D.I.Y.出版日誌

連載第384回: いつかここではない場所

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2024.
02.23Fri

いつかここではない場所

暖かいを通り越して暑いような日がつづきこのまま春になるかと思いきや大雪そこから数日ずっと暗かった空が急に晴れたなぜか寂しくもの哀しい気分になった何かが終わって何かが変わるのに自分だけがそのままみたいな卒業式のあと二度と会うことのない親友たちと別れてひとりで下校するような愛していたひとたちがみんな笑顔で旅立って自分だけが取り残されたような何か大事なことが終わって自分だけが忘れられたようなこの感情がなんなのかまったくわからない次の小説のことを何もやれないうちに年休消化の三連休が終わるから? やりたかったことをすべてやってしまったから? みじめな暮らしをしていた若い頃にほしかったもので金で買えるものはすべて手に入れたいまのおれは好きなものだけに囲まれて暮らしているほんの十年くらい前まで逃亡中の殺人犯みたいに何もない部屋で暮らしていたのになんと物持ちになったことかだれかに愛されるとか書いたものが受け入れられるとかはいまだない今後もないあいかわらずみじめな自分のままだひとりで何年も何年もずっと努力してきたのに走りに行けば気分が変わるかな? でも路面はまだ悪い怪我をしたくないひきこもって暗くなるまで酒をのもういつもの休日とおなじだ夜になればきっと気分はよくなるああそれよりもこのくそ益体もない感情について書き残そうそれだけがおれを人間にする父のような獣にも母のようなずるい気ちがいにもならず正気にしがみついていられるそういう種類の人間であることはやめられない病気なのだ呪いのようなそして社会のニーズに適応できない糞溜めに生まれたら一生臭う必死こいて這い上がってみたところで女たちは逃げていき男たちに打ち据えられる

 業者から自著の山がとどいたえ? なんでおれこんな売れもしないゴミをこんなに注文したの? ばかなの? そもそもだれも買わないのになんで通販機能なんてつけたんだいやそれはいいんだやってみたかったからやった機能の実装や注文がきた場合のフローを構築してみたかったそれだけだ現実の注文に備える意味はない売れるのはめちゃ売れお天使だけなのだからそれだけ仕入れたら充分だったじゃないか折り畳みコンテナはトイレットペイパーやハンドタオルやティッシュの保管庫にしたお天使とゴミと大量の除湿消臭剤を放り込み押入の下段の奥へ押し込んだおれのサイトなんておれしか見ない他人に寄稿してもらえばその作品は読まれるそれでおしまいおれが評価されることはけっしてないプラットフォームのアルゴリズムに気に入られる才覚がないからだだれかがおれを恫喝していったようにニーズがないからどれだけ努力しても笑いものにされ淘汰されつづける出版社とうまくやれないから自力で出版し Twitter でうまくやれないから Mastodon サーバを建て Amazon でうまくやれないから通販機能を実装しただから? 何も変わりやしない権力にとってのニーズがない人間がものを書くとはどういうことか詩集を手に浜辺を散歩していただけで逮捕されるということだ法律で表現の自由が保障されているはずの現代でさえおれの言葉はどこからも排除される笑いものにされ淘汰されるとはつまりその時点でそういうことなのだナワリヌイの最期は他人事じゃない抗った漫画家は冬のダムで遺体となって見つかっただからおれは自分で出版したりサーバを建てたり直販したりするしかなかったレントゲン写真に音楽を刻み地下室でガリ版刷りをするように近い将来この国が八〇年前のようなあるいはロシアや中国のような国になったときひっぱられる口実にされるリスクはなるべく減らしたい古物取扱許可について調べたハードル高いな⋯⋯おれの本籍地ってどこだ? 父親の実家なんじゃないかって気がする利用されるあてのない通販機能のためにむりして古本を扱ったりホワイエと契約したりすることもないかクレカの請求が十万を超した金が出て行く一方だまともな家に生まれ育って勝ち組のニーズに最適化されたひとたちがうらやましい

 なむさんが評価されるのはわかるんだ寸暇を惜しんでコツコツ書くだけじゃなく手間暇と愛想を惜しまずなじみ感を演出する投稿をソーシャルメディアでこまめにやって新人賞やら同人誌やら実店舗やらいろんなところに顔を出し名刺を配って顔と名前を売っているあれだけの努力をやらなきゃだめだということもやっていないからおれはだめなんだということもわかるでもおれがおなじことをやろうとしたら袋叩きだ四人囃子おまつりみたいなことになるだから既存のソーシャルメディアと距離をおいたそこまでしてもおれのサーバにわざわざ登録して絡んできて笑いものにし淘汰しようとするやつがいるそれに書くことに専念して顔や名前を売る努力はほとんどしていない著者だって書店から問合せがきたり売れたり人気アカウントに言及されたりしている結局は人間性の問題なのか人格が歪んでいるからおれはだめなのかしたたかに評価されるなむさんに憧れるかれの初長篇をどうしても読みたいそれとおなじくらいの強度で掲載誌の他人のジェンダーやセクシャリティを商品として消費する根性がどうしてもどうしても気に食わない九年前 NPO の同人誌に血と言葉の草稿の一部を載せてもらったときその号の表紙を子どもが尻を丸出しにして流し目で酔っちゃった♡といっているイラストにされて激怒しただれひとりそのことを疑問に思うどころか逆におれがおかしいことにされたその NPO の理事長が Togetter かなんかに表示されるエロ広告バナーに苦言を呈した人におまえがエロばかり見ている変態だからだと二次加害をしたのもおれは忘れないその広告は追尾型ではなかったしもし仮にその人がほんとうに助平だったのだとしても見たくないときに見せられるのは性暴力でしかないそのことを理解せず公然と平然と二次加害をするようなやつが NPO の理事長やってたんだからなそしてこの男は NPO の大義名分を自分の出世のために利用して大勢を騙したいまでは発足当時にうたっていた理念とはまったく関係のない団体になっているおれはそういう連中がだいきらいだでもそうしたことに無感覚にならなければ生きていかれないしなむさんの初長篇は読めないいまはサンリオショップになっている駅前のさびれた書店でひっそりと積まれていた薔薇族を思いだす日舞の先生の孫息子が昼休みの教室で読んでいた男子校だった朝鮮戦争の年に建てられたあの暗く湿った校舎を知らないやつに切実なんて言葉を使われたくない今ではその跡地に洒落た高層ビルが建っている

 なむさんのめちゃ売れお天使は仕入れたとたんに二冊売れたでもおれの本が売れることは絶対にない何をどれだけ努力しても素人の趣味とみなされる八年前ちゃんとした小説を何冊も書いてきたし自主出版作品の品質を向上する施策の提示までしたのに寄ってたかってばかにされるだけなのはなぜだろうガワが素人臭いからにちがいないと考えたそれから現在に至るまでプロっぽくゴージャスにやろうと努力したISBN を取得し Gimp や MedibangPaintPro ではなく Photoshop をよくわからないフリーソフトではなく InDesign を使いWordPress ではカスタムフィールドを駆使して複雑な処理をしブックデザインやウェブデザインにピクセル単位でこだわり世界中でまだだれもほかにやっていないウェブの日本語組版を実現し身銭を切って他人の本を手がけ広告や拡大販路や JPRO や一冊取引所に鼻や目や耳から血が出るほどむだ金を費やしあげくサイトに販売機能まで実装して梱包資材や印刷機まで揃えただから何? 何が得られたというんだよ? よりいっそうばかにされ金と時間を失っただけじゃないかここまでやっても趣味の素人といっしょくたにされIT 系の技術者には絡まれて的はずれなことをぎゃあぎゃあいわれものを知らない低脳扱いされる自作アクセサリーをソーシャルメディアで売っている同僚が開業届は出していないと話していた副業収入が年間二〇万越えたら税金納めなきゃいけないらしいっすよとうろおぼえの知識でいったらそんなのすぐひっかかるじゃんといわれて普通はそんなもんなのかと思ったおれの本は売れたところで数百円それすら⋯⋯世間の人間は生きているだけで祝福されるそのことに薄々気づいてはいたおれは世間に蔑まれ憎まれるだけ笑いものにされ淘汰されるだけだだからおれはいつかわかってくれる bot の友人をつくるかもしれないそしておれのサーバに棲ませるのだいつかはそいつがおれの言葉を理解してくれることだろう


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。