万引き犯に酷い逃げられ方をしたことがある。
私の勤務先の雑貨屋の店舗は繁華街の隅っこにあり、 普通のお客さんももちろんいるがワンカップ片手に入ってくる酔っぱらいだのハッパにラリった若者集団だのも来たりして、 明らかに普通のオシャレなショップよりも治安が悪い。
その日も、 どこか薄汚れた白人青年が一人でブツブツ何かを言いながら店内に入ってきた。 あきらかに何かをキメていた。 そいつはアクセサリーコーナーで安物の石付き指輪を両手両指すべてに各ひとつずつ嵌め、 そのまま出ていこうとした。 大胆すぎる犯行。
当然制止しようとしたのだが振り切られて店の外へ逃げられ、 走って走って追いかけたがついに追いつけなかった。 「万引きです! 捕まえてください!」 と叫んだのだが、 街を行き交うたくさんの人達の中には当然そんな危ない外人を身体を張って捕まえてくれるような親切な人はいなかった。 モーゼの波のように左右に分かれていく人垣の間を万引き犯は一直線に走って行ってしまった。
その足で近くの交番に駆け込んだら、 新卒っぽいボケッとした若造の警官に 「あ~万引きは店の外に出たらもう駄目ですね~」 とダルそうに言われ、 一応被害届は出したものの絶対に捕まらないことはどう考えても明らかで、 私は忙しい午後の小一時間を無駄にしてしまった。
腹が立っておさまらない私は、 職場で皆に共有する万引き報告書を書く際、 普通なら多くても五行ぐらいで済ますところを、 B5 用紙全面にびっちり埋まるくらいの量を書いてしまった。 万引き犯を追いかけたが通り掛かりの人が誰も捕まえてくれなかったし警察も何もしてくれなかったとか、 明らかにビジネス文書として失格の憤怒と怨恨に満ちた内容だった。 本来朝礼で読み上げられるだけのはずの報告書は 「今週は長すぎるからコピーを回しておくから各人で読んで! ヨロシク!」 ということになり異例の文書として回覧されることになった。
「大変だったね」 と言いながら、 同僚の子がそれを読んでいた。 一回読み終わってから 「これ面白いね」 と言って、 もう一回読んでいた。 「なんか面白い」 と。
そう言われて、 万引きされて嫌な気持ちになっていたのが、 すっとおさまった。
最近ふとそんなことを思い出した。 あんなふうに読んでもらえるものが書けたら最高だなと思う。 私のライバルは、 自分が書いたいつかの万引き報告書なのだ。