夜の雑記帖

連載第24回: 陰気な美容師

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
01.27Fri

陰気な美容師

むかし通っていた美容室の私の担当者はそれはそれは陰気だった

そもそもその美容室からして雰囲気が暗かった見た目は綺麗なオシャレな店でパステルカラー調の柔らかな黄色やオレンジを多用した内装に暖色の明るい照明で入りやすいポップな雰囲気だったBGM には軽めのボサノバがひかえめに流れる大通り沿いの理想的な立地それなのに私以外のお客さんがいるのを全然みたことがなかった私の仕事が平日休みで平日の午後にしか行ったことがなかったからかもしれないがいつ行っても誰もいなかった行くといつも見た目は雑誌 LEON に出てきそうなアロハシャツにジーパンでロン毛茶髪のチャラいいけおじオーナーが出てくる丁寧に接してはくれるのだかいつも表情が固くて悲しげな目をしていたオーナーの奥様らしき清潔感と透明感の塊のような美しいお姉さんがアシスタントのポジションらしくシャンプーをしてくれるのはこの人だったがとても物静かでおとなしかったそしてどんなにひまそうに見えてもオーナーは決して髪を切らず私の担当美容師が出てくるのだった

どういうわけか美容室では美容師が話しかけてきて髪を切る間ずっとしゃべらなければならないシステムのようだが私はあれがきらいだ何回か通った美容室で美容師とする話が毎回同じで気まずくなって行くのをやめたこともある美容師と話すのがいやで千円カットで済ませていた時期もあるこれまでの人生何百回と美容室に行ってきてああ話が合うなあとか話しかけられてよかったなあと思ったひとは三人しかいないひとりは新卒でブラック企業に勤めていて死にそうだったときに行った床屋のおじさんで頭皮がガチガチですよ何か大変なのではないですか⋯⋯と終始心配してくれたもうひとりは今通っている近所の美容室のおじさん美容師でこのひとは店の本棚にニーチェを忍ばせるようなひとなので本好きとしてはなんとなく気楽に話せるそして最後のひとりがこの陰気な美容室の陰気な美容師だった

美容師は三十代前半くらいの男性だった黒髪短髪で一見オシャレそうに見えるのだが伏し目がちで静かに話すひとだった髪を切り始めると話しかけられるので最初は身構えていたのだが話す内容は最近寒くて⋯⋯とか休みの日は寝てばっかりで⋯⋯とかネガティブな話題ばかりで全然美容師らしくない地味な自虐ネタばかりだった

けれど私にはなんだかそのほうが楽だったキラキラした美容師の話にはこちらもなんとかキラキラした話をしなければならないような圧があるだが私のような地味な本好きにはそんなにキラキラした話題がない。 「お休みの日は何をしてるんですかぁ?なんて聞かれてもゴロゴロしているとか本を読んでいるとか答えるしかなくて全然キラキラした話題を持ち合わせていない自分は無理に美容師に合わせて気をつかうのに疲れてしまっただけど陰気な美容師にはそんな私の素の話が通じたのだ

お仕事つかれますよね」 「休みの日なんて一歩も外に出たくないですよね」 「というか部屋から出たくないですよね」 「というか布団から出たくないですよね

美容師との会話はどんどんネガティブで駄目なほうに進んでいったそれがとってもラクだった美容師が花粉症になったときはめちゃくちゃ盛り上がった。 「どうも花粉症になったようだが認めたくないと言う美容師以前から春先にそれらしき症状が出ていて怪しかったようなのだが一切認めず気合いで乗り切ってきたそうだところが今年は仕事に支障が出るくらい鼻水が止まらず顔面が痒く認めたくないが仕方なく薬局の花粉症の薬を飲んだらピタッと治まったという。 「いやぁ私もちょっと怪しいかもしれないんですけど認めたくないんですよねと私。 「俺も何年もその状態でしたでも⋯⋯こんなに症状が出てきて薬まで飲むハメになってはもう認めなければならないかもしれない⋯⋯と明らかに素でヘコむ美容師気持ちはものすごくよく分かるし御気の毒だがちょっと面白い。 「私はまだまだ認めませんよ!と私が勢いづくと美容師は⋯⋯いつか認めなければならないときがくるんですよと言ってニヤリと笑ったあれは今までの人生において美容室で美容師と交わした会話の中でいちばん駄目な会話だった

ある日美容師は今度地元で独立するんですと言ったその時ばかりはちょっと嬉しそうで明るかった。 「おめでとうございます! どちらでですか?と聞いたらずいぶん遠い他県だった。 「たぶん来られないですよねまぁもしお近くにいらっしゃることがあったら気軽に寄ってくださいねと美容師は言ってくれたけど来ることはないだろうと分かっている言い方だったそういうさっぱりしたところが本当にラクだった

ひとの暗さとか冷たさみたいなものはどうしてもネガティブなイメージがあるけれどそれも必要なものなんだろうあの美容師の暗さは同じようなネガティブ人間の私には話しやすさやラクさと同じだった無理に話さなくていいとか明るい話をしなくていいとかいうひとや場所には実は気まずさよりも安心感や安らぎのほうが多く感じられるのではないか

最近の美容室には話しかけ NG コースを作って好評だなんていう店もあるらしい美容室で話しかけられる問題は実は結構いやだと思っているひとは多いのではないかだからあの陰気な美容師の美容室ができた地元のひとはずいぶん助かっているんじゃないかと思う美容室の売りが明るい」 「いけてるだけじゃなく暗くても OK」 「ほっといてくれるとなる時代はもうすぐそこにきているのではないだろうか


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。