このところずっと走っていた感じがあったので、 休日は一日中ゴロゴロしていた。 布団から一歩も出ないくらい徹底してゴロゴロした。 人の形を保っていないくらい溶けていた。 少し走りすぎたかな、 と思ったとき、 いつも思い出すひとと言葉がある。
勤務先の店で開店準備をしていたときのこと。 その日は前日の雨が上がって、 まだ少し薄曇りだけれど黄色い日差しのおりてくる穏やかな朝だった。 同僚と商品を店の外に並べていると、 「こんにちは」 という少し英語訛りの声が聞こえた。 顔をあげると見覚えのない欧米系の金髪のおばさんが立っていた。 少しぽっちゃりした柔らかな雰囲気の人で、 青い目に人なつこい色を浮かべてにこにこしていた。
「これから開店? いいお店ねぇ。 実は私も昔、 そこの先の雑居ビルで店をやっていたのよ。 あぁ、 とても懐かしいわ」
その店には覚えがあった。 古くてごちゃごちゃしたビルの二階にひっそりとあって、 足を踏み入れると大量のゴブラン織りや手刺繍の施された服やヴィンテージらしきシルバーアクセサリーが層をなすように並べられていた。 いいお店だったけれど、 立地はあまりよくなかったと思う。
私達と軽く会話したおばさんは 「頑張ってね」 と笑顔で言ってから、 ふと思い直したように真面目な顔になって 「でもね、 頑張りすぎなくていいの。 焦らなくていいのよ。 Slowly, slowly! ね?」 と言った。
ありがとうございますと言って、 同僚と笑顔でおばさんを見送った。 そして 「Slowly, slowly!」 っていい言葉だねと話した。
あの時おばさんは節をつけて歌うように 「Slowly, slowly!」 と言った。 最初の slowly は少し語尾を下げて。 最後の slowly は跳ねるように語尾を上げて。 その鈴が鳴るような軽やかな言い方がとてもよかった。 今もこの言葉を思い出すと、 あの声と旋律が耳に響く。
おばさんは本当はお店をやっていたかったのだろう。 私達はその想いをほんのすこし託されたのだ。 店を続けていくことは今どんな業態でも簡単なことではないけれど、 やりたいことできることを続けていけるのは幸せなことだと思う。 だからまだまだ頑張るつもりだ。 ずっと走りつづけていたい。 だけどそう、 いそぎすぎることはないのだ。
Slowly, slowly!