CLOUD 9

連載第58回: Flying(1)

アバター画像杜 昌彦, 2025年11月19日
Fediverse Reactions

Mと試した化学物質の大半は体験を共有したくてだれかれとなく是非にと薦めたザ・Bのだれもがすぐさま気に入った草もあればPが最後まで渋った結晶もあったGとは歯医者事件のおかげで深い絆を結べたし六〇年以上も一緒にやってきてさえ後から加わった劣等感を口にするRはいかなる実験的娯楽にも気軽に付き合ってくれた音楽がわからぬ商売人のBEは仲間扱いされたいばかりに日々の暮らしへ積極的に取り入れてそれで最後にはああなったマルEが例の結晶を初体験したときにはハンブルクの便所裏でGが童貞を卒業したときと同様にみんなで一部始終を見守り拍手喝采してやったでき得るならば家族とも分かち合いたかったけれど息子はまだ二歳だったし渋るCに強要したところ窓から飛び降りようとしてMに羽交い締めされたりして大騒ぎになったんで三度で誘うのを諦めたヘロインにはみんな怖れをなしついてきたのはYくらいだった一方コカインはPのお気に入りとなったあの消し炭みたいなモジョなる錠剤漢字で妄想の城と書くらしい——いま思えばその頭文字もMだっただけはあの日本人としかやらなかったよそでは手に入らずあいつは出し渋ったので服んだのも数度きりだあれをやると死を支配する側にまわった錯覚に陥る万民に等しく己にも降りかかる運命ではなくただ他者へ下す決定であるかに感じるだから未来の戦場で挽肉の壁に配られたのだ独りで過去を振り返る時間が増えたおかげで長年Yと訴えてきた確信が揺らぎつつある暴力は過ちではなく人間の本質だったのだろうかあいつが未来でやったこと僕が一九六三年にPの誕生会でやったこと——僕とMは確かに似ていた
 ひとたび嚥み下せば生涯その影響から逃れられない一九六五年の全米公演中ベヴァリヒルズに借りた家で客と車座になったとき薬効の持続時間について話すうち僕がふと思い立って尋ねるとMはそう応えた僕がボブWを病院送りにした話をPから聞いていたNとRは居心地悪そうにし共演女優やらザ・バーズの連中やら例の大根やらは何の話かわからず戸惑ったいま思えば当時の僕はあの昏い渦のような悪夢を虹色の夢で上書きしたかったのだ己の獣性と向き合うのが怖くて独りになりたくなかった俗世を締め出して家族と平穏に暮らすはずだったケンウッドは染みこませた紙なり角砂糖なりが身近になった二年後には僕がCの代わりに行きずりの同伴者を連れ帰るようになったおかげで名も知らぬ他人が四六時中亡霊の群さながらに夢うつつで徘徊するようになるしかしこの時点で僕の生活はまだもうちょっと自然なもの止まりで虹色の幻覚には侵蝕されておらず世界中であれだけ暴徒に迫られながらもいまだ人生の手綱を握れているかに錯覚していた死の悪意から薄皮一枚で隔てられているともそれがMのおかげとも知らなかった若さ故の傲慢ってやつだ
 あのチャーター機会社が所有していた数機のロッキード社製レシプロ双発機のうちどれかが大がかりな修理を受けたとか廃棄されたといった話は聞かなかったし一九六六年四月の事故だって米国民間航空委員会の調査によって社長兼機長の冠動脈不全によるものと結論づけられているシェア競技場での公演を終えてトロントへ向かう機体に何をされたかなんてCIAでもMでもない僕らには知るべくもなかった。 「坊やたちの評判を気にしたBEに堅く口止めされそれきり僕らも忘れちまったのでこの話はどの本にも書かれていない披露するのはこれが初のはずだ僕らは一九六五年八月一七日常識ではあり得ない速度で移動する光を窓に見て騒いだずっとのちに僕はおなじものをメイPと風呂上がりのバルコニーで目撃することになる騒然とする機内でMただひとりが黙りこくって座席で腕組みしていたことその日の飛行は珍しく遅刻したあいつのせいで予定が狂いかねなかったことなんかを憶えている
 奇妙な話にはまだ続きがありGは何年ものちニューヨークからLAへ向かう機上で当時の副操縦士を名乗る男に話しかけられたというまったく信じがたい状態でしたよよくぞ飛行に耐えたものですなぁと黒服の男は語り反屑協会なる連中が第二次大戦で使われた三・七インチ高射砲をどこからか引っ張り出してきて僕らを撃ち落とそうとしたのだと説明した見知らぬ他人から与太話を聞かされるのに慣れていたGは相手にしなかったもののふと振り向くと男は機内から消えていただれに尋ねてもそんな奴が乗り合わせていたとは認めずGは瞑想の習慣がもたらした啓示のたぐいと結論づけた僕にいわせればよくある幻覚かもしくは底意地の悪いだれかに担がれたのだでなきゃ潰れた会社の死んだ副操縦士が自分を火葬にした機体について他人事みたいに話すわけがない牧場に招いて田舎の休日を過ごさせてくれた社長兼機長は民間航空会社の資格認定医に対し心臓病と糖尿病の長い病歴を隠していた生涯をかけた事業を喪うのを畏れる気持には同情の余地があるとはいえカリフォルニアのモントレー空港からジョージアのコロンバス空港へ向かう途中オクラホマ州アードモアで滑走路をはずれて丘に激突し乗員九八名中かれ自身を含む乗務員五名と訓練帰りの兵士七十八名を死亡せしめたのは機体と健康の保全を怠った代償としかいいようがない市営空港の祈念碑に僕らの名が刻まれていたとしてもちっともおかしくなかったのだ
 この不思議な体験にそれ以上の意味があるとは思いもよらずに旅を続けた知らずして世界の音響設備に技術革新を強いていた僕らはアトランタで演奏が歓声に掻き消されぬのに感銘を受けた聞こえてるんだすげえと客の反応に思わず叫んじまったほどだヒューストン空港では午前二時なら……と高をくくって策を講じなかった地元警察のおかげで大波のごとく滑走路へ溢れたファンがターミナルへ移動する機体に屍鬼のごとく群がってよじ登りはじめた左右のエンジンがまだ旋回中だというのに連中は掌でばんばんと窓を叩き眼を剝いて吼えたそれだけなら前にも見られた光景で最悪でも血飛沫とともに生首や手脚が飛ぶだけだけれどここでは出迎えを口実にただ騒ぎを煽るだけの輩が紛れ込んでいた携帯瓶を振りまわして警官に喧嘩を売る酔っ払いなんてのはまだマシで燃料タンクの間近で平然と喫煙する者もいて心臓に爆弾を抱えた機長は慌ててエンジンを切ったおい用心棒どうにかしろよといってやるとMは数が多すぎるといって首を振った人垣に黒服の男が見えた気がした奇声を張り上げるファンに黒犬の群れが重なり車を揺すられる恐怖が蘇った脱出手段が見つかるまで僕らは機内に閉じ込められ窓から眼を背けて叫び声や掌の音を聞きながら機体が冷えるのをひたすら祈ったやがてフォークリフトでせり上げた台が出入口に横付けされ両手を挙げて吼えたり垂直跳びしたりする黒山の人だかりをかき分けて僕らは建物へ移送された幸いその台をよじ登る輩はおらず僕らは無事に収容された
 この地の競技場には楽屋も更衣室もなく情け容赦のない太陽に炙られながら二万五千人の前で二度演奏した騒ぎを伝え聞いて畏れをなしたシカゴ警察はオハラ空港を使わせてくれず早朝三時にミッドウェイ空港からモーテルまでまわり道を強いられたおまけに地元ラジオ局が宿泊先を友だちより先にザ・Bに会いに行こう! などと煽って詳細に報道してくれたもんで一睡もできぬまま二度の公演で計五万人を相手にするはめになった名誉戦傷章パープルハートがなければ乗り切れたか怪しいものだ普段はへらへら笑ってばかりいるMがチャーター機会社を替えるようBEに進言して断られたとかでこの数日間はずっと仏頂面だった僕らは無視して愉快にカード賭博をやったり談笑したりしたミネアポリスからオレゴン州ポートランドへ向かっていたときだ自動操縦に任せて僕らと談笑していた社長兼機長と副操縦士にMは何やら耳打ちしたあいつが哀しげに指さす右の窓に僕らは愕然としたエンジンが濛々たる黒煙とオレンジの焔を後ろに長くたなびかせていたたちまち機内は悲鳴と怒号でいっぱいになった着陸できそうな場所はあるかとPが尋ね広報担当トニーBは絶望的な顔を左右に振ったどの窓からも見えるのは岩山が雲までそびえる深い峡谷だけだったRは腑抜けのごとく茫然と焔を見つめGは意味もなく駆けまわってザ・Bと子どもたちが優先だと叫んだMがフヒッと息を洩らしたのを別にすればだれも笑わなかったマルEは手近な紙切れに妻子への遺言を書きはじめた気の毒な巨漢は僕らと関わったせいで翌年もおなじことをするはめになる


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
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“Flying(1)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog Jの「己の獣性と向き合うのが怖くて独りになりたくなかった」という言葉が、Jの本質を突いていると思う。どうしてこんなに薬物をやるのかなと思ったけど、その切実な気持ちがひしひしと伝わってきた。

    飛行機事故について、既存の資料にあることと未来からの干渉がすごくうまく絡み合っている。Gの前に現れた怪しい男とか雰囲気あるなぁ。このピンチをBの奴らとMはどう切り抜けるのか楽しみ!

    錠剤の名前を漢字で「妄想の城」って書くのもいいなぁ。Mojoで妄城なのかなぁ。杜作品の言葉の使い方、すごくいい。