CLOUD 9

連載第29回: Hello, Goodbye(3)

アバター画像杜 昌彦, 2025年4月18日
Fediverse Reactions

八月一五日水曜は洞窟で日に二回公演があった日本では想像力の欠如と忘れっぽさの記念日だとMは話していたその証拠にそれがどうして大切な日なのか想像するのをだれもが忘れてしまったという夜公演のあと僕らは翌日に予定されたチェスター公演について打ち合わせた何も報されていないピートBはいつもの時間にNと迎えに行くよと僕に告げたPとGが僕を見たいや彼女と用事があるから自力で行くと僕は断ったドラムを片づけながらNは眉をひそめて妙な顔つきをしたがピートBは何も尋ねなかった僕が近々挙式予定なのを知っていたので疑問に思わなかったようだ当日の昼前にBEの事務所へ呼ばれた理由も自分が電話で取りつけた二三の契約について話すのだとかれは思い込んでいたモナBお気に入りの男子と長男が落書きだらけのヴァンで去ったあともPとGは僕の顔をじっと見つめていたなんだよと僕は狼狽した土曜にはRが戻ってくるんだろうまだ話してないのかとPが咎めたいつ話すんだいとGが無邪気にいったうっせえなタイミングを見計らってんだよと僕は弱々しく答えたMはニヤニヤしながら僕らを眺めていたその間抜け面に僕はイラッとした
 翌日ピートBが事務所に赴くとなぜかMもいて窓枠にもたれて横目で外を眺めながら小瓶のコークを飲んでいた戸惑いながらもピートBはようと声をかけたがMは無視したピートBは薦められた椅子に座ってとりとめのない世間話をBEと交わした顔を紅潮させた青年実業家はいつまでも本題に入ろうとしなかったまるでそこに部外者の日本人などいないかのようにふるまうのも妙だった僕が代わりに話そうかとMがいきなり口をひらいたそしてピートBにニッコリ笑いかけたおめでとうきみは今日からマージービーツのリーダーだよ! ピートBは口をぽかんと開けたなんだって? 聞こえなかったかいきみはザ・Bを脱退して新グループにリーダーとして加入するんだもちろんBEが面倒を見てくれるから成功は約束されたようなもんさねっBE? Mはいつもの軽い調子で部屋の主に同意を求めたBEはああとかううとか曖昧に唸ったのちそうだとついに認めたそれからBEは茫然として何も耳に入らぬ元ドラマーにRが加わる土曜日まで残りの公演で叩いてくれないかと丁寧に頼んだ元ドラマーはああとかううとか曖昧に肯いて心ここにあらずといった態でふらふらと出て行きだれかと鉢合わせしそうになったピートBと抱き合わせで売られるはずだったメンバー二名だ何の契約で呼び出されたのかこいつらも知らなかったあとにしてくれといってBEはふたりを追い払い頭を抱えて深い溜息をついたMはおもしろがるようにその様子を眺めながらコークを干した
 表で待っていたNをピートBは手近なパブへ連れ込んだこれが飲まずにいられるか僕らの元ドラマーはいかなる悪辣な仕打ちを受けたか親友に切々と語り自棄酒を呷ったのちにかれが自ら広めた伝説によれば一緒に辞めると主張して憤る親友をこれはおれひとりの問題だあんたは残ってこれまで通り働くんだと男らしく諫めたことになっている気の毒だがこの話はN自身が容赦なく否定している実際には元ドラマーは時間を気にする付き人を引き留めて夜までずるずると飲みたがり仕事があるからと断られたのだそうだでもたったいまおれは馘になったんだぞ! とピートBは情けない声をあげあんたはねおれはそうじゃないとNは応えた会計士の道を諦めて転職し決して認知はしなかったものの父親にまでなった男は肚が据わっていたいまさら後戻りはできなかった僕らの商売は弾みをつけて転がり出していたのだ
 若き愛人に電話で顛末を報告されたモナBは怒り狂いBEと僕らを訴えると息巻いたけれどもひと月前に生んだばかりの乳飲み子を抱えていてはどうにもならなかった通話の最中もその子は全力で泣き叫んでいたその赤ん坊に彼女は悪党ローグと名づけて役場の戸籍係にわざわざ綴りを念押しまでしているまるで災いの元だとでもいわんばかりだ赤子やその父親やザ・Bといった世の男性なるものに彼女がいかなる思いを抱いていたかわからない夫の不在中にできた子どもに純粋な愛や祝福からそのような名前をつけるだろうかわが子と同年代の若い男の子に対する特殊な嗜好がすべての発端だとの自覚はあったのかとも思うし逆に若きNの性欲を差し置いて彼女の責だけを問うのも公平ではなかろうとも思う悪党君の人生には気の毒だけれどいずれにせよ僕には知ったこっちゃない若い彼女の写真を見た次男がどこかちょっと母さんに似ているねとのたまったことがあるよせよとんでもないと僕は憤慨したけれどいいたいことはわからぬでもない彼女の好みがちょっとでも違っていたら僕だって餌食にされていたかもしれないのだペパー軍曹のジャケット撮影のとき彼女の父親がインドでの軍功で授与された勲章を借りたことがあるまだ僕らを恨んでいたはずなのに彼女は快く貸してくれた僕はLの花文字のところにあるトロフィを添えて返却した
 ピートBは約束させられた残りの仕事を無断欠勤しただれも最初から期待はしていなかった打ち合わせ通りの時間にヴァンを運転してリバーパーク舞踏会館へ現れたNに僕らはおずおずと口々に尋ねたなぁあいつどんな感じだった? 知るかよと僕より先に父親になった男は平然と返したおまえらこそどう思ってるんだ? そして何事もなかったかのように機材の搬入をはじめた僕らはかれの態度に感服したのと後ろめたかったのとでBEを通じて支払う週八ポンドの賃金を十ポンドに上げてやることにしたお客のみんなになんて説明すりゃいいんだよと弱り切ったお父っつぁんに楽屋で問われた代わりに叩いてくれた別グループのドラマーにはあからさまに蔑みの目で見られ辛辣に当てこすられた僕らはどちらにも返す言葉もなく俯くしかなかった仕事が終わるとNは僕らの機材を積んで帰りモナB宅のいつもの場所に駐車したそして乳飲み子の泣き叫ぶ戦場へ帰還した
 仲が悪いんだかいいんだかわからぬふたりが互いの誕生日を祝い合った二ヶ月後何の権限もないMが僕らに成り代わってピートBへ馘首を告げた三日後バーケンヘッドのポートサンライトという花が咲き乱れる小さな美しい村にあるボルトン通りのヒューム講堂で地元園芸協会の一七周年を記念するダンス大会があったその仕事でRは公式にザ・Bに加わった僕が命じたとおりかれは自慢のあごひげを剃り落として頭を平らに撫でつけていたもみあげはそのままだったRは僕らの付き人とほぼ面識がなかったものの前任者の親友であることは知っていて喧嘩を売られるのではとピリついていた件の前任者は自分で楽器の調整をしていたそのためNはやり方を教わっておらずRにも調整を任せることにしたこれがRを傷つけたギターとベースは面倒を見てもらっているのに新入りのおれだけ放置かよ! いいですよーだいわれなくても自分でやるさおれの調整のやり方なんて教えてやるもんか……幼少期の大半を病床で過ごし小学校にすら碌に通えなかったおかげで単語もまともに綴れないかれは陽気な楽天家を演ずることを学ぶまで人見知りする癖で損をすることが多かったひとたび知り合って打ち解けてしまえばあんなにいいやつはいないのに所帯を持ってはじめて夕食に招いたときもRはこの性格を発動しかれが荒っぽい地区で育ったことを僕から聞かされていたCはおかげでまたしても川向こうのお嬢さん扱いかと恨めしく思ったらしい腕前と人柄に惚れ込んでRを仲間に引き入れたあのGでさえ最初は若白髪をメッシュと勘違いし鼻持ちならぬ気取り屋だと決めつけたくらいだ
 花と堆肥のにおいの漂うのどかな村でのダンス大会はつつがなく終えたけれど問題はホームたる洞窟で翌日の夜に行われるお披露目公演だったRが元いたグループはハンブルクでこそ人気だったがリヴァプールでは知られていなかった当然だれだよこいつということになる窮屈な楽屋で肩を寄せ合っている時点から客の不平がましい足踏みが響いてきた僕らが舞台に上がるなり声を合わせてかれらは叫んだピートは永遠エヴァRは絶縁ネヴァ! 野次は演奏をはじめてからもつづいただれひとり新入りのRに同情していないRは不憫にも精いっぱい強面を装っていたさすがの僕もいつもの無頼を気どる度胸はないPは両手を挙げて謝るようなしぐさをしつつ外交的にふるまおうとしていたそれでもこの日は騒ぎが収まらなかった店を出るとき僕らは怒り狂った女の子たちに揉みくちゃにされた汗と体臭がむっと押し寄せて吐きそうだったGは何か皮肉めいたことを口走ったらしく次に逢ったときには目に痣をこしらえていたBEは愛車のゾディアックにペンキ除去剤をぶちまけられる被害に遭ったかれは洞窟の経営者からドアマンを身辺警備につけることを勧められしばらくは従わざるを得なかった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
ぼっち広告

“Hello, Goodbye(3)” への2件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog 八月十五日のくだりで思わずニヤリとした。ほんとにそう。
    今回も肝心なところでMがビシッと決めてくれた。こういうことは部外者だからこそ言えるんじゃないだろうか。
    Bの歴史を全然知らない自分は、あのRがそんな目にあっていたなんて……とビックリした。

  2. ::: より:

    @ezdog Rのスネ方がちょっと可愛い。

Comments

Join the conversation on Bluesky

  1. 杜昌彦
    杜昌彦 @ezdog.press

    blueskyで返信するとコメントとして表示されます

    2025年4月18日