夜の雑記帖

連載第26回: 虫愛で過ぎる姫君~後編~

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
02.01Wed

虫愛で過ぎる姫君~後編~

【前回のあらすじ】

ゼミの研修旅行で一緒になった同期のカマキリちゃんは虫が好きすぎるあまり芋虫を素手で捕まえそのまま持ち歩きはじめた怯える芋虫! もっと怯える人類! 芋虫と人間種族を超えて共にする旅のゆくえや如何に!?

うこうしているうちにとある研究施設に着いた確か動物の遺伝子研究をしている施設だったと思う私達が入っていくと早速待っていた係の人が案内しようと招き入れてくれたのだが⋯⋯セキュリティチェックを通過しようとして止められた学生が一人いた

すみません施設内でも昆虫を飼育しているので万が一逃げ出されて病気などを伝播させられると困るんです⋯⋯

そう止められたのはカマキリちゃんと手のり芋虫くんだった

カマキリちゃんはその状況でも芋虫を外に逃がすことを拒んだ。 「ではこちらをお使いいただけますかこのままお持ち帰り頂いて結構ですので

係の人がどこからかプラスチックのカップを持ってきた研究施設で昆虫を飼育するのに使われているポピュラーなカップだ高さと直径が十五センチくらいボンカップという名前で本来はゼリーなど食品を入れるカップだが昆虫を飼う場合は上下を逆さまにして蓋を下にして使うことが多いようだ飛ぶ虫は上に向かって飛ぶので蓋が下のほうが逃げ出しづらいのだ案内の人はご丁寧に蓋の内側に濾紙も敷いてくれていたこれに餌さえ入れればそのまま飼育できる状態ださすが研究施設試料となる昆虫の扱い方として完璧な対応であるカマキリちゃんもご満悦で芋虫を手のひらからカップに移した施設に入れてもらうことができ私達は無事見学を終えることができた

次にバイオサイエンス系の施設に行ったのだがカマキリちゃんは当然のように芋虫をカップごと同行させた施設と施設の移動中に街路樹の葉をむしってカップに入れて⋯⋯どうも彼女は芋虫をそのまま飼育するつもりらしかった施設の案内係の人は何度も彼女と教授の顔を交互に見ていたがついに何も言わなかった

さて一日の予定を終えその日は現地のホテルに泊まることになった部屋は二人で一部屋部屋割りは決められておらず教授は男子五部屋女子二部屋ねみんなでうまく分かれてくださいじゃっ

とさっさと自分の部屋に引き上げていった大学生なのでそれで十分なのだが私達女子には重大な問題があった誰が芋虫と一夜を共にするのか⋯⋯

じゃあグーとパーで分かれよっか!?

学年イチモテ子ちゃんが提案したやはり彼女も芋虫と同衾するのは嫌な様子だった

オッケー!

それがいいね

何事もないように言いながら私と地味っこ女子はお互い目を見合わせた火花が散った嫌だ芋虫と一晩すごすのは嫌だ悪いがこれだけは譲れない絶対に負けられない戦いが今はじまる!

せーのっ! グーとパーでっ! 分かれましょっ!

みんなグー

もう一回っ! グーとパーでっ! 分かれましょっ!

カマキリちゃんだけグー

緊張が走る

もう一回っっ! グーと! パーでっ! 分かれましょっっっ!

モテ子グー地味子グー

私とカマキリちゃんパー

( うわぁぁぁ! 終わったぁ! )

と思ったもののカマキリちゃんの手前それを口にするわけにはいかないモテ子と地味子は無言でハイタッチをしている

よろしくね⋯⋯

私が若干ひきつった顔を隠せないままカマキリちゃんに言うとカマキリちゃんは可愛らしく小首をかしげ

よろしくねごめんね芋虫苦手なんだよね大丈夫だよちゃんと逃がさないように気をつけるから!

と言ってニコニコしていた

カマキリちゃんは部屋に入るとベッドのナイトテーブルの自分寄りの側に芋虫入りカップを置いたホテルのレストランで夕食を終えて部屋に帰ってからもカップを何度も手に取って芋虫を愛で寝る直前までナイトテーブルの上に顔を近づけて芋虫をながめていた私が芋虫なら生きた心地がしないだろうが私自身も生きた心地がしなかった私はとにかくその光景を視界に入れないようにしてさっさと寝て意識を失うことにした大丈夫だボンカップは全国の大学や研究施設で飼育に使われているのだからあれに入れられていたらそう簡単には逃げ出せないとりあえずカップにさえ入っていれば私に近寄ってくることはないそう自分に言いきかせながら⋯⋯

翌朝

ごめん

隣でゴソゴソする気配で目が覚めると赤地にテディベア柄のパジャマのままベッドサイドに立ってオロオロしているカマキリちゃんに開口一番に謝られた

いなくなっちゃった⋯⋯

まるでベタな小説のようなお約束の展開そして最悪の展開そのひとことで私の心臓は縮み全身の毛穴という毛穴から嫌な汗が吹き出した

ベッドサイドに置かれていたはずのカップ本体が床に落ちているフタの閉め方が甘かったのだろう芋虫が巨大で力があったからちょっとフタが甘ければ外れてしまう状態だったのだ芋虫にしても必死で火事場の馬鹿力のようなものを発揮したのかもしれない

とりあえず私は全身を恐る恐る触った大丈夫ここにはいない自分のベッドの上もみてみるいない私は無事だいまのところは⋯⋯

それから十分くらい芋虫の大捜索が行われた生きた心地がしなかった奴はテーブルとベッドのわずかな隙間の下の床で発見された私が見つけた必死だった見つけたけれど触れないのでカマキリちゃんに責任を持って回収してもらった奴は無事生きていた

カマキリちゃんは研修旅行終了まで芋虫を大事に連れて歩き最後までカップを抱えたまま嬉しそうに帰っていったその後芋虫くんがちゃんと蛹になれたのかは聞いていない聞いていないがあんな数奇な運命を辿った芋虫は昆虫の世界広しといえどもアイツただ一匹だけだろう

ゼミで長く一緒に過ごしてみるとカマキリちゃんは虫が大好きすぎる以外はとても気のいいさばさばしたそれでいて優しい子だった優秀なゼミ生として研究に勤しみときどき研究室で飼っている毛虫を大量に手のひらにのせてコロコロ転がして毛虫ボールをつくるなどの奇行に走り私たちに悲鳴を上げさせながらもしっかりした卒論を書いて卒業していったその後の消息は知らないけれどあれだけ虫が好きなひとの嗜好が変わることはなさそうだから今も元気にカマキリや芋虫やいろんな虫を捕まえているかな好きな虫を好きでいるあの情熱を変わらず持っていてほしい


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。