吉里吉里人
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吉里吉里人

医学立国、農業立国、好色立国を掲げ、東北の一寒村が突如日本から分離独立した! SF、パロディ、ブラックユーモア、コミック仕立て、小説のあらゆる面白さ、言葉の魅力を満載した記念碑的巨編。
ある六月上旬の早朝、上野発青森行急行「十和田3号」を一ノ関近くの赤壁で緊急停車させた男たちがいた。「あんだ旅券りょげんってだが」。実にこの日午前六時、東北の一寒村吉里吉里国は突如日本からの分離独立を宣言したのだった。政治に、経済に、農業に医学に言語に……大国日本のかかえる問題を鮮やかに撃つ、おかしくも感動的な新国家。日本SF大賞、読売文学賞受賞作。


¥935
新潮社 1985年, 文庫 592頁
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DV作家の幼稚で不快な妄想

読んだ人:杜 昌彦

吉里吉里人

35 年ぶりに読みかえしたおれは東北人だし侵攻され虐殺される小さな独立国の結末がいまに重なるような気がしたその暴力を DV 作家がどのように書いたかも改めて確かめたかったそれがひとつめの動機でもうひとつはこの小説が十代のおれに強烈な影響を及ぼしたからだ半月前に読んだものの筋すら思い出せないのにこれは一文一文を暗誦できるほど憶えていた。 「よくしてくれたよくしっているにされていたり 80 年代の井上ひさしなら目くじらを立てそうなら抜き言葉が地の文に混入していたり組み方にしても注釈ではなく地の文の一部でしかない丸括弧内が小さな文字になっていたりルビの文字組が変に詰まっていたり文庫版を底本としたとされる Kindle 版は何かとおかしい出版された 2013 年当時はあやしいオーサリング業者が多かったのを思いだす知らんけど

 おかしいのは体裁だけではなかったこの小説における体制への批判や皮肉はソーシャルメディアのマウント合戦とおなじ権力を他人が手にしているのが気に喰わないだけリベラルを装いながら実態は家父長制の価値観そのもの権威主義を批判するかに装いながらその実自分こそが権威と主張したいだけむしろナショナリズムに親和性があるからこそ井上ひさしは国家に気に入られ文化功労者に選ばれたりしたのだろうとにかく差別意識ととち狂った特権意識がすごいなんで大企業の下請けでしかない自営業者がそんな偉そうなの儲けるな副業をするな田植えを手作業でやれとかいった小学生に素手で便器磨きをさせる教育者さながらの精神論がひたすら上から目線で垂れ流されその虫のいい理想論に主人公であるところの作家先生がいちいち感動してみせる東北弁の価値を訴えるのに東京を貶めるのは 10 月 7 日を非難するために小学校や病院を爆撃して女性や子どもを虐殺するようなものだ

 主人公はいまのおれと同年輩身長体重までほぼおなじ⋯⋯おれもまた成長期にまともに栄養をとれなかったのいい歳をした大人でありながら認知がひたすらギラギラした性欲で歪んでいてしかもその脂ぎった視線は二十代以下の若年者へばかり向けられる結末近くには性暴力で女が悦ぶかのような描写まである異性の身体に特殊な関心をいだく異性愛者の男のなかには女装した者どうしで性交に及ぶ輩があるらしいし女児の身体性をわがものにしたがる成人男性が Vtuber などと呼ばれ持て囃されてもいるようだけれど書いた作家が実際にその手の変質者だったのではと疑わせるほど認知が歪んでいるそしてそんな異常な代物が娯楽小説としてなんの疑問もなく当時の読者に受け入れられた事実当時の読者層である中年男性はみんな異常者だったのか? そうかもしれない赴任先や出張先の東南アジアで子どもを買って AIDS を持ち帰った日本のお父さんたちはバブルが弾けたのち国内の子どもへ関心を向けるようになりそのカジュアルな商業化をもっともらしい理論で正当化したのが新進気鋭の社会学者だった宮台某で連中のいう言論の自由とはつまるところそんなものでしかない

  DV 男やぶつかりおじさんや性暴力加害者それに煽り運転加害者の精神構造をあたかも標本にしたかのようだ主人公の極端に誇張された自己卑下は女性を支配・搾取する対象としてしか見ないのと表裏一体子どもたちの目の前で夫婦を殺害し裁判官を恫喝した煽り運転加害者が一方では油性ペンで落書きされた顔の写真をソーシャルメディアに曝されるいじめ被害者だったとの報道を連想させる女を殴る作家が気どる反抗は幼稚な権力闘争でしかなくその性的視線は十代の若者どころか小学生にまで執拗に向けられる権力を実感するための手段であることを女に求める男にとって若く幼いほど支配しやすく都合がよいのだ主人公が男性の身体における特定部位の大きさに執拗にこだわるのは井上ひさしにとってそれが権力の象徴だったからなのだろうなるほど大企業社員である編集者が原稿のためと称して作家に妻の顔をかたちが変わるほど殴らせる時代の小説だと感心させられる

 当時おれは 13 歳だったので14 歳だと思っていたがよく思い返したらこの小説の文体を真似た作文で中一の担任に叱られた記憶があった)、 ギラギラした性欲で物事を歪めるのが大人の男ってもんなんだなと誤った学習をしたものだったが実際に主人公と同年代になってみればそんなわけはなかったせめて技巧的に優れていれば救いがあるのに逸脱を重ねるプロットや過剰な言葉遊びがまるでおもしろくない意図的な書きすぎや言葉遊びを枚数水増しによる原稿料稼ぎとしてネタにしてみせるものの事実そうでしかないので笑えない日本国から逸脱する物語なのだからという理屈はわかるがつまらないものはつまらない物語にせよ人物にせよ筋立てにせよ主義主張のためのかきわりや道具立てでしかなく舞台劇のような体裁で作家の思想を語りたい意図はわかるが駄々滑りしているすべてにおいて偉大な文化人の思想なのだから許してもらえるだろうとの甘えがあまりにも露骨に透けて見えるそしてその肝心の思想とやらが幼稚すぎる上に異常者の歪んだ認知のあらわれでしかない

 さておきよくも悪くも⋯⋯というか悪くも悪くもというほかないのだがこの胸くその悪い長篇がおれの作風の原型ルーツであることは否定できなかった社会不適合者が築いたユートピアが権力によって滅ぼされる筋立てはぼっちの帝国そのままだし社会批判の皮肉や言葉遊びメタフィクションの技法はGONZOそのものとりわけ後者の質感はこびりついた汚物のように似ているなるほどおれがきらわれる理由がよくわかった今後はこの小説を他山の石としたいそれにしてもむかしの日本はひどかったものだと驚き呆れてはてブを見たら井上ひさしが書いたのかと思われるような増田が並んでいたアルゴリズムは権力に都合がいいものを優先表示する何を見せられているかを自覚していればかれらの望む小説は書かずに済むと信じたい

(2024年03月08日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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AUTHOR


井上ひさし
1934年11月16日 - 2010年4月9日

浅草フランス座文芸部兼進行係などを経て、戯曲「日本人のへそ」、NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」などを手がける。47年「手鎖心中」で直木賞受賞、54年「しみじみ日本・乃木大将」「小林一茶」で紀伊國屋演劇賞、翌年読売文学賞戯曲賞を受賞。56年「吉里吉里人」で日本SF大賞、翌年読売文学賞小説賞を受賞。平成11年、菊池寛賞受賞。平成16年、文化功労者。

井上ひさしの本