夜の雑記帖

連載第27回: シャム猫の置物

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
02.14Tue

シャム猫の置物

物心ついた頃からいつのまにかおもちゃ箱に入っていた置物があったとぼけたようなすましたような顔のシャム猫が背筋をピンと伸ばしてお座りしている置物だ親指まるごとくらいの大きさで目と耳と足にちょんちょんと最小限の絵の具がのせられている紙粘土の軽い体に丁寧にニスがかけられている白い毛色に黒い耳青い目は少し笑っているようなさりげない愛嬌のある猫だった

幼い頃には何も気にせず他のオモチャの人形と同じように遊んでいたけれど少し大きくなってからこのシャム猫の置物は手作りのものらしいと気づいたでも明らかに親の作ったものではない猫はどこか洗練されたセンスを感じさせる垢抜けたデザインで子供の私の目から見ても自分の親にはこれを作れる感性はないだろうなと思ったこれはどうしたのかと聞いてみたら母親が職場の同僚のおじいさんからもらったという全然知らないそのおじいさんのセンスを粋だなと思いつつ子供の私はだからといって急に猫を大事に飾るようになったりはせずやっぱりそれまでと同じようにその猫で遊んでいたのだった

大人になって実家が建て替えをすることになった時実家にあった自分の荷物を引き取ったいろいろなガラクタに混じって子供の頃に使っていたオモチャ箱が出てきた懐かしいオモチャがいくつも入っていたその中にシャム猫の置物もいた子供の頃の記憶にうっすら残っていた猫の置物を子供ながらに良いものだと思っていたことや遊んだときに触れた感触や質感が手に取った瞬間に一気に蘇った思わず一人暮らししていた部屋に連れ帰った以来ずっと私の本棚にはこのシャム猫がいる引っ越しした時にも実家に戻った時にもそのたびなくさないように気をつけながらいっしょに連れてきた

先日ふと母親にこの猫をくれたおじいさんがどうしているかを聞いてみたこの置物をくれただいぶ後に亡くなったということだったそれならおそらく私が実家を出る前にはすでに亡くなっていたということになるそんな昔に亡くなったひとで面識もないのに何故だか寂しいような悲しいような気持ちになった

それにしても不思議なものだ全然知らないおじいさんの作ったシャム猫の置物がどういうわけか私の手元にたどり着いたそのことを考えるとなんとも言い難い感慨のようなものが胸に湧く知らないおじいさんの人生や人柄を想う何かささやかなけれど大切なものを受け継いだ気持ちになる私はこの猫がとても気に入っていてこれからも大事にしていくつもりだおじいさんは私のような者に自分の作った猫が末永く飾られることなど予想もしなかったに違いないひとに作られたものは時に作ったひとの思いもかけないところにたどり着くことがあるようだ形を得た無機物に人間は命を投影するその命は存外しぶとく強いひとに作られたものはどんなものでも永遠とも呼べるような命を持つ可能性があるロゼッタストーンも縄文式土器も鳥獣戯画もそんなふうにして今もそこにあるもちろん途上に消えてしまうものもあるだろうでも不思議に長らえ時を経るものもある時を経たものは付喪神のような怪しさと優しさを得て手にするひとを励ましてくれるのだ


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。