CLOUD 9

連載第65回: Setting Sun(3)

アバター画像杜 昌彦, 2026年1月7日
Fediverse Reactions

レイパーバーンへ繰り出そうぜと口々に誘われたが断った戸惑い失望する旧友らを見るのは後ろめたく気まずかったMは予定が詰まっているのを口実にAを残してあとの連中を無慈悲に追い返したいま思えばあいつは楽屋へ届いた匿名の電報のせいで神経過敏になっていたのだ危険だから東京には来るなと訴える警告あるいは脅迫をあいつとBEトニーBは僕ら四人に黙っていた昔なじみの連中は見たいものだけを見て僕らの変化に気づかなかったあとでAが書き送ってくれた手紙によればザ・Bの四人は成功しても謙虚なのにおとぼけ忍者はひとが変わっちまったと連中は口々に嘆いたそうだAは僕に贈り物を手渡してくれたかつて僕が海を隔ててSに書き送った手紙の束からはSが何度も読み返してくれたことAがその日まで大切にとっておいてくれたことが感じとれた再会した若き日の僕はどの便箋でも言葉のつぶてを力任せに次々と暴投し我が初代編集者はいずれも見事に受け止めて投げ返していた冗談の応酬は情熱でもあり過去に置き去りにした思い出でそれだけは明日の輝きを喪わなかった記者会見では二作目の本についておふざけなのか文学なのかと問われたどっちもだよと僕は応え報道陣の向こうでMが力強く肯くのに励まされて先をつづけた……つまりさどっちか片方だけの必要はないだろ?
 マリアンヌ・フェイスフルの話じゃキャベンディッシュの家へ遊びに行ったとき甘ったるい煙をきらう恋人が窓を開けるたびにPが締めるというくだりがバスター・キートンよろしく延々と繰り返され長く保たないのは明らかだったそうだそれと較べるとBEの癇癪は独り相撲に見えた総理大臣が来日に反対し和服でふんぞり返った政治評論家が乞食芸人呼ばわりし少年犯罪を助長すると訴えるチラシを教育団体がばら撒きこうも嘆かわしい世になったのは精神が弛んどるからだと徴兵制復活や憲法改正が叫ばれて右翼が記者の前で公然と爆破テロを予告し危ないからと小学校がたとえこの国じゃ養育の責任は女ばかりが負わされるのに子どもの人生を好きにする権利は年長の男にあるんだとMは説明した同伴でも観覧を禁じ主宰新聞社の社主にして武道館会長の大立者が日本古来の精神への冒涜と激怒したにもかかわらずほかに収容能力のある会場はないとか天候に左右される屋外は困るなどといってわざわざ調整のために来英した興行主を追い返してまでBEが計画を押し通したのはあるいは警備の都合や武道だけじゃ採算がとれない会場の算盤事情だけじゃなくあの青年実業家の個人的な当てつけも背景にあったように思う
 前回のアジア公演でMが話してくれたところによればあいつの母国じゃかつて資本家と政治家と軍人が結託し急ごしらえの宗教で上書きした歴史でもって侵略を何かいいことに見せかけて国民を熱狂させた結果だれもが国家の血統から地域社会の連絡網や家庭のありよう相撲や武道のような庶民の娯楽に至るまで捏造された伝統に染まっていまだ脱せず戦勝国によって人権や民主主義の物語ナラティヴ社会を解体すべく押しつけられたとの思い込みが根強いとか一九六六年のあいつもその話を蒸し返し性差すら超越するきみらがいまこの時勢で国家カルトが神聖視する武道館において自由な考えを歌うのはあまりに危険すぎると強硬に主張した路上と戦場において血と泥と餓えと病で叩き込まれたその理屈がいいとこのぼんぼんであるBEにはわからずわからぬ理屈がMにはわからなかったMの母国をこの目で見てみたい気持こそあったもののやるもやらぬも稼げさえすれば構わぬ僕らはあのふたりが些細なことで口論するたびに他人の寝室を盗み見た気分にさせられたとりわけ僕とGとRはお嬢様女優といるときのPを連想せずにいられなかった気を惹きつつも肝心なものは与えない手口がいつまでも通用すると踏んだのなら見込み違いもいいところでその認識の甘さがやがて僕らを破局へ導くことになる
 マルクを円に両替する余裕もなくいったんヒースローへ引き返し日本航空機に乗り換えたアンカレッジで燃料補給する一時間を入れても一六時間半で終わるはずの旅だ飛行機が滑走路へ出るとき自分の肉をしっかり掴んどけよと僕はGに命じてふたりでけたたましく笑い合った僕らはいまや薬ばかりか死への恐怖でも繋がっていた航空機事故が頻発した年で二月四日に全日空が羽田沖で墜落しその一ヶ月後にはカナダ太平洋航空機が着陸に失敗さらに翌日には富士山の近くで英国海外航空機が空中分解していた二年前は暇つぶしにアジアの歴史や戦争を議論したものだけれどこのとき僕らは辞書遊びに嵌まっていたマルEにだれも聞いたことのないような難語を読み上げてもらって意味を考える。 「部分的に奴隷となった働き蜂もしくは雄蜂」 「手彫りのひげ剃り泡立て茶碗」 「南オーストラリアの沼地に生息する小型縞馬の一種……突拍子もなくて笑えるほどいい現地では街宣車が軍歌を流して走りまわり断固粉砕のビラが交差点で撒かれ思想団体が各省庁に抗議を申し入れ英国大使館に脅迫文が届き新聞や週刊誌の編集部には爆破予告が頻々と入電しているとも知らず機上の僕らはNはもちろんBEやトニーBまで加わって愉快に盛り上がった何にでも首を突っ込むMが珍しく遠慮するんでわけを訊くと大抵の辞書は丸暗記しているという試しにいくつか質問したらことごとく正解され興醒めだったみんなでブーブー非難の声をあげているとBEが機長に怒鳴り散らしはじめたみんな酔っ払って報せを聞き洩らしていたけれどMの母国はそのときまさに最大風速一九五マイルの温帯性低気圧に直撃されていたのだ
 社会変革の嵐を外国にもたらすのはこれで二度目今度は日程に余裕がない台風が収まるまでどこでどうして待てというんだ責任者を出せとBEは騒いだこういうのを日本語でカスハラというんだとMは説明した意味は教えてくれなかった)。 機長がじきじきに顔を出し最高級の宿ウェストウッドに案内すると説明して最上階のディスコはきっとお気に召すでしょうと請け合ったそれでもBEの怒りが収まらぬと見てとるや機長はブライダルスイートを予約した旨を僕らに告げたその名称を聞くなり僕ら四人は爆笑して互いに求婚し合った車で十分ほどの宿は人口五万の田舎町にたちまち知れ渡り表では僕らを讃える合唱が沸き起こった閉じ込められた僕らは退屈を持て余したRはカセット録音機で音声版ドキュメンタリーを吹き込みGは大型ポラロイド写真機をばしゃばしゃやりBEは電話で精力的に打ち合わせ僕とPは何か読むものを持ってくるべきだったと後悔し代わりにMに日本の話をねだったMは耳無芳一なる怪談とその話を記録した英国人と現地女性との恋愛譚とを聞かせてくれた宿に閉じ込められた状況や表の歌声と相まって僕らを心底慄え上がらせた前者に対し後者にPはさほど感銘を受けなかった様子だった物語ることの魔力に取り憑かれたその夫婦は心身を酷く消耗させながらも言葉や文化の壁を越えてふたりきりで世界と対峙したかに思えたBEのことにせよ僕とYのことにせよ人間の恋愛感情というものを最後まで理解できなかった未来の工作員がそんな話で僕を動揺させたのだから不思議なものだ
 外出禁止令が出ていた午後十時まで表の騒ぎは収まらずその三時間後に僕らはようやく機上にいた待ちぼうけを喰らわされたおかげで最新流行のモッズ服は皺々のよれよれ客席乗務員は明らかに僕らのファンで御用聞きをマルEと競うかのような態度を示した会話する口実がほしくてその日本美人を招き寄せアイロンをかけてもらえまいかと僕は頼んだ法被を羽織って隠すのがいちばんの解決策だと彼女は満面の笑みで僕を説得したハッピー? と僕は訊き返した複数の言語を横断するナボコフの駄洒落が大好きなMがお祭りのときに着る伝統的な上衣だよと横から口を挟み現代じゃ滑稽なものと見なされていると僕の反応を見ながら焚きつけるかのように付け加えたそれで決まった何事も挑戦だ手渡された薄手の着物に袖を通しながらははぁん宣伝のためだなと僕ら四人は察したかくして僕らは午前三時四〇分乗降階段で閃光を浴びながら日本航空のロゴがよく写るように手を振らされた普段ならトニーBがひと足先に飛行機を降り僕らとファンの双方に被害が出ないよう報道陣や群衆の動向警備の人員配置について空港側と打ち合わせする段取りになっていたところがこの国でかれの出番はなかった警察は高圧的ながら細やかで組織だっておりよく訓練された軍隊のように一挙手一投足を秒単位で指図してきた僕は日本人への認識を改めたあの大雑把でいい加減な怠け者は特殊な例外だったのだせめてもの抵抗で僕はお気に入りの帽子を脱がずPは自分の荷物は自分で持つといい張ったようこそ我が母国へとMが背後でいったGのカウントを思わせる苦々しい声色だった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
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“Setting Sun(3)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog レイパーバーン懐かしい!私が繰り出したくなったくらいですが、もうBの奴らはあの頃の若造じゃないんだなぁ。そしてAがくれたSへの手紙が……泣ける……。手紙をJに渡せるくらいにはAも立ち直れたんだ。よかった……。

    いよいよ来日するB!しかしMが反対するのも全くもってごもっともだなぁ。戦中から変わっていない日本人に植え付けられた意識がMの言葉でしっかり表されている。

    さりげなくラフカディオ・ハーンとセツが登場したのもうまいなぁ。「ばけばけ」だ!そしてBに「耳無芳一」はぴったりすぎる。耳だけ持っていかれる恐怖を誰よりもリアルに分かるであろう。

    熱帯性低気圧に着陸を阻まれてブライダルスイートにカンヅメというのは大変お気の毒だけどちょっと面白い。辞書の遊びが面白そうなのだけど、全部暗記しているMの工作員っぷりに彼の過去を思って少し切ない気持ちになる。Mの祖国での公演、波乱の予感がするなぁ。