夜の雑記帖

連載第3回: 私の夜を駆ける

Avatar photo書いた人: 一夜文庫
2022.
10.04Tue

私の夜を駆ける

閉店まぎわのスタジオはいつも空いている顔馴染みの受付スタッフに挨拶して部屋へひとりで重い扉を開けて入りまた閉める楽器を弾くという趣味に地道な努力は欠かせないさぼればさぼるほど身体は感覚を忘れてしまう安いスタジオのドラムセットはボロボロでスネアは金盥のような耳障りな音がするチューニングはあきらめて椅子の高さとタムのセッティングだけ少しいじって座る鞄からスティックを取り出せば先端は削れて毛羽立ったチップから木の粉が落ちるいつも換え時に迷うけれどこれはまだいいだろう叩く叩く叩く叩いたところでさっぱり上手くなった実感はないそれでもやらなければ失われていく焦りだけはいつもある誰に聞かせるあてもないただ興味本位で始めて今も続けているだけ何の意味もないのにどうしても止められない叩く叩くスネアからタムへタムからフロアへ太鼓から太鼓へスティックを移動させていく右手は細かくシンバルを刻むバスドラを規則的に踏む腹にまで響く低音ドラムを始めてから音楽の聞こえ方が全く違って聞こえだした今は地の底から響くような低音と振動がここちよい叩く叩く叩く一日働いてきた身体はなかなか思うように動かない年のせいも確実にあるだろうそれでも止まりたくないすこしずつテンポを上げていく叩く叩く音の波の中をひとり駆け抜けるように。 『夜に駆けるって曲が流行ったことがあったっけあれは心中の歌らしいけど私はひとりで自由だいつか倒れるまで好きに走り続けるだろう叩く叩く叩く限界まで速く速く強くスティックを振り回しシンバルに振り下ろす高音の残響が私の脳を揺らす叩く叩く止まらない私が止まらない叩く叩け私どこにも届かなくても私のために叩け


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。人格OverDriveに憧れてダメ元でお願いしたら書かせて頂けることになってしまい震えている。永遠の前座。
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