世界中で群衆に追いまわされ揉みくちゃにされつづけて、 いつか起きるとずっと畏れていた事態が一九六六年七月四日のマニラでついに現実になったわけだ。 空港の警備担当者によって仕組まれた騒ぎだったと知ったのはMが殺された四年後だ。 サンフランシスコ在住の元警官が 『LAタイムズ』 紙の記者に自慢げに振り返った談話によれば、 そいつの鉄拳制裁を受けたJLは怯えた鶏のように許しを請うたのだそうな。 ふたりのBとそのマネージャを殴打して乱闘を煽ったこの男は、 存分にお灸を据えて満足したのか、 仲間の襲撃者らを払いのけて僕らを出国手続に向かわせた。 駐機場を横切ってタラップに辿り着くまで、 僕らは浅黒い大人の男たちに侮辱や罵声を浴びせられ、 唾を吐きかけられ小突きまわされた。 同時に少女たちはザ・B愛してると叫びながら僕らの足許に花束を投げてくる。 まるで暴力に歪められた世界と、 本来の平和な世界とが二重映しになったかのようだった。 またしても犬の吼え声を聞き、 暴徒のなかに黒ずくめの男を見たように僕は思った。
這々の体でKLM機に搭乗した僕らは座席に抱きついて接吻した。 歓ぶのはまだ早かった。 入国審査官が乗り込んできてトニーBとマルEにターミナルへ戻るよう命じた。 入国記録も旅券の捺印もなく、 従って出国も叶わぬというのだ。 ふたりには遺書を書く暇も与えられなかった。 異国の牢獄での死を覚悟したマルEは、 BEの席を通り過ぎざま身を屈め、 妻と子どもたちに愛していると伝えてくれと頼んだ。 広報担当と大柄な付き人は暴徒に揉みくちゃにされ、 押されたり突き飛ばされたりしながら、 少しでも安心するため互いに寄り添って歩いた。 ヴィクLとBEはそれぞれ別々に席を離れては、 機長に待ってもらうよう嘆願し、 それから税と出演料のことで烈しくいい争った。 無関係な乗客たちは出発を遅らせたザ・B一行に激怒していた。 トニーBとマルEは慄える手で書類に記入させられ四〇分後に釈放された。 男たちの暴言と少女たちの励ましを受けながら機内に戻り、 気密扉が閉ざされる寸前にかれらが耳にしたのは、 ザ・B愛してるとの合唱だった。 午後四時四十五分、 KLM八六二便が離陸すると僕らは拍手喝采した。 Gは通路に身を乗り出して、 あの国を再訪するのは原爆を落とすときだと向かいに座るトニーBに告げた。 広島と長崎で何が起きたかをMから聞かされて知っているはずのあの平和主義者がだ。 かれは次の目的地で通りすがりの村人を撮っていたとき、 その写真機が被写体の一生分の稼ぎより高いことをMに教わり、 何かと考え込むようになる。
デリーへの寄り道はGの発案で、 マニラで熱烈な歓待を受けるまでは残り三人も乗り気だったけれど、 いまや切符さえ売り切れていなければ一刻も早く帰国したくなっていた。 さすがにインドじゃ僕らも無名だろうと思いきや、 夜遅い時間なのに空港では五〇〇人以上に出迎えられ、 記者会見までさせられた。 宿に着くなりBEは熱を出して寝込んだ。 僕ら四人とNそれにMは部屋で顔を突き合わせ、 今後について話した。 仕事の規模があのユダヤ人青年実業家の手に余るようになってきたことで意見が一致した。 ロックンロールを演奏して客に楽しんでもらいたいだけなのに、 僕らはすでに政治に巻き込まれすぎていた。 Mも独力では僕らを護りきれないと認め、 あのような暴徒を鎮圧するには一個分隊が必要だと主張した。 Nはすでに来年の公演旅行が予定されていると告げた。 Gはそれが毎年の興行になるのか知りたがった。 だれも聴いてない公演なんてウンザリだ、 もうやめようぜと僕はいった。 全員が肯いた。 Mは同意しつつも複雑な表情をしていた。 録音所での作品づくりに打ち込んでほしい気持もありながら、 護衛の任を解かれたらやることがなくなるからだ。 帰国の機内で話し合いの結果を告げられたBEは取り乱した。 視線が定まらなくなり、 紅潮した顔に見る見るうちに醜い発疹が広がって、 機長が無線でロンドンの空港に救急車を手配したほどだった。 眼下に滑走路が近づくとBEは、 坊やたちが公演をやめたらわたしには何が残されるんだとNEMSの部下に涙目で訴えた。 莫迦なことをいいなさんな、 やることなんて幾らでもありますよと部下は宥めた。 確かに幾らでもあった——自暴自棄になって覚醒剤と睡眠薬を交互に酒で流し込むとか。 仕事中毒で知られたBEは、 帰国から僕の舌禍事件を経て、 やがて見るからに上の空で何も手に着かなくなり、 他人との意思疎通さえ困難になって、 滅多に事務所へ寄りつかなくなる。
憔悴したマネージャが北ウェールズの映画セットめいた観光村で療養している頃 (GMが泊まりがけで訪ねた一方、 Mは一度も見舞いに行かなかったようだ)、 米国では例のインタビューを転載した 『デートブック』 最新号が刷り上がった。 対立を煽れば儲かるのは当時の編集者もよくご存知で、 特集記事 「声をあげよう」 は白人と黒人の恋愛、 男の長髪、 麻薬、 不特定多数との性交、 それにヴェトナム戦争を巡る際どい発言を扱っていた。 表紙には不敵に微笑むPがあしらわれ、 空白を埋める見出しには僕の発言が物議を醸すべく引用された。 おなじ見出しが本文にもあって、 ヨット上で手を庇にして陽光に眼を細める僕の写真には 「論争の火種を発見したら猪突猛進、 それがJLの生き方だ!」 なる煽り文が付されていた。 インタビュー記事は前文の二段落が削られ、 通行人が僕のロールスロイスを指さして女王陛下だ、 いやザ・Bだと騒ぐくだりからはじまっていた。 編集者は雑誌が売店に並ぶ前に犬笛を吹いてくれそうな連中へ見本を送付した。
教会には滅多に足を運ばぬ南部のDJらも聴衆を怒らせる術は熟知していた。 かれらが軽はずみな思いつきで話題にした瞬間からアラバマ州バーミンガムのWAQY局には電話が殺到した。 好反応に気をよくしたかれらが急遽、 電話投票を募ると圧倒的多数に賛同された。 調子に乗って不要になった僕らの音盤、 写真、 ポスター、 本、 衣類を持ち寄るよう呼びかけてみたところ問合せが相次ぎ、 しまいには一時間ごとに日時や集積場を告知するに至った。 UPI通信の若きバーミンガム支局長も運転中にその放送を聴き、 「英国による侵略者」 を火刑に処すという脅しはいいネタになる、 アトランタはおろかニューヨークの新聞にだって掲載されようと確信した。 ほかの通信社にも飛び火して全国の放送局も尻馬に乗った。 四〇局あまりが放送禁止の措置をとった旨を喧伝した。 その大半はもとより僕らの音盤なんかかけたためしのない局だ。 モービルのWTUFは全能の神を冒涜する明白な侮辱と糾弾し、 テキサス州KNEEは僕らを永久に禁ずると決定した。 AP通信の取材にDJたちは、 正義を成すために何か自分にできることをすべきだと感じたんですと誇らしげに語った。 のちにそれを知ったMは関東大震災の自警団みたいだなと感想を述べた。 思えば二〇二一年に議会を襲撃した連中も似たような述懐をしていた。
こうした事態の種は実のところ二年前の初上陸時から蒔かれていた。 道徳を破壊せんとする共産主義者の陰謀であるとテレビ宣教師やタレント牧師は主張した。 鉄のカーテンの向こう側では裏返しのことが喧伝されていたのだからおかしな話だ。 僕らの音盤はどちら側でも焼かれたけれど、 こちら側では人間まで実際に燃やされることはなかった。 しかしそれは現在だからいえることで当時の僕は身を灼かれたも同然だった。 ミシシッピではKKK (放送局名じゃない) の最高指導者がこの陰謀論を蒸し返し、 例の白布を被って所信表明をした。 同団体のサウスカロライナ支部長は歓呼する群衆の前で、 十字架に縛りつけた音盤の束に火を放った。 そのイメージは電波に乗って全米そして世界へ広まった。 南アフリカ (僕に最初のギターをくれた人種隔離政策の国だ) の放送協会が僕らの音盤を禁ずると、 スペインの放送局一社が追随し、 オランダでは音盤の販売禁止と講演拒否を求める市民活動が行われた。 メキシコではデモが行われ、 バチカンは批難声明を出し、 僕らの音楽出版社の株価はロンドン証券取引所で二八セント下落した。
ケンウッドにも抗議や厭がらせの手紙が続々と届いた。 なかにはマニラで権力を尊ぶ男たちから集団暴行に遭ったとき、 非国民呼ばわりされ白眼視されながらも僕らのために泣いてくれた少女たちのような、 温かい励ましの手紙もあった。 僕とCは毎日それらを 「批難」 と 「応援」 に仕分けしてどっちの山が高いか較べっこした。 飛行機の墜落を予言する霊媒師たちからの手紙もあった。 その手の脅迫には慣れっこになっていたけれど、 あたかもすでに起きた事実を伝えるかのような、 敵意や怒りが感じとれない一通には思わず動揺した。 僕は便箋を手にしたまま茫然とCの顔を見つめ、 おれはニューヨークのどこかのアパート前で狂人に撃たれて死ぬらしいと教えた。 しっかりして、 そんなでたらめを信じるなんてあなたらしくないわと彼女は僕よりも怯えて応えた。 仕事に出る朝、 運転手を待たせた門の前で僕は妻子と堅く抱き合った。 行きたくなければ行かなくてもいいのよとCはいった。 そうはいかないよ、 でもこれが最後だと僕は応えた。 ニューヨークでの公演日には観光に出たりしないと約束させられた。 父ちゃんがいないあいだ母ちゃんを護るんだぞと身を屈めて息子に命じた。 そして妻子を置いて家をあとにした。
連載目次
- Born on a Different Cloud(1)
- Born on a Different Cloud(2)
- Born on a Different Cloud(3)
- Get Off Of My Cloud(1)
- Get Off Of My Cloud(2)
- Get Off Of My Cloud(3)
- Obscured By Clouds(1)
- Obscured By Clouds(2)
- Obscured By Clouds(3)
- Cloudburst(1)
- Cloudburst(2)
- Cloudburst(3)
- Over the Rainbow(1)
- Over the Rainbow(2)
- Over the Rainbow(3)
- Devil’s Haircut(1)
- Devil’s Haircut(2)
- Devil’s Haircut(3)
- Peppermint Twist(1)
- Peppermint Twist(2)
- Peppermint Twist(3)
- Peppermint Twist(4)
- Baby’s in Black(1)
- Baby’s in Black(2)
- Baby’s in Black(3)
- Baby’s in Black(4)
- Hello, Goodbye(1)
- Hello, Goodbye(2)
- Hello, Goodbye(3)
- Hello, Goodbye(4)
- Hellhound on My Trail(1)
- Hellhound on My Trail(2)
- Hellhound on My Trail(3)
- Hellhound on My Trail(4)
- Nobody Told Me(1)
- Nobody Told Me(2)
- Nobody Told Me(3)
- Nobody Told Me(4)
- Paperback Writer(1)
- Paperback Writer(2)
- Paperback Writer(3)
- Paperback Writer(4)
- Anywhere I Lay My Head(1)
- Anywhere I Lay My Head(2)
- Anywhere I Lay My Head(3)
- Anywhere I Lay My Head(4)
- Anywhere I Lay My Head(5)
- Crippled Inside(1)
- Crippled Inside(2)
- Crippled Inside(3)
- Crippled Inside(4)
- Crippled Inside(5)
- Mother’s Little Helper(1)
- Mother’s Little Helper(2)
- Mother’s Little Helper(3)
- Mother’s Little Helper(4)
- Mother’s Little Helper(5)
- Flying(1)
- Flying(2)
- Flying(3)
- Flying(4)
- Flying(5)
- Setting Sun(1)
- Setting Sun(2)
- Setting Sun(3)
- Setting Sun(4)
- Setting Sun(5)
- Isn’t It A Pity(1)
- Isn’t It A Pity(2)
- Isn’t It A Pity(3)
- Isn’t It A Pity(4)

@ezdog B達のレコードが焼かれる様子、なんだかこんな騒ぎを最近はしょっちゅうネットでみかける。人間って本当に進歩がないなぁ。全然なにも分かってない奴らこそ、ひとたび攻撃していいとなったら大喜びで加担するんだ。
この騒動を通して人間の本質がとてもよくえがかれているなぁ。悪意渦巻くなかで、それでも温かい応援の声もあったというのが救いだ。さりげなく鉄のカーテンの向こうのこともかかれているのもいい。やっぱりBの音楽は自由や平和や人権の象徴なのだ。