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連載第43回: Anywhere I Lay My Head(1)

アバター画像杜 昌彦, 2025年8月6日
Fediverse Reactions

世界公演をきっかけにMと僕らの関係は変わりはじめたRのお粗末な代役を務めるあいだMはたびたびPに助言を求め顔を突き合わせて話し込むようになった誕生日という共通項のあるふたりはこれを機に急接近し八月の米国公演ではマルEをお遣いに出してビートニク作家のペイパーバックを山ほど買い込んだPが得意気に講釈を垂れてはMと文学論を闘わせるようになる政治や宗教についてMと話し込むGもたびたび見かけた元海軍少佐との一件以来このふたりには他人にはわからぬ絆が生じたようだった仲間たちがこの僕を差し置いてMと個人的な話題を共有するのが僕にはおもしろくなかったサンチョ・パンサのごとき忠実な家来を奪われたかに感じたのだ病床のRはRで付け鼻の贋物に職を奪われることを本気で心配していたらしいそのことを知った僕はそしてM本人も思わず噴き出してしまったけれど子ども時代の大半を病床で過ごし同世代との交流が少なかった上に数年遅れて僕らの仲間に加わったRにとっては切実な問題だったようだおかげでRはどんなときも心から味方をしてくれる相手だと悟るまで数ヶ月はMによそよそしく接したハンブルク時代自分が歌唱するコーナーのたびに大喜びのMに拍手喝采されていた癖になぁR僕だってあんな賞賛は受けなかったぞ)、 そんな態度をとるのだから筋金入りの人見知りだ病床で鬱々とするRのために婚約者は仕事を休んで地元から飛んできて甲斐甲斐しく世話を焼いてやったらしい一八歳の見習い美容師に海外行きの飛行機は思いきった冒険だったはずだ本人たちから直接聞いたわけじゃないけれど気が弱っていたRはきっと当時の男なら滅多にさらけ出さぬような不安や悩みを正直に打ち明けたのだろうCと同じく夫は家族を養うため外で働き妻は家族に気を配り子どもを産み育てるものという古めかしい価値観で育った婚約者はやはり僕へのCの思いと同様にこのひとには自分がいなければだめだ一生かけて支えてやらねばと若いながらに決意したにちがいない彼女はそれぞれの夫が離れたのちもCと生涯の友情で結ばれることになる
 思い返せば当時の僕らはとにかく若すぎて何もわかっちゃいなかったアムステルダムから三六マイル離れたブロッカーの展示場では舞台の合間にちょっとした待ち時間があったのでこれ幸いと楽屋でうたた寝を貪った地元食堂での歓迎会といくつかの催事に参加するはずだったのを報されていなかったのだ警護にかけては油断を知らぬかに見えたMでさえも僕らに押しつけられた大役に疲れきって鼾をかいて眠りこけたすっぽかされたファンまたしてもむくつけき野郎ばかりは荒れ狂い暴動寸前になったとのちに聞かされたいま振り返ればこれは二年後に降りかかる災難のいわば予兆だったのに僕らときたら悪い悪いうっかりしちゃった程度の認識でこの失敗から何も学ぼうとはしなかったあるいは僕らはちょっとばかり増長しはじめていたのかもしれないBEにしてもそんなちっぽけな仕事は無視しても構わないと侮り僕らに何もいわなかった僕らもそんなちっぽけなマネージャに説教されたところで無視しても構わないと侮っていたのだからどのみち出席はしなかったろう飛行機は僕らの乗り継ぎのために一時間も待ってくれた無関係の乗客に迷惑をかけておきながら僕らはそれが当たり前であるかのように平然としていた侮りつつもなんだかんだ世慣れた大人の見本にしていたBEがまさにそんな態度だったからだ
 ジツゾン組から親分とまで綽名された僕はザ・Bにかけては自分こそ兄貴分でありだれからも指図される謂れはないと思っていたBEと出逢わなくても成功していたと人前では豪語したし当の本人に対しても宗教や性的指向のことで残酷にからかうばかりかあんたはおれらを働かせるばかりで何もしていないなどと事実無根の難癖をつけたものだあとの三人だって僕ほどじゃなくとも似たり寄ったりでそれでも内心ではみんな言葉にいい表せぬ深い恩義を感じていたこの頃のBEが成功の方程式をほかの歌手やグループに当てはめようと業務を拡大する一方何ひとつ人任せにせず抱え込んで働きづめなのはMに忠告されるまでもなく三人ともわかっていたたまに性質たちの悪い男にひっかかってこっ酷くぶちのめされたり身ぐるみ剥がれたりするのを別にすればあの頃のBEに私生活なんて微塵もなかった過労死なんて言葉は当時はなかったけれどこのまま会社が大きくなりつづければ死んでしまうと身近で知るだれもが心配していたそれでも僕らはかれにほかの所属芸能人になど脇目をふらず四六時中ザ・Bのことだけを考えていてほしかったあの頃を振り返れば舞台袖のBEが思い浮かぶ会場を埋め尽くして絶叫する観客の前で両脚を踏みしめリッケンバッカーをかき鳴らして歌いながらちらりと視線をやる——すると客席や天井に視線を巡らすMの横であのユダヤ人青年実業家がうっすら涙を滲ませて僕らに見惚れていたものだ僕ら四人はかれに舞台だろうと録音所だろうと演奏しつづけるかぎり永遠に生きて見守っていてほしかった僕らを世に送り出したからにはそうするのが当然の義務と思っていただから初の世界公演前にかれが珍しく弱気になって僕らの管理をどこぞの馬の骨に譲渡するなどといいだしたときには猛烈に反対したずっと反抗的で喧嘩腰だったPでさえもあんたと別れるくらいなら解散すると宣言したものだGとRがそうだそうだと力強く肯き糞喰らえと僕が罵ってその件は終わったBEはそのときも顔を真っ赤にして感涙していた
 三〇時間もの飛行を僕らは床に座ってコークハイと豆ッコでやり過ごした機長はきみらのだれがRなの娘が署名をほしがってるんだといったGは眉を上下させてPにおいR署名してやれよ意地悪するなよといいつづけた燃料補給のために立ち寄ったベイルートでは滑走路に侵入したファンに警察が消化器の泡を浴びせたカラチでお土産を買おうと飛行機を抜け出したPは午前二時だというのにファンが殺到したんですごすごと戻ってきた朝六時にひっそりとお茶を飲めたカルカッタではいい国だいつかゆっくり遊びに来たいとGが感想を述べたバンコクの空港では僕らの名を連呼する千人の学生を宥めるためにタラップを降りて署名したり接吻を受けたりせざるを得なかったMはGに乞われるままかれの母国が敗戦までアジア各地でやってきた悪行の数々を講義したこれからまわる地域の大半で残虐な逸話があった僕らと同世代のはずのあいつが実際にその戦争を経験したはずはなく本人も教科書に載っているくらいしか知らないといっていたのに国は都合のいいことしか教えないともいっていた)、 その語り口は当事者でしかあり得ない説得力に満ちていて僕らは茶化しながらも真剣に耳を傾け質問したり議論したりしたつづけるためだけに永遠につづく未来の戦争やあいつが放り込まれた挽肉の壁についてはまだ聞かされていなかったものの元英国海軍少佐への剥き出しの悪意がいかなる経験によるものかなんとなく察せられたものだ日本軍が敗退したあとには引き裂かれたり軍事政権になったりした国が多いともあいつは話していて英国とは事情が違うんだから気をつけろよと警告されたのに二年後の僕らはすっかり忘れて痛い目に遭うはめになる
 話に夢中になっていたおかげで九龍の啓徳空港に着いたときにはもう? って感じだった税関や入国管理局といった七面倒くさい手続は飛ばしてもらい恆豐酒店の一五階へ移送された豪華なスイートにあとのふたりと付き人たちが感嘆の声をあげているときMはいかめしい東洋の警官たちを広東語で破顔させた短い談笑を僕に見られたのに気づいたMは地元出身と思われたみたいだ日本人だってのは黙っといてくれと耳打ちしてきたその夜はミス香港の催事に呼ばれていた疲れと時差惚けで遠慮したすでに述べたように僕らはその手の仕事をしょっちゅうすっぽかしBEもそんな僕らのわがままに慣れていたところが何人もの参加者が泣き出したと地元関係者から聞かされコンテストに出るような美人たちを哀しませた事実に僕は少々気が咎めたそういうとこだよとMは呆れた)。 そこでひとりホールへ降りて顔を出し東洋の女性はみんな綺麗だねとかなんとか感想を述べたあーあーデレデレしちゃってとMは嘆いた)。 翌日の新聞記事のために参加者ふたりを部屋に招いて写真を撮ったとき片方の美人を膝に乗せたPはなぜか裸足だった録音所前の横断歩道で適当に撮った写真を目にするたびに解散直前のつらい空気と商売が上り調子で僕らの仲も順調だったこの頃のことを対比するように思いだす香港美人のことでMには散々からかわれたし満更でもなかったのは認めるけれどこの夜に僕が考えていたのはCのことだったエキゾチックな土地に身を置くほど離ればなれの彼女が恋しくなった赤ん坊を連れてくるわけにも丸ひと月ほったらかすわけにもいかず子どもには母親が必要だと僕たち夫婦は考えた同様に父親も必要だってことに僕のほうは思い至らなかった混乱した環境で育った僕は家庭なるものがどうあるべきか知らなかった王妃劇場では欲をかいた興行主が成人男性の平均的な週給に相当する値付けをしたので切符が売れ残り客はまばらで英国人ばかりだった空港で出迎えてくれた千人とおなじ顔がそこにいるとは思えなかった演奏をちゃんと聴いてもらえたのはよかったけれど張り合いがなかった切符に手が届かなかったファンが暴動を起こしかねず観光は諦めた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Anywhere I Lay My Head(1)” への2件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog Jの心のさびしさみたいなものが感じられる回だなぁ。MがPやJと仲良くなって嫉妬するなんて。そしてBEとの結びつきの強さも感じる。小さな催事をすっぽかす様子に不穏な予感も感じつつ、異国の地でCを想うJの気持ちにしんみりする。

  2. ::: より:

    @ezdog Mの広東語ペラペラっぷりも面白い。最近未来人らしい活躍が続いているのがSFらしくていいなぁ。