山田佳江

にじみ

一九八六年の北九州市。小さな写植屋と小学校、緑川のおねえちゃんのおうち。犬のコロとコーヒーとビートルズ。全てがあたりまえで少しだけきゅうくつな、十二歳の私のおはなし。

第1話: 青空のノートとビートルズと西洋美術史

ことことと背中で筆箱の動く音がする。顔を上げると、雲の無い青空から風が降りてくるのが分かる。冷たい空気に顔を撫でられながらどんどん歩く。学校での出来事やこれからの予定、昨日読んだ本の内容、色々なことが無秩序に頭の中を通り […]

書いた人: 山田佳江

第2話: うそつきおじさんと宇宙サンタクロース

お風呂から上がると、まだ仕事部屋から写植機の音が聞こえてくる。両親とも夕食をとった後、また仕事を始めたようだ。脱衣所で髪をくしゃくしゃと拭いて顔を上げると、浴室の小さな鏡に自分の姿が映っているのが見えた。タオルを被ったま […]

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第3話: いっすんのはばなべぶたしんにゅうは

学校で帰りの会の後、由美ちゃんに「書いてきたよ。」と言って交換日記を渡した。彼女はハッと顔を上げて、ひったくる様にノートを受け取り、うつむいたまま「ありがとう。」と小さな声で言った。白い頬が急速に紅潮していくさまを、単純 […]

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第4話: 虹の散歩と探偵の人探し

緑川のお姉ちゃんの予言どおり、私たち三人は本当に仲良くなった。あれから毎日のように浩一君は緑川家に来ている。まるでずっと昔から、お姉ちゃんと浩一君と私と三人でいたような、浩一君に会う前はどうやって遊んでいたのか思い出せな […]

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第5話: きりりとした風のない日なのに

給食を食べた後ノートを持って、「図書室に行こう。」と大きな声で由美ちゃんに言った。「えっ。」と驚いた顔をして、もじもじする由美ちゃんの手を引いて教室を出た。クラスの女子たちや田中がこっちを見ている気がした。そういえば教室 […]

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第6話: 日曜日、爆弾おにぎりの冒険

母に「日曜日に由美ちゃんと小倉の図書館に行ってもいい?」と尋ねた。口実を作るためだった。由美ちゃんとの交換日記の中では着々と博多行きの計画が進んでいた。母は了承した後、由美ちゃんの家に確認の電話を入れていた。電話口にはお […]

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第7話: 準備室のハード・デイズ・ナイト

植樹祭の日、六年生全員で校庭の石碑の下にタイムカプセルを埋める事になっていた。一人ずつ「二十一世紀の私へ」というタイトルの手紙を書かされた。二〇〇一年に私たちは二十六歳になっている。由美ちゃんも田中も私も、みんな大人にな […]

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第8話: 焼きうどんと未知の世界

朝教室に入ると、昨日と同じように男子たちの視線を感じた。自分の席に着こうとすると、机の上にチョークで落書きされている。汚い字で「田中、水上」と相合傘が書いてあった。ランドセルを床に叩き付けるように下ろし、雑巾を濡らすため […]

書いた人: 山田佳江

第9話: ノルウェーの森と異世界トンネル

リリリリリと鳴る小さな目覚ましの音で飛び起きた。消音のため、時計をくるんでおいたタオルをはずした。日曜午前五時、出発の時間だ。  パジャマのまま一階に下りて、台所をあさる。ツナの缶詰を開けて、缶の中でマヨネーズとあえ、食 […]

書いた人: 山田佳江

第10話: にじみ

勇気を出して自転車にまたがりペダルを踏む。ぐわっと左右から家がせまってくる。住宅のはずなのに人の気配がない。どの家もずっと同じ家に見える。前に進んでいるような感じがしない。景色だけが私から通り過ぎて行くみたいだ。風すらも […]

書いた人: 山田佳江