夜の雑記帖

連載第20回: 異次元カラオケ

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2023.
01.08Sun

異次元カラオケ

たまにしか行かないけれど一人カラオケが好きだ

仕事の帰りに行きたくなった時に小一時間ほど寄る店は老舗チェーンの歌広場で大きなターミナル駅のちょっとさびれたほうの出口を出た少し先にあってキャバクラの呼び込みの黒服のお兄さん達がずらっと並ぶようなナイトスポットのすぐ隣にある周りの環境のせいかオシャレな女子達が皆無でおじさんおばさん多めの落ち着いた雰囲気だ一人用の部屋も多くて一人カラオケに来る人もよくいる様子なので気軽に行きやすい

あの日の歌広はいつもよりちょっとおかしかった数部屋離れた部屋から防音設備を突き破って物凄い音量の情熱的な歌声のアナ雪がエンドレスで聞こえてくるその反対側の隣の部屋からは渋く調子っ外れの演歌が朗々と流れてくる私も負けずに好きな曲をばんばんリモコンで検索して入れまくる誰に聞かせるわけでもないのでどんなマニアックな曲も入れ放題同じ曲も何度でも歌い放題だこれこそ一人カラオケの最大の魅力!

これは少し言うのが恥ずかしいのだけれど私は子どものときに聴いていた渡辺美里が大好きであの名曲My revolutionは歌詞を見ずに歌える 小室哲哉作曲なのに小室ファミリー全盛期の中学生の時点でも同年代の子は誰も聴いていなくて誰とも話が合わなかったので今も好きというのが少し抵抗がある良いものは良いのだから自信を持って好きと言えばいいのに我ながら小者だし何より渡辺美里に申し訳ないとにかくそんな渡辺美里も一人カラオケなら歌い放題なのだ

そんなわけで数曲歌って喉を温めてからいよいよ名曲My revolutionいきますか! と歌い出したもちろん前奏のコーラスからエンジン全開で歌うしかし歌い出しはあえてちょっとひかえめに少し落ち着いたトーンで感情を溜めてサビに向かうにつれてちょっとずつギアを入れていく⋯⋯

歌う度にこれまでの人生の辛かったシーンが甦る就活がうまくいかなくて喪服のようなリクルートスーツで駆けずり回っていたあの頃しつこいクレーマーに絡まれて面倒くさくて土下座してもっと怒られたあの日付き合っては別れたしょうもない野郎たち一人暮らししていた木造二階建て風呂無し六畳一間の天井を走るネズミの足音それでも都内の家賃が高すぎて実家に帰った後に年金未納期間があるのがバレた時の修羅場⋯⋯

今でこそ笑いとばせるけれど本気で辛かったあの頃にいつも私が胸の中で歌っていたのはそうさいつだってMy revolutionだった! うぉぉー!

私は感情をめっちゃ込めまくって朗々とサビを歌い上げた!

⋯⋯ふー出しきった

唐突に部屋の扉が開いた飲み物も注文していないのに

そして全然知らないおじさんが入ってきた

あまりにもスムーズに入ってきたのでお店の人か知り合いかと思ったけどどちらでもなかった

少し長めの髪には明らかに油が浮いていた全体的に黒い服装でシャカシャカした生地のジャンパーにくたびれたナップサックを背負っていたいくら見ても全然見覚えのない知らない人だった

おじさんはおっ! お疲れ! なかなかよかったよ! じゃあ俺はもう帰るんでまた!とだけ言ってきょとんとしている私に片手をひょいと上げて挨拶して出ていった

⋯⋯たぶんおじさんは私の隣の部屋にいた演歌の人で私の恥ずかしい熱唱を聞いて一言挨拶しにきてくれたようだった

ちょっとびっくりしたし恥ずかしかったけれどだけどその時それ以上に何かが伝わった!ということが嬉しかった私のささやかな人生の何かを思いっきり込めた歌が誰かに届いたのが結構うれしかったのだ思い返せば相当ヘンなおじさんだったけれどそれでも私はうれしかった

さてあれから数年

最近の私は元々色々気にしない雑な性格がますます酷くなり一人カラオケに行くと靴を脱いで椅子に上がってぴょんぴょんしながらサカナクションをエンドレスで熱唱しているこないだ私の部屋の前を通った店のスタッフが明らかに見てはいけないものを見たときの早さで急に歩くスピードを倍速にして通過していった

今おじさんに乱入されたらさすがの私も恥ずかしすぎてキレると思うだけどちょっともう一回会えたら嬉しい気もするのだおじさん今も元気に演歌を歌っているといいな


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。