夜の雑記帖

連載第19回: はじっこ天国

Avatar photo書いた人: 一夜文庫
2023.
01.02Mon

はじっこ天国

すみっこやはじっこやフチやヘリがすきだ食パンもかまぼこも韓国のり巻きも漬物も切り分けられたはじっこがすきだし道を歩く時もどんなに空いていてもはじっこを歩くし室内でも壁を背にしてはじっこにいると落ち着く電車の座席のカドのところをみんな無言で取り合いしているところを見るとはじっこ好きさんは結構多いのではないか

通勤電車でよく一緒になっていた経理部ベテラン風の太ったおばちゃんは毎朝毎朝並んでいる人達を押しのけて電車のドアの真ん前に仁王立ちしドアが開くと同時にいつも座るはじっこめがけて一目散に走っていく彼女ははじっこに命をかけているがあれはちょっとやりすぎだはじっこを愛する者にはもっと慎ましくあってほしい人を押しのける図々しさがあるひとはどこでも堂々とド真ん中にデーンといればいいのにコロナ前は毎日のように彼女に割り込まれてうんざりしていたが近頃はリモートワークが増えたのか会う頻度が十日に一回くらいになったそうなるとちょっとさみしい気もするから不思議なものだがたまに会って久しぶりに割り込まれるとやはりイラッとする

私は通勤電車の席のはじっこはもうおばちゃんに獲られるのであきらめているけれどお昼ごはんを食べに行く富士そばやカレー屋や喫茶店や仕事帰りに寄る銭湯の湯船にはすきなはじっこの定位置があるそこに落ち着けるとうれしい特に銭湯の湯船に浸かるときの位置は重要だよく行く銭湯は改装して綺麗になった今時流行りの銭湯で広い露天風呂がある露天といっても半分以上は屋根に覆われていてはじっこの畳二枚分くらいの区画で屋根が切れて空が広がっているここで湯船に仰向けになって夜空を見上げながら風にあたりながらぬるめのお湯に浸かってぼーっとするのが最高なのだそう思っているのはたぶん私だけではないはずでだからそこの露天風呂のはじっこはいつ行ってもだいたい誰かいる

しかしお風呂のポジション争いというのはマイルドなものでちょっと他の湯船に浸かりに行ったりして待っているとそのうち空いているからいいものだお風呂だから長く入っているとのぼせるというのもあるかもしれないけれどなんとなくみんなここずーっと一人占めしてたら悪いわねと思って無言で譲り合っているふしがある

そのはじっこでお湯に浸かっているのはだいたいひとりで来ているひとが多いお友達同士で来て長湯しながらお喋りしている人達は狭いからあまりはじっこにはいないのだひとりはじっこにいるひとはおばあさまから若い娘まで年代はいろいろだけれど思い思いの姿勢で静かにじっと湯に浸かっている空を見上げているひとや目を閉じているひとそれぞれの人生がありそれぞれの艱難辛苦があっただろうしかし今はひととき湯に浸っている温まりぼんやりとしてきっと心穏やかにしていることだろう夜風にあたりながらほどよくぬるいお湯に浸かっている時にまでひとは難しいことは考えていられまい

私も空いたはじっこに浸り夜空を見上げる途切れた屋根から小さく開いた夜空には星はひとつふたつしか見えないそれでも見るとはなしにぼんやりと眺めている自分の来し方行く末について思いを巡らしながらぷかぷかと湯に浮かぶそのうちそんな思考もゆるやかにほどけていってただあぁ⋯⋯気持ちがいいなぁ⋯⋯天国だなぁとしか考えなくなる

あらゆるはじっこで簡単に幸せを感じられる私はずいぶん安上がりな人間だ けれどまぁいいじゃないか本人がはじっこが好きなのだものそんな安上がりな幸せをいくつか積み上げるくらいの日常が私の身の丈にはちょうど合っているのだろうこれからもはじっこで慎ましくちいさな幸せをかみしめていたい


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。人格OverDriveに憧れてダメ元でお願いしたら書かせて頂けることになってしまい震えている。永遠の前座。
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