夜の雑記帖

連載第10回: TAXY DRIVER

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2022.
11.05Sat

TAXY DRIVER

私はタクシー運がいいそれほど頻繁でないけれどたまにタクシーを利用する時嫌な運転手に当たったことは一度もない逆に面白い人には結構あたる運転のコツを教えてくれた人やプロの三味線奏者で自分の演奏の録音を聞かせてくれた人夜道をとぼとぼ歩いていたら本当はダメなのに格安で家まで乗っけていってくれた人もいたっけその節は大変お世話になりました会話がなくてもクラシックを静かに流していたり昔ながらのレトロなレースのシートカバーでお迎えしてくれたり個性豊かな運転手さん達に出会えるタクシーは単なる移動手段にとどまらない運転手さんが主役の劇場のようだ

そんな私が出会った運転手さんの中でも特に忘れられない人がいる

もうだいぶ昔の話だたまたま何かの用事で急いでいて自宅から最寄り駅までの短距離をタクシーに乗ったほんの数キロくらいだったと思う

運転手はいかにも昭和のオヤジという感じの武骨な男性だった行き先を告げると短く返事をして滑らかに走り出した短距離で安い客だからあまり嬉しくないのかなと思ったむっつりとした表情で明るく雑談などするタイプではなさそうだった

ちょうど私はその時とても怒っていためっちゃくちゃぷりぷりしていたそうちょうど私はこの時アポロ計画陰謀論を信じていたのだというか今もちょびっと信じている考えてもみてほしいあの時に月に行けたのなら何故今は行けていないのか最近のアメリカの月計画も度々延期になっているではないか当時のコンピュータの性能だって月計画に使われたものすべて足しても現代の PC 一台分にも満たないというし今できないことを当時のスペックでできていたというのが疑わしすぎるヴァン・アレン帯をどうやって越えたのかも怪しいところだこのメアリー・ベネット / デヴィッド・ S ・パーシー著のアポロは月へ行ったのか? Dark Moon 月の告発者たち( 雷韻出版 ) に全て書いてある(※当時ちょっと流行った陰謀論の本ですよいこのみなさんは信じないでください ) 全く腹立たしい! 全てはジョン・ F ・ケネディの見栄と嘘とそれを隠し続ける NASA のお客さん! お客さん!

声をかけられて私は我に返った

急に武骨で無口と思っていた運転手が声をかけてきた特にルートの確認が必要な場所ではないまさか話しかけられると思っていなかった私はびっくりして顔を上げたたぶんきょとんを絵に描いたような表情になっていたと思う

車は赤信号で止まっていた。 「ガム食べます?そう言って運転手は自分の私物らしき緑の包装紙のガムを一枚差し出した昔からある細長いパッケージの板状のミントのガムだ

ありがとうございます私が受け取ると運転手はまた前に向き直った信号が変わり車が走り出す私は受け取ったガムの包み紙を剥いて口に入れたもそもそと噛むどこか遠い思考の世界から一気に日常の世界に戻ってきた気がした目の前にいるひとのことも忘れてずいぶん遠くに行っていたなぁと思った運転手さんが心配してくれるほど自分は厳しく思い詰めた顔をしていたのだと気づいた急に目の前に広がる世界が明るくなった

あれから何度もタクシーに乗ったけれどあの時の運転手さんの不器用な優しさほど忘れられないことはない思い返せばいろいろな場面で私はたくさんのひとにあのガムのような優しさを差し出されながら生きてこられたのだ思い詰めた顔の誰かを見かけたら自分もガムを差し出せる人であれたらと心からそう思う


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。