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連載第38回: Nobody Told Me(4)

アバター画像杜 昌彦, 2025年6月20日
Fediverse Reactions

プラザホテルの周辺では十代の群衆が金切り声をあげたり僕らの曲を歌ったりしながら待ち受けていたみんなくるぶしで折り返された白い靴下を穿いて僕らに断りなく商品化された鬘や手書きの横断幕や写真やTシャツや僕らの気を惹くためのありとあらゆる品物を振っているリムジンが玄関口へじりじりと近づくあいだ例によって警官隊が顔を真っ赤にして群衆を押しとどめていた母国でもすでに見慣れた光景になりつつあったけれど制服とかれらの一部が乗っている馬だけは異なった数百人が取り押さえられるほどの事態に陥ったのもぴちぴちパンツとカウボーイ帽を身につけた一〇一〇WINS局のDJが僕らの行く先を逐一実況中継したからだこの男は何の権限もないのに僕らに執拗につきまといみんなを言いくるめて主張を押し通し挙げ句Gの部屋に勝手に押しかけて寝泊まりまでしたのでRから五番目のBなどと辛辣に皮肉られたにもかかわらずそれすらもあたかも名誉の称号であるかのように誇らしげに宣伝に利用しやがったあまりの厚かましさに温厚なCでさえ閉口していた
 僕らは全員の寝室が広い部屋へ通じる十部屋もある豪華なスイートへ通された部屋の前には警備員が仁王立ち窓外には腐った屍骸にたかる蠅のごとく群衆がびっしり金切り声がひどいので窓なんか開けられない英国を発つときには隙を見てちょっとくらい観光できるかと期待していたけれども到底望めなかった僕らは軟禁されたグラナダTVと共同制作でBEと契約した兄弟の密着取材がはじまり便所以外は執拗に尾けまわされる生活がはじまった仲間三人はサービス精神たっぷりにキャメラの前でおどけたけれど僕としてはCを晒し者にされては堪らないと気が気ではなかったテレビ出演やインタビューの依頼でひっきりなしに電話が鳴るファンからの手紙やカードや贈り物が山ほど届く僕らが懸命に口説こうとしていたロネッツの三人やら件のとんちきDJやらが入り浸る……祝電を読み終えるなりGはどこのエルヴィスかなと赤い顔でのたまったそして咳をして喉が痛いと唸ったかれの額にMが手を当て熱があるぞといった
 九日午前中のリハーサルでGは宿に残りイリノイから会いに来た姉に看病してもらうことになったNがGの代役を務めたそこそこ弾けるのに僕らは驚いた付き人ふたりとMが設置や調律のついでに僕らの楽器でこっそりザ・Bごっこを楽しんでいたことをNは白状したRのラディックをMがPのヘフナーをマルEが受け持ち何度か小一時間ほど演奏したという愛用の楽器を勝手に使われた僕ら四人はおもしろくない反面あの三人が素人グループを結成していたと知っておもしろくもあり楽器を傷つけないかぎりは今後も大目に見てやることにした午後には注射を射たれて朦朧とするGが加わり四人でまず帰国後に放送される予定の収録を済ませ夜には客を入れ替えて生放送に挑んだ五万人の応募を勝ち抜いた七二八人の熱狂する十代とテレビカメラとの前で僕らは熱演したその放送はニールセン調べでおよそ二三二四万世帯人数にして七三七〇万人が視聴して世界最高記録を樹立したその後ふらふらのGと疲れ果てたC翌日も早くから仕事のあるBEはそれぞれ宿に戻り残りの僕らは警察の護衛のもととんちきDJの案内で夜の街へ繰り出した薄荷ラウンジで僕はしつこくロニーを口説き移動中のイエローキャブでわたしのベイビーになってを耳元で囁くように歌っておくれよとせがんだところあの声量で力いっぱい歌われだってこれしかできないんですものとクスクス笑われた)、 Rは卓越したツイストという意外な特技を披露した
 二日後にはワシントンDCへ向かうのに猛吹雪でフライトが中止されザ・コングレスマンなる寝台車両がペンシルバニア鉄道特急に連結された僕らが乗り込むときには報道陣でほぼ満員になっていたユニオン駅では八インチも積もる雪のなか二千人に出迎えられたラジオ局のインタビューで影響を受けた音楽家を訊かれスモール・ブラインド・ジョニーとかビッグ・デフ・アーサーとかいったブルースマンを口からでまかせで捏造した実在しないことを祈る)。 BEはMの助言を受け入れてショアハムホテルの七階をすっかり借り切った気の毒な一家がそのために停電を口実としてセントラルヒーティングや電気や水道まで停められ体よく追い出されたそれからワシントン球技場で三六二人の警官に護られつつ大半が少女からなる八〇九二人の客の前で演奏した絶叫のあまりの凄まじさに警官のひとりは銃弾を耳栓代わりにしたという
 その夜は英国大使館で行われた催事に参加させられた児童虐待防止協会の慈善パーティだっていうんで渋々ながら協力したのに社交界の着飾った名士たちは僕らみたいな下賎の輩はあからさまに見下していた宝石つけた干物みたいな連中ばかりで気どった態度でシャンパンを傾けながら僕らがだれか知りもしないのに家族のために署名をよこせとか髪の毛をよこせとかいってくるわそいつらに媚びへつらうよう官僚たちに強要されるわ大人しく署名してやったらやったでまぁ字が書けるのねなんて嗤われたりして最悪だったしまいにはパーティに退屈した若い女ずっと後で聞いた話では招待客ですらなかったらしいにRが背後から髪の毛を切られたりしてもうたくさんだとばかりに僕はお開きを待たずにCの手を引いて挨拶もそこそこに大使館をおさらばしたこのときのことを帰国時にBBCの記者に訊かれたRは一瞬何が起きたかわからなかったと説明したいまみたいに質問に答えてたらあんなことに……つまりさなんていえばいい? なんていえばいいんだと僕は合いの手よろしく混ぜ返した明日は決してわからないトゥモロウ・ネヴァ・ノウズとRは応えた
 翌日にはリンカーンの誕生日とやらで学校が休みの子どもたちが一万人も駅に集まり僕らは身動きとれないリムジンを諦めてイエローキャブに飛び乗ったりホテルの従業員用昇降機を使って厨房を駆け抜けたりして一流映画スターですら入場券を手に入れられなかったというカーネギーホールの公演にどうにか間に合った遅刻常習犯の僕らもさすがに六千人の観客に待ちぼうけを喰らわす度胸はなかった。 『エド・サリヴァン劇場の放送は三回あり二回目の分は最後にマイアミで収録された午後一時半にニューヨークを発ったナショナル・エアライン二便は午後四時に到着したその時刻をライバル局同士のWFUNとWQAMが公共の電波でいいふらしたんで七千人が空港に待ち構えていた僕らはMやマルEの背中に隠れるようにしてコソコソと三台のリムジンに分乗し前後にオートバイの警護を従えて手を振り歓声をあげる群衆の列に見守られドービル・ホテルまでの八マイル赤信号を無視してぶっ飛ばしたカウボーイ帽のDJは猛抗議する東洋人のMをあたかも透明人間か映画の隅に映っているだけの使用人役であるかのようにあからさまに無視してGのスイートへ堂々と侵入し三つの寝室のひとつを自分用と勝手に決め込んだ見たかいあの態度あれがまさしく米国だよとMは僕に苦々しげに洩らした数年前にアカデミー賞授与式の中継を見ていてあいつがいわんとしたことをようやく理解したハリウッドの連中は年寄りにいろんなことを思いださせる
 短いリハーサルのあとキャピトルの重役宅のプールやマイアミ湾を周遊する豪華なボートでライフの撮影があった黒眼鏡をかけ膚を露出したCが僕は自慢だったしあとで写真をくれるならとの条件つきで撮らせてもやったけれど絶対に雑誌には載せないよう記者を脅しつけた逆効果だった)。 招かれた家庭のパーティで僕はCをGM夫妻に引き合わせたGMは若い秘書と再婚したばかりだったと思う炙り牛肉や豆や焼いた芋や巨大な苺アイスケーキをたらふくご馳走になりお腹ぱんぱんでもう食べられないよと夕食を断った翌日二五〇〇人の前で公開予行演習さらにその翌日の本番では二六〇〇人の収容人数に対してCBSが三五〇〇枚も切符を配ったんで会場を締め出された群衆が有効券を握りしめて暴動寸前警察が介入し排除する騒ぎとなったそのあとも生まれてはじめてザリガニを喰ったり水上スキーに挑戦したりのちにモハメド・アリと名乗ることになる新人拳闘家とふざけた写真を撮ったりする先々へ僕はCを連れまわしたそれが何を意味するか僕はわかっていなかったつまり彼女は僕ら四人が記者や撮影者に囲まれてチヤホヤされるあいだずっと離れた場所にぽつねんと待機していなければならなかったのだMが気を遣って話しかけたりしていたみたいだけれどCだけが宿に残る時間も多くそんなときはMもまた僕らに同行し狂人が刃物を手に突進してきやしまいか遠い窓に銃口があるまいかと目を光らせるのに忙しくCの話し相手になる余裕はなかったその頃から離婚するまでCの人生は待ち時間の連続となった幼い息子はひとりお家でお留守番だそれは僕だけの罪ではなく僕ら四人の妻や恋人たちはやがてあたかも添え物のようにザ・Bの女と呼ばれるようになり楽屋や舞台袖で時間を潰しながら互いに愚痴をこぼし合う仲となる
 退屈を持て余したCは僕らが戻るまでやることのない警備員の目を盗んでこっそり部屋を脱出してブティックのあるロビーへ降りた外にたむろするファンの一部は建物内にも侵入して鵜の目鷹の目でうろついていたけれどひとりでいるかぎり関係者と見破られることはなかった棚から棚へと米国の服を見て歩いていると肥満した中年女ふたりの会話がCの耳に入った模造ダイヤを散りばめた黒眼鏡をかけ派手な配色のバミューダパンツを穿いた厚化粧の女たちは良識家ぶってザ・Bをこきおろしていた若い子たちが騒いでるけどまったくどこがいいンざますかしらねェざァますホントぞっとするわねッあの髪ときたら! Cは笑いをこらえてその場を離れ部屋へ戻ろうとしたところが警備員が通してくれないほんとにJの妻なんです! はいはいみんなそういうんだよねさぁあっちへ行った行った……神の前で愛を誓い合って籍を入れなんら後ろめたいことなどないはずなのに夫の親族には祝福されず世間ではずっと日陰者のように扱われてきたようやく堂々と妻を名乗れたかと思えば今度はだれにも信じてもらえず異国の路上へ置いてけぼりにされかけたり部屋から締め出されたりするだれもが反対する男と結婚した罰なのだろうか自分の存在がJという黒い渦に吸い込まれて世界から掻き消されたかに思える十分近くも懇願して涙が溢れそうになったとき背後に憤慨した声が駆け寄ってきて口々に抗議をはじめたこのひとCよ英国のアクセントがわからないの? 通してあげなさいよ! ファンのひとりは財布から雑誌の切り抜きを大切そうに取り出して狼狽する警備員に突きつけた
 その写真では僕とCが仲睦まじく寄り添っていたあたかも十代の少女たちが憧れる理想の夫婦であるかのように


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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“Nobody Told Me(4)” への1件のコメント

  1. ::: より:

    @ezdog アメリカのあちこちで熱狂的に迎えられるBの面々……なんだけど、楽しそうというより大変そう……。「とんちきDJ」だの「宝石つけた干物みたいな連中」だのろくでもない奴らも寄ってくるし。

    ほったらかしのCがかわいそうなのだけど、そんなCがBやJの添え物ではなく彼女にも生活があり夢があるひとりの人間だったことを、この物語はずっと語り続けている。

    ちゃっかりラディック叩いてるMがちょっとうらやましい。Bごっこ楽しそうだな。