ロイヤル催事会館でディランの公演があり、 サボイホテルの一等室に逢いに行ったのはそのちょっと前か。 ギンズバーグにウィリアム・ブレイクについて意見を求められ、 労働者階級の不良を気どっていた僕は着想源を隠したくて、 なんだいそりゃ聞いたこともないねと答えた。 まぁ嘘ばっかりとCが暴露したのでみんな笑った。 ギンズバーグといえばその翌月くらいにGとその彼女と連れ立って、 三九歳の誕生会に呼ばれて行ったらかのビートニク詩人は全裸だった。 米国の誇る高名な知識人ともあろうものがご婦人方の前でみっともないと僕は窘め、 何年もそのことを内心で反芻した挙げ句Yとの音盤で真似をした。 二冊目の本が出たのがこの頃で、 僕は前宣伝のために複数のラジオ番組で自作を朗読させられた。 何かの罰で晒し者にされた気分だった。 上機嫌のMはよかったぜを連発し、 次はそろそろ 「本物の小説」 を書けよといいはじめた。 まるでこれまでの作品を紛い物呼ばわりされたみたいでおもしろくなかった。 レイバンのもじゃもじゃ頭やアメリカン・オプティカルの禿が脳裏をチラついた。 国民保険支給品のモップ頭にだってやれるはずだとの思いを見透かすかのように、 Mには執拗に焚きつけられた。 僕は心密かに自分の家系の年代記を構想しはじめた。 そういうMとの奇妙な間柄を僕は独占したかった。 嵐の夜にモーテルで弱い内面を吐露し合った親友とはいえ、 Pは狂気を分かち合える相手ではなかった。 大勢が集まるPの華やかな誕生会とは別に、 どこか寂れた店で密かに祝い合う習慣があのふたりにはあるようで、 呼ばれぬ僕はおもしろくなく、 妬かれる気分も悪くないねなんてMにからかわれるもんで、 なおさら不愉快な気分のまま欧州公演に突入した。
無名時代にPとふたりでナンパを試みたヒッチハイク旅の頃からの因縁で、 僕らはパリではいつも受けが悪く、 この年も二度の公演はそれぞれ六千人を動員したものの、 宿の外にたむろする狂信者たちはわずか五〇名で拍子抜けさせられた。 つづくミラノも二万二千の席が七千しか埋まらなかった。 切符が高すぎて子どもの小遣いでは買えず、 みんな学校へ行っていたからだ。 四台のアルファロメオに分乗して向かったジェノバでも二万五千席のうち五分の四が空席だった。 多いのも恐怖だけれど少なければそれはそれで先行きが不安になるもので、 前年の僕らならもう落ち目だと悲観して嘆いたことだろう。 しかしこの冴えない巡業で気を揉んだのは、 見栄を張って大会場を選んだBEと広報担当だけ。 狙撃や投擲を畏れるMはいつもより気楽そうで、 僕ら四人はしじゅう大麻で酔っ払っていた。 Pなんか気が緩んだのか出番の前にも一服やるようになった。 特別列車で到着したローマでRが 「彼氏になりたい」 を熱唱したとき、 Pは急に笑いだして呼吸困難で演奏できなくなり、 やぁ悪い悪い、 みたいな身ぶりをして勝手に舞台を降りてしまった。 ようやく戻ってきたと思ったらマイク台に躓いてまたもや噴きだし、 今度は僕までつられて大爆笑。 Rは困惑し、 職業意識の権化たるGは、 おれの演奏には教師面で指図する癖に客の前でその態度かよ……と機嫌を損ねた。 Mに至っては我関せず、 きみらが安全ならどうでもいいよといった態度だった。
二日後の二公演でも会場は半分も埋まらなかった。 いま思えば何もかも巧く運びすぎる商売に、 チーム全員が少々慢心しはじめていたのかもしれない。 大きな獣が歓声を浴びてなぶり殺されるのをBEが見物した翌日、 マドリッドのおなじ競技場で公演をやった僕らは、 警察がファンを牛とおなじように扱うのを間近に目撃し、 独裁国家にいることを改めて意識した。 よそが英国とは事情が異なるのだという事実に、 もう少し真剣に目を向けていれば僕らは翌年の災いを免れたろう。 この街で僕らは闘牛士が被るような帽子をお土産に買った。 この頃の僕は人生でもっとも肥満していて、 フラメンコのポーズを決める写真の尻はぱつぱつだ。 帰国の数日後にアイヴァー・ノヴェロ賞をもらった。 僕は受勲について新聞に書かれたことを気に病んで布団をひっかぶって寝ていた。 授与式を四〇分も遅刻したPは、 ほかの受賞者が突き返さなきゃいいけど、 なんて壇上で皮肉ってみせた。 きっと僕の代わりに僕のいいそうなことをいってくれたのだろう。
伯母の家を買ったのは、 ピカデリーサーカスに一万人が結集した試写会の数日後だったか。 友人のいない彼女は僕やCが電話するたびに愚痴が止まらなかった。 群がり不法侵入するファンに何年も日常を妨げられ、 我慢の限界を越えていたからだ。 どこか遠くへ引っ越したいとしきりにこぼすので、 Cが希望を尋ねるとボーンマスだという。 前からずっと南の海辺で暮らしたかったというのだ。 姉妹や甥や姪たちとそんなに離れたら寂しいのでは……とおずおずと尋ねると伯母は、 ここにいたってどうせ滅多に来やしないよ、 何か魂胆でもなきゃねと鼻で嗤い、 顔を見せるのはあの中国のお猿さんくらいだとのたまったそうだ。 Mは僕らの家にも毎日のように遊びに来ていたのでCは不思議がっていた。 僕自身、 あいつのことを伯母に電話で聞かされ、 その日は僕らと一緒にいたはずなのにと首をひねるのがしょっちゅうで、 M本人を問い詰めても、 僕は日本人だからね、 忍術なんてわけないさと冗談で煙に巻かれるばかりだった。 僕は伯母をケンウッドに呼んで何日か泊まらせ、 ドーセット州の不動産屋に送らせた資料を検討してもらって、 絞り込んだ四軒を見に行った (もちろん運転手を使ったので安心してほしい)。 最初の三軒は期待はずれで伯母はずっと不機嫌だった。 いかに乗り心地に優れたロールスロイス幻影五式でも、 そんな伯母との車中ほど苦痛なものはない。 幸い四軒目は当たりだった。 ボーンマスの隣町の海辺に建つ白い平屋だ。 メンディップスを六千ポンドで売って二万五千ポンドを支払った。 急に機嫌を直した伯母は帰り着くまで喋り通しだった。 この物件も、 のちに孤児となった妹たちのために買った家も、 名義についてMがうるさく口を挟んできたのには呆れた。 僕の身に何かあったらどうするつもりかというのだ。 ばからしいと一蹴して会計士の助言に従った。 引越が落ち着いた頃に一家三人で遊びに行き、 眩しい太陽のもと混雑した浜辺でピクニックをした。 バケツとシャベルで砂の城をつくり、 浅瀬で水浴びし日光浴。 鍔広の日よけ帽と短パン、 Tシャツの僕はだれにも見咎められなかった。 これからいつでも遊びに来てこんな風に過ごそうと決めた。 この幸福な午後に見た夢は結局、 叶わなかった。 いつかは落ち着くはずだった忙しさは解散まで何も変わらなかった。
映画は翌月に米国でも公開され、 その数日後に三度目の全米公演がはじまった。 警備や運営は前よりマシになっていたものの、 この年から新規参入した会場では、 ロンドンから指図される謂れなどないとの態度で、 BEに警備面を一任されたトニーBは、 前任者同様に難儀させられた。 かれは関係者の出入りを効率よく管理するために、 演者、 運営担当、 報道陣などで色分けした通行証を、 見本や詳細な指示を添えて各方面へあらかじめ発送していた。 ところが現場では出入口の警備係が、 興行側から伝達された指示を無視して、 だれを入れてだれを入れないかという規則を勝手につくってしまった。 おかげで僕らと同行した女性担当者たちは、 どれだけ通行証を掲げて訴えても門前払いされてばかりだった。 膚の色で席を分けるような国の警備員にとっちゃ、 女性が職業を持って社会で活躍するなんて信じられなかったのだ。
会場側はいつまでも素人でも僕らはエド・サリヴァン劇場への出演に慣れてきた。 油断して 「お助け!」 の歌詞をど忘れしたほどだ。 Pは公の場で初めて 「昨日」 を歌唱した。 あんなに緊張したあいつを見たのも初だ。 シェア競技場での公演では、 マンハッタンへのトンネルにファンが殺到することを畏れた警察によって、 イーストサイドの発着場へ猛スピードで護送され、 リムジンを飛び降りるや僕らは、 絶叫しながら迫る暴徒から全力で逃げ、 待機していたヘリに飛び乗った。 マンハッタンとイーストリヴァを上空から望み、 眼下に広がる摩天楼が夕闇に輝くさまにPは見蕩れた。 広報担当のトニーBはサーヴィスのつもりで何度か旋回するよう操縦士に頼んだ。 Gは関節が白くなるまで手を握り締め、 会場へ直行してくれ、 エンパイアステートに串刺しにされるのはご免だと冗談めかして懇願した。 会場上空にさしかかると八ミリで撮影していたRが歓声をあげた。 ファンが一斉に写真を撮りはじめ、 閃光が星々のように瞬いたからだ。 クイーンズの国際展示場は暗くひっそり静まりかえっていた。 そこで装甲車に乗り換えさせられた僕らは、 ウェルズファーゴ銀行の保安係たちから記念に社員用の徽章を贈られた。 装甲車はフィールドを裏口から二塁側まで突っ切った。 僕らは西部劇の保安官みたいな星形の徽章を、 Mに 「乙型国民服」 とからかわれた上衣の胸に大喜びで留め、 五五六〇〇人の待ち受けるシェア競技場の舞台へ、 意気揚々と駆けだした。 僕らを待ち受ける絶叫と夜間試合用の照明、 高い拡声器から朗朗と響き渡る名司会者の声……いま振り返ればあの瞬間が、 僕らの公演活動の頂点だった。 もじゃ髪の痩せた詩人はこの夜にも遊びに来てみんなで盛り上がった。 車内で酔っ払って意味不明な応酬をさせられ、 すっかり撮られた挙げ句に、 嘔吐の介抱をさせられて気まずくなるのはまだずっと先の話だ。
有名人といえばこの公演でも何人かと知り合った。 どの場面を思い返しても浮かぶのは華やかな星々ではなく間抜けに笑うMの顔だ。 ベヴァリヒルズに借りた家で、 悪夢に憑かれたGを勇気づけるつもりでピーター・フォンダがやらかしたとき、 Mはなぜかあの大根をゴンジーと呼び、 大丈夫さわが友よと慰めた。 その夜のパーティではグルーチョ・マルクスの実物を目撃したMが、 おいJ、 あそこにきみの元祖がいるぞと大昂奮。 観客が舞台に殺到して公演を中断させられた千秋楽では、 ジョニー・キャッシュがジョーン・バエズを連れて楽屋を訪れ、 Mを口が利けなくなるほど感激させた (Mは女性フォーク歌手のほうは眼中にないようだった)。 ポートランド記念競技場でMはギンズバーグが客席に来てるぞと教えてくれて、 僕は舞台から手を振って挨拶した。 禿ひげ眼鏡の詩人はお返しにそのときのことを情熱的に書いてくれた。 ベルエアのエルヴィス邸に招かれたのもこの旅でだ。 自分の映画にさえうんざりしていた僕は、 我が心の師匠にして最大の偶像を前に、 マイクを突きつける記者の真似をし、 もう音盤は出さないんですかと失言して、 受けるどころかまわりの全員を凍りつかせ、 しかも最悪の間合いでMがぶひっと噴き出したものだから、 華やかな会合は瞬時にして葬式へと変じた。 その上いつだって 「お医者さん鞄」 (Mだけはなぜか 「四次元ポケット」 と呼んでいた) から魔法のように煙草やら絆創膏やらを取り出してみせるマルEが、 このときばかりはなぜかピックを切らしていた。 重く沈んだ空気が、 相次ぐ失態で収拾不能になる寸前で、 マルEはあの巨軀からは想像もつかぬ器用さを発揮して、 合成樹脂の使い棄てカトラリーからピックを自作してのけた。 これがまた使い勝手がよくて、 なかなかいい音を出したんで僕らは危機を脱した。 あとでマルEがひどく残念がったことにトム・パーカー大佐に禁じられたので写真も録音も残っていない。 Mはこの日のことを新旧両英雄のご対面と呼んだ。 両者を同格に扱うばかりか、 まだわずか三〇歳だった王者を、 去りゆく過去の栄光のように語るあいつの言葉を、 何の疑問もなく聞き流した僕は、 やはりどこか増長し慢心していたといわざるを得ない。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)

@ezdog 大物ゲストが次々登場! Bの奴らのいる世界の華やかさが伝わってくる。そこにいつもいるM……。ちょっとうらやましいぞ。この物語がJによって語られることになったのは、この頃のMの言葉があったからなのかな。
新しく買った伯母の家の近くの浜辺でのんびりするJ、少しでもそんな時間があってよかったなぁ。そしてMは伯母のところにも顔を出してあげていたのだな。優しいな。
席の埋まらない公演、スペインで警察に獣と同じように扱われるファンや米国公演で通行証があっても会場に入れてもらえない女性担当者達、不穏な雰囲気、当時の不平等な空気に波乱の予感がする!