会社の取引先の社長に、 インド人の気さくなおじさんがいる。 英語が堪能で日本語も挨拶程度できる、 世界を飛び回っている貿易会社社長。 優しくていいひとなのだが、 唯一の欠点がある。 カラオケが大好きで、 ちょっとでも隙があるとすぐオールカラオケに誘ってくるのだ。
一度だけ 「明日の朝の飛行機の時間までカラオケに行くから付き合って!」 と言われて、 インド人社長に部下のインド人おじさん達と会社の皆が連行されるのに付いていったことがある。 しかし想像してみて頂きたい。 相手はインド人、 こちらはジャパニーズピーポー。
共通する流行歌がない。
インド人はあまり洋楽は聞かないようだ。 ビートルズは知っている! とか言うのだが、 実際歌ってみると全く反応がない。 名前だけは知っているが知っている曲がめちゃくちゃ限られているようだ。
ちょうど私は社長の隣に座っていたのだが、 社長はニコニコしながら自分のターンになると我々の全然知らないインドポップスを熱唱する。 知らないなりに必死に盛り上げる日本勢。 しかしこちらが入れた曲が社長の知らない曲だと⋯⋯社長は私達の顔をキッと覗きこむ。 まるで 「お前らよくも俺の全然知らない曲を入れやがったな!」 といわんばかりに。 社長はインド人にしては温和な顔をしているのだが、 それでも日本人よりは濃く目力のある顔をしている。 あのぐりぐりの大きな目で 「おい!」 みたいに見られるのは、 めちゃくちゃプレッシャーだ。 そしてもちろんインド勢は、 知らん曲が流れたからといって知らんなりに一生懸命盛り上げようなどという忖度はしない。 空虚な時間が流れていく。
元バンドマンの先輩が金を取れるレベルに完成された 『俺ら東京さ行くだ』 を熱唱する。 だだスベる。 オシャレ男子が爽やかに 『湘南乃風』 を歌い上げる。 スルー。 お客様にしょっちゅうナンパされているゆるふわちゃんが 『AKB48』 をふわる。 無反応。 どういうことだ。 何ならウケるんだインド人。 知らんインドポップスで盛り上がろうとする日本勢も苦しくなってきた。 どうしよう。 このまま朝まで盛り上がらなかったら、 いくらなんでも気まずすぎる。
という状況で私のターンが回ってきた。 ある意味ここでの選曲が会社と取引先の将来を左右するといっても過言では⋯⋯ ある。 別にいくらスベッたところで仕事のお付き合いに関係はないのだ。 だがしかし、 この空気で朝まではツラいよな。
意を決した私は、 起死回生の一曲を入れた。 これがウケれば場の空気は一変する。 ただしスベれば今夜の私は終わる。 一か八かの賭けだった。
そしてイントロが流れた。 ジャステン・ビーバーがシェアしたことで爆発的に広まり、 当時全世界を賑わせたあの名曲。 SNS からもテレビからも街角の有線からも絶えず流れていたあの名曲が。
♪ ピポパポペポパポキュイィィィン! PPAP !♪
そう! ピコ太郎の 『PPAP (Pen-Pineapple-Apple-Pen)』
おぉ! インド人が! インド人社長と部下の御一行様が! イントロだけでさっきの目とは違うまなざしで私を見ている! これはあれだ! 全世界共通のアホを見るまなざしだ!
空気は一変した。 しかしこれが流れてしまったら最後、 一切の手抜きは許されない。 照れてごまかすなどもってのほか。 全力で歌い切るしかない。
私は立ち上がり踊り出した。 記憶を頼りに適当に、 しかし一切の照れはなく全力で、 ピコピコ踊り出した。 全力で歌った。 スベらないようにそして著作権に引っ掛からないように。 さぁ皆様もご一緒に! 脳内再生お願いします!
「アイハッバぺェェェン! アイハッバアポー! ⋯⋯ゥウン! アポーぺェェェン!」
おぉ、 笑っている。 インド人が笑っているではないか。
「アイハッバぺェェェン! アイハバパイナポー! ⋯⋯ゥウン! パイナポーぺェェェン!」
おぉ、 社長が立った。 社長が立ったぞ。
「アポーぺェェェン! パイナポーぺェェェン! ⋯⋯ゥウン! ペンパイナーポーアッポーぺェェェン!」
立った社長が私の隣で歌いながら踊りはじめたではないか。
「ペンパイナーポーアッポーぺェェェン!」
ピポパポピポパポピポパポ⋯⋯♪
社長と私は一緒にのけぞって最後のキメポーズを完成させたのだった。
この後はもう誰が何を歌っても大盛り上がり。 最後はあのディスコソングの名曲 『Dancing Queen』 を歌いながら私とチークダンスを踊った社長は大満足で私の掌にチューをひとつして、 翌朝のフライトにも遅れず無事乗って帰っていった。 『ABBA』 は知っとるんかいというツッコミを私の胸に残して。
というわけで皆様、 明日からすぐ使える便利なライフハックです。 ワールドワイドな接待カラオケで選曲に困った時は、 迷わず 『PPAP』 一択ですよ。
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