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連載第70回: Isn’t It A Pity(3)

アバター画像杜 昌彦, 2026年2月11日
Fediverse Reactions

世界中で群衆に追いまわされ揉みくちゃにされつづけていつか起きるとずっと畏れていた事態が一九六六年七月四日のマニラでついに現実になったわけだ空港の警備担当者によって仕組まれた騒ぎだったと知ったのはMが殺された四年後だサンフランシスコ在住の元警官がLAタイムズ紙の記者に自慢げに振り返った談話によればそいつの鉄拳制裁を受けたJLは怯えた鶏のように許しを請うたのだそうなふたりのBとそのマネージャを殴打して乱闘を煽ったこの男は存分にお灸を据えて満足したのか仲間の襲撃者らを払いのけて僕らを出国手続に向かわせた駐機場を横切ってタラップに辿り着くまで僕らは浅黒い大人の男たちに侮辱や罵声を浴びせられ唾を吐きかけられ小突きまわされた同時に少女たちはザ・B愛してると叫びながら僕らの足許に花束を投げてくるまるで暴力に歪められた世界と本来の平和な世界とが二重映しになったかのようだったまたしても犬の吼え声を聞き暴徒のなかに黒ずくめの男を見たように僕は思った
 這々の体でKLM機に搭乗した僕らは座席に抱きついて接吻した歓ぶのはまだ早かった入国審査官が乗り込んできてトニーBとマルEにターミナルへ戻るよう命じた入国記録も旅券の捺印もなく従って出国も叶わぬというのだふたりには遺書を書く暇も与えられなかった異国の牢獄での死を覚悟したマルEはBEの席を通り過ぎざま身を屈め妻と子どもたちに愛していると伝えてくれと頼んだ広報担当と大柄な付き人は暴徒に揉みくちゃにされ押されたり突き飛ばされたりしながら少しでも安心するため互いに寄り添って歩いたヴィクLとBEはそれぞれ別々に席を離れては機長に待ってもらうよう嘆願しそれから税と出演料のことで烈しくいい争った無関係な乗客たちは出発を遅らせたザ・B一行に激怒していたトニーBとマルEは慄える手で書類に記入させられ四〇分後に釈放された男たちの暴言と少女たちの励ましを受けながら機内に戻り気密扉が閉ざされる寸前にかれらが耳にしたのはザ・B愛してるとの合唱だった午後四時四十五分KLM八六二便が離陸すると僕らは拍手喝采したGは通路に身を乗り出してあの国を再訪するのは原爆を落とすときだと向かいに座るトニーBに告げた広島と長崎で何が起きたかをMから聞かされて知っているはずのあの平和主義者がだかれは次の目的地で通りすがりの村人を撮っていたときその写真機が被写体の一生分の稼ぎより高いことをMに教わり何かと考え込むようになる
 デリーへの寄り道はGの発案でマニラで熱烈な歓待を受けるまでは残り三人も乗り気だったけれどいまや切符さえ売り切れていなければ一刻も早く帰国したくなっていたさすがにインドじゃ僕らも無名だろうと思いきや夜遅い時間なのに空港では五〇〇人以上に出迎えられ記者会見までさせられた宿に着くなりBEは熱を出して寝込んだ僕ら四人とNそれにMは部屋で顔を突き合わせ今後について話した仕事の規模があのユダヤ人青年実業家の手に余るようになってきたことで意見が一致したロックンロールを演奏して客に楽しんでもらいたいだけなのに僕らはすでに政治に巻き込まれすぎていたMも独力では僕らを護りきれないと認めあのような暴徒を鎮圧するには一個分隊が必要だと主張したNはすでに来年の公演旅行が予定されていると告げたGはそれが毎年の興行になるのか知りたがっただれも聴いてない公演なんてウンザリだもうやめようぜと僕はいった全員が肯いたMは同意しつつも複雑な表情をしていた録音所での作品づくりに打ち込んでほしい気持もありながら護衛の任を解かれたらやることがなくなるからだ帰国の機内で話し合いの結果を告げられたBEは取り乱した視線が定まらなくなり紅潮した顔に見る見るうちに醜い発疹が広がって機長が無線でロンドンの空港に救急車を手配したほどだった眼下に滑走路が近づくとBEは坊やたちが公演をやめたらわたしには何が残されるんだとNEMSの部下に涙目で訴えた莫迦なことをいいなさんなやることなんて幾らでもありますよと部下は宥めた確かに幾らでもあった——自暴自棄になって覚醒剤と睡眠薬を交互に酒で流し込むとか仕事中毒で知られたBEは帰国から僕の舌禍事件を経てやがて見るからに上の空で何も手に着かなくなり他人との意思疎通さえ困難になって滅多に事務所へ寄りつかなくなる
 憔悴したマネージャが北ウェールズの映画セットめいた観光村で療養している頃GMが泊まりがけで訪ねた一方Mは一度も見舞いに行かなかったようだ)、 米国では例のインタビューを転載したデートブック最新号が刷り上がった対立を煽れば儲かるのは当時の編集者もよくご存知で特集記事声をあげようは白人と黒人の恋愛男の長髪麻薬不特定多数との性交それにヴェトナム戦争を巡る際どい発言を扱っていた表紙には不敵に微笑むPがあしらわれ空白を埋める見出しには僕の発言が物議を醸すべく引用されたおなじ見出しが本文にもあってヨット上で手を庇にして陽光に眼を細める僕の写真には論争の火種を発見したら猪突猛進それがJLの生き方だ!なる煽り文が付されていたインタビュー記事は前文の二段落が削られ通行人が僕のロールスロイスを指さして女王陛下だいやザ・Bだと騒ぐくだりからはじまっていた編集者は雑誌が売店に並ぶ前に犬笛を吹いてくれそうな連中へ見本を送付した
 教会には滅多に足を運ばぬ南部のDJらも聴衆を怒らせるすべは熟知していたかれらが軽はずみな思いつきで話題にした瞬間からアラバマ州バーミンガムのWAQY局には電話が殺到した好反応に気をよくしたかれらが急遽電話投票を募ると圧倒的多数に賛同された調子に乗って不要になった僕らの音盤写真ポスター衣類を持ち寄るよう呼びかけてみたところ問合せが相次ぎしまいには一時間ごとに日時や集積場を告知するに至ったUPI通信の若きバーミンガム支局長も運転中にその放送を聴き、 「英国による侵略者を火刑に処すという脅しはいいネタになるアトランタはおろかニューヨークの新聞にだって掲載されようと確信したほかの通信社にも飛び火して全国の放送局も尻馬に乗った四〇局あまりが放送禁止の措置をとった旨を喧伝したその大半はもとより僕らの音盤なんかかけたためしのない局だモービルのWTUFは全能の神を冒涜する明白な侮辱と糾弾しテキサス州KNEEは僕らを永久に禁ずると決定したAP通信の取材にDJたちは正義を成すために何か自分にできることをすべきだと感じたんですと誇らしげに語ったのちにそれを知ったMは関東大震災の自警団みたいだなと感想を述べた思えば二〇二一年に議会を襲撃した連中も似たような述懐をしていた
 こうした事態の種は実のところ二年前の初上陸時から蒔かれていた道徳を破壊せんとする共産主義者の陰謀であるとテレビ宣教師やタレント牧師は主張した鉄のカーテンの向こう側では裏返しのことが喧伝されていたのだからおかしな話だ僕らの音盤はどちら側でも焼かれたけれどこちら側では人間まで実際に燃やされることはなかったしかしそれは現在だからいえることで当時の僕は身を灼かれたも同然だったミシシッピではKKK放送局名じゃないの最高指導者がこの陰謀論を蒸し返し例の白布を被って所信表明をした同団体のサウスカロライナ支部長は歓呼する群衆の前で十字架に縛りつけた音盤の束に火を放ったそのイメージは電波に乗って全米そして世界へ広まった南アフリカ僕に最初のギターをくれた人種隔離政策の国だの放送協会が僕らの音盤を禁ずるとスペインの放送局一社が追随しオランダでは音盤の販売禁止と講演拒否を求める市民活動が行われたメキシコではデモが行われバチカンは批難声明を出し僕らの音楽出版社の株価はロンドン証券取引所で二八セント下落した
 ケンウッドにも抗議や厭がらせの手紙が続々と届いたなかにはマニラで権力を尊ぶ男たちから集団暴行に遭ったとき非国民呼ばわりされ白眼視されながらも僕らのために泣いてくれた少女たちのような温かい励ましの手紙もあった僕とCは毎日それらを批難応援に仕分けしてどっちの山が高いか較べっこした飛行機の墜落を予言する霊媒師たちからの手紙もあったその手の脅迫には慣れっこになっていたけれどあたかもすでに起きた事実を伝えるかのような敵意や怒りが感じとれない一通には思わず動揺した僕は便箋を手にしたまま茫然とCの顔を見つめおれはニューヨークのどこかのアパート前で狂人に撃たれて死ぬらしいと教えたしっかりしてそんなでたらめを信じるなんてあなたらしくないわと彼女は僕よりも怯えて応えた仕事に出る朝運転手を待たせた門の前で僕は妻子と堅く抱き合った行きたくなければ行かなくてもいいのよとCはいったそうはいかないよでもこれが最後だと僕は応えたニューヨークでの公演日には観光に出たりしないと約束させられた父ちゃんがいないあいだ母ちゃんを護るんだぞと身を屈めて息子に命じたそして妻子を置いて家をあとにした


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

連載目次


  1. Born on a Different Cloud(1)
  2. Born on a Different Cloud(2)
  3. Born on a Different Cloud(3)
  4. Get Off Of My Cloud(1)
  5. Get Off Of My Cloud(2)
  6. Get Off Of My Cloud(3)
  7. Obscured By Clouds(1)
  8. Obscured By Clouds(2)
  9. Obscured By Clouds(3)
  10. Cloudburst(1)
  11. Cloudburst(2)
  12. Cloudburst(3)
  13. Over the Rainbow(1)
  14. Over the Rainbow(2)
  15. Over the Rainbow(3)
  16. Devil’s Haircut(1)
  17. Devil’s Haircut(2)
  18. Devil’s Haircut(3)
  19. Peppermint Twist(1)
  20. Peppermint Twist(2)
  21. Peppermint Twist(3)
  22. Peppermint Twist(4)
  23. Baby’s in Black(1)
  24. Baby’s in Black(2)
  25. Baby’s in Black(3)
  26. Baby’s in Black(4)
  27. Hello, Goodbye(1)
  28. Hello, Goodbye(2)
  29. Hello, Goodbye(3)
  30. Hello, Goodbye(4)
  31. Hellhound on My Trail(1)
  32. Hellhound on My Trail(2)
  33. Hellhound on My Trail(3)
  34. Hellhound on My Trail(4)
  35. Nobody Told Me(1)
  36. Nobody Told Me(2)
  37. Nobody Told Me(3)
  38. Nobody Told Me(4)
  39. Paperback Writer(1)
  40. Paperback Writer(2)
  41. Paperback Writer(3)
  42. Paperback Writer(4)
  43. Anywhere I Lay My Head(1)
  44. Anywhere I Lay My Head(2)
  45. Anywhere I Lay My Head(3)
  46. Anywhere I Lay My Head(4)
  47. Anywhere I Lay My Head(5)
  48. Crippled Inside(1)
  49. Crippled Inside(2)
  50. Crippled Inside(3)
  51. Crippled Inside(4)
  52. Crippled Inside(5)
  53. Mother’s Little Helper(1)
  54. Mother’s Little Helper(2)
  55. Mother’s Little Helper(3)
  56. Mother’s Little Helper(4)
  57. Mother’s Little Helper(5)
  58. Flying(1)
  59. Flying(2)
  60. Flying(3)
  61. Flying(4)
  62. Flying(5)
  63. Setting Sun(1)
  64. Setting Sun(2)
  65. Setting Sun(3)
  66. Setting Sun(4)
  67. Setting Sun(5)
  68. Isn’t It A Pity(1)
  69. Isn’t It A Pity(2)
  70. Isn’t It A Pity(3)
  71. Isn’t It A Pity(4)
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“Isn’t It A Pity(3)” への1件のフィードバック

  1. ::: より:

    @ezdog B達のレコードが焼かれる様子、なんだかこんな騒ぎを最近はしょっちゅうネットでみかける。人間って本当に進歩がないなぁ。全然なにも分かってない奴らこそ、ひとたび攻撃していいとなったら大喜びで加担するんだ。

    この騒動を通して人間の本質がとてもよくえがかれているなぁ。悪意渦巻くなかで、それでも温かい応援の声もあったというのが救いだ。さりげなく鉄のカーテンの向こうのこともかかれているのもいい。やっぱりBの音楽は自由や平和や人権の象徴なのだ。