夜の雑記帖

連載第8回: 本の申し子

Avatar photo書いた人: 一夜文庫
2022.
10.27Thu

本の申し子

人生で初めて読んだ本は何でしたか? という問いに私は答えられない気がつけば本は私の周りに大量にあって空気を吸うように当たり前に読んでいた私は凡庸な人間で大した取り柄はないけれど本を読むということに関してはサラブレッド並みの素養があったと思う

どの作品が初めてかなんてもう分からないこどものともにかがくのともぐりとぐらノンタンどんくまさん彼らを友達に私は育った日本昔話以外のテレビアニメは大人達がニュースを見たいという理由で見せてもらえなかったしマンガはサザエさんしか買ってもらえなかったけれど私には何の不満もなかったなんといっても大好きな本の世界は広いのだ

好きな絵本を何度も何度も読んで半分お話の中で育ったような浮世離れした子どもだった小学校入学前にさすがにこいつは異常なのではないかと察知されて知能診断されたが一応通常の範囲のちょっと変わった子でしょうということで普通学級に入れた

その頃からだろうかさすがに本人も自分が普通とはちょっとズレていると感じはじめたのは私が大好きな本のことを小学校のお友だちたちは誰も知らないらしい知らない上に興味もないらしいこんな面白い本を読んだんだよ! と読後の興奮した勢いで話してもみんな上の空だこんなに面白いのにみんなにも知ってほしいのに

私は成長するにつれていつしか友達に本の話をしなくなったさみしくはなかった他にも楽しい遊びはたくさんある友達とは公園でたかおにや色おにをしたり家でぬいぐるみで遊んだりして五時のチャイムが鳴ってみんなと別れてひとりになったら本を読んだあの頃にはその言葉はなかったけれど子どもなりに空気を読むことを覚えたのだろう

そうやって歳を重ねて小学校も高学年になったある日友達何人かと誰かの家に集まったおやつを食べながら見始めた子ども向けの映画がめちゃくちゃ面白くてみんなが釘付けになっていたそれを私だけみんなとはちょっと違った気持ちで見ていた

その映画は長くつ下のピッピの実写版だったあの児童文学の巨匠アストリッド・リンドグレーンの代表作力持ちで嘘つきでへんてこりんな女の子ピッピが大活躍する爆笑痛快物語私は長くつ下のピッピが大好きだピッピが好きすぎてわざとそばかすをつくるために日に当たっていたくらい大好きだピッピだけでなくリンドグレーンの岩波書店から当時出ていた児童書は図書館を駆使して全て読んでいた本好きオタクならば推しの作家の作品を全て網羅するなど当然! 面白いし素晴らしいのだから自然に読めてしまう映画に夢中になるみんなを見ながら⋯⋯でしょうね原作があんなに面白いんだから面白いに決まってるもんね。」 と思っていた我ながら可愛げのない子どもだったと思う

それから数日後学校の授業で図書室で本を読む時間があったといってもおとなしく本を読む生徒など私くらいしかいなかったみんな本には目もくれずわいわい遊んでいる図書室の貸し出しカードがいっぱいになるくらい本を借りるのは私だけでみんな本なんかに興味はないのだ図書の時間はいつだってそういつもの光景

そんな中でこの前いっしょに遊んだ子のひとりが棚の前にたたずんでいた珍しいなと思ってその子のそばにいくと棚にはあの長くつ下のピッピの背表紙があった

私に気づくとその子はこれってこないだの映画の本?と聞いてきた。 「そうだよ!と私が答えるとその子はその日長くつ下のピッピを借りていった翌週の図書の時間その子はこれの続きってある?と私に聞いてきた明らかに目をキラキラと輝かせて

私はたぶんかなり誇らしげにピッピ 船に乗る』 『ピッピ 南の島へを教えてあげた。 「名探偵カッレくんシリーズも面白いよ。」 と付け加えるのも忘れなかった嬉しそうに本を抱えてあの子は笑っていた私はやっと友達が自分の好きなもののよさを分かってくれたことが嬉しくてたまらなかった

大人になった今一箱古本市などというマイナーな趣味にハマり来てくださったお客さんに本をお勧めしている私はあの日の図書室の延長線上にいる気がする大好きな本のよさを誰かに届けたいただそれだけでこれからもアホみたいに突っ走っていくのだろうあの日のあの子の笑顔のような誰かの笑顔をもう一度見るために


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。人格OverDriveに憧れてダメ元でお願いしたら書かせて頂けることになってしまい震えている。永遠の前座。
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