらなかったいま思えば何もかも巧く運びすぎる商売にチーム全員が少々慢心しはじめていたのかもしれない大きな獣が歓声を浴びてなぶり殺されるのをBEが見物した翌日マドリッドのおなじ競技場で公演をやった僕らは警察がファンを牛とおなじように扱うのを間近に目撃し独裁国家にいることを改めて意識したよそが英国とは事情が異なるのだという事実にもう少し真剣に目を向けていれば僕らは翌年の災いを免れたろうこの街で僕らは闘牛士が被るような帽子をお土産に買ったこの頃の僕は人生でもっとも肥満していてフラメンコのポーズを決める写真の尻はぱつぱつだ帰国の数日後にアイヴァー・ノヴェロ賞をもらった僕は受勲について新聞に書かれたことを気に病んで布団をひっかぶって寝ていた授与式を四〇分も遅刻したPはほかの受賞者が突き返さなきゃいいけどなんて壇上で皮肉ってみせたきっと僕の代わりに僕のいいそうなことをいってくれたのだろう
 伯母の家を買ったのはピカデリーサーカスに一万人が結集した試写会の数日後だったか友人のいない彼女は僕やCが電話するたびに愚痴が止まらなかった群がり不法侵入するファンに何年も日常を妨げられ我慢の限界を越えていたからだどこか遠くへ引っ越したいとしきりにこぼすのでCが希望を尋ねるとボーンマスだという前からずっと南の海辺で暮らしたかったというのだ姉妹や甥や姪たちとそんなに離れたら寂しいのでは……とおずおずと尋ねると伯母はここにいたってどうせ滅多に来やしないよ何か魂胆でもなきゃねと鼻で嗤い顔を見せるのはあの中国のお猿さんくらいだとのたまったそうだMは僕らの家にも毎日のように遊びに来ていたのでCは不思議がっていた僕自身あいつのことを伯母に電話で聞かされその日は僕らと一緒にいたはずなのにと首をひねるのがしょっちゅうでM本人を問い詰めても僕は日本人だからね忍術なんてわけないさと冗談で煙に巻かれるばかりだった僕は伯母をケンウッドに呼んで何日か泊まらせドーセット州の不動産屋に送らせた資料を検討してもらって絞り込んだ四軒を見に行ったもちろん運転手を使ったので安心してほしい)。 最初の三軒は期待はずれで伯母はずっと不機嫌だったいかに乗り心地に優れたロールスロイス幻影五式でもそんな伯母との車中ほど苦痛なものはない幸い四軒目は当たりだったボーンマスの隣町の海辺に建つ白い平屋だメンディップスを六千ポンドで売って二万五千ポンドを支払った急に機嫌を直した伯母は帰り着くまで喋り通しだったこの物件ものちに孤児となった妹たちのために買った家も名義についてMがうるさく口を挟んできたのには呆れた僕の身に何かあったらどうするつもりかというのだばからしいと一蹴して会計士の助言に従った引越が落ち着いた頃に一家三人で遊びに行き眩しい太陽のもと混雑した浜辺でピクニックをしたバケツとシャベルで砂の城をつくり浅瀬で水浴びし日光浴つば広の日よけ帽と短パンTシャツの僕はだれにも見咎められなかったこれからいつでも遊びに来てこんな風に過ごそうと決めたこの幸福な午後に見た夢は結局叶わなかったいつかは落ち着くはずだった忙しさは解散まで何も変わらなかった
 映画は翌月に米国でも公開されその数日後に三度目の全米公演がはじまった警備や運営は前よりマシになっていたもののこの年から新規参入した会場ではロンドンから指図される謂れなどないとの態度でBEに警備面を一任されたトニーBは前任者同様に難儀させられたかれは関係者の出入りを効率よく管理するために演者運営担当報道陣などで色分けした通行証を見本や詳細な指示を添えて各方面へあらかじめ発送していたところが現場では出入口の警備係が興行側から伝達された指示を無視してだれを入れてだれを入れないかという規則を勝手につくってしまったおかげで僕らと同行した女性担当者たちはどれだけ通行証を掲げて訴えても門前払いされてばかりだった膚の色で席を分けるような国の警備員にとっちゃ女性が職業を持って社会で活躍するなんて信じられなかったのだ
 会場側はいつまでも素人でも僕らはエド・サリヴァン劇場への出演に慣れてきた油断してお助け!の歌詞をど忘れしたほどだPは公の場で初めて昨日を歌唱したあんなに緊張したあいつを見たのも初だシェア競技場での公演ではマンハッタンへのトンネルにファンが殺到することを畏れた警察によってイーストサイドの発着場へ猛スピードで護送されリムジンを飛び降りるや僕らは絶叫しながら迫る暴徒から全力で逃げ待機していたヘリに飛び乗ったマンハッタンとイーストリヴァを上空から望み眼下に広がる摩天楼が夕闇に輝くさまにPは見蕩れた広報担当のトニーBはサーヴィスのつもりで何度か旋回するよう操縦士に頼んだGは関節が白くなるまで手を握り締め会場へ直行してくれエンパイアステートに串刺しにされるのはご免だと冗談めかして懇願した会場上空にさしかかると八ミリで撮影していたRが歓声をあげたファンが一斉に写真を撮りはじめ閃光が星々のように瞬いたからだクイーンズの国際展示場は暗くひっそり静まりかえっていたそこで装甲車に乗り換えさせられた僕らはウェルズファーゴ銀行の保安係たちから記念に社員用の徽章を贈られた装甲車はフィールドを裏口から二塁側まで突っ切った僕らは西部劇の保安官みたいな星形の徽章をMに乙型国民服とからかわれた上衣の胸に大喜びで留め五五六〇〇人の待ち受けるシェア競技場の舞台へ意気揚々と駆けだした僕らを待ち受ける絶叫と夜間試合用の照明高い拡声器から朗朗と響き渡る名司会者の声……いま振り返ればあの瞬間が僕らの公演活動の頂点だったもじゃ髪の痩せた詩人はこの夜にも遊びに来てみんなで盛り上がった車内で酔っ払って意味不明な応酬をさせられすっかり撮られた挙げ句に嘔吐の介抱をさせられて気まずくなるのはまだずっと先の話だ
 有名人といえばこの公演でも何人かと知り合ったどの場面を思い返しても浮かぶのは華やかな星々スターではなく間抜けに笑うMの顔だベヴァリヒルズに借りた家で悪夢に憑かれたGを勇気づけるつもりでピーター・フォンダがやらかしたときMはなぜかあの大根をゴンジーと呼び大丈夫さわが友よと慰めたその夜のパーティではグルーチョ・マルクスの実物を目撃したMがおいJあそこにきみの元祖がいるぞと大昂奮観客が舞台に殺到して公演を中断させられた千秋楽ではジョニー・キャッシュがジョーン・バエズを連れて楽屋を訪れMを口が利けなくなるほど感激させたMは女性フォーク歌手のほうは眼中にないようだった)。 ポートランド記念競技場でMはギンズバーグが客席に来てるぞと教えてくれて僕は舞台から手を振って挨拶した禿ひげ眼鏡の詩人はお返しにそのときのことを情熱的に書いてくれたベルエアのエルヴィス邸に招かれたのもこの旅でだ自分の映画にさえうんざりしていた僕は我が心の師匠にして最大の偶像アイドルを前にマイクを突きつける記者の真似をしもう音盤は出さないんですかと失言して受けるどころかまわりの全員を凍りつかせしかも最悪の間合いでMがぶひっと噴き出したものだから華やかな会合は瞬時にして葬式へと変じたその上いつだってお医者さん鞄」 (Mだけはなぜか四次元ポケットと呼んでいたから魔法のように煙草やら絆創膏やらを取り出してみせるマルEがこのときばかりはなぜかピックを切らしていた重く沈んだ空気が相次ぐ失態で収拾不能になる寸前でマルEはあの巨軀からは想像もつかぬ器用さを発揮して合成樹脂の使い棄てカトラリーからピックを自作してのけたこれがまた使い勝手がよくてなかなかいい音を出したんで僕らは危機を脱したあとでマルEがひどく残念がったことにトム・パーカー大佐に禁じられたので写真も録音も残っていないMはこの日のことを新旧両英雄のご対面と呼んだ両者を同格に扱うばかりかまだわずか三〇歳だった王者を去りゆく過去の栄光のように語るあいつの言葉を何の疑問もなく聞き流した僕はやはりどこか増長し慢心していたといわざるを得ない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
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“Mother’s Little Helper(5)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog 大物ゲストが次々登場! Bの奴らのいる世界の華やかさが伝わってくる。そこにいつもいるM……。ちょっとうらやましいぞ。この物語がJによって語られることになったのは、この頃のMの言葉があったからなのかな。

    新しく買った伯母の家の近くの浜辺でのんびりするJ、少しでもそんな時間があってよかったなぁ。そしてMは伯母のところにも顔を出してあげていたのだな。優しいな。

    席の埋まらない公演、スペインで警察に獣と同じように扱われるファンや米国公演で通行証があっても会場に入れてもらえない女性担当者達、不穏な雰囲気、当時の不平等な空気に波乱の予感がする!