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連載第72回: Isn’t It A Pity(5)

アバター画像杜 昌彦, 2026年2月25日
Fediverse Reactions

シカゴの二公演では最後の曲をのっぽのサリーに替えたほかは以前の演目を使いまわした。 『回転式拳銃からは一曲も演らなかった楽器編成の都合や当時の機材では再現できなかったせいもあるけれどいまだって僕らの公演で客がいちばん盛り上がるのはツイスト&シャウトなんだからしょうがない頼むから老人に喉を酷使させないでくれよ)。 前座はBEが命名し僕が綴りを考案したザ・サークルとのちにガレージロックの文脈で再評価されるザ・リメインズ、 「サニーで一発当たったボビー・ヘブそしてロネッツだ例の偏執狂は僕に寝取られるのを畏れてロニーを自宅に監禁しいとこのエレインを代役によこしたリメインズはサークル以外の二組の伴奏も務めた昼夜どちらの回も一万二〇〇〇人前後が集まったものの切符は売れ残った。 「J思った通りのことをいって」 「これまでより愛してるといった横断幕を僕らは見たGのプラグが抜けて音が出なくなりマルEが原因を探るあいだ東京で買ったオレンジ色レンズの眼鏡をかけた僕はRの伴奏で軽快なシャッフルを踊ってみせた客には大受けだったものの楽屋に戻ってあれは陰謀だ厭がらせだと主張してもBEやトニーBには相手にしてもらえなかった
 テキサスのKLUE局が子どもたちを集めてお焚き上げをした翌一三日の金曜日デトロイトでも切符は完売せず、 「英国人ども家に帰れなるプラカードを掲げた男がひとりいた翌日のクリーブランドではPがまだ四曲目だというのにうっかり最後の曲と紹介しザ・Bが去ると思い込んだ観客が防護柵を打ち倒して舞台前の芝生へ雪崩れ込んだ僕らは楽屋にしたトレーラーハウスへ避難し警備員と増援を呼んだ警察が秩序を取り戻すまで半時間も公演を中断せねばならなかった宿でテレビをつけるとKLUEが落雷に遭い電気系統が破壊されて放送不能になった話題をやっていた意識不明者一名と聞いて僕ら三人は思わずMを見たなんでもおれのせいと思わないでくれ神のご意思ってやつだろとあいつは笑ったあんたの笑顔は信用ならないんだよと僕は思った三万二〇〇〇人の前で演ったワシントンDCでは会場からやけに離れたところで白装束のKKK五人が抗議運動するのを目撃した公演地で発言を求められるたびに謝罪する行脚のおかげで放送禁止措置は解かれ発端となったWAQYの催事も中止となって局の地下室は処理に困る僕らの関連商品が溢れかえったと聞くバスで移動したフィラデルフィアでは公演のあいだじゅう雷鳴が鳴り止まず終演と同時にとうとう烈しく降りだした
 メンフィス公演はさすがに緊張した宿泊せずにシンシナティへ飛ぶ予定になっていたものの八六人の警官と二〇人の民間警備員が僕らについた現地の興行主はミッドサウス競技場に高さ七フィートの舞台前に五フィートの障壁を建てた危ぶまれた切符の売れ行きは辛うじて持ちなおし二万六〇〇〇席のうち二万二〇〇〇以上の観客が二度の公演を訪れた朝早くに殺害予告が届き僕はそれを冗談にしようとした同僚三人と付き人コンビは必要以上に大受けしてくれた午後になるとKKK団員六人が白装束で会場外を練り歩き支持者の群を煽り立てて僕らを運ぶウェルズ・ファーゴの現金輸送車に罵声を浴びせるよう促していた市内のエリス・オーディトリアムでは信仰復興論者による八〇〇〇人規模の集会が予定されていた楽屋で出番を待ちながらGは先に出ろよ連中のお目当てはあんただからなと僕をからかいPは胸に標的をつけろよと囃し立てた僕は拳を振り上げて本気で怒ったふりをしたほかのどの都市ともおなじように観客は熱狂し絶叫していた三曲目Gの恋をするならで最終連にさしかかったときだぱんと大きな破裂音がして気づくと僕はMに押し倒されていたあいつが袖から飛び出してきたのもわからなかった
 絶叫と演奏が中断されて会場は静まりかえった怖かったのは自分が死ぬことよりもMの眼の奥に見たものだったあいつは手際よく僕の全身を調べどこも撃たれていないのを確認すると甲高い共振音が消えぬうちに高い舞台を飛び降り役立たずの警官どもを押しのけて障壁の向こうの群衆へ紛れた前に似たようなことがあったときはMの取り越し苦労をみんなで笑いあいつも照れ臭そうに苦笑したものだけれど今度は僕はただ舞台に取り残されだれも笑わなかったいま思えばジェームス・ブラウンのケープアクトを盗む一世一代の機会を逃しちまった僕はのろのろと立ち上がり硝煙を嗅いでRのラディックの前にサクランボ型の爆竹の燃えかすを見たこの年に児童保護法で禁じられることになるその玩具を投げた若者は警官たちに取り押さえられて脇の出口に連行されたMはそいつの背後にいた黒服の男を追ったように見えた何事もなかったかのように僕らが演奏を再開すると絶叫もわっと戻ってきたMはしばらく戻らなかった大股に弾いて歌いながら僕は自分が幽霊になったような気がしていたあのときMは僕がもう助からないものとほぼ確信していた——そしてそれが僕らの活動に自分が介入したせいだと信じているのが長いつきあいの僕にはわかったまるで本来の歴史はこうじゃなかったかのようにあいつは思い込んでいたのだ
 シンシナティは豪雨だった三万五〇〇〇人が詰めかけた野外会場に天幕が用意されておらず濡れたアンプにプラグを挿そうとしたマルEが三フィートほど吹っ飛ばされたおかげで開演直前に翌日への延期が決まり正午の終演後に三五〇マイルも移動して夜の公演に間に合わせる強行軍となったこれが済めば家族の待つ家へ帰れる最後の公演旅行だと腹に決めていたので僕もGもRも不平はいわなかったただひとり舞台に未練があったPもセントルイスの暴風雨で考えを変えたMが日本のいいまわしで石橋を叩いて渡らないと評した慎重派のあいつは雨よけの天幕の下ずぶ濡れの二万三〇〇〇人を前にして絶叫と雷鳴を聞き照明と稲光を浴びながらあの頑丈な大男とおなじ目に遭ったら繊細なこのおれはひとたまりもないぞと考えさすがにもうつづけられないと認める気になったニューヨーク六番街五四丁目の宿で行われた記者会見ではもはや大会場を満員にできなくなったことを指摘されたものの失言騒動についてはさして追求されなかった音楽性の変化はディランの逆張りかと問われたPは向こうと僕らは両側からおなじことを目指してると答え別のインタビューでは僕らは二年前の初訪米時より大人になったと説明した確かにシェア競技場での公演に前年のような昂奮や感動はなかった五万五六〇〇人収容の会場に一万一〇〇〇もの空席が出た上空から会場を埋め尽くす星空のような閃光を見下ろし眩い照明に向かって駆けだしたあの輝きは永遠に喪われたのだ
 九年前に駝鳥男の故郷から移転してきた球団の本拠地では四万四〇〇〇人に対して障壁の強度も警官の数も圧倒的に足りなかったよい夜をと挨拶すると終演を気取られるので禁句にしていたのに公演も終盤のこの時期にはのっぽのサリーが最後の曲だと知れ渡っていてわずか一〇二人の隊列をぎりぎりまで広げたUS警備社は暴徒が雪崩れ込むのを喰い止められなかったMとマルEが奮闘したものの僕らは揉みくちゃにされて引っ掻かれ髪をむしられた舞台裏に停めた装甲車に命からがら乗り込めた頃には暴徒は七〇〇〇人に膨れ上がっていたしっかり掴まれと運転手が叫んで乱暴にギアを入れ頸が折れそうな勢いでフィールドを後進した暴徒は轢かれまいと慌てて散ったそれでも完全には追い払えず装甲車は今度は選手控え席めがけて爆走し地下道へ突っ込んだようやく増援された警官隊が暴徒を追い払うまで僕らは汗と黴の臭いが染みついたロッカー室に二時間も閉じ込められた銃弾にも耐える装甲車は本当に走れるか危ぶまれるほど破壊され数十人が負傷し二五人が逮捕された記念にイグニションキーをちょろまかして逃げた少女ふたり組もいた囮のリムジンを使った脱出は二度も失敗し三度目は救急車で壊れた柵の山に突っ込んだものの先へ進めなかった保安官の指示でさらなる増援が呼ばれようやく装甲車で脱出できたまるで空爆下の防空壕にいるかのような心境でここで夜明かしになると観念して全員が押し黙ったときRが呟いたひと言が忘れられないお家に帰りたいよ母ちゃんとあいつは呟いたのだ。 「英国人ども家に帰れのプラカードを僕は思い出したそれこそまさに僕らの求めていることだった
 キャンドルスティック公園は風が冷たく秋の気配が漂いはじめていたLAから飛行機でサンフランシスコ入りして宿泊もせずに飛行機で発ついわば日帰り仕事だったつらい公演旅行もこれで最後僕らは学期末の子どものような浮ついた心地だった空港から会場へ向かう貸切バスに僕らと前座のサークルロネッツそれに随行記者が詰め込まれたこんなおんぼろバスに僕らが乗っているとはよもや気づかれまいところが地元KYAラジオが進行状況を仔細に実況していたらしく大勢の出迎えをやり過ごさねばならなくなったお喋りに興じる数人の少女の注意を惹くことなくガラ空きの広大な駐車場を横切るまでは巧くいったところが門を解錠する係員がいない少女たちが群がりはじめついにPが発見されいつもの絶叫が沸き起こったやむを得ず砂鉄を泳ぐ磁石のように彼女らを引き連れて駐車場を無意味に周回させられるはめになったコンバーチブルで追ってくる子もいてこの追いかけっこはのちに視聴率が散々だったP発案のテレビ映画で再現されることになる
 僕らの歴史でもとりわけ平凡で特徴のない演奏だった求められた仕事を義務的にこなして終わった冷酷無情に後ろを振り返らないつもりでいた僕らもハンブルクの便所裏から六年間ずっと走りつづけてきた公演暮らしもこれで最後となればなんだかんだ感傷的になっていたPはトニーBに持ち運び式テープレコーダで録音させ僕は写真機を舞台へ持ち込んで曲の合間に仲間を撮りまくった腕を伸ばして自分も撮った一九六六年にそんなことをやる奴がほかにいなかったのは強調しておきたいそしてもうひとつ強調しておくJおじさんの望むものをすべて持っている禿げ頭の唄はまさに一九五七年七月六日ウールトンの教会バザーで初めて出逢ったときにPが僕の前で歌ってみせた曲なのだすべてがはじまったこの曲で締めくくるとの思い入れから歌い出す前にPはよい夜をとうっかり口を滑らせそうになった最後の和音が消えると僕はPがいいかけて呑み込んだ挨拶を観客に告げまた来年会おうと付け加えた。 「洞窟での最後の夜と同様にそんな日が来ないことは僕ら全員がわかっていた
 帰りのチャーター機でトニーBの隣席に身を沈めたGはこれでおれはもうBじゃないと満足げに宣言した写真を貼りつけた厚紙を舞台に立たせて屁の録音を流したって数万人から絶叫を浴びるようなカワユイ坊やたちじゃなくなったという意味だMとBEはどこ行ったんだよと僕は通路越しに叫んだあとで合流するとだけトニーBは答えた用事があるといってLAに残ったふたりは最後の舞台くらい見届けてくれるものと思ったのに丸一日姿を現さなかった元愛人に脅迫されたBEのためにMが穢れ仕事を務めていたとはあいつの葬儀で再会したトニーBに聞かされるまで僕は知らなかったBEはニューヨークの共同経営者とベヴァリヒルズの宿で夕食の予約をしていて不在の隙にそれぞれの部屋から書類鞄が盗まれた鞄の中身についてBEは現金二万ドルと契約書などの機密書類それにバルビツールの錠剤だとトニーBに打ち明け処方箋のない薬が警察に知れたり機密書類が記者の手に渡ったりしたら厄介だと訴えた猥褻な手紙やポラロイド写真については黙っていたBEがそれ以上に知られるのを畏れたのは実際に夕食をともにした相手だったオハイオ出身のその役者志望者は一九六四年の全米公演中に知り合ってからBEに執拗につきまとい関係を公表すると脅して暴力をふるっては大金を巻き上げていた手紙も写真もその男のものだったすでに述べたように英国で同性愛はまだ違法だった僕の失言なんかなくともザ・Bの名声はマネージャの後ろ暗い素行のために薄氷の上に立っていたのだ
 BEはきっと僕らの知らないところで坊やたちを護るために汚い悪事にも数知れず手を染めてきたことだろうでもMに命じて商売の妨げになる人間をこの世からさせたのはあとにも先にもこの一度きりだったはずだ競技場で牛をなぶり殺す見世物を好んだかれも人間の命を奪う重みには堪えきれなかった身代わりとはいえ一度は愛した相手ならなおさらだしかもその殺人はかれが本当に望んだ男の手でなされたザ・Bのマネージャに就任したその日からBEはその気があるかのようなMの思わせぶりな態度にずっと振りまわされときに寂しさを別の男で埋める必要があった僕らが最後の公演を終えたその日かれの恋愛もまた惨めな終わりを遂げたのだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Isn’t It A Pity(5)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog KKK団に抗議されたり暴徒化したファンに襲われたり、B達の公演は最後まで大騒動だったんだな……。そりゃお家に帰りたくもなるわ。それでも最後の公演はなんとも感慨深い。B達の音楽的な進化や大人としての成長も、これまで六年間やってきた思い出も、胸に迫る。

    それにしても自撮りを最初にやったのもJだろうというのがなんともすごい。そして面白い。新しい発想で生きていた人なんだよな。

    そしてBEの恋の終わり。切ないな……。Mに穢れ仕事をさせたBEの気持ちを考えると哀しい。そんなことさせたくなかっただろうに、Bの奴らを守るためだったんだよな。Bを守るために他にもたくさんそういう仕事をしてきたであろうMのことも哀しい。