……そう、 僕らのデビュー当初こそ収録に首を突っ込まなかった用心棒風情は、 この頃には図々しく録音所に入り浸って、 付き人たちのように調律や食料調達を手伝うでもなく、 僕らのやることをただ眺めるようになっていたのだ。 なぜか僕らもMを空気のようにいて当然と見なし、 追い払うどころか行き詰まると意見を求めたりした。 もともと僕らは調整室の仕事に関心がなく、 おれらの仕事は終わったんだからあとはちゃんとやっとけよという態度で、 最終版の承認もGM任せで立ち会うことすらなかった。 ところがMが水槽のような窓の向こうと僕らのフロアとを行ったり来たりするようになると、 おなじリフを繰り返したり知恵を絞ったり口論したりするのに疲れた僕ら四人がふと顔を上げるたびに、 部外者のあいつがGMやジェフEと楽しげに談笑するのを目撃させられ、 おもしろくないんで階段を駆け上がり、 おいどうよいまの、 と騒ぎながら詰めかけてその場で再生させるようになった。 些細なしくじりや掛け合いの空気といった、 実際に演奏した当人たちでなければ聞こえぬ音ってものがあって、 ギターをもっと大きくとか、 この和声を強調したいとか僕らは盛んに口を出した。 GMは明らかに迷惑がっていたけれど、 最終成果物を統制することを学習したのは僕らにとっちゃ大きな成長だった。
創造性の一点において僕とPが互いを特別視していたのに対し、 Mは四人全員を対等に見ていて、 とりわけGの作曲能力を買っていた。 この時点ではまだたいして書いていなかったにもかかわらずだ。 そのせいかあいつは僕らがあとのふたりへ指図するのが我慢ならぬようだった。 リードギターやドラムに不満があっても僕はあの日本人と衝突するのが煩わしく、 代わりにPに指摘させた。 PはPで歯医者事件からというものギターふたりが仲睦まじいのが気に入らず、 かといって知覚の変容には懐疑的で、 持ち前の完璧主義も相まって、 Gには必要以上に辛辣になりがちだった。 そうなるとおなじ日付に生まれたふたりに烈しい口論が勃発するのは必然で、 あいつらはフロアの上と下で楽器や調整卓の手を停めて待つ全員が目に入らなくなり、 大声で罵り合いながら厚い扉を開けて出て行ったかと思うと、 小一時間後に上機嫌で談笑しながら、 どうやってファンの猛攻を出し抜いたのか僕らへのお土産 (ライスクリスピーとか) を手に戻ってきたりした。 そのあいだに指示通りの弾き方を身につけていたのだからGの根性もたいしたものだ。
妙にGの肩を持つ一方でMの僕への態度はあからさまだった。 たとえば 「鳥が飛び立つ」 なんか書きかけの断片をギブソンJ二〇〇で披露してやっただけで、 贈り物の箱から玩具が現れるのを待つ子どもみたいな目つきをされた。 こっちがまだその曲をどう展開させたものか悩み苦しんでいたにもかかわらずだ。 完成した音源を聴き終えるや、 あいつは満面の笑みで拍手喝采、 歴史に残る傑作だ、 きっとのちの世の文豪はこれを題材に名作を書くよなんて叫んで、 民芸品店で仕入れた安物シタールの音色まで激賞し、 こういうのをもっとやれよとGにしつこく絡んだ。 かと思えば同日収録の 「浮気娘」 でMは、 殺害をほのめかして恋人を脅迫する歌詞に、 唇を歪めて失笑しやがった。 GとRがオドオドと視線を逸らし、 Pまでも困惑したように眉根を寄せた。 何が気に喰わねえんだ、 と襟首を掴んで問い詰めてやるとMは、 元ネタやきみの冗談をわかってる客の前ならいいけど……なんてのたまいやがる。 BEに躾けられる前に 「洞窟」 でよくやっていたおふざけみたいだというのだ。 古いブルースじゃよくある表現だろとGが取りなしてくれたので (僕があいつを庇った試しはなかったのに、 あの頃のGときたらいつだって駄目な兄貴を支える弟分みたいだった)、 怒りをこらえて最後まで収録を終えたけれど、 Mにいわせればこの二曲は、 恋心を嗤われるのを畏れる前作の収録曲と同様、 女性への僕の態度があらわれた一例だという。 エルヴィスを安易に茶化したのを見抜かれた僕は、 知ったことかよと吐き棄てた。 しかしそこまで屑と大傑作、 両極端の評価を下されると自分でもそんな風に思えてくる。 鳥のほうは題名がいまひとつだなんていいやがるんで、 腸が煮えくり返りながらも昔もらった民芸品にちなんで改題してやった。 なんだかあいつは 「正解」 を知っているように僕には思えたのだ。 さんざん難癖をつけやがった癖に 『ラバーソウル (「ゴム底」 と 「紛い物ソウル」 の駄洒落)』 は次の 『回転式拳銃』 と並んでMいちばんのお気に入りとなる。
そうこうするうちに一〇月二六日、 栄誉式典の当日が来てしまった。 今度ばかりは遅刻できない。 僕ら四人はこの日のために仕立てた黒い背広とネクタイでびしっと決め、 僕の黒塗りロールスロイス幻影五式でバッキンガム宮殿へ乗りつけた。 朝の支度に一服する余裕もなかった僕はいつものジップ式フラメンコ靴だったけれど、 Pは気どってペニーローファなんか履いていた。 便所で大麻をやったなんて噂に関しちゃ、 警備にも秒刻みの予定にも僕らの気持にもとてもそんな隙はなかった。 乳白色と金で飾られた大王座室には、 高い天井に六つのシャンデリアが吊られ、 隅には骨董品の大きなオルガンがあった。 近衛兵の楽団が胃薬の広告で流れそうな曲を静かに演奏していた。 表でイェーイェーと合唱して警察と揉み合ったり門や街路灯によじ登ったりする四千人とは、 実に対照的な光景だった。 チェンバレン卿とコボールド卿に名を読み上げられた僕らは前もって教わった通り、 一歩進み出て深くお辞儀をした。 薄い金の長衣をお召しになった女王陛下が、 しゃちこばって並ぶ僕らの細い襟に、 畏れ多くもおんみずから勲章を留め、 祝福の言葉をかけて握手までしてくださった。 この女性が五歳の次男のために将来何を隠すことになるかなんてMならぬ僕らには知るべくもなかった。
どれほど長く一緒にやっていらっしゃるのとのご質問に、 もう随分になりますとPが如才なく答え、 四〇年間ですとRがすかさず笑いを取った。 機転の利いた返しに陛下は感心したと見え、 グループ活動を最初にはじめられたのはあなたですかとお尋ねになって、 参加歴にいささかの鬱屈があるRをドギマギさせた。 この式典で六つの勲爵士を含む一八九の勲章が授与された。 国への経済的貢献が認められて僕らがもらったのは、 五階級でもっとも低い勲章だ。 あのときは感激したし散々叩かれもしたけれど、 要は一二六ある称号の一二〇番目で、 割と頻繁に授与される勲章にすぎず、 騒ぐほどの代物じゃなかった。 別にPとRやミック・ジャガーみたいに勲爵士をもらえなかったことへの負け惜しみじゃない (Gも歯に衣着せぬ態度が災いしてか、 二年前のPより低く見積もられたのが不服で一九九九年にOBEを辞退している)。 ノーベル賞だって文学賞には憧れるけれど、 平和賞はあんな大統領がもらうんだったら要らないや。 そういえばこのときはあのGが素直に喜んだのも意外だったけれど、 あいつに権力への憎悪を教えたMは奇妙なほどこの件に意見しなかった。 煩わしい販促の一環としか思っていなかったようだ。 いまあいつが生きてたらブッカー賞を目指せよと真顔でいったろう。 賞が創設された年には僕はYに夢中で文学談義どころじゃなく、 あって当たり前と錯覚していた古い友情を喪いつつあるのにさえ気づかなかった。
一一月二三日にはいまでいう販促動画を五曲分まとめて撮影した。 いちいち世界中のテレビ番組に出演する手間を省くためだ。 なぜかRだけが演奏せず運動器具を漕いだり傘を差したりして目立とうと懸命になるという趣向の、 いまどきの中高生がティックトックで披露するよりも遥かに原始的かつ素人臭い出来で、 この時点では単なる無精の思いつきでしかなかったけれど、 この頃から連続する災厄に疲弊した僕らは、 どうせだれも実体には関心がないんだし、 わざわざ苦労して人前に出ずとも、 映像を配れば充分だろとの考えに至る。 シナトラ主演の間諜ものを柳の下と当て込んだ映画会社の企画を僕らが気に入らず、 Mに至っては原作者リチャード・コンドン自身の手になる脚本を一読するなり、 あんたが書いたほうがいいんじゃないのと僕にいうほどだったんで (五年後にその脚本を使いまわした映画が公開され、 僕らの判断の正しさを証明した) 撮影は無期延期。 スペイン行きの代わりに急遽、 短期の国内公演をやることになった。 飛行機には懲りたんで陸路を使った。 土砂降りの一二月二日、 ベリックからグラスゴーへ向かう途中にGのグレッチが、 括りつけたトランクから落ちて後続のトラックに粉砕されたのが凶事のはじまり。 二七日にはPが、 買ったばかりのラレー社製バタバタでウィラルの田舎道を走行中、 三日月に見蕩れた拍子に石に躓いて放り出され、 売り物のキュートな顔をめちゃめちゃにする。 左前歯が砕けて唇を貫通、 左眉は深い傷を負って左目も腫れ上がったのだから酷いものだ。 大晦日には不肖の親父が 「我が人生——我が愛そして我が家」 なる歌唱作品を世に問うた。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)
- Flying(5)
- Setting Sun(1)
- Setting Sun(2)
- Setting Sun(3)
- Setting Sun(4)
- Setting Sun(5)
- Isn’t It A Pity(1)
- Isn’t It A Pity(2)
- Isn’t It A Pity(3)
- Isn’t It A Pity(4)
- Isn’t It A Pity(5)

@ezdog Bの音楽をMが共に作っていっているんだなぁ。激しく喧嘩もするけど何だかんだ仲良しなPとMの絶妙な関係がいいな。お気に入りの曲へのMの素直な喜び方がほほえましい。
女王陛下の前でしゃちこばっているBの奴らもほほえましい。そして飛行機に乗らなければもう災難にあわないかと思いきや……ツイてないことは重なるものなんだなぁ。次回はどんな目にあっちゃうんだろう!?