学園祭のシーズンになった。 さて私はどんな楽しい思い出があったかしらん、 と考えてみたものの、 何も思い出せない。
中学生のとき漫画・イラスト部だった私は、 学園祭の当日ギリギリまで展示するイラストを全力で書いていた。 全力でそれだけやっていたので、 他のことはほぼ何も覚えていない。 そして描き終わって学園祭当日も部の展示スペースから一歩も出なかった。 昔は今よりもっとコミュ症で友達も少なかったので学校のイベントは全部キツかったが、 学園祭はずっと部活に逃げていればいいから割と楽だった。 数少ない友達は全員学園祭はバックレてたっけ。 だから友達と一緒にキャッキャと青春した記憶がほぼない。
それでもそういえば、 中学一年生の初めての学園祭のときは、 友達といっしょに展示を見たり模擬店で買い食いしたりしてたのを辛うじて思い出した。 ほぼ唯一の明るい思い出だが、 一応私にもそういうのがあったのだ。
友達のトモコちゃんとトモミちゃん (真面目に考える気のないネーミングセンスゼロの仮名 ) は、 教室の席が近くて仲良くなった子達だった。 演劇部のトモコちゃんは面白くていつも誰彼かまわず相方にして勝手に漫才を始めてしまうような明るい子で、 トモミちゃんはスポーツ万能の背が高くてシュッとしたクールな子。 ぼけっとしていて人見知りで無口な私とトモコちゃんとトモミちゃんは、 席が近くなければ仲良くならなかったであろう何ひとつ共通点のない三人だった。
学園祭の日はトモコちゃんは午後に演劇部の舞台があるので、 その前に三人で模擬店でも見て回ろうかということになった。
私達の通う学校では中学生の学園祭の出し物は展示や発表のみと決められていたが、 父兄有志による模擬店が出されていた。 いつも登下校で通る校舎前の広い道に、 店の簡易テントが並んでいる。 贈答品のタオルセットやら石鹸やら各家庭のいらないものばかり並んだバザーや、 誰かのお父さんが腕捲りして鉄板に向かってこねくりまわしている焼きそば屋台の前は早い時間のためかまだ閑散としていた。 学園祭名物のアップルパイにだけはすでに長蛇の列ができていた。
「お店いっぱいあるね~! どうしよっか、 何か食べる?」
「アップルパイ気になるけど、 並んでまで食べたくはないよね⋯⋯」
他愛ないおしゃべりをしながら歩いていると、 駄菓子の並んでいる屋台があった。 ずらっと並んだプラスチックの縦長のボトルに、 うまい棒やよっちゃんいかやキャベツ太郎がぎっしり詰まって並べられている。
「わぁ~! 駄菓子だ! ちょっと見ていこうよ!」
「いいね! なんだか懐かしいなぁ」
そう、 中学生になったばかりだというのに、 とても懐かしかった。 小学校の頃は学校が終わって家に帰ってランドセルを置いたら、 しょっちゅう近所の駄菓子屋さんに寄っていたっけ。 中学校の周りには駄菓子屋さんはないし、 寄り道も禁止されていたので、 全然行けなくなっていたのだ。
うまい棒は何味が好き? とか、 よっちゃんイカのよっちゃんて誰だよ! とか、 他愛ない駄菓子談義に花を咲かせていると、 トモコちゃんが眉間に皺を寄せてプラスチックのボトルのひとつを指さした。
「何これ? このタコ糸みたいなのがいっぱいついたやつ⋯⋯。 なんか怖っ」
それはケースに縦に入れられた糸引き飴だった。 蓋を開けた状態で糸をケースの口にかけてあり、 糸が引っ張りやすいようにされている。
「えっ? トモコちゃん糸引き飴知らないの?」
「知らないよ~! 初めて見た!」
駄菓子屋では定番のお菓子だと思っていたけれど、 置いてないところもあるのか。
「これはね、 飴のクジみたいなやつだよ! 飴を作るときに凧糸の先を入れて固めて、 飴から凧糸が伸びた状態になっているんだよ。 この糸を引っ張ると糸の先についている飴が取れるんだけど、 飴の形とか大きさがいろいろあってね。 いちばん小さいのはこの三角のやつだけど、 大きいミカンのとかパインのとかいろいろあるの」
「へぇ~面白い! ちょっとやってみよっか」
私達は次々と糸を引いてみた。 私にはいちばん小さい三角の赤い飴が当たった。 クジとしてはハズレの飴なのだろうけど、 私はこれがいちばん好きなので自分としては当たりだ。 トモミちゃんはブルーのソーダ味のだった。 トモコちゃんはやたらでかいミカンの房みたいなオレンジので、 トモコちゃんはおどけた様子でモゴモゴ⋯⋯と口に無理やり押し込んだ。
好きな味のうまい棒も買って飴を舐めながら、 私達は人のごったがえすざわめきの中をおしゃべりしながら歩いた。 なんだか楽しいなぁ、 これが青春ってやつか、 なんて思いながら。
次の日は学園祭二日目、 朝は一応形ばかりのホームルームがあるので、 登校して教室に集合した。 担任の眼鏡の中年社会科教師が出欠を取りにきた。
「え~、 皆さん、 これから出欠を取ったら各自解散となりますが、 その前に注意事項があります。 昨日食べ歩きをしていた生徒がいたようなので、 何か食べる時は座って食べましょう。 ほら例えば、 何か食べながら歩いていて口から何か出ていたりしたら、 その、 見た人はちょっと一瞬ぎょっとするでしょう。 ほらこういうの!」
担任は口の端に指をあてて下におろすジェスチャーをしていた。 これは完全に⋯⋯糸引き飴の糸じゃないか!
そうだ。 あの飴は糸がついたまま食べるので、 食べている途中は口から糸を垂らした怪しい姿になるのだった。 そりゃ注意もされるだろう。 いくら学園祭とはいえ、 いや学園祭だからこそか、 生徒が口の端から糸をたらしてウロウロしていたら、 何も知らない人はびっくりするに違いない⋯⋯。
「駄菓子とかね、 歩きながら食べるのは止めましょうね。 それじゃ出欠を取りま~す」
担任は生真面目な様子でそれだけ言うと、 いつも通り出欠を取り始めた。
そっとトモコちゃんとトモミちゃんのほうをみると、 トモコちゃんは演劇部仕込みのたぐいまれなる演技力で何も知らない顔をして澄ましており、 トモミちゃんはいつものクールな顔にちょっと赤みが差し、 口をへの字に曲げていた。 明らかに笑いをこらえていた。
その後、 トモコちゃんは演劇にハマりすぎて劇団に入って全然学校にこなくなり、 トモミちゃんはあの悲惨なテロ事件を起こした某新興宗教のイケメン広報の追っかけになってしまってやっぱり全然学校にこなくなり、 二人と疎遠になってしまった私は漫画・イラスト部にどっぷり浸かってますます友達をなくしていったのだが、 そんな全然共通点のない全く別々の道を歩む三人が仲良く並んで一緒に糸引き飴を舐めた平和な学園祭の日もあったんだと思うと、 なにやら感慨深い。 その後の友の行く末のことも相まって、 今も駄菓子コーナーで糸引き飴を見かけると自動的に思い出してしまう、 平和でやがてほろ苦い学園祭の美しい思い出である。