夜の雑記帖

連載第26回: 熱を纏う

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
02.08Wed

熱を纏う

最近は銭湯や健康ランドがブームらしい私のよく行く何軒かの施設も賑わっているが私は子どもの頃から近所の銭湯に行っていた昭和生まれの人間なのでニワカの女子と一緒にされるのは若干抵抗がある職場の長年サウナに通う女子とサウナの話で盛り上がった時に彼女も同じことを言っていたのだが奴はサウナで友達づれでキャッキャしているニワカ女子と一緒になるとサウナストーンにばんばん水をかけまくって大量の蒸気で室内を熱々にしてギブアップさせるそうだ分かりやすすぎるイビりかたで笑ってしまった私もちょっとそんなベテランサウナーのしごきを受けてみたい何分耐えられるかな

銭湯は子どもの頃から好きだけれど健康ランドに行くようになったのはもっと大人になってからだ立ち仕事で足腰に溜まった疲れがなかなか取れなくなってきてとにかく広い湯船で温かいお湯に長時間浸からなきゃ! という切実な思いが定期的にむくむくと湧いてくるようになった普段の日常の中でちょっと行くには銭湯が便利で楽しいけれどたまには健康ランドで半日くらいかけてしっかり入りたいときがあるあちこち行くようになると浸かるお湯の種類もなんとなく違うような気がしてきてやはり井戸水を加温しているとか温泉を使っているという施設が特にいいような気がしてきた効く温泉の効果というのは凄くてしこたま浸かって出て脱衣場で着替えていたら明らかに入る前よりも腰がしゃんとして姿勢が良くなったのがはっきり分かったことがある温泉は気持ちがいいだけでなく実際に効果があるのだ

郊外にちょっといい健康ランドを見つけて年に一度くらい行くようになった入館料は千円しないくらいで時間制限がない自噴天然温泉かけ流しの湯船がある硫黄やナトリウムがたっぷり入っていそうな真っ黒なお湯温度が違う湯船がいくつもあるのだがいちばん熱い湯船は源泉から沸いた温泉をそのまま入れているそうでだいたい 46 度前後くらいかなり熱いが慣れると短時間なら入っていられるようになる熱くて痛いくらいなのだがこれがクセになるのだ

今日はしっかり入るぞ! と決めて行ったときには何時間も入っている熱い湯と普通の湯と水風呂を行き来したり半身浴や寝湯やぬるめの湯に長く浸かってぼんやりしたりするぼんやりしながら周りのお客さん達を見ているとがっつり入る気で来ている本気のひととレジャー感覚で来ているひととの違いがはっきり分かって面白い

観光のついでかなにかで友達同士で来ているような若い女性たちは全然ピンときていない感じで一通り湯船に浸ってさっさと上がっていくあちらも周りの様子を見ていて私や他のおばさんたちが長々浸かっている様子に( あのひとたちいつまで入ってんのかなあ ) という顔をして先に出ていく

( そうだろうねぇ⋯⋯あなたたちくらいの年頃ならねぇ⋯⋯ ) 私は出ていく彼女たちの背中を見送りながら思う( まだこういうのに頼らなくても元気だろうさそれは自然なことだしいいことだよでもさこういうのがあるってことは覚えておいてよいつかしんどくなったときには来られるように )

親に連れられて来ているらしい小学生くらいの女の子が気持ちよさそうにずっとお湯から出てこないお母さんらしきひとにまだ? そろそろ上がらない?と言われて元気にまだー!と答えている彼女はいいサウナーになりそうだなんとも頼もしい

好きなものは手放さないでねちゃんともっておいで

今はよくわからなくても覚えておいてね

いつかそれがあなたを助けるかもしれないから

思い返せば何度お風呂に助けられただろう

単純に寒くて手足が凍るように冷えたときにも心に余裕がないときや疲れたときにも温かい湯船に身体を沈めてほっとひと息つくと自分がすこしやわらぐような気持ちになった

職場のサウナ女子は健康ランドに行くときはひとりで行って自分のペースでサウナに入ったり出たりすると言っていたそういうものだから友達とは一緒に行かないのだと私は誘うような友達もいないので必然的にひとりで行くことになるのだが私もやはり自分のペースで入りたい熱い温泉もサウナも冷たい水風呂も自分の身体に意識を傾けながらまだ入る? そろそろ出る?と自問自答しているそういう入り方をするときはやっぱりひとりのほうがいい

普段の日常生活の中ではなかなか自分の身体について細かく意識はしていないもちろん寒いとかお腹が空いたとか感じはするけれど全身のすみずみにまで意識を向けてしっかり自分の身体と向き合っている感覚はない

自分の身体というものも不思議なもので確かに自分のものではあるのだけれど自分で全てをコントロールできるわけではなくて気をつけていても体調は崩すし疲れも溜まる自分では元気で気合いでどうにかなるつもりでいても徹夜でもすれば眠くもなるし油っこいものを食べれば胃ももたれるし腹もこわす身体からの欲求や信号に振り回されながらそれに従ったり宥めたりして自分の意思を通しているやはりこの身体は肉体の寿命がある間だけ借りている乗り物なのだろう魂というものがあるのか私にはわからないけれど少なくとも自分の意識と肉体は全くイコールではなくて肉体には限度があることを感じるし肉体のコンディションに気持ちが引きずられていると感じることもあるたまには身体を労らないとなんて思いながら湯に浸かる熱くしたり冷やしたりして程よい感じになって露天に置かれた休憩用の椅子に座って外気浴して心地よくなっていると身体がほぐれると気持ちもほぐれていくのがわかる

周りをぼんやりと見渡すと自分と同じようにひとりで湯に浸かったり椅子に座っているひとがいるみんな勝手にそれぞれの入り方でそれぞれの身体を労っているそれぞれの人生が束の間に集まり同じ場所で憩いの時間を過ごしているそれでいて互いに関わることなくまたそれぞれの人生に戻っていく

自分が誰でもなくなって背景にとけていくような感覚があるみんな裸になって湯船で温まって出たら同じ館内着を着て素足でぺたぺた歩いて完全に背景に溶け込むような感覚だれも自分を気にしていないしだれのことも気にならない自分が抱える何かすらもいっとき自分のものではなくなる健康ランドの効能にはあの解放感みたいなものもあるのかもしれない私はたぶんだれでもないだれかになりに行くのだほかほかに温まることはたぶん自分の輪郭もすこし曖昧にしてくれるのだ

健康ランドに行くようになってから温度の変化に敏感になっただから最近は流しでお湯で手を洗っているだけでもあぁ温かいなぁ有難いなぁとしみじみしてしまうこの季節はすぐに冷えてしまう手指が熱めのお湯でつつまれぬくもりを取り戻していくそれだけでもお湯に浸るあの感覚を思い出す普段の生活でフィジカルなことを実感することはあまりないけれどこういうときはあぁ私の身体は生きてるんだなぁ⋯⋯なんて思ったりする


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。