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連載第60回: Flying(3)

アバター画像杜 昌彦, 2025年12月3日
Fediverse Reactions

…そう僕らのデビュー当初こそ収録に首を突っ込まなかった用心棒風情はこの頃には図々しく録音所に入り浸って付き人たちのように調律や食料調達を手伝うでもなく僕らのやることをただ眺めるようになっていたのだなぜか僕らもMを空気のようにいて当然と見なし追い払うどころか行き詰まると意見を求めたりしたもともと僕らは調整室の仕事に関心がなくおれらの仕事は終わったんだからあとはちゃんとやっとけよという態度で最終版の承認もGM任せで立ち会うことすらなかったところがMが水槽のような窓の向こうと僕らのフロアとを行ったり来たりするようになるとおなじリフを繰り返したり知恵を絞ったり口論したりするのに疲れた僕ら四人がふと顔を上げるたびに部外者のあいつがGMやジェフEと楽しげに談笑するのを目撃させられおもしろくないんで階段を駆け上がりおいどうよいまのと騒ぎながら詰めかけてその場で再生させるようになった些細なしくじりや掛け合いの空気といった実際に演奏した当人たちでなければ聞こえぬ音ってものがあってギターをもっと大きくとかこの和声を強調したいとか僕らは盛んに口を出したGMは明らかに迷惑がっていたけれど最終成果物を統制することを学習したのは僕らにとっちゃ大きな成長だった
 創造性の一点において僕とPが互いを特別視していたのに対しMは四人全員を対等に見ていてとりわけGの作曲能力を買っていたこの時点ではまだたいして書いていなかったにもかかわらずだそのせいかあいつは僕らがあとのふたりへ指図するのが我慢ならぬようだったリードギターやドラムに不満があっても僕はあの日本人と衝突するのが煩わしく代わりにPに指摘させたPはPで歯医者事件からというものギターふたりが仲睦まじいのが気に入らずかといって知覚の変容には懐疑的で持ち前の完璧主義も相まってGには必要以上に辛辣になりがちだったそうなるとおなじ日付に生まれたふたりに烈しい口論が勃発するのは必然であいつらはフロアの上と下で楽器や調整卓の手を停めて待つ全員が目に入らなくなり大声で罵り合いながら厚い扉を開けて出て行ったかと思うと小一時間後に上機嫌で談笑しながらどうやってファンの猛攻を出し抜いたのか僕らへのお土産ライスクリスピーとかを手に戻ってきたりしたそのあいだに指示通りの弾き方を身につけていたのだからGの根性もたいしたものだ
 妙にGの肩を持つ一方でMの僕への態度はあからさまだったたとえば鳥が飛び立つなんか書きかけの断片をギブソンJ二〇〇で披露してやっただけで贈り物の箱から玩具が現れるのを待つ子どもみたいな目つきをされたこっちがまだその曲をどう展開させたものか悩み苦しんでいたにもかかわらずだ完成した音源を聴き終えるやあいつは満面の笑みで拍手喝采歴史に残る傑作だきっとのちの世の文豪はこれを題材に名作を書くよなんて叫んで民芸品店で仕入れた安物シタールの音色まで激賞しこういうのをもっとやれよとGにしつこく絡んだかと思えば同日収録の浮気娘でMは殺害をほのめかして恋人を脅迫する歌詞に唇を歪めて失笑しやがったGとRがオドオドと視線を逸らしPまでも困惑したように眉根を寄せた何が気に喰わねえんだと襟首を掴んで問い詰めてやるとMは元ネタやきみの冗談をわかってる客の前ならいいけど……なんてのたまいやがるBEに躾けられる前に洞窟でよくやっていたおふざけみたいだというのだ古いブルースじゃよくある表現だろとGが取りなしてくれたので僕があいつを庇った試しはなかったのにあの頃のGときたらいつだって駄目な兄貴を支える弟分みたいだった)、 怒りをこらえて最後まで収録を終えたけれどMにいわせればこの二曲は恋心を嗤われるのを畏れる前作の収録曲と同様女性への僕の態度があらわれた一例だというエルヴィスを安易に茶化したのを見抜かれた僕は知ったことかよと吐き棄てたしかしそこまで屑と大傑作両極端の評価を下されると自分でもそんな風に思えてくる鳥のほうは題名がいまひとつだなんていいやがるんで腸が煮えくり返りながらも昔もらった民芸品にちなんで改題してやったなんだかあいつは正解を知っているように僕には思えたのださんざん難癖をつけやがった癖にラバーソウル (「ゴム底紛い物プラスティックソウルの駄洒落)』 は次の回転式拳銃と並んでMいちばんのお気に入りとなる
 そうこうするうちに一〇月二六日栄誉式典の当日が来てしまった今度ばかりは遅刻できない僕ら四人はこの日のために仕立てた黒い背広とネクタイでびしっと決め僕の黒塗りロールスロイス幻影五式でバッキンガム宮殿へ乗りつけた朝の支度に一服する余裕もなかった僕はいつものジップ式フラメンコ靴だったけれどPは気どってペニーローファなんか履いていた便所で大麻をやったなんて噂に関しちゃ警備にも秒刻みの予定にも僕らの気持にもとてもそんな隙はなかった乳白色と金で飾られた大王座室には高い天井に六つのシャンデリアが吊られ隅には骨董品の大きなオルガンがあった近衛兵の楽団が胃薬の広告で流れそうな曲を静かに演奏していた表でイェーイェーと合唱して警察と揉み合ったり門や街路灯によじ登ったりする四千人とは実に対照的な光景だったチェンバレン卿とコボールド卿に名を読み上げられた僕らは前もって教わった通り一歩進み出て深くお辞儀をした薄い金の長衣をお召しになった女王陛下がしゃちこばって並ぶ僕らの細い襟に畏れ多くもおんみずから勲章を留め祝福の言葉をかけて握手までしてくださったこの女性が五歳の次男のために将来何を隠すことになるかなんてMならぬ僕らには知るべくもなかった
 どれほど長く一緒にやっていらっしゃるのとのご質問にもう随分になりますとPが如才なく答え四〇年間ですとRがすかさず笑いを取った機転の利いた返しに陛下は感心したと見えグループ活動を最初にはじめられたのはあなたですかとお尋ねになって参加歴にいささかの鬱屈があるRをドギマギさせたこの式典で六つの勲爵士ナイトを含む一八九の勲章が授与された国への経済的貢献が認められて僕らがもらったのは五階級でもっとも低い勲章だあのときは感激したし散々叩かれもしたけれど要は一二六ある称号の一二〇番目で割と頻繁に授与される勲章にすぎず騒ぐほどの代物じゃなかった別にPとRやミック・ジャガーみたいに勲爵士をもらえなかったことへの負け惜しみじゃないGも歯に衣着せぬ態度が災いしてか二年前のPより低く見積もられたのが不服で一九九九年にOBEを辞退している)。 ノーベル賞だって文学賞には憧れるけれど平和賞はあんな大統領がもらうんだったら要らないやそういえばこのときはあのGが素直に喜んだのも意外だったけれどあいつに権力への憎悪を教えたMは奇妙なほどこの件に意見しなかった煩わしい販促の一環としか思っていなかったようだいまあいつが生きてたらブッカー賞を目指せよと真顔でいったろう賞が創設された年には僕はYに夢中で文学談義どころじゃなくあって当たり前と錯覚していた古い友情を喪いつつあるのにさえ気づかなかった
 一一月二三日にはいまでいう販促動画を五曲分まとめて撮影したいちいち世界中のテレビ番組に出演する手間を省くためだなぜかRだけが演奏せず運動器具を漕いだり傘を差したりして目立とうと懸命になるという趣向のいまどきの中高生がティックトックで披露するよりも遥かに原始的かつ素人臭い出来でこの時点では単なる無精の思いつきでしかなかったけれどこの頃から連続する災厄に疲弊した僕らはどうせだれもには関心がないんだしわざわざ苦労して人前に出ずとも映像を配れば充分だろとの考えに至るシナトラ主演の間諜ものを柳の下と当て込んだ映画会社の企画を僕らが気に入らずMに至っては原作者リチャード・コンドン自身の手になる脚本を一読するなりあんたが書いたほうがいいんじゃないのと僕にいうほどだったんで五年後にその脚本を使いまわした映画が公開され僕らの判断の正しさを証明した撮影は無期延期スペイン行きの代わりに急遽短期の国内公演をやることになった飛行機には懲りたんで陸路を使った土砂降りの一二月二日ベリックからグラスゴーへ向かう途中にGのグレッチが括りつけたトランクから落ちて後続のトラックに粉砕されたのが凶事のはじまり二七日にはPが買ったばかりのラレー社製バタバタでウィラルの田舎道を走行中三日月に見蕩れた拍子に石に躓いて放り出され売り物のキュートな顔をめちゃめちゃにする左前歯が砕けて唇を貫通左眉は深い傷を負って左目も腫れ上がったのだから酷いものだ大晦日には不肖の親父が我が人生——我が愛そして我が家なる歌唱作品を世に問うた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
  72. Isn’t It A Pity(5)
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“Flying(3)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog Bの音楽をMが共に作っていっているんだなぁ。激しく喧嘩もするけど何だかんだ仲良しなPとMの絶妙な関係がいいな。お気に入りの曲へのMの素直な喜び方がほほえましい。

    女王陛下の前でしゃちこばっているBの奴らもほほえましい。そして飛行機に乗らなければもう災難にあわないかと思いきや……ツイてないことは重なるものなんだなぁ。次回はどんな目にあっちゃうんだろう!?