夜の雑記帖

連載第20回: 幸福な家族

Avatar photo書いた人: 一夜文庫
2023.
01.08Sun

幸福な家族

正月に妹一家が帰省してしばらく滞在していた両親と私の住む実家に妹はときどき子どもを連れて帰ってくるそれは仕事を休めないが保育園が休みの時などで要はじーじばーばを託児所代わりにしているわけだがじーじばーばは大喜びだ正月の帰省も妹の仕事の都合に合わせて約一週間ほどになった妹の子どもは男の子二人兄弟で小学校低学年と保育園のやんちゃ盛りいい子たちだけれど元気が有り余っていて一緒に遊ぶと後でどっと疲れる中年の私の乏しい生気をぜんぶ持っていかれる感じがするそれでも気のいいかわいい子たちなので少しでもお世話ができるのは嬉しいものだ

今回の帰省ではまず妹と子どもたちが先に帰省して妹はじじばば託児所を利用して数日仕事した後これまた年末ギリギリまでお仕事のパパが大晦日に合流するというスケジュールだった大晦日までじじばばだけでは体力が持たないので私が仕事休みの日は当然アシストが期待されている私の出番は一日だけだったけれど張り切って頑張った甥っ子達と公園に行き全力でブランコを押し追いかけっこをした少しは疲れてくれるかと思いきや奴ら元気で全然昼寝なんかしやしないじーじばーば私は交代で休みつつ息も絶え絶えで妹の帰りを待った世の中のママ達はこれが毎日なのだから大変だ翌日いつも通り出勤した私はあぁ世の中のママさんたち全員がおっしゃる通り育児よりも仕事のほうが全然楽だな⋯⋯としみじみ実感したものだ

そしていよいよ大晦日私は妹一家が来ることが決まってすぐ今年の大晦日は職場近くの美味しい蕎麦屋で年越し蕎麦を買ってくるから!と宣言して連日しつこいくらい何度も念を押していたその宣言通り人数分の持ち帰り蕎麦を買って仕事から帰るとパパが合流して妹一家が勢揃いしていた早速前掛けをしめて待ち構えていた梅沢富美男気取りのじーじが蕎麦を茹でて食卓に並べてくれた

待たせちゃってごめんよでもここのお蕎麦とっても美味しいから! 街でいちばん美味しいから!

そうなんだ! だからわざわざ買ってきてくれたの? 姉貴ありがとね!

見た目がもう美味しそうですよね! お姉さんいただきます!

街いちばんの老舗の職人手打ちの細麺二八蕎麦は素人に茹でられて家庭用のプラスチックの盆と竹すのこの上に雑にあげられても老舗の貫禄を失わずに半透明できらきらぴかぴかと光っていかにも美味しそうにみえた

一口すすった妹は

うん! 美味しい!

妹の旦那も

これは美味しいですね!

と言ってくれた

よかった~! この蕎麦屋さんめちゃくちゃ美味しくて評判で今日なんかすごい行列だったんだよ!

ちょっと自慢しながら私はほっとしていた妹夫妻は食べることが大好きだ結婚前のデートではあちこちの美味しいと評判のお店を食べ歩きして回っていたというそんなふたりの食べっぷりがよくて美味しいと言ってくれたのはお世辞ばかりではないようで安心した

妹の旦那は妹の話によると真面目で優しくでもかなり面白いひとのようだそしてふたりとも共働きで仕事も家事も子育ても両立して郊外に一戸建ての家を買って暮らしている堅実なしっかり者でお似合いの素敵な夫婦だそんなしっかり夫妻を前にすると全然しっかりしていない私はいつも何を話していいのやら分からないで困るのだがちゃんと美味しい蕎麦を食べてもらうことに成功したのでこの大晦日は私もなんとか姉もしくは義姉として格好がついた気になれた

パパママだけでなく甥っ子たちもたくさん食べてくれてお蕎麦はあっという間に綺麗になくなった食べ終わって皆で居間の炬燵を囲んで紅白をだらだらと見た子ども達は眠くなって脱落していき私も眠くなってちょっと寝るつもりが起きたら零時を過ぎていた平和で間抜けな年越しだった

年が明けて元日この日だけは仕事が休みの私はちょっと遅く起きて自分の部屋から居間のある部屋に降りていくと皆はもう起きていた

おはようございま~す!

あけましておめでとうございます!

皆で口々に新年のご挨拶の定型文を交わし合う甥っ子たちには忘れないうちにと真っ先にお年玉をあげた兄はそろそろお金の価値も分かってきている頃だが弟はまだ分からなくて興味がないようだでもふたりともしっかり元気にありがとうと言ってくれた

さぁて! 今日も子守りを頑張りますか! 不肖この伯母め少々年は取ったもののまだまだ心は子ども! さぁ甥っ子たちよ! 共に遊ぶぞよ! ⋯⋯と思ったら甥っ子達はお年玉をパパママに預けてそのまま炬燵に入ったパパママのおひざに乗ってミカンを食べ始めた

パパママはそんな子どもたちを愛おしそうに抱っこしているみんなで正月のテレビのしょうもない特番を見ながら笑っている

それはまるで絵に描いたようなお正月の典型的な幸福な家族だったその場所において家族でない私の存在は完全に浮いていた

私は日本映画の中では男はつらいよシリーズがいちばん好きなのだけれどそれは私が寅さんの立場に自分を重ねているからだ下町人情あふれる温かなとらや一家のみんな優しくてしっかり者の妹さくらいつでも帰れる場所に何度でも帰ってくる寅さんけれど彼は何度でも旅立つ帰れる場所だけれどずっとは居られない場所ちゃんとした人たちのなかにいるフーテン者の居心地の悪さわかるよ寅さんわかるともさ私だって同じだよ法事なんかで親戚連中みんなで集まれば私だけひとり明らかに浮いている今だって家庭も築かず一人暮らしも失敗し実家住まいで安月給のうえに何の経験にも資格にも繋がらない仕事に追われながらふらふらしているでも私こんなふうにしか生きられなかった寅さんだってそうでしょうお正月に私たちみたいな半端者の居場所なんてどこにもないよねそうだよね

私は眠いとか雑煮を食いすぎたとか適当な言い訳を並べて自分の部屋にこもってゴロゴロすることにした実際本当に眠かったし食いすぎだっただけど本音はよそのおうちの団欒の空気に少々居心地の悪さを感じていたのだそれに妹も妹の旦那も私よりもよっほど高度で大変な仕事を日々頑張っている正月休みの家族団欒は束の間の貴重で大切な時間だろうそのじゃまをするのは悪い気がしたのだ

甥っ子たちの遊びに付き合わなくていいのは体力的にとても楽だった枕元に積んだ読みたい本を読みたいだけ読んで眠くなったらそのまま眠ったいつも通りの休日の過ごし方で特になんとも思わない明日からは私は仕事に行かなくてはならない今日だけでもゆっくり休めてよかった

夕方になってそろそろいくらなんでも顔を出さないと大人としての社交辞令上よろしくないよなと思って自分の部屋を出て居間に続く階段を降りていった半分ほど降りたところで居間で話している妹と母の声が聞こえた

ねぇ姉貴に気を使わせちゃったかな?

どうして? 何かあった?

姉貴きょう一日中部屋に籠りっきりでしょ私達がずっと居間にいるから気を使っちゃったんじゃない? 大丈夫かな⋯⋯

そんなことないって大丈夫よあいついつも休みの日は部屋に籠って本読んだり寝たりしているんだからいつもああなのあいつにはあれでいい休日なのよ

それならよかったけど

あぁ余計な心配をかけてしまった申し訳なかったと思いつつこの人達はなんだかんだいっても私の家族なんだなと実感した私は昔から家族のなかでもひとりだけ毛色が変わっていてコミュニケーション力も劣っていて浮いていて誰も私のことなんか分かってくれないさとスネていた時期もあったのだけれどこういうとき実は家族はわけの分からん生き物である私のことを意外と分かっていることが判明するお互いぜんぶ分かり合うことは無理だそれは家族に関わらずどんな人間関係でもそうだだけど思いやり分かりあおうとする対等な関係ならば全然分かってもらえていない! なんてことも意外と少ないのだ誰もが互いのことをなかなか分かりあえなくてでもちょっとほんのちょっとだけでも分かっている部分はあるのだきっと

私は会話を聞いたことが分からない程度に不自然でない程度にしばらく時間をあけて居間に降りていった。 「ねーちゃんだ!」 「ねーちゃん!親とテレビに飽きた甥っ子たちが駆けよってくる

よっしゃ遊ぶか!やっと私の出番がきたようだ私は甥っ子たちに混じって一緒に遊ぶとても大人が子どもと遊んであげているようなきちんとした状態じゃない彼らとおんなじ目線で一緒に遊んでもらうじーじが大量に買ったトミカを転がしたりお絵かきをしたりボールを投げっこしたり大好きなお絵描きをしている甥っ子弟がうんこ!と言ってゲラゲラ笑いながらいびつな円をいっぱい描いている。 「うんこはね茶色で塗るといいよと私が茶色のカラーペンを渡すと甥っ子兄はなんでそんな悪いこと教えるんだよ!とこれまたゲラゲラ笑った

甥っ子たちよもう知ってはいると思うが私はね普通の大人じゃないんだよ君たちは両親のようにきちんとした大人になるんだろうな

こらあっ! あんたたち何ふざけてんの! 姉貴も変なこと教えない!妹が笑いをこらえつつわざと演技でブチ切れている声が聞こえて私と甥っ子たちはまたゲラゲラと笑った私はこんな悪い大人でフーテン者だけど君たちのために私ができることがあるとすればそれはきっと普通の大人にはできないなにかなんだろうまだ幼い君たちには心の片隅ででも覚えていてほしい世の中にはいろんな大人がいるんだよだから君たちが大人になったとき周りに私みたいな不器用なのがいてもそういうもんだと思ってちょっぴりだけでも許してやってほしいそしたらこの世界はきっと誰にとっても少し歩きやすくなるはずだから


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。人格OverDriveに憧れてダメ元でお願いしたら書かせて頂けることになってしまい震えている。永遠の前座。
ぼっち広告