夜の雑記帖

連載第6回: すろーりぃ

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2022.
10.15Sat

すろーりぃ

このところずっと走っていた感じがあったので休日は一日中ゴロゴロしていた布団から一歩も出ないくらい徹底してゴロゴロした人の形を保っていないくらい溶けていた少し走りすぎたかなと思ったときいつも思い出すひとと言葉がある

勤務先の店で開店準備をしていたときのことその日は前日の雨が上がってまだ少し薄曇りだけれど黄色い日差しのおりてくる穏やかな朝だった同僚と商品を店の外に並べていると、 「こんにちはという少し英語訛りの声が聞こえた顔をあげると見覚えのない欧米系の金髪のおばさんが立っていた少しぽっちゃりした柔らかな雰囲気の人で青い目に人なつこい色を浮かべてにこにこしていた

これから開店? いいお店ねぇ実は私も昔そこの先の雑居ビルで店をやっていたのよあぁとても懐かしいわ

その店には覚えがあった古くてごちゃごちゃしたビルの二階にひっそりとあって足を踏み入れると大量のゴブラン織りや手刺繍の施された服やヴィンテージらしきシルバーアクセサリーが層をなすように並べられていたいいお店だったけれど立地はあまりよくなかったと思う

私達と軽く会話したおばさんは頑張ってねと笑顔で言ってからふと思い直したように真面目な顔になってでもね頑張りすぎなくていいの焦らなくていいのよSlowly, slowly! ね?と言った

ありがとうございますと言って同僚と笑顔でおばさんを見送ったそしてSlowly, slowly!っていい言葉だねと話した

あの時おばさんは節をつけて歌うようにSlowly, slowly!と言った最初の slowly は少し語尾を下げて最後の slowly は跳ねるように語尾を上げてその鈴が鳴るような軽やかな言い方がとてもよかった今もこの言葉を思い出すとあの声と旋律が耳に響く

おばさんは本当はお店をやっていたかったのだろう私達はその想いをほんのすこし託されたのだ店を続けていくことは今どんな業態でも簡単なことではないけれどやりたいことできることを続けていけるのは幸せなことだと思うだからまだまだ頑張るつもりだずっと走りつづけていたいだけどそういそぎすぎることはないのだ

Slowly, slowly!


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。