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連載第31回: Hellhound on My Trail(1)

アバター画像杜 昌彦, 2025年5月2日
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結婚のおかげで運気が上昇したのか突如として万事が順調に運びはじめたキューバの核ミサイル基地のことが盛んに報じられるようになる少し前一九六二年十月五日にデビュー盤が発売された張り切りすぎたRはマラカスでハイハットを刻むという珍妙な芸当を披露したがこれは採用されなかった)。 年末にかけて二週間ずつのハンブルク巡業が二度あってその合間に二枚目のシングルを収録その頃から遠征公演も販促のメディア出演もみるみる増えた地元音楽誌の人気投票で一位を獲ったばかりか全国誌の年末人気投票でも最優秀英国歌唱グループ部門で第五位最優秀英国小グループ部門でも第七位に入った田舎の無名グループの初シングルにしては上々の首尾だうんざりしながら五回目にして最後のハンブルク巡業をこなし二枚目のシングルがチャート首位を獲得しもはや僕らが地元ファンだけのものではなくなった翌一九六三年からは何もかも手のつけようがないほど目まぐるしく動きだした
 その異常な騒ぎを語る前にまずはデビュー直前の一九六二年夏に話を戻そう僕は結婚式のことをRにもNにも告げなかったかれらの口の堅さにまだ確信が持てなかったからだRに苦情をいわれたことは一度もないけれどのちのち自分だけが疎外されていると誤解して拗ねるかれのことを思えばどうせ仲間にするんだから来てもらえばよかったなと思うことはある送迎地がメンローヴ通りからフォークナー通りに変わってからも僕は口を濁しつづけた自らも脛に傷持つNは深く追求しないでくれたGとほぼ同世代の少年が壁を越えようとして東の警備兵に射殺された六日後八月二三日の朝は空が雲で厚く覆われていた僕の最初の妻となるCは手持ちでいちばんいい紫と黒の格子柄ツーピースにAにもらったフリル付きハイネックの白ブラウスを合わせ髪を夜会巻きにしてピンクの口紅をひき黒の靴を履いて黒のハンドバッグを手にし緊張して自宅前に立っていたピンストライプの背広で決めたBEが運転手付きのゾディアックで迎えにきてうやうやしく彼女をエスコートした僕と同じく強い近視のCは車体がペンキ落としでムラになっているのは見なかったことにして贅沢な計らいに感激したBEは車中でCの緊張をほぐすようなことをいったり装いを褒めたりした彼女が一六のとき癌で死んだ父親ならきっとそうしたであろうようにあるいは役者志望だったBEは自分の父親にそうであってほしかった姿を演じていたのかもしれない
 かつてジェイペイジ・スリーなるグループを結成したこともある三人とどうせ嗅ぎつけるだろうと呼ばなかったら案の定勝手に参加したMはマウントプレザント登記所の薄汚れた待合室でそわそわしながら新婦を待っていた四人ともふざけたモッズスーツではなく黒の背広とネクタイ白シャツといった馬子にも衣装そのものの格好何しろ結婚式なんて全員はじめてだPとGは場にふさわしいふるまいをしなくてはちゃんと新郎をサポートしなければと気負い込んで落ち着きなく立ったり座ったり歩きまわったりしていたとりわけ当事者の僕は緊張どころか悲壮感すら漂わせふたりのあいだで背中を丸めてじっと座っていたMだけは妙に大人ぶって世慣れたふりをしていたけれど煙草を出したり火をつけずにポケットにしまったり何か気の利いたことをいおうとしてやめたりしていたので僕ら同様に慣れていないのは隠せなかったCが現れると僕は救われた気持になり飛びつくように抱き締めて接吻したみんなに冷やかされてからようやく彼女を離してまじまじと見つめとてもきれいだと本心からいったCの親族代表である次兄夫妻が昼休みに仕事を抜けてきてくれたこれで全員が揃ったつまり伯母は脅迫を実行に移したのだCの次兄が僕らの背広をからかい緊張がほぐれてみんな笑った
 僕らの喪服めいた格好といい深刻な顔つきといい登記官の厳粛な態度といい結婚式というより葬式みたいだったまるで授業中に黒板の前に立たされて優等生を孕ませたことやおこがましくも一丁前に所帯を持とうとするのを叱られるかのような気持になった僕とCが何やら今後について神に誓うために進み出た途端僕の人生がまさしく喜劇であることを証明するかのような奇跡が起きた隣接する裏庭で空圧ドリルの掘削音が轟きはじめたのだこんなことある? 僕らは思わず互いに顔を見合わせたすさまじい振動音以外だれも何も聞こえないどどどどががががだだだだどるどるどるずごごごご……Pが眉根を寄せて何か抗議するようなことを叫んだけれど口だけパクパクしているかに見えたMがいきり立って出て行き面目なさげに首を振りながら戻ってきた使えないやつだ
 かくして絶対に笑ってはいけない結婚式の開幕と相成った自分で二回も経験して他人のにも幾度となく出席したいまでこそ段取りも台詞も見当がつくけれど純真無垢な当時の僕らには何もかも新鮮だった僕とCは登記官の言葉を聞きとろうと懸命に前屈みになり全神経を耳に集中させた答えるときにはふたり揃ってツイスト&シャウトばりの大声を張り上げたあのときのCなら僕と一緒に舞台に立てたろうどどどどどともに愛しががががが害しだだだだだだ相続税どるどるどるどる分かつまでずごごごごご……登記官が新婦に一歩前へ出るよう促すとここぞとばかりGが真顔で進み出た登記官はしかつめらしい顔を一ミリも崩さず僕らは必死で耐えたCの次兄夫婦とPが立会人として登記簿に署名しようやく解放された僕らは表へ出たその瞬間を待ち構えていたかのように土砂降りの雨が降りだした向かいの建物が見えないくらいの雨だ僕らはずぶ濡れになりながら詰めていた息をいっせいに噴きだして笑い転げた
 瀧のような雨に打たれながらCの次兄夫婦は晴れて夫婦となった僕らを抱き締めて祝福してくれたひとつもいい印象がなかったはずの僕を温かく迎え入れてくれたのだイエス様から直々に洗礼を受けたってあんなには感動しなかったろう雨のせいにした涙をCには見抜かれたかもしれないかれらが職場へ戻りやるべきことを終えた僕らは次にどうしたらいいかわからなくなった結婚式のあとは普通どうするんだ? BEの提案で近くにあるリースの店で昼食にしようということになった僕ら六人はひゃーと悲鳴まじりに笑いながらマウントプレザント通りを走ったそのとき通りすぎたヴァインの店という大きな居酒屋で二四年前おなじ登記所で結婚した両親が祝杯を挙げたことを僕は知らなかった
 スープと鶏肉にデザートのトライフルがついた一五シリングのセットをBEは僕らに奢ってくれたかれが見せた気前のよさはそれだけに留まらなかった若く貧しい僕らには出産と育児に適した新居を用意する手立てがなくこのあと本来ならCは隣人が越してしまった物寂しい安アパートへ僕はあの狂った伯母が待つメンディップスへそれぞれ戻るしかなかった伯母とのあいだに何があったか話さなかったのにBEは察してくれていたかれもまた家族に気を許せない事情があったからだそのためにかれはフォークナー通り三六番地のフラットを借りていた家族はおろか僕らを含めてだれひとりその隠れ家を知らなかったというかそのはずなのだが……訪ねてきたMに便所を貸したときには場所を訊かれなかった)。 その部屋をいつまででも好きなだけ使っていいとその昼食の席でBEは明言してくれたのだ当時の僕らは若かったから途轍もない親切だとしかわからなかったでも違法な存在として生まれついた男にはきっとそれ以上のことだったのだ感極まったCはBEに抱きついて礼をいった僕より六歳上のBEは感情を表に出すのを潔しとしない世代に属していたそのかれがCが全身で表明した感謝に顔を赤らめて照れていた僕は驚きと喜びのあまり咄嗟に何もいえなかったもちろんあとで礼をいったけれどあのとき目で通じ合った気持のほうがもっと伝わったと思う
 兄貴分の僕に世間に秘さねばならぬ事情ができたのはGにとってこのうえなくいじり甲斐のある弱みだったCはその前から洞窟に寄りつかなくなっていた慰め合い励まし合ったPの婚約者が物語から退場したせいでも僕らの関係に勘づいたファンに敵意を向けられ身の危険を感じることが増えたせいでもある日増しに腹が丸くせり出るようになってからはなおさらだったところが僕らが戸籍登記所を出るところを洞窟の軽食係に見られてしまった噂はたちまち広まりいわゆる公然の秘密となったSの後釜として僕と文通していたファンの子がその頃ノルウェイ土産の木製人形を持ってきてくれていたその子に見守られて楽屋でその包みを開けるときGがほかのお祝いと一緒に飾るのかと訊いてきた僕はファンの子の視線を気にしながらしっ! 黙れといった便器に座ってズボンを下ろしたトロールが包みから現れただってまた結婚のお祝いが来たのかと思ったんだよとあいつはすっとぼけて追い打ちをかけた僕はだれ! と歯の隙間からいったそれから万事承知でくすくす笑っているファンの子にこれ何ノルウェイの木? と僕はごまかすようにいった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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“Hellhound on My Trail(1)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog みんないい奴らだなぁ。特にBEの優しさが染みる。すごすご戻ってきたMもいいやつだ。最悪みたいな状況の結婚式も笑い合える仲間達。青春だな!

Comments

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  1. 杜昌彦
    杜昌彦 @ezdog.press

    絶対に笑ってはいけない結婚式

    2025年5月2日