CLOUD 9

連載第53回: Mother’s Little Helper(1)

アバター画像杜 昌彦, 2025年10月15日
Fediverse Reactions

一九六九年一月末に会社の屋上でやった公開収録で僕らが心密かに期待したのは警官たちに羽交い締めされて楽器から引き剥がされプラグを抜かれて強制的に演奏を中止させられる結末だった映画にふさわしい劇的な演出いま風にいえば映えインスタグラマブルだと考えたのだ実際には映画やサウンドトラックのお寒い出来にふさわしく困惑した数名の警官に懇願されて渋々楽器を置くしかも一曲演り終えるまで待ってもらって……なんて消化不良で終わったのだけれどあの着想源は一九六四年夏のクリーヴランド公会堂にあったように思う仕事を妨げられた恨みを何年も溜め込み作品上でやり返す機会を狙うことになったのに加え安全無害な愛らしい坊やたちではなく時代の反逆児でありたかった僕らにとって正直どこか誇らしかったのは否めない鉄のカーテンの向こう側で投獄されるのを覚悟で僕らの音盤がまわし聴きされたとのちに知り勲章をもらったときよりも鼻が高かったものだかといってそんな国に生まれていたら音楽なんかやる度胸はなかったろうし実際自由な国で戦後の豊かさを享受して育ち世界中の警察や自治体に護られておきながら大人たちのいいなりにはならないぜ! なんて虚勢を張っていたのだから幼稚な餓鬼もいいところだ
 その日の熱狂は最初から度を超していたいや当時はどの会場だって度を超していたけれど大抵は僕らの登場で絶叫スイッチが入り退場で切れていたのにどのタイミングで叫ぶか事前に打ち合わせる子たちもいたらしい)、 開演前から全力で叫ばれて無人の舞台へ押し寄せられたのは初めてだったのちにある少女が語ったところによれば柱に遮られて舞台がよく見えなかったからというけれど要は連中にとっちゃ悪霊に憑依された巫女のように我を忘れて叫べれば演奏なんてどうだってよかったのだ百名の警官は演目が進むにつれ数千人の津波に耐えきれなくなりひとりの少女が押し倒され三百人に踏みつけられそうになり命がけで助けようとした警官が揉みくちゃにされたもう潮時だとばかり背広の警部補佐が舞台へ駆け上がりPとGを押しのけ僕のマイクを奪って大声で公演中止を宣言したかれはただ職務を全うしようとしただけで観客の楽しみを奪うつもりなど毛頭なかったなのに僕らは若さ故の恩知らずでハンブルクで鍛えた強面グループを舐めるなよとばかり無視を決め込んだ割れたビール瓶が飛び交うかの地で息災でいられたのは偶然でしかなくこのときだって警察が命がけで体を張ってくれたおかげで八つ裂きを免れていたのに生存者バイアスで傲慢な錯覚をしていたのだ警部補佐はまなじりを吊り上げ肩を怒らせて僕に迫った僕はおどけた顔で軽快なステップを踏んでみせた別の背広が猛然とすっ飛んできて舞台から降りるよう身ぶりで示しただれひとり従わないのに業を煮やしたこの警部補はよりによってGの肘を掴んで袖へ引きずっていこうとしたこれがPならもっと穏やかに話がついていたろう元少佐との一件以来権力に憎悪を燃やすGは怒りも露わに手を離せよ! などと抵抗した
 群衆は殺気立って抗議の叫びをあげた暴動寸前だった右隣と背後からPとRのおいどうすんだよ? といいたげな視線を感じた僕は袖のMを見た警部補と睨み合うGの隣であいつは静かに首を振った僕が渋々リッケンバッカーを降ろすとPも従いRもバチを置いて立ち上がった罵声やブーイングで騒然とするなか鋼鉄の防犯幕が降りた僕は楽屋で地元ラジオ局KYWのディレクターにここの警察はド素人の集まりだと悪態をついてみせたこの頃の僕の口癖だ世界中で自分らだけが一流の専門家で見合わない待遇をする連中はみんな素人だと決めつけるほどに思い上がっていたのだBEは宥めるようにあの判断は正しい会場の安全を確保するにはああするしかなかったと述べそれから警官たちの輪に入って低い声で話し合った付き人たちが実務的な情報をいくつか提供しMも横から口を挟んだ同等の立場かにふるまう東洋人に米国の警官たちは面喰らったようだあいつが何か地元でしか通じない訛りか冗談でも口にしたらしく張り詰めた空気が緩んだマルEも愛想を振りまいた警部補は悩んだ末に公演の続行を許可した照明を落とさず観客が大人しく着席している条件つきでだ守れなければ今度こそ即刻中止ですぞと警部補佐が念を押した狂った観客など制御すべくもない僕らははいはいわかったよと投げやりに応じたデレクTが勇敢にもマイクを手にして舞台に立ち着席を求めた会場を埋め尽くす少女たちは立ツナ立ツナ立ツナ……と合唱をはじめたMは意味がわからないといって爆笑した僕らが楽器のもとへ戻り幕が上がって中断から十分後に公演は再開された残りの演目はつつがなく終わった五百人が押し寄せる頃には僕らは裏口から脱出し護送車を改造した暴動鎮圧用バスに乗せられてクリーヴランド・ホプキンス空港へ向かっていた
 深夜というか早朝に降り立ったニューオリンズではヘリが車輪のパンクで使えなかったり代わりに手配されたリムジンが道をまちがえたり護衛車両からはぐれて暴徒に取り巻かれたり咄嗟に後退して警察車両に追突したりと不手際が続き僕に素人呼ばわりを連発させたものの午前四時に僕らはどうにかモーテルに到着してロビーを駆け抜け洗濯場を通って表に出てから三つの部屋がついたスイートに落ち着けたここでの公演も大混乱で障壁を壊した連中を二二五名の警官が捕らえるのに二〇分もかかり二百名が失神して気付薬を嗅がされ腕を折った少女は病院へ運ばれるのを拒否した今頃ひん曲がって障害の残る腕を孫に自慢でもしていることだろう翌日は休みのはずだったけれど球団を所有するカンサスの富豪が地元にどうしても僕らを呼びたいと空前絶後の一五万ドルもの巨額を提示して頑張ったんで退屈しのぎにババ抜きをやっていた僕らはBEがいいなら三〇分くらい客の前に出るのは構わないよと生返事したここでは二万八千枚の切符を売れば収支とんとんのところ四万一千人収容の市営球場は半分埋まり五万から十万ドルの赤字が出たにもかかわらず富豪はさらに二万五千ドルを救世軍病院に寄付し新聞の取材に応じてちっとも損失だなんて思っちゃいません病院は得をしたし子どもたちは大喜びいい買い物をしたよと豪語したそうだ地域社会に貢献するこの姿勢を現代のIT長者には見習ってほしいものだ)。 Mは土地にちなんでPに洞窟時代の十八番をやってほしかったようだけれど女優の手首を揶揄した僕もさすがに畏れ多いってんでかけ声を連呼する曲を代わりに演目に加えたヘイヘイヘイ! とやると観客もヘイヘイヘイ! と応じて大盛り上がり……といいたいところだけれど場内放送用の拡声器じゃ何を演ろうが客にはおなじでまたしても公演を一時中断せざるを得ぬほどの騒ぎとなったそれでもこの手の単純なのがお好みのMはご機嫌で満更でもない僕らは音盤にも吹き込んだ
 翌日は前大統領が殺された街での公演で事件の再現を畏れたのか舞台は通常の三倍は高くRなんか地上一五フィートで叩かされるはめになったかえって狙いやすいじゃないか何かあったらどうやって助けるんだよと心配するMを僕らはからかったところが空港の警備ときたら数千人の出迎えに対してわずか二名の白バイのみ案の定僕らが着陸するなりその二名は群衆に呑み込まれ絶叫する少女らは腐肉にたかる虫よろしく移動中の機体にわらわらとよじ登ってきた機長が咄嗟にエンジンを切らなければ二年後に回収される昨日と本日の装幀さながらに回転翼に切断された生首や手脚が僕らのまわりに飛び散っていただろう切った髪や使ったシーツが刻まれて売られるのには慣れっこになっていた僕らも僕らの歩いた芝生をむしって貪り喰らう少女たちの出現にはさすがに仰天した宿への不法侵入に失敗した連中が噴水へ飛び込むというわけのわからぬ光景も見られた車から飛び降りて宿の裏口へ駆け込もうとする僕らを数百人が妨げGは突き倒されて膝をつきRも体当たりされたが辛うじて持ちこたえた数えきれぬ負傷者のうち揉み合う群衆の先頭でガラス扉にぎゅうぎゅう押しつけられた子はしまいに顔でぶち破って血まみれになった


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
ぼっち広告

“Mother’s Little Helper(1)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog 『Cloud9』を今まで読んできたおかげでビートルズファンの常軌を逸した行動にはもう慣れっこのつもりでした……私が甘かった!今回登場するファン達は本当にどうかしている!わらわらのところとか芝生のくだりで笑ってしまった!

    いやしかし、この頃のBはたくさんの大人達に守られていたんだな。BEやマルEやデレクTや、各地のたくさんの警官達に。そういう仕事の大切さもしみじみ感じた。