D.I.Y.出版日誌

連載第373回: 見なおす

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2024.
04.13Sat

見なおす

人格 OverDrive に通販機能を実装し売れもしない自著を仕入れたら困窮した⋯⋯いやもとより困窮はしていたけれど金を使うたびに通知されるようアプリを設定したんで可視化されるようになっただけかそもそもが毎月の赤字を年二回のわずかな賞与で補填する綱渡り生活だった自著は負債になるばかりだけれどなむさんのお天使はいまだに売れつづけているかれの新作のための画像をレタッチする都合でマスクの出会い系を見に行く癖がついてしまった何かの賞をとった漫画を読んで創作と創作に関する人間のすべてが詰まっていると感激するなむさんを見た受賞が話題になったときおれも冒頭を試し読みしたような気がする当時ああいう設定のが流行ってたんだよな離島の青春もの狙って当てにいってまんまと当たったようなあざとい感じがして購入には至らなかった谷山浩子は三歳のときにはもう唄をつくっていたそうだけれど書く人間ってふつうそうじゃない? 生まれつきなんだよ物心つくかつかないうちから日々お話をつくっている親や保育園の先生やお友だちにどう思われるかではなく生存する上でのあたりまえの呼吸したり食べて糞をしたりするような生理的な感覚としてどうしたらこれをお話にできるだろうってふうに世界を見ているお話のなかに生きていてお話にするために生きているおしゃべりな子どもはそれを口にして大人たちに首を傾げさせるだろうしそうでない子どもは頭のなかだけでお話をつくったり語ったりしているそうして文字や絵をおぼえたらそれを書/描きとめようとする書/描く人間ってのは生まれつきで死ぬまでそうなんだよそれは変えられないそういうもんだろ? なんで高校生にまでなって自分でも描けるんだとはじめて発見したみたいにいうんだよしかもそれをわざわざ素人の馴れ合いでやるとはねせめてちゃんとしたプロの作品でやれよ要するにそれは親しみを感じさせる稚拙さこそを讃える態度でそんなやつがいるとしたら少なくとも書/描く側の人間ではないたぶんあれ挫折したスターをコーチに迎えて高校生の部活動でてっぺんをめざす流れだろ知らんけど競技ならぬ書/描くことでそれをやるにはたしかに素人の馴れ合いじゃなきゃ成立しないよなだって書/描くことは作家と読者の一対一だからもちろんあいだに編集者がはいるわけだけれどそれだって作家との関係では一対一だし理想的にはね⋯⋯現実には企業対下請けでしかなくだからこそ芦原妃名子は冬のダムで遺体となって見つかった)、 作家とのチームとして読者と一対一で向き合うことでもあるそして何より勝ち負けじゃないそうするとバトルものが成り立たないべつに素人の馴れ合いでてっぺんめざしたっていいんだけどさそれだけの青春ものなら楽しめる自信があるただそれだけのことを創作なんて言葉を使ってあたかも書/描くことであるかのように粉飾するのが生理的に受けつけないんだよまったく別物じゃんっていうほんとうに書/描いているひとを社会から排除するような嘘を広めるのは勘弁してくれよと思うでもまぁソーシャルメディアではご大層な言葉でいいこといったふうに装うのが喜ばれるんだよな本物なんていないんだ素人の馴れ合いでいいんだと安心させるような嘘がいいんだろ嘘だからこそ安心して楽しんで読めるってのはわかるそういうのもあっていいでもどうしてもチクチクした違和感や苛立ちをおぼえるんだよおれの問題はそういうとこなのかもあれに共感できなければだめなんだ

 同僚が副業で占い師をやっているいまのおれは低迷期で他人を羨むのをやめれば 53 歳くらいに努力が実るというソーシャルメディアに視野や行動をコントロールされるのがいやで自力でサーバを建てて自分しか見ないようにしてきたけれどむしろそのせいで自家中毒になった気がするおれがおれに見せる世界がおれをおかしくしている見た夢を記録しつづけると狂うという夢は記憶を整理する過程なので合わせ鏡のようなフィードバックループに陥って現実を見失ういったんリセットすべきかもしれないいい本を読んでいいものを書くそれだけをやりたいオール・トゥモロウズ・パーティーズ略して ATP という Mastodon サーバを運営していたドメイン年額 4031 円hostdon 月額 1540 円合計年額 22511 円ほったらかしで見てもいないのに金ばかりかかるんでやめることにした数名の利用者にその旨通知したドメインは来年一月まで有効だけれど自動契約更新は切った自分専用のおひとりさまサーバを楽犬舎と名づけ日々思いついたことを垂れ流していた生煮えの思考を垂れ流すほうがまとまった文章を書くより楽楽なほうに流れて小説も日記も読書感想も書いていないのび太を甘やかして堕落させるロボ子のようにどんな話も無批判に受け入れてくれる受け入れているのは自分だが場所に依存していたドメイン年額 2272 円VPS 月額 1738 円合計年額 23128 円不健全だし金がかかるのでこれもやめることにした人格 OverDrive はドメインが高すぎる年々高騰していまでは年額 9443 円サーバ代は 36 ヶ月払いで 47520 円⋯⋯これ数ヶ月後に払わなければいけないのかそんなに持って行かれたら暮らしが立ちゆかなくなるだれも見ないサイトのために年額 25283 円も捧げていたとはつまり三つのサーバで年間 70922 円も浪費していたあらためてそのむだに愕然としたそれをいったらだれも買わない本のために Adobe 税だの JPRO や一冊取引所の登録料だの払っているわけだしISBN だの業者のサービス料だのにもずいぶん使ってきた自由意思のために必要な金だ人格 OverDrive を note と Booth に置き換えたり楽犬舎のかわりに大規模サーバに所属したりする発想はないとはいえ出版さえやめれば余裕のある暮らしができるんだな⋯⋯人格 OverDrive はむちゃな増改築を重ねて九龍城みたいになっているどうせだれも見ないサイトだし潰して建てなおしたい気もする読まれるとしても寄稿作品で運営者のおれがむしろ邪魔もの扱いされる場所を貸した寄稿者が素人の短文を募った影響かいまだに才能のない素人からいやがらせのような問い合わせがある先日は文字化けを防ぐための文字コードの指定と書籍化に必要な最低限であるたった 250 枚の下限に難癖をつけられた読書傾向や考え方が近いという前提条件すら読めず文字コードも知らずたった 250 枚すら書けないやつがなんで小説を他人に読まそうとするんだよ生きていて恥ずかしくないのかと思うけれど世間的にはむしろそちらのほうが正義でおれのほうが淘汰されるべき恥ずかしい存在なんだよな

 素人の馴れ合いに最適化されていなければ世間には受け入れられない別の視点は求められていない認められるには芸事とはまったくあいいれない世界に寄せなければいけないかれらに理解できるような書/描き方をしなきゃいけないあるいはおれはほんとうに創作と創作に関するすべてから疎外されているのかもしれないまぁたしかに生涯かけてやってきたのは創作なんて気どったものじゃなくてたんに小説を書いてきただけだもんなくだんの漫画だけじゃないいま世に出ているものの多くにそういうことじゃないだろと強烈な違和感をおぼえるじゃあどういうことかを書くと黙殺されるか寄ってたかって袋叩きにされるかのいずれかだなむさんでさえうちに寄稿してくれたふたつの傑作よりもよくわからない媒体に載った完成度の低い雑な掌編ちゃんと書けばこれも傑作になったはずのほうが好評だったおれの感じ方が許されない社会だから自力で書いて出版して売っているおれが書かなきゃ読めないしおれが出版しなけりゃだれも出版せずおれ以外のだれもおれの本を売らないから読むのもおれだけ⋯⋯いや書いたものを読み返すことなんてないからそれさえない世に出る物語は世渡りのうまい連中が出版したものでかれらの価値観で書かれているそうでないおれみたいな読者は疎外される世間のニーズがないから笑いものにされ淘汰されいま世間で求められているのは権力におもねること権力者のニーズにそぐわないやつを笑いものにし淘汰すれば喜ばれる抗えば冬のダムだしかしおかしな話だよなおれがやってきた仕事は本来なら金になってよかったはずだそれが実際には負債になっているおれがプロデュースしたうちの何人かはそれで認められてプロになったりメディアに取り上げられたりさらに評価を高めたりした尽力したおれが評価されることはなかった寄稿者のひとりが連れてきた素人たちは不平不満をいい散らかしておれを下僕のように顎で使うだけだったおれにはなんの得もなかった好意的に読んでくださった方もいたしそのことには感謝しているでもそろそろいろんなことを見なおさなければおれが世間に適合しないのか世間がおれに適合しないのかいずれにせよおれはなむさんでも人気漫画の主人公でもないのだし文字を憶えたばかりの幼児のように他人にどう思われるかではなくただ生理的な欲求としてお話のことばかり考えて書いて生きていくしかない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。