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アバウト・ア・ボーイ
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アバウト・ア・ボーイ

ウィル、36歳。仕事ナシ、する気もナシ。亡父の印税で悠悠自適。シングル・マザーとの後腐れのない関係に味をしめた彼は、シングル・ファーザーになりすまして、シングル・ペアレンツの会に乗り込んだ……。マーカス、12歳。転校した学校は大問題。すぐ落ち込むママも大問題。ピクニックで出会ったお気楽独身男とお悩み少年は早速騒動に巻き込まれ——。心温まる全英ベストセラー。


¥87
新潮社 2002年, 文庫 463頁
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発達障害への優しいまなざし

読んだ人:杜 昌彦

アバウト・ア・ボーイ

孤独な子どもとだめな大人の挿話が交互に語られるだめ男が男の子にとっての天使とまちがわれた脱獄囚であったのと同様にだめ男にとっても男の子がそういう役割を果たす話だふたりの語り手の相互作用が振り子みたいに行ったり来たりするそうして子どものほうは最後に遠くへ行ってしまうまず学校や家での暮らしになじめない子どもが出てくる次にだめな大人がでてくるどちらにも共感できる共感できない小説になんの価値があるだろう? 多くのひとはおれの小説に共感できないというおれだってこの国の多くの小説に共感できないそこで正しいとされた価値観になじめないからだおれは中年になった今もとつぜん歌い出す

 ふたりの主人公のうち子どものほうには全面的に感情移入できるだめな大人のほうは女性への執着がひたすら描写されるくだりは読むのがしんどかった主人公はそのために詐欺まではたらくおれは発達障害のおかげで不条理なまでの無能でつねに詐欺をはたらいているような気分で生活している小説でまでそんな場面を経験したくない映画版にもその描写はあったけれどもそこにひっかかることはなかったヒュー・グラントのおかげだと思う厭味がない根はいい奴というかいい奴ぶりがだめな方向に流れただけの小悪党というかむしろただのいい奴よりも好感が持てるというかそういう感じの憎めない人物をうまく演じている

 詐欺のくだりはコン・ゲーム風で犯罪小説のような趣があるこのまま進むのかと思いきや犯行はすぐ露呈するある日とつぜん起業を思い立つように衝動的かつ非現実的な夢想として女たちを騙そうとしたのであって実現する才覚はからきし持ち合わせないわざわざ気まずい状況を用意するためにつまらない詐欺をはたらいたかのようだ英国産の物語にはわりと共通して社会的に立ちまわらねばならない厄介を皮肉やユーモアでやりすごそうとする態度が感じられるように思うたとえば Mr. ビーンのような喜劇にしても奇矯なふるまいによって社会的な迷惑になることを笑いに転化するだめ男の詐欺もそうしたユーモアに感じられる社会的に適切なふるまいができない生きづらさを扱った小説に思える

 主人公の少年が年上の少女を護ろうとする場面がいい彼は母親を自殺から護らねばならないしいまやガールフレンドをもカート・コベインの自殺から護らねばならない男の子ならだれだってそんなふうに感じながら生きた時間があるはずだもちろんここでいう男の子」 「女の子はレトリックであっていかなるジェンダーにも置き換えられる)。 そして男の子が女の子を救おうと奮闘するまさにそのときだめな大人は男の子の母親を救わねばならないはめに陥るとはいえだめな母親もだめ男もだめなりに一応大人ではあるので自分たちがばからしいことをやっている自覚はあるそして自殺の商業化に憤る女の子は怒りをぶつけた相手が自分と瓜二つだと知りひとにはそれぞれの事情があると学ぶ

 だれもがちょっとずつ変人で社会的に正しいとされていることをうまくやれずばかげた状況に陥ってそこから抜け出せないそこにだめ男が闖入することで化学反応が生じるだめ男の側にしてもこれまで幾度となく繰り返してきたはずの夢想家らしいばかげた気まぐれをきっかけにおかしな子どもが闖入してきて人生が変わってしまうそう考えてなるほどこれは相互作用の西部劇なのだと腑に落ちた問題を抱えた土地に異界のひとが紛れ込みひとびとを巻き込みながら事態を解決して去っていくそれをふたつのあるいはいくつもの土地の相互作用として描いているだめな大人が浮き世離れした設定なのはそういうわけだ子どものほうにしても無意識に歌い出してしまうとかユーモアやレトリックが理解できないとか発達障害を思わせる描写があり著者は実際に自閉症児の父親であるようだ)、 異人として描かれている

 一方で現実にはだれも荒くれ者から街を救うガンマンにはなれないそのこともしっかり書かれている自殺するひとと話すのはまさにこの本で語られているような気分だそしてそのように奮闘しているとき当の自分だって実際そんなに健康ってわけじゃない地下鉄のあの駅のトイレの何番目の個室の戸当りにこういう材質のこれくらいの長さの紐をひっかけてこのようにして吊ろうと考えている人間が他人を励ましてどうにか自殺を防ごうとするあの頃のおれは死のうとしているふたりのあいだを右往左往していて少なくとも片方がそうなったことに責任があったそういう経験が多かれ少なかれだれにでもあるはずだ

 目の前の他人が人生をどうしようが結局のところどうにもできないできないことを思い悩む意味はない重要なのは潰れないことだ人生はひとりではどうにもならない人という字は一方が支えることで成立する作中では組み体操のピラミッドで説明される)。 潰れたら人にはなれないでも自分でどうにかするしかないだから利用しても潰れない奴を見つけるすべての場面で同じ相手に支えられる必要はないなるべく多くの他人にそれぞれ見合った役割で支えさせるのだかつて衝動的に歌い出した子どもはそのことを見出し大人たちに説くそれが社会で生きるということだと相変わらずだめでありつづける大人たちを置き去りにして彼は成長するもはや歌うことはない

(2018年04月20日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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AUTHOR


ニック・ホーンビィ
1957年4月17日 -

英国の作家。サッカーと音楽に関する著作で知られる。ケンブリッジ大学を卒業後、教員・会社員を経て、1992年にスポーツエッセイ『ぼくのプレミア・ライフ』でデビュー。これまでにデビュー作、『ハイ・フィデリティ』、『アバウト・ア・ボーイ』の3作品が映画化されている。

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