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連載第21回: Peppermint Twist(3)

アバター画像杜 昌彦, 2025年2月19日
Fediverse Reactions

口やかましい未来人に指摘されるまでもなく現代の公衆道徳に照らせば当時の僕は完全にアウトでいまだってキャンセルカルチャーの標的にされないのが不思議なくらいだけれど若かりし頃の悪行の数々を婆さんたちに訴えられる夢にうなされる夜がある)、 未成年に飲酒を強要はしてもハンブルクの娼婦や踊り子にしたようなことをファンの子らに仕掛けたことは一度もないMの主張によればひとは生まれ育った環境を再現しがちだそうでそれを話してくれたときのあいつは戦場で人格形成したらひと殺しで生計を立てるしかないんだとつづけて自分でウヒッと受けていたから信憑性はいまひとつにせよもしきみがその説を信ずるならば実の妹たちを笑わせるのが大好きだった僕のいうことにも多少は耳を傾けてもらえるだろうし僕がやらないことを慎重派のPや若いGがするわけがなかったのもわかってくれるだろう僕が年下に手を出したのは秘書のメイPが最初で最後でそれだって妻に仕向けられなければそんなことにはならなかったはじまりこそ妻のパワハラでも僕とメイPとは合意の関係だったし上出来の作品を生み出した生活すべてを搾取と決めつけられては彼女にだって失礼だと思う巻き添えを喰らった息子には気の毒だけれどモナBに対する僕らの仕打ちもそういう話として聞いてもらっていい独立独歩だったピートBの行状については知りようもないけれど少なくとも地元リヴァプールにおいては不純なことは何もなかったと思うなぜなら僕らはこのすぐあと、 「お父つぁんが調達した踊り子ハンブルクと違って健全な踊りだの一員と我らがドラマーが恋に落ちる魔法のような瞬間を目撃することになるからだ
 六五〇人のファンの前で僕らはモータウンやチェスそれにアトランティックの人気曲を立てつづけに演奏しひたすら陽気に盛り上げたこの夜の演し物は盛りだくさんだった僕らもファンもお父つぁんに感謝の気持ちを表明したかったそこで僕らはかれに一曲歌わせようとしたんだが丁重に辞退され代わりに経営者がエルヴィスの名曲好きにならずにいられないを披露した思いのほか美声で温かい喝采に迎えられたのに気をよくしたかれは調子に乗ってもう一曲夜はやさしを熱唱した僕らはこの曲を知らなかったので適当に合わせることしかできなかったそれでも観客はみんな笑顔だったこの男がいなければ僕らとファンのみんなが洞窟で楽しい時間を過ごすことはなかったわけだからね僕の悪戯心に感染したかPの弟は舞台をうっとり見つめるボビーBに兄貴が楽屋へ戻ったら接吻してみろとしきりにけしかけた普段の彼女ならけっしてそんな愚行には及ばぬのだが生まれてはじめての酒が判断を狂わせた彼女は一世一代の蛮勇をふりしぼったPの首っ玉に飛びついて両腕を巻きつけ頬をすり寄せたのだ詰めかけた女の子たちは目を剝いて叫び彼女の髪を引きちぎろうとしたこの子に何をしたんだという目でPが咎めるように僕を見つめるのとボビーBが嘔吐するのはほぼ同時だった
 僕に近づく輩への嫉妬深さにかけてはSやMや妻ばかりかBEに対してまでとことん厭な奴になれたPなのにさすがあの父親に育てられただけあって護るべき相手への接し方は見上げたものだといつも思う年老いた僕がふたりの息子や義理の娘とうまくいっていないとまではいわずとも微妙な間柄であるのに対してかれが血縁のあるなしを問わず目尻を下げて子どもや孫とベタベタな様子をソーシャルメディアで開陳する様子を見るにつけ人生最後にはこういうとこで差がつくよなと思わずにはいられないPはボビーBの上着と鞄を取ってきて便器に頭を突っ込んで泣いている彼女を見に行きあれこれと世話を焼いたきっと彼女は叶わぬ恋を諦めると同時にPへの敬意がいや増したのではないかばつの悪い思いで便所の戸口から眺める僕をMはニヤニヤしながら横目で見たなんだよと肘で小突いてやるとえっへっへとあいつは笑ったPはハンブルク時代から愛用してきた革ジャンを惜しげもなく丸めて屑籠へ棄てた僕とGもそうした古い僕らとはお別れだピートBが革ジャンを棄てるところは見なかったたぶん大切にとっておいたのだろう
 そしてついにお父つぁんが第二部の開幕を高らかに宣言する——ザ・B新しい背広で登場です! 舞台に出てきた僕らを地下にひしめく六五〇人の絶叫が迎えた一見すると無地のようだが細かな織柄の濃紺モヘア生地細い細襟シングル三つボタン上衣は寸胴な米国風で丈は短めくるみボタンイタリア風に中綿の少ない緩やかな肩パンツは屈伸すれば破れそうなほど細いシャツの短い丸襟はピンで留められ細い黒ネクタイの結び目を小粋に持ち上げてあるそして足許はSとおなじフラメンコ練習靴舞台にいないあいつの独創性がともにあるって寸法だ仕立屋で試着したPがまるでミラクルズみたいだ! と歓喜の声をあげたのを思いだすふん本場米国なんて目じゃないぜ今夜はおれらが奇跡ミラクルを起こす側だそして僕らは叶わぬ恋心を果敢に表明したボビーBに負けじとついに観客の前でつたない自作曲を披露したのだP作による風車かざぐるまツイストはいま振り返ればお世辞にも名曲とはいえずEMIでの収録のために準備まではしたものの結局お蔵入りにして二度と人前で披露しなかったMは歌詞に苦笑いしていたしNAなんかミドルエイトで突然ワルツになるのが糞だといって毛嫌いしていたあの場にいた婆さん爺さんまだ死んでいなければの記憶を別にすればどんな海賊版にも収録されていないはずそれはこんな唄だった

 ツイストだ風車だぐるぐる廻れ
いますぐ夜も昼も
Pのかけ声——三!
腰や肩を揺らして前へ後ろへ
さあこんなふうに……
みんな風車ツイストだぜ!

 
 ……うんきみのいいたいことはわかる要はやがて昨日なすがままにを書くことになる偉大な天才にもそんな時代があったってことだ幸いにも善良な観客はさすが本場米国の最新流行曲はひと味違うなと騙されてくれたようだお粗末な曲はともかく背広のほうは賛否両論で黒革上下の僕らに恋していたファンのなかにはまるで僕らがロンドンの大音盤会社に魂を売りでもしたかのように失望した子もいたようだけれどだれひとり席を蹴って帰ったりはしなかった舞台上の僕らは押し寄せる熱狂を感じ石壁や機材は観客の汗で結露するほどだった
 当時の僕らが好んで取り上げた楽曲にツイスト&シャウトというのがあるけれどツイストというのは七〇年代のハッスルや八〇年代後半のランバダのような流行の踊りだった発祥の地はマンハッタン四五番街にあった薄荷ラウンジなるゲイ向けのディスコで一八〇人も入れないような小さな箱でありながら女優や作家といった有名人が通うヒップな場所として知られていたサム・クックがツイストで踊りあかそうとってもゲイと歌ったのはこの店のことだ惨めなはずの叔父さんがのっぽの禿男と楽しむ意味と同様に二年後の初渡米で実際に訪れるまで英国の地方在住の僕らにそんな背景などあずかり知らぬことでこの夜ピートBが汗で前髪を額に張りつかせたPにドラムを代わってもらって熱唱した薄荷ツイストもまた僕らにはゲイ・アンセムでもなんでもなくNEMSで買い漁ったかお父っつぁんから借りパクしたかした音盤の一枚にすぎなかった無口なイケメンで鳴らしたピートBにはこの夜この瞬間がまさしく人生の絶頂だった僕らから見てもあのときのかれはじつに色男だったから背筋を電撃に打たれた女の子がいたとしてもそしてその子とピートBの視線が熱く絡み合ったとしてもそしてかれとのあいだに隙間風が吹いていた僕らでさえもがちょうどやさしく愛してを歌うSとその婚約者にしたのと同様につい引き立て役に徹してやったとしても不思議ではないハンブルクの悲恋カップルとものちにできちゃった婚する僕とCとも異なり見つめ合って踊るふたりはやがて生涯を共にすることになる
 すばらしい夜だった僕らは観客の親御さんたちが心配せぬよう最終バスを逃すなよと念を押し声援を鎮めてからお別れの言葉を伝えたハンブルクで七週間演奏してくるあいだ忘れないでくれよ手紙をくれると嬉しいな……そして公演先の住所を教えた六五〇人のファンは接吻や抱擁や署名サインを求めて舞台に殺到した押し寄せるひとりひとりに言葉をかけながら僕らは今度こそ何かが変わりはじめていると実感した三日後の日曜の午後お眼鏡に適うようなファンふたりを厳選してメンディップスへ連れて行ったとき伯母はこの上なく上機嫌でふたりがお茶とお喋りを楽しんで帰ったあとあんたのファンはほかのメンバーの軽薄なファンとは違って知的で活き活きとしているねとかなんとか感想をのたまったものすごくまわりくどい表現だけれど伯母なりに僕のやっている仕事をついに認めてくれたのだファンといえばこの頃から常軌を逸した連中が僕らの実家のまわりをうろつきしつこく玄関扉を叩いたりどこで番号を知ったのか電話をかけてきたりして僕らの親たちを煩わせるようになる伯母などは誇りにしていたメンディップスを数年後に惜しげもなく売り払って引っ越したほどだ
 数日後にGは風疹にかかってモナBの店での最終公演を欠勤しひと足遅れて渡独することになった僕とPはヘイマンズグリーン八番地にあるモナBの店で楽器を回収しファンに口紅で落書きされたNAのヴァンに積み込んでリングウェイ空港へ向かった最初の渡独が船で三八時間二度目が列車と船で三六時間かかったことを思えば午後にはハンブルクに到着する文明の利器はまさしく驚異だったおまけに用意された宿泊部屋は湯の出るバスタブとシャワーつき便所裏の掃除用具入れからはえらい出世だどういうわけかSと連絡がつかず空港での再会は叶わなかった募る話を一刻も早く語り合いたかったけれど髪を刈り込んで派手な背広と装飾具を身につけた雇用主と強面の用心棒たちに囲まれて酒とステーキをふるまわれては断れなかった僕は何度も席を外して電話をかけに行ったきっと不安そうな顔をしていたのだろうPとGが僕を見てどうしたと声をかけてきたいや大したことじゃないと僕は応えたAの屋敷につながらないんだよずっと呼び出し中でさ……


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。