Mと試した化学物質の大半は体験を共有したくてだれかれとなく是非にと薦めた。 ザ・Bのだれもがすぐさま気に入った草もあればPが最後まで渋った結晶もあった。 Gとは歯医者事件のおかげで深い絆を結べたし、 六〇年以上も一緒にやってきてさえ後から加わった劣等感を口にするRは、 いかなる実験的娯楽にも気軽に付き合ってくれた。 音楽がわからぬ商売人のBEは、 仲間扱いされたいばかりに日々の暮らしへ積極的に取り入れて、 それで最後にはああなった。 マルEが例の結晶を初体験したときには、 ハンブルクの便所裏でGが童貞を卒業したときと同様にみんなで一部始終を見守り、 拍手喝采してやった。 でき得るならば家族とも分かち合いたかったけれど息子はまだ二歳だったし、 渋るCに強要したところ窓から飛び降りようとしてMに羽交い締めされたりして大騒ぎになったんで、 三度で誘うのを諦めた。 ヘロインにはみんな怖れをなし、 ついてきたのはYくらいだった一方、 コカインはPのお気に入りとなった。 あの消し炭みたいなモジョなる錠剤 (漢字で 「妄想の城」 と書くらしい——いま思えばその頭文字もMだった) だけはあの日本人としかやらなかった。 よそでは手に入らずあいつは出し渋ったので服んだのも数度きりだ。 あれをやると死を支配する側にまわった錯覚に陥る。 万民に等しく己にも降りかかる運命ではなく、 ただ他者へ下す決定であるかに感じる。 だから未来の戦場で 「挽肉の壁」 に配られたのだ。 独りで過去を振り返る時間が増えたおかげで、 長年Yと訴えてきた確信が揺らぎつつある。 暴力は過ちではなく人間の本質だったのだろうか。 あいつが未来でやったこと、 僕が一九六三年にPの誕生会でやったこと——僕とMは確かに似ていた。
ひとたび嚥み下せば生涯その影響から逃れられない。 一九六五年の全米公演中、 ベヴァリヒルズに借りた家で客と車座になったとき、 薬効の持続時間について話すうち僕がふと思い立って尋ねると、 Mはそう応えた。 僕がボブWを病院送りにした話をPから聞いていたNとRは居心地悪そうにし、 共演女優やらザ・バーズの連中やら、 例の大根やらは何の話かわからず戸惑った。 いま思えば当時の僕は、 あの昏い渦のような悪夢を虹色の夢で上書きしたかったのだ。 己の獣性と向き合うのが怖くて独りになりたくなかった。 俗世を締め出して家族と平穏に暮らすはずだったケンウッドは、 染みこませた紙なり角砂糖なりが身近になった二年後には、 僕がCの代わりに行きずりの同伴者を連れ帰るようになったおかげで、 名も知らぬ他人が四六時中、 亡霊の群さながらに夢うつつで徘徊するようになる。 しかしこの時点で僕の生活はまだ 「もうちょっと自然なもの」 止まりで、 虹色の幻覚には侵蝕されておらず、 世界中であれだけ暴徒に迫られながらも、 いまだ人生の手綱を握れているかに錯覚していた。 死の悪意から薄皮一枚で隔てられているとも、 それがMのおかげとも知らなかった。 若さ故の傲慢ってやつだ。
あのチャーター機会社が所有していた数機のロッキード社製レシプロ双発機のうち、 どれかが大がかりな修理を受けたとか廃棄されたといった話は聞かなかったし、 一九六六年四月の事故だって、 米国民間航空委員会の調査によって社長兼機長の冠動脈不全によるものと結論づけられている。 シェア競技場での公演を終えてトロントへ向かう機体に何をされたかなんて、 CIAでもMでもない僕らには知るべくもなかった。 「坊やたち」 の評判を気にしたBEに堅く口止めされ、 それきり僕らも忘れちまったのでこの話はどの本にも書かれていない。 披露するのはこれが初のはずだ。 僕らは一九六五年八月一七日、 常識ではあり得ない速度で移動する光を窓に見て騒いだ。 ずっとのちに僕はおなじものをメイPと風呂上がりのバルコニーで目撃することになる。 騒然とする機内でMただひとりが黙りこくって座席で腕組みしていたこと、 その日の飛行は珍しく遅刻したあいつのせいで予定が狂いかねなかったことなんかを憶えている。
奇妙な話にはまだ続きがあり、 Gは何年ものちニューヨークからLAへ向かう機上で、 当時の副操縦士を名乗る男に話しかけられたという。 まったく信じがたい状態でしたよ、 よくぞ飛行に耐えたものですなぁと黒服の男は語り、 反屑協会なる連中が、 第二次大戦で使われた三・七インチ高射砲をどこからか引っ張り出してきて、 僕らを撃ち落とそうとしたのだと説明した。 見知らぬ他人から与太話を聞かされるのに慣れていたGは相手にしなかったものの、 ふと振り向くと男は機内から消えていた。 だれに尋ねてもそんな奴が乗り合わせていたとは認めず、 Gは瞑想の習慣がもたらした啓示の類と結論づけた。 僕にいわせればよくある幻覚か、 もしくは底意地の悪いだれかに担がれたのだ。 でなきゃ潰れた会社の死んだ副操縦士が、 自分を火葬にした機体について他人事みたいに話すわけがない。 牧場に招いて田舎の休日を過ごさせてくれた社長兼機長は、 民間航空会社の資格認定医に対し、 心臓病と糖尿病の長い病歴を隠していた。 生涯をかけた事業を喪うのを畏れる気持には同情の余地があるとはいえ、 カリフォルニアのモントレー空港からジョージアのコロンバス空港へ向かう途中、 オクラホマ州アードモアで滑走路をはずれて丘に激突し、 乗員九八名中、 かれ自身を含む乗務員五名と訓練帰りの兵士七十八名を死亡せしめたのは、 機体と健康の保全を怠った代償としかいいようがない。 市営空港の祈念碑に僕らの名が刻まれていたとしてもちっともおかしくなかったのだ。
この不思議な体験にそれ以上の意味があるとは思いもよらずに旅を続けた。 知らずして世界の音響設備に技術革新を強いていた僕らは、 アトランタで演奏が歓声に掻き消されぬのに感銘を受けた。 聞こえてるんだ、 すげえと客の反応に思わず叫んじまったほどだ。 ヒューストン空港では午前二時なら……と高をくくって策を講じなかった地元警察のおかげで、 大波のごとく滑走路へ溢れたファンが、 ターミナルへ移動する機体に屍鬼のごとく群がってよじ登りはじめた。 左右のエンジンがまだ旋回中だというのに連中は掌でばんばんと窓を叩き、 眼を剝いて吼えた。 それだけなら前にも見られた光景で、 最悪でも血飛沫とともに生首や手脚が飛ぶだけだけれど、 ここでは出迎えを口実に、 ただ騒ぎを煽るだけの輩が紛れ込んでいた。 携帯瓶を振りまわして警官に喧嘩を売る酔っ払いなんてのはまだマシで、 燃料タンクの間近で平然と喫煙する者もいて、 心臓に爆弾を抱えた機長は慌ててエンジンを切った。 おい用心棒どうにかしろよといってやるとMは数が多すぎるといって首を振った。 人垣に黒服の男が見えた気がした。 奇声を張り上げるファンに黒犬の群れが重なり、 車を揺すられる恐怖が蘇った。 脱出手段が見つかるまで僕らは機内に閉じ込められ、 窓から眼を背けて叫び声や掌の音を聞きながら、 機体が冷えるのをひたすら祈った。 やがてフォークリフトでせり上げた台が出入口に横付けされ、 両手を挙げて吼えたり垂直跳びしたりする黒山の人だかりをかき分けて、 僕らは建物へ移送された。 幸いその台をよじ登る輩はおらず僕らは無事に収容された。
この地の競技場には楽屋も更衣室もなく、 情け容赦のない太陽に炙られながら二万五千人の前で二度演奏した。 騒ぎを伝え聞いて畏れをなしたシカゴ警察はオハラ空港を使わせてくれず、 早朝三時にミッドウェイ空港からモーテルまでまわり道を強いられた。 おまけに地元ラジオ局が宿泊先を、 友だちより先にザ・Bに会いに行こう! などと煽って詳細に報道してくれたもんで、 一睡もできぬまま二度の公演で計五万人を相手にするはめになった。 名誉戦傷章がなければ乗り切れたか怪しいものだ。 普段はへらへら笑ってばかりいるMが、 チャーター機会社を替えるようBEに進言して断られたとかで、 この数日間はずっと仏頂面だった。 僕らは無視して愉快にカード賭博をやったり談笑したりした。 ミネアポリスからオレゴン州ポートランドへ向かっていたときだ。 自動操縦に任せて僕らと談笑していた社長兼機長と副操縦士に、 Mは何やら耳打ちした。 あいつが哀しげに指さす右の窓に僕らは愕然とした。 エンジンが濛々たる黒煙とオレンジの焔を後ろに長くたなびかせていた。 たちまち機内は悲鳴と怒号でいっぱいになった。 着陸できそうな場所はあるかとPが尋ね、 広報担当トニーBは絶望的な顔を左右に振った。 どの窓からも見えるのは岩山が雲までそびえる深い峡谷だけだった。 Rは腑抜けのごとく茫然と焔を見つめ、 Gは意味もなく駆けまわってザ・Bと子どもたちが優先だと叫んだ。 Mがフヒッと息を洩らしたのを別にすればだれも笑わなかった。 マルEは手近な紙切れに妻子への遺言を書きはじめた。 気の毒な巨漢は僕らと関わったせいで、 翌年もおなじことをするはめになる。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)

@ezdog Jの「己の獣性と向き合うのが怖くて独りになりたくなかった」という言葉が、Jの本質を突いていると思う。どうしてこんなに薬物をやるのかなと思ったけど、その切実な気持ちがひしひしと伝わってきた。
飛行機事故について、既存の資料にあることと未来からの干渉がすごくうまく絡み合っている。Gの前に現れた怪しい男とか雰囲気あるなぁ。このピンチをBの奴らとMはどう切り抜けるのか楽しみ!
錠剤の名前を漢字で「妄想の城」って書くのもいいなぁ。Mojoで妄城なのかなぁ。杜作品の言葉の使い方、すごくいい。