クリスマスですか⋯⋯クリスマスですね、 えぇ⋯⋯。 皆さんさぞかし楽しんでいらっしゃることでしょうとも。 私ですか? 私はもちろん⋯⋯仕事ですよこんちくしょー!
クリスマスでも、 というかクリスマスだからこそ仕事を休めない人種がいる。 サンタさんは年に一度の晴れ舞台だから当然お仕事だとしても、 我ら店員は本当なら休みたい。 クリスマスイブにサンタ帽をかぶらされてレジを打つコンビニ店員さんにだって家族もいれば恋人もいるだろう。 それでもちゃんと仕事する我らはエライ! ブランドショップやお洒落なレストランや素敵なホテルのスタッフさん! テーマパークのキャストさん! そして何よりあのサンダースおじさんのチキンのお店の皆さん! あなたがたはエライ! お互い繁忙期がんばって稼ぎましょうイェーイ! そして楽しいクリスマスをお過ごしの皆さん! 浮かれまくってジャンジャンお金を使って経済まわしちゃってください! 冒頭からぶつくさ言ってしまったが、 イベントのある時にしっかり売らないと店の経営は当然厳しくなるのだ。 だから皆様、 クリスマスイブくらいお財布のヒモをちょびっとだけでも緩めてください伏してお願いいたしますマジで頼みます本当に!
とまぁクリスマスらしからぬおめでたくないことばかり書いてしまったので、 ここらで私にだってあるはずの楽しいクリスマスの思い出を振り返ってみよう⋯⋯。 ⋯⋯⋯⋯?⋯⋯⋯⋯⋯⋯。 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯!?⋯⋯⋯⋯。
⋯⋯無いな!
悲しいまでに何もない。 中高は女子校で底辺におり大学生になったらクリスマスはバイトに明け暮れてそのまま社会人に突入してしまった私には、 クリスマスの楽しい思い出がほぼ皆無だ。
はいっ何もっなんにもなんっにもありませんでしたっ!
おしまい。
⋯⋯これではあまりに自分が可哀想なので、 必死に記憶を遡った。 遡って遡って遡りまくってようやく、 そういえば小学六年生のときに友達のお母さんがクリスマスパーティーを開いてくれたことを思い出した。 そこまで遡らないとないのかよ! という突っ込みは勘弁してください⋯⋯。
友達のゆーちゃんのお母さんは、 自宅の一階でスナックを経営している、 二重の意味でママさんな人だった。 といっても全然スナックのママさんぽくなくて、 ショートカットでいつも T シャツに G パン姿のさばさばとしたひとだった。 酒焼けなのか煙草のせいかその両方なのかハスキーな声が少し枯れていて、 それがまた彼女の雰囲気にあっていてカッコよかった。
そんな彼女が企画してクリスマス会をしてくれるという。 ゆーちゃんはクラスの仲良しの女の子にも男の子にも声をかけて、 当日は私も含め十人くらいが集まった。 私たちの住む東京の下町では、 クリスマス会なんてオシャレなイベントをわざわざ開催するお家は当時まだまだ少数だった。 いそいそと皆でゆーちゃんの家に出かけていくと、 店の二階のフローリングの広い居間は金銀のモールやベルや靴下や雪だるまなどのクリスマスオーナメントで飾られ、 大きなテーブルの上にはホールのケーキ、 大量の唐揚げやフライドポテトやタコ焼きに、 カニかまやチーズや玉子やツナマヨののったお洒落なカナッペが並べられていた。 さすがスナックのママさん、 パーティー料理の準備も慣れたものだ。 紙コップにオレンジジュースを注いでもらい、 紙皿にクリスマスチキンならぬ醤油味の唐揚げをこんもり盛って、 みんなでワイワイしながら美味しく頂いた。 やんちゃな下町の小学生たちを前に、 テーブルの上の料理はすぐに綺麗になくなった。
その間にゆーちゃんママはみんなで遊ぶゲームの準備をしていた。 ママが楽しいクリスマス会のために用意してくれたゲームは UNO でも人生ゲームでもなく、 なんと 「ジェスチャーゲーム」 だった! パーティーの盛り上げ方にプロ意識を感じる。 料理を食べている間に一人一枚ずつ紙が配られ、 ジェスチャーで伝えるお題を書くように言われた。 その紙をくじ引きに使うような上が丸く開いた BOX に入れて、 ゆーちゃんママがよーくかき混ぜた。 くじ引き BOX はテーブルの脇にあけられた舞台のような畳一畳分くらいのスペースの真ん中に置かれた。 一人ずつ順番にこの舞台に上がって BOX から紙を一枚引き、 紙に書かれたお題を伝えるジェスチャーをするわけだ。 お題を書いた人には答えがすぐ分かってしまうので自分のお題が当たった人への回答権はなしというルール。 このゲームの成績順に、 みんなで持ち寄ったクリスマスプレゼントを選べるというシステム。 クリスマス会を盛り上げるゲームとして完璧すぎるくらい完璧である。
さぁゲームの始まりだ! 小学六年生たちの考えたしょうもないお題が炸裂する。 「遅刻しそうな担任」 「女装した理科教師」 先生方がここぞとばかりにさんざんいじられる。 「カップルのタコ」 「風邪をひいたパンダ」 さすが小学生、 アニマル系が大好きだ。 私の書いたお題は 「反省するヘビ」 だった。 ちょうど日光猿軍団のお猿が 「反省」 というポーズをするのが大流行していた時期だった。 猿ではなくヘビにしてちょっとひねったところにオリジナリティを感じてほしい。 このお題が当たったわんぱく男子のたろっちょは、 件の反省ポーズをした後に、 潔く床に転がって全身でうねうねして全力でヘビを表現した。 「ヘビ!」 「ヘビ!」 「反省するヘビ!」 みんな同時に正解を叫ぶ。 ちょっと簡単すぎたようだが、 全身でヘビを表現するたろっちょ君の小学六年生男子っぷりには今思い出しても胸が熱くなる。
さて、 いよいよ私の番になった。 段ボールから紙を取り出してドキドキしながら開くと⋯⋯そこには明らかに大人の筆跡で 「日舞を踊るヤ◯ザ」 と書かれていた。 間違いなくゆーちゃんママの書いたお題だ。 今の感覚なら子どものクリスマス会でそのギャグは完全に NG だが、 まだ昭和の気配が色濃く残る平成初期のことなのでお許しいただきたい。 あと私たちの育った下町にはそこらへんに◯クザの自宅やら組事務所があって、 彼らは普通に日常にいる存在だったのだ。
そう、 ヤ◯ザは普通に知っている。 しかし小学六年生の私にむしろ問題なのは 「日舞」 のほうだった。 「日舞」 というものが一体何か、 私には全く分からなかったのだ。
その場で凝固する私。
微妙になる場の空気。
ゆーちゃんママがささっと私の背後に回りこんだ。 たぶん自分のお題がまだ誰にも当たっていないので、 彼女もこのギャグが小学生に通じるかドキドキしていたに違いない。
「これが分からないです⋯⋯」
私は 「日舞」 の二文字を指さして、 ゆーちゃんママに助けを求めた。
「これはほら⋯⋯あれだよ! こういうこうゆうやつ!」
ゆーちゃんのママはなんだか両手の指をそろえて頭上にかかげてヒラヒラ動かしたり、 三つ指をついてお辞儀する真似をしたりした。 しかし日本舞踊など全く知らない小学六年生に、 そんなことで日舞は伝わらない。
私はとりあえず、 ほっぺたに指でななめの線を書き、 ちょんちょんと短い刻みを入れた。 「ヤ◯ザ!」 「◯クザ!」 という声が口々に上がる。 漫画に出てくる典型的なヤ◯ザの顔の傷を表現した私の作戦は成功した。 しかし問題は⋯⋯ 「日舞」 だ。 「日舞」 って何だ。 「舞」 というくらいだから踊りの一種なのだろうが⋯⋯どんな踊りか全然分からないからジェスチャーのしようがないぞ!
再び固まる私。
微妙な空気。
「だーかーら! こういうの! こういうやつだって!」
ゆーちゃんママがまだるっこしそうに、 私の隣にきて床に正座して三つ指をついてお辞儀をした。 何だか分からないが私もそれを真似する。 ゆーちゃんママはしゃなりしゃなりと立ち上がって、 ピシッと綺麗に指先をそろえた両手を額の辺りにかかげる。 手首をくるくると返して虚空にちいさい円を描く。 仕方ないので私もそれを真似した。 しゃなりしゃなり、 ピシッ、 くるくる⋯⋯。 ゆーちゃんママはそのまま両手をお腹の前にそろえてキメポーズ。 なんだか和風っぽい動きだが盆踊りではないようだ。 私も見よう見まねでキメポーズした。
見ている友達たちは全員目が点になっている。 たぶん私の推測だが、 この中にその 「日舞」 とやらが何か知っているやつはひとりもいない。
「⋯⋯東京音頭?」 「フラメンコ?」 「カポエラ?」 「だるまさんがころんだ?」 全然正解が出ない。 ゆーちゃんママはやけくそ気味に 「じゃあこれ大ヒント!」 と言って 「チントンシャンテンツクテンテン」 と適当に三味線っぽい曲を歌い出した。 そしてまた手のひらをくるくるさせて踊り出す。 ゆーちゃんママの歌にのせられながら、 ママを真似して私も踊る⋯⋯。
楽しいはずのクリスマスパーティー、 気がつけば何故か私は友達のお母さんと、 何だか分からない踊りを延々と踊っていたのだった⋯⋯。
私が日舞とは何かをやっと理解したのは、 かなり大人になってからだった。 いくつか転々とした職場のどれかに居たいけすかないお嬢様育ちの女子が 「日舞を習ってるんですぅ。 日本舞踊いいですよぉ」 とか抜かしているのを聞いて、 ( ああ! あの時ゆーちゃんママに踊らされたアレは、 日本舞踊だったんだ! ) と衝撃を受けた。 クリスマスに友達のお母さんと日舞を踊る。 意味が分かってみれば何という和風な展開だろう。 全然クリスマスらしくないじゃないか。 でもあの時の、 子どもたちを全力で楽しませようとしてくれた、 そしてたぶん自分でも全力で楽しんでいたゆーちゃんママの張り切りっぷりはしゃぎっぷりを思い出すと、 彼女はお茶目で素敵なひとだったなと思う。 あれからずいぶん経つし、 彼女はきっと私のこともクリスマス会のことも忘れているだろうけれど、 彼女が楽しませようとしてくれた温かな記憶は今も私の中にあって、 全然楽しいクリスマスのネタのない私を数十年の時を経て助けてくれたのだ。 人生って何が起きるか分からないな⋯⋯。
ゆーちゃんとはすっかり疎遠になってしまったけれど、 噂に聞いた話では早くに結婚して子だくさんらしいから、 きっとゆーちゃんママは今年も孫もしくはひょっとしたら曾孫に囲まれて楽しいクリスマスを過ごしていることだろう。 ゆーちゃんやゆーちゃんママやご家族の皆さま、 そしてこれをお読みの皆さまが楽しいクリスマスをすごされますように。
さっ私はバリバリ働いてきまーすっ! 今日お仕事の仲間のみんな! 張り切って稼ぎましょうっ!
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