夜の雑記帖

連載第38回: 『GONZO』は華麗なアクションシーンも最高だけど、繊細な人物描写に私は救われた。

アバター画像書いた人: 一夜文庫
2024.
02.14Wed

『GONZO』は華麗なアクションシーンも最高だけど、繊細な人物描写に私は救われた。

GONZOの連載が人格 OverDrive で始まった時第一回目を読んでこれは小説の書き出しとして最高に理想的だ! 美しい⋯⋯と思った

 そして姫川尊は顔以外ほぼ私だ !!  と思った

 姫川尊は超絶美少年なのに性格が悪すぎてクラスで噂と嘲笑の的にされている私は残念ながら超絶美少女や美女だったことなど生まれてこのかた一秒もなく地味で印象の薄いブスのくせに目になんとなく狂気を含んでいて太宰治の人間失格の主人公葉蔵のような気持ち悪い不自然さを常に漂わせているなので姫川尊とは外面は似ても似つかないのだが性格は悪く空気も読めずコミュ障でどんくさくてそれがあまりに酷すぎて中学生の時にクラスで超絶浮きまくっていた時期があった

 クラスメイト達は毎日私のいるすぐそばでばんばん私の悪口を言っていたし私を嘲笑う笑い声が常に聞こえていたこう書くとまるで統合失調症の症状による幻聴みたいだがそういうのを私以外の人もちゃんと聞いていたので本当にガチでリアルに毎日めちゃくちゃ言われていたあまりにも私がネタにされすぎていたためか全然知らない他のクラスの人にあ~~! ◯◯◯子さんだ! ◯◯◯子さ~ん! あはは~ !!とフルネームを連呼されて笑われたこともあった

 それをいじめだとは私は思っていないあの頃の私はそうされても仕方ない立ち回りの下手さや要領の悪さやどん臭さやダサさがあった今もそうだけど)。 周りの子達に迷惑をかけている自覚もあっただから当時は黙って耐えていたのだがなんだかある日突然担任が私のことでクラス全員にトンチンカンな説教をしてその翌日クラス名簿の私の名前に憎しみを込めて塗り潰すように赤マジックで線が引かれていた

 担任が卓上でその名簿を高々と掲げて説教しているのを聞きながら私はほんとこいつ教師むいてねーなもう放っておいてくれよ⋯⋯と思っていた

 姫川尊のいた教室の空気はまさにあのときの私がいた教室の空気と同じだった

 杜昌彦という作家はダークなアクションシーンを描かせたら滅茶苦茶カッコいいもちろんGONZOのアクションもカッコいいし登場人物のブッ殺し方にも華があってって物騒な表現をしてしまったがアクション物には大事な要素ですから⋯⋯そこに定評があると思うのだが私は実は人物の細かい心理や人間関係を描写するのも巧みな作家だと思っているどの作品を読んでいてもこういう人いるなぁこういう関係性ってあるなぁとリアルに感じるシーンがたくさんある

 あのシーンの学校の空気は学校で居心地の悪い思いをしたことのある人ならみんな知っている本当にああなのだ

 普段は意識していないけれど私の胸の奥底にはずっとあの日たくさんのクラスメイトの中にいてひとりぼっちで名簿の自分の名前に引かれた真っ赤な線を見上げている私がいる

 あの時はこんな思いをしているのは私だけだとただただ孤独で悲しかった

 だけどあのシーンを読んであぁ学校であんな思いをしていたのはきっと私だけじゃなかったんだなと分かった私の中のひとりぼっちのちいさな私の肩を誰かがそっと叩いてくれたような気がした

冒頭の学校の話だけで長々と書いてしまったが実際作中では度々学校のあの空気の話が繰り返されるそれは物語の語り手であるわたしが生きる社会にもまたあの空気があちこちに漂っているからだろう学校は社会の縮図とはよく言ったものだ語り手のわたしがゴンゾとミコトの顛末を追い推測し語るのはそんな世界で生きる鬱屈への答えを探す行為であるかのように私には思えた

学校の場面だけが物語を占めるのではなくそれは全体からみればほんの一部だ逃亡劇としてのアクションにはすっきりさせられるし逃亡先で姫川尊が幾人もの大人たちに出会っていく様子やその大人たちの持つ傷や歪みも生々しさを伴って胸に迫ってくる私は特にミコトが肖像画を描くことになる女性の過去に胸を打たれたがミコトに銃の打ち方を教えた箱沼やゴンゾとミコトを独断で追った警官深津の歪みにも強い印象を受けたひとのさびしさあるいは目を背けたくなるような人間の闇をも杜氏はまっすぐに描いている

ミコトは自分の生きてきた世界ではない場所やひととの出会いを通じて成長したはずだ物語のあと彼はひとりでもきっと強く美しく生きていったに違いないと私は思うゴンゾや何人ものひとから得た技術や知識や感情や思い出をきっとずっと持ったままで

杜氏はこの作品を失敗作だとあちこちで書いているが私にはそんなふうにはとても思えない私の過去を救い誰かの哀しみを伝えてくれた今でも私の胸を打ち続ける痛快かつほろ苦い物語なのである

 先日私が杜氏の初期作品崖っぷちマロの冒険の感想をツイッターでつぶやいたら杜氏は崖マロはこれで成仏できましたと言ってくれたけれど先に成仏させてもらったのは私のほうなのだ

 それなのにあぁそれなのに! 杜氏はツイッターで自作を失敗作だの若書きのゴミだの酷い言い様で全くこれだけ人を救ったり楽しませたりしておきながら何を言うのだアッタマくるなぁ! なるべく痛くなるように分厚さに定評のある広辞苑の角で思いっきりぶん殴ってやりたいわ! と思うけどそういうネガティブなところも杜氏の良さなのでこれからも思う存分好きなだけ言ったらいい読者はもう慣れましたなんかもう最近はそういうところがかわいく思えてきた

 杜氏が何回何十回何百回ネガティブに陥ろうと一読者である私の評価は変わらない

 GONZOは美少年と殺し屋の逃亡劇で現代の空気を絶妙に描きつつスカッとするアクションシーン満載の娯楽作品です最後の終わり方も潔くて好きだった杜氏は失敗作失敗作言ってたけど全然失敗作じゃないっつーーーの !!!  面白いよ! もっと自作を大事にしてください! ボカッ!←広辞苑で殴った音


寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。杜作品を読み人格OverDriveに憧れている。