夜の雑記帖

連載第39回: 『血と言葉』推薦文

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2024.
02.14Wed

『血と言葉』推薦文

最初に宣言させてほしい私は文庫本の巻末の解説は読まない派だ本来なら私ごときの駄文なぞここに書くべきではない。 『血と言葉のラストシーンとてもよかったでしょう? 読者の皆さんはこんなページは即座に閉じて余韻に浸りにドライブに行って風に吹かれたり喫煙者ならピースの一本も吸ってしばらくぼーっとするべきたどこを切ってもカッコいいカッコよ金太郎飴のような完成された小説に私のようなちんちくりんの解説はいらんこんな駄文を読む暇があったらラストシーンを百回読み返せばいいだが著者が載せるというので仕方がない書きますのでラストシーンの余韻にしっかりと浸ってからお読みください

血と言葉の大きなテーマは書くということだろう登場人物達がそれぞれの恋と凰馬の書いた作品に心奪われ翻弄されていく

 この作品で魅力的なのは何といっても海堂ちありだ冒頭執拗に描かれるちありの気持ち悪さ教師を本で殴って襲う強烈さに多くの読者は眉をしかめただろうその不快感はちありの視点で凰馬を見た時に一変するそれは好きになっちゃうよな⋯⋯と納得し常軌を逸したちありの行動が全部可愛らしく見えてくるのだ歪んだ執着がピュアな純愛へと一変する瞬間醜さと美しさは表裏一体であることを杜氏の筆は鮮やかに示してみせる

 ちありを見つめる幼なじみの将大の存在も切ない変わっていくちありに戸惑いつつも気持ちをとめられない。 “恋愛は人間はなんて愚かで惨めなんだろうという彼の内心の独白は人類にとって不変の苦悩だがそれをあのタイミングで吐くのが絶妙だ人の愚かさ浅はかさが露呈してぐちゃぐちゃになったようなシーンの衝撃だけどきっと誰にでも多かれ少なかれ経験があるはずの痛み目を背けたいようでいてだけどどうしようもなくその感情が分かってしまう

 私は女性なのでちありの気持ちも新垣の気持ちも絵梨子の気持ちも愚かな女子生徒の気持ちも分かる千里の気持ちは分からないが彼女は禍々しいヒールなので理解の枠など越えてぶっとんでいるのがいい)。 本作では女性が過度に美化されることなく生き生きと動いている私は以前ベストセラーになった神様のカルテを読んだ際ヒロインがあまりにも男性が想定する理想の嫁としてできすぎていて激しい違和感を覚えたのだが杜氏の作品に登場する女性にはそういう感じがない逆に何故男性作家が女性のこんなところまで見透かしているのか⋯⋯と感じる点は多々あってしかしそういう女の暗い部分が暴かれていくのは痛快でもある

 これだけ人間を書けるのだから杜氏は純文学のほうにいってもよかったのではないかと私は密かに思っているのだがこの物語の凄いところはこれだけ人間の姿を赤裸々に描きながらストーリーがエンタメとしてきっちり面白いところだ謎の銃乱射事件失踪したちありの母SNS でのΩの拡散とそれを嗅ぎ付けた編集者得体の知れない無数のざわめきが少しずつ登場人物達を包囲していきやがて訪れるクライマックスへと雪崩れ込む最後のアクションシーンは胸がすくような杜氏の真骨頂というべき疾走感と躍動感にあふれ怒涛のカタルシスへと昇華されていく

 そんな中にさりげなくあるこれがおれをつくったんだという凰馬の言葉が胸に刺さる杜氏の言葉には何度も何度も地獄を見てそれでも生きることを選んできた人にしか書けない強い言葉があってその言葉を前にすると私はただただ圧倒されるその言葉が凰馬に命を吹き込み飄々としているようで芯が強く優しい魅力あふれる人物として生かしているのだ

 凰馬はちありの作家としての師でもあったふたりの別れのシーン、 “何度もそんな経験をするそれが糧になる書くんだという言葉は書くという行為をやめられない全ての人に刺さるだろう残されたちありが凰馬の香を追いながら書き続けるのはむしろ彼女にとっては幸せな結末かもしれない

 最後に去っていく人物が誰かは明確には語られない読者はああきっと彼なのだな⋯⋯と仄かに察するその距離感がちょうどいい昨今の商業作品は親切すぎるくらいにはっきり書きすぎる反面余韻というものが失われていることも多いと思う杜作品は読者を信頼して委ね想像の余地を残している

 語りすぎないというところは杜作品の魅力のひとつであろうそんな杜氏の作品解説において私は少々語りすぎたようだ無粋ないちファンはそろそろ退場するとしてここまでお付き合いくださった貴方はあのシーンやこのシーンが脳裏に蘇ってもう一度読みたくなったのではないだろうか私は読みたい! ここに書ききれなかったが凰馬と青山夫妻の友情もいいし凰馬と刑事達の軽妙なやりとりも楽しい凰馬と祖父のエピソードも素晴らしいのだじゃっ私はもう失礼して再読の旅に出かけま~す!


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。