夜の雑記帖

連載第34回: お守り売りのおじいさん

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
04.22Sat

お守り売りのおじいさん

ずっと胸に刻まれている呪縛のような言葉がある

まだ大学生くらいの頃だ家族でフリーマーケットに出るのにハマッていた時期があった母と妹と私で不要になった服やバッグや細かい生活雑貨などを 100 円 200 円の安値で売りさばいていた実家の建て替え前の持ち物の整理のためでもあったし安さもあってか色々な物がポンポン売れるのが面白かった

ある日のフリマでちょっと説明が必要な品物を出した宮崎アニメの千と千尋の神隠しの DVD 特典でついてきたハクの握ったおにぎりのフィギュアだなんと宮崎監督自ら握ったおにぎりを型どりして制作したというシロモノであるある意味すごいレアアイテムだと思うが説明がなければただの白むすびのフィギュアだ私は分かりやすいようにメモ紙に手書きポップを書いておにぎりに貼りつけた。 “ハクの握ったおにぎりという説明と共に漫画チックなふざけたハクのイラストを描き添えた

それを見た妹は眉をひそめて言った

やめてよなんか恥ずかしい⋯⋯

そのたったひとことがたぶん発した本人は忘れているような一言が私の長年の呪縛になった

その言葉で私は思い知らされてしまったのだ自分がいかにダサい人間であるかを

ハクのイラスト面白いと思ったのに⋯⋯そうか私のセンスは恥ずかしいのか妹が思わず止めたくなるくらいそんなに恥ずかしいのかダサいのかみっともないのか

ああ私の感性は表に出しちゃいけないくらい恥ずかしいものだったんだ⋯⋯

薄々気づいてはいたのだ自分のいけてなさには思えば中学生の頃は皆が可愛く丈詰めをしているのに私だけ校則通りのやたら長いスカートを履いて通学カバンにはアニメキャラのピンバッヂを付けて夜中に試験勉強をしながらジョージ・ウィンストンのオータムと東儀秀樹の越天楽今様とエンヤのベスト盤ばかり聴いているようなダサさだったこれが私のダサさマックス時代だが人生のセンスの基礎を作る思春期がこの有り様ではその後の成長も推して知るべしだ⋯⋯

今思えば妹の発言の意図も分かるのだ商品に付けるポップはお客様に伝わるものでなければいけない自分のセンスで描きたいものを描いては伝わらないことがある伝える目的ではなくただの自己満足になってしまうのだ妹は不肖の姉と違い昔からしっかりしていて気配り上手だポップの本質を感覚的に分かった上での恥ずかしいだったのだろう

それでもポップを付けて並べたハクのおにぎり何故だか全然千と千尋の神隠しを知らない人がなんだか面白そうだからと買っていった

だけどそのときの妹の言葉をきっかけに私は自分のセンスを表に出すことが怖くなった

例えば最近でもイベント用に手書きで ZINE を作ったりマスキングテープをカードに貼って栞を作ったりしていたらやっぱり呪縛の言葉が自分の中から聞こえてきた。 「こんなのダサいかもしれない」 「笑われるかもしれない」 「字も汚いし絵も下手だ」 「マスキングテープの貼り方も変」 「こんなのもらってもかえって迷惑かな」 「ぜんぜんいい気がしない」 「かわいくない⋯⋯かわいいって何だっけどういうことだっけ呪縛の言葉は沸きだすと止まらない最初の一歩を踏み出すときはいつも怖い

だけど今の私にはその言葉に打ち勝てる思い出がある。 「怖さに勝つ力はある日突然意外なきっかけで手に入った

二十代の頃に鎌倉に遊びにいったとき今でも好きだけれどあの頃は特にあの街が大好きでお金と時間のある休日に何度も訪れていた小町通りを抜けて鶴岡八幡宮まで歩くのが定番でその日もそのつもりで通りを歩いていた

今は許可が下りないだろうけれど当時はそのあたりにアクセサリーなどちょっとした小物の露店を出して商売している人が時々いてその日もそんな露店らしきものを見つけた手作り小物のようなものが並んでいるのが見えたので興味を持って近寄ってみた

ドラム缶を縦にしたような筒状の台の上に大量のポチ袋のような小袋が並んでいてその傍らにおじいさんが立っていた何だろうと近寄ってみるとこんにちはと声をかけられた

おじいさんはツイードのような厚手の生地でできた茶系のチェックのカジュアルなスーツを着ていた長めの白髪に髭に丸眼鏡サンタさんが私服で街に出てきたような出で立ちでにっこり微笑んでいた

これはねぇボクの作ったお守りなの

おじいさんがお守りと言ったものは名刺大の和紙の台紙に紙粘土らしき白い素材で平らに作ったモチーフが付けられたものだったお地蔵さんや猫や兎や色々な動物の形の様々なモチーフにはタイトルのようなものが筆文字で描かれている。 「ゆきじぞう」 「うみのさち」 「つきうさぎなどなど分かるような分からないような言葉が並んでいる⋯⋯

おじいさんはゆっくり丁寧にひとつひとつのお守りについて説明していった

この雪の絵のついたお地蔵さんは、 “行きをかけていて旅の安全のお守りなの特に北国への旅行にねこっちのシャチは海の幸ならぬ海のシャチって洒落ね幸せのお守りサーファーのひとにいいかなってこの月とウサギのはウサギといえば月に住んでいるからっていうのとラッキーのほうのツキにもかけているのツキが巡ってきますようにって

細かいことは忘れてしまったけれどこんな感じでお守りのひとつひとつにはおじいさんの駄洒落や気遣いのセンスが炸裂しているのだった

そのセンスはなんとなく相田みつをっぽいテイストの昭和のベタなお土産物という感じだった素朴な和風正直に感じたまま言えば野暮ったくて垢抜けない

だけどおじいさんの説明の世界がなんだか可愛らしくてそしてお守りを楽しく作っているのがこのお守りの世界を共有するひとを楽しませようとしているのが伝わってきた

おじいさんと出会えたことを忘れたくなくて今日の日の記念に欲しくなって私はツキうさぎを買うことにしたおじいさんはありがとう! ツキまくるといいね!と言って、 「じゃ500 円ねお金はここに商品の並んだ台に付けられた木のヘラのようなものを指した私がそこに 500 円玉を置くとヘラが沈んだ拍子に台に隠れていた蓋があいてピンポン玉が飛び出し台の側面についたチューブをコロコロ転がっていって足元に取り付けられたお菓子の空き箱を工作したような装置を通過した画用紙に割り箸を貼りつけたような札がピンポン玉に当たって起き上がるそこには赤いクレヨンで大きく当たりと描かれていた

大当たり~! おめでとう! 早速ツキが巡ってきたかな大当たりの景品はこれ!

おじいさんはポストカードのようなものを差し出した猫の顔をしたお地蔵様が二体双子のように並んだ絵が点描で描かれている目を閉じて眠っているような祈っているような表情だった

ボクが描いた新聞ね秘密の方法で読めるよヒントは洗面所!

ちいさな鏡文字でちょっとした挨拶文とおじいさんの住所らしきものが描かれていたその猫の絵はお守りよりもずっとセンスがよかった思いがけない演出とプレゼントにびっくりして楽しかったそしてこの装置は当たりしか出ないように作ってあるんだろうなと思った

最後におじいさんは悪戯を白状する子どものように声を潜めてボクね腫瘍があるのと言ってニコッとしたあまりにも何でもないように言うのでそうなんですかと軽く答えたさりげない口調だったので流してしまった

あれからまた何度も鎌倉に行ったけれど二度とおじいさんには会えなかった

あの最後の何気ない言葉が聞き違いや記憶違いであったらいいなと思うでもとにかくおじいさんに会えたのはあれっきりだったもしかしたらどこかでお元気にしているかもしれないけれどもしそうだとしてもあのちいさな露店はもう開かれないのだろうそうでないなら尚更もう永久に

ツキうさぎのお守りは今でもどこかにしまってあるけれど雑多な日常の道具に埋もれてすぐには出てきそうにない

あれから自分が何かを自分のやり方でやってみたいと思ったときいつもおじいさんのことを思い出すお客の私をめいいっぱい楽しませようとしてくれたあの滑稽なほどに優しいサービス精神のことをそして野暮ったくてもダサくてもやりたいことがあったらやってみていいんだなと思う

おじいさんのことを思い出すたびあの私服のサンタさんのような佇まいと丸眼鏡の奥のまなざしを思い出す思い出すたびおじいさんは私の心の中で静かに私に語る

“やりたいことがあるならおやりそれが誰かを楽しませるかもしれないならなおさら”

“いいかいやりたいことはやりたいようにとことんやるんだよためらわずに今すぐやるんだよ今という時は今しかないんだよ”

地蔵 幸せ願い


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。