一九六九年一月末に会社の屋上でやった公開収録で、 僕らが心密かに期待したのは、 警官たちに羽交い締めされて楽器から引き剥がされ、 プラグを抜かれて、 強制的に演奏を中止させられる結末だった。 映画にふさわしい劇的な演出、 いま風にいえば 「映え」 だと考えたのだ。 実際には映画やサウンドトラックのお寒い出来にふさわしく、 困惑した数名の警官に懇願されて渋々楽器を置く、 しかも一曲演り終えるまで待ってもらって……なんて消化不良で終わったのだけれど、 あの着想源は一九六四年夏のクリーヴランド公会堂にあったように思う。 仕事を妨げられた恨みを何年も溜め込み、 作品上でやり返す機会を狙うことになったのに加え、 安全無害な愛らしい 「坊やたち」 ではなく、 時代の反逆児でありたかった僕らにとって、 正直どこか誇らしかったのは否めない。 鉄のカーテンの向こう側で投獄されるのを覚悟で僕らの音盤がまわし聴きされたとのちに知り、 勲章をもらったときよりも鼻が高かったものだ。 かといってそんな国に生まれていたら音楽なんかやる度胸はなかったろうし、 実際、 自由な国で戦後の豊かさを享受して育ち、 世界中の警察や自治体に護られておきながら、 大人たちのいいなりにはならないぜ! なんて虚勢を張っていたのだから幼稚な餓鬼もいいところだ。
その日の熱狂は最初から度を超していた。 いや当時はどの会場だって度を超していたけれど、 大抵は僕らの登場で絶叫スイッチが入り退場で切れていたのに (どのタイミングで叫ぶか事前に打ち合わせる子たちもいたらしい)、 開演前から全力で叫ばれて無人の舞台へ押し寄せられたのは初めてだった。 のちにある少女が語ったところによれば、 柱に遮られて舞台がよく見えなかったからというけれど、 要は連中にとっちゃ、 悪霊に憑依された巫女のように我を忘れて叫べれば演奏なんてどうだってよかったのだ。 百名の警官は演目が進むにつれ数千人の津波に耐えきれなくなり、 ひとりの少女が押し倒され三百人に踏みつけられそうになり、 命がけで助けようとした警官が揉みくちゃにされた。 もう潮時だとばかり背広の警部補佐が舞台へ駆け上がり、 PとGを押しのけ僕のマイクを奪って、 大声で公演中止を宣言した。 かれはただ職務を全うしようとしただけで観客の楽しみを奪うつもりなど毛頭なかった。 なのに僕らは若さ故の恩知らずで、 ハンブルクで鍛えた強面グループを舐めるなよとばかり無視を決め込んだ。 割れたビール瓶が飛び交うかの地で息災でいられたのは偶然でしかなく、 このときだって警察が命がけで体を張ってくれたおかげで八つ裂きを免れていたのに、 生存者バイアスで傲慢な錯覚をしていたのだ。 警部補佐はまなじりを吊り上げ肩を怒らせて僕に迫った。 僕はおどけた顔で軽快なステップを踏んでみせた。 別の背広が猛然とすっ飛んできて舞台から降りるよう身ぶりで示した。 だれひとり従わないのに業を煮やしたこの警部補は、 よりによってGの肘を掴んで袖へ引きずっていこうとした。 これがPならもっと穏やかに話がついていたろう。 元少佐との一件以来、 権力に憎悪を燃やすGは怒りも露わに、 手を離せよ! などと抵抗した。
群衆は殺気立って抗議の叫びをあげた。 暴動寸前だった。 右隣と背後からPとRの、 おいどうすんだよ? といいたげな視線を感じた。 僕は袖のMを見た。 警部補と睨み合うGの隣で、 あいつは静かに首を振った。 僕が渋々リッケンバッカーを降ろすとPも従い、 Rも枹を置いて立ち上がった。 罵声やブーイングで騒然とするなか鋼鉄の防犯幕が降りた。 僕は楽屋で地元ラジオ局KYWのディレクターに、 ここの警察はド素人の集まりだと悪態をついてみせた。 この頃の僕の口癖だ。 世界中で自分らだけが一流の専門家で、 見合わない待遇をする連中はみんな素人だと決めつけるほどに思い上がっていたのだ。 BEは宥めるようにあの判断は正しい、 会場の安全を確保するにはああするしかなかったと述べ、 それから警官たちの輪に入って低い声で話し合った。 付き人たちが実務的な情報をいくつか提供し、 Mも横から口を挟んだ。 同等の立場かにふるまう東洋人に米国の警官たちは面喰らったようだ。 あいつが何か地元でしか通じない訛りか冗談でも口にしたらしく、 張り詰めた空気が緩んだ。 マルEも愛想を振りまいた。 警部補は悩んだ末に公演の続行を許可した。 照明を落とさず観客が大人しく着席している条件つきでだ。 守れなければ今度こそ即刻中止ですぞと警部補佐が念を押した。 狂った観客など制御すべくもない僕らは、 はいはいわかったよと投げやりに応じた。 デレクTが勇敢にもマイクを手にして舞台に立ち、 着席を求めた。 会場を埋め尽くす少女たちは立ツナ、 立ツナ、 立ツナ……と合唱をはじめた。 Mは意味がわからないといって爆笑した。 僕らが楽器のもとへ戻り幕が上がって、 中断から十分後に公演は再開された。 残りの演目はつつがなく終わった。 五百人が押し寄せる頃には僕らは裏口から脱出し、 護送車を改造した暴動鎮圧用バスに乗せられて、 クリーヴランド・ホプキンス空港へ向かっていた。
深夜というか早朝に降り立ったニューオリンズではヘリが車輪のパンクで使えなかったり、 代わりに手配されたリムジンが道をまちがえたり、 護衛車両からはぐれて暴徒に取り巻かれたり、 咄嗟に後退して警察車両に追突したりと不手際が続き、 僕に素人呼ばわりを連発させたものの、 午前四時に僕らはどうにかモーテルに到着してロビーを駆け抜け、 洗濯場を通って表に出てから三つの部屋がついたスイートに落ち着けた。 ここでの公演も大混乱で、 障壁を壊した連中を二二五名の警官が捕らえるのに二〇分もかかり、 二百名が失神して気付薬を嗅がされ、 腕を折った少女は病院へ運ばれるのを拒否した。 今頃ひん曲がって障害の残る腕を孫に自慢でもしていることだろう。 翌日は休みのはずだったけれど、 球団を所有するカンサスの富豪が地元にどうしても僕らを呼びたいと、 空前絶後の一五万ドルもの巨額を提示して頑張ったんで、 退屈しのぎにババ抜きをやっていた僕らは、 BEがいいなら三〇分くらい客の前に出るのは構わないよと生返事した。 ここでは二万八千枚の切符を売れば収支とんとんのところ、 四万一千人収容の市営球場は半分埋まり、 五万から十万ドルの赤字が出た。 にもかかわらず富豪はさらに二万五千ドルを救世軍病院に寄付し、 新聞の取材に応じて、 ちっとも損失だなんて思っちゃいません、 病院は得をしたし子どもたちは大喜び、 いい買い物をしたよと豪語したそうだ (地域社会に貢献するこの姿勢を現代のIT長者には見習ってほしいものだ)。 Mは土地にちなんでPに 「洞窟」 時代の十八番をやってほしかったようだけれど、 女優の手首を揶揄した僕もさすがに畏れ多いってんで、 かけ声を連呼する曲を代わりに演目に加えた。 ヘイヘイヘイ! とやると観客もヘイヘイヘイ! と応じて大盛り上がり……といいたいところだけれど、 場内放送用の拡声器じゃ何を演ろうが客にはおなじで、 またしても公演を一時中断せざるを得ぬほどの騒ぎとなった。 それでもこの手の単純なのがお好みのMはご機嫌で、 満更でもない僕らは音盤にも吹き込んだ。
翌日は前大統領が殺された街での公演で、 事件の再現を畏れたのか舞台は通常の三倍は高く、 Rなんか地上一五フィートで叩かされるはめになった。 かえって狙いやすいじゃないか、 何かあったらどうやって助けるんだよと心配するMを僕らはからかった。 ところが空港の警備ときたら数千人の出迎えに対してわずか二名の白バイのみ。 案の定、 僕らが着陸するなりその二名は群衆に呑み込まれ、 絶叫する少女らは腐肉にたかる虫よろしく、 移動中の機体にわらわらとよじ登ってきた。 機長が咄嗟にエンジンを切らなければ、 二年後に回収される 「昨日と本日」 の装幀さながらに、 回転翼に切断された生首や手脚が僕らのまわりに飛び散っていただろう。 切った髪や使ったシーツが刻まれて売られるのには慣れっこになっていた僕らも、 僕らの歩いた芝生をむしって貪り喰らう少女たちの出現にはさすがに仰天した。 宿への不法侵入に失敗した連中が噴水へ飛び込むというわけのわからぬ光景も見られた。 車から飛び降りて宿の裏口へ駆け込もうとする僕らを数百人が妨げ、 Gは突き倒されて膝をつき、 Rも体当たりされたが辛うじて持ちこたえた。 数えきれぬ負傷者のうち、 揉み合う群衆の先頭でガラス扉にぎゅうぎゅう押しつけられた子は、 しまいに顔でぶち破って血まみれになった。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)

@ezdog 『Cloud9』を今まで読んできたおかげでビートルズファンの常軌を逸した行動にはもう慣れっこのつもりでした……私が甘かった!今回登場するファン達は本当にどうかしている!わらわらのところとか芝生のくだりで笑ってしまった!
いやしかし、この頃のBはたくさんの大人達に守られていたんだな。BEやマルEやデレクTや、各地のたくさんの警官達に。そういう仕事の大切さもしみじみ感じた。