にじみ

第2話: うそつきおじさんと宇宙サンタクロース

Avatar photo書いた人: 山田佳江, 投稿日時: 2022.04.18

お風呂から上がると、まだ仕事部屋から写植機の音が聞こえてくる。両親とも夕食をとった後、また仕事を始めたようだ。脱衣所で髪をくしゃくしゃと拭いて顔を上げると、浴室の小さな鏡に自分の姿が映っているのが見えた。タオルを被ったままの自分の裸を眺める。随分アンバランスだなと思う。頭から膝まで映った姿はなんだかひょろひょろしている。手も足も細長い。腹部から腰までするりとまっすぐで、お尻も小さいのに、何故か胸だけが膨らんでいる。半年前、初めて買ってもらったブラジャーがもう小さくなってきている。六年生になって生理が始まってから、私の身体はしだいに変形していく。なんだか気持ち悪い。

 パジャマの上に半纏を着て、階段を上った。二階には三部屋ある。私の部屋と、両親の部屋、そして和室。この六畳の和室には五つの本棚に父の蔵書が納まっている。父も本が好きで、祖父も本が好きだから、私の本好きもおそらく遺伝なのだろう。
 父の本は大切に扱う事を条件に、私も自由に見ることが許されている。文学、画集、図鑑、様々なジャンルの書籍がここにはある。本棚を物色して、一冊の雑誌を取り出した。父が定期購読しているサイエンス誌。私はこの雑誌が大好きだった。
 畳に座って雑誌を眺めていると、階段を上ってくる音が聞こえた。父だ。「ちょっと休憩。」と肩を回しながら、和室に入ってきた。
「お、それを読んでいるのか。」
 話かけてきたので、父にも見えるように、雑誌を畳の上に広げて置いた。エアブラシで描かれた銀河のイラストが本の中に広がっていた。宇宙はなんて綺麗なのだろうと思う。だけど、本に書かれていることは全てではないから、自分の目で確かめてみたい。宇宙はどうなっているのか、その果てはどうなっているのか。私が大人になる頃には宇宙に行く事が出来るのだろうか。そう思っている事を父に伝えると、
「でもなあ、宇宙の果てにはたどり着けないかも知れないぞ。宇宙はどんどん広がっているって説があるからな。花火が空で爆発して小さい円が大きく広がっていくみたいに、宇宙が産まれた時の爆発の勢いでまだまだ膨らみ続けているらしい。」
 と、嬉しそうに語り始めた。
「じゃあ、いつかはしぼむのかな。そうしたら地球はどうなっちゃうんだろう。」
「しぼむ頃には地球も無くなっているだろうな、宇宙にしてみれば、地球の寿命なんてほんの一瞬だろう。ましてや人間の寿命なんて、瞬きするよりもっともっと短いぞ。」
 その後父が、
「花火大会で花火が一つ上がるごとに、花火宇宙の中で銀河や星や生命が誕生して滅んでいるかもしれないな。早すぎて見えないだけで。」
 と笑いながら言ったので、去年の夏の花火大会を思い出してくらくらしてしまった。
「もし、そうならたくさんの命が死んだことになるね。死んだ命はどこに行くんだろう。」
 花火宇宙の住人を想像しながらつぶやくと、父は「神様が迎えに来て天国に行くだろうな。」とありきたりな事を言った。なんだか急に非科学的な気がして、天国や地獄がどこにあるのか、神様がどこにいてどんな格好をしているのか、立て続けに父を問い詰めた。
「お父さんは会ったことはないけど、神様はその人が信じる姿をしているらしい。そしてその人が望む形で迎えにくるんだ。白い髭のおじいさんが神様だと思うのなら、その人が来るし、百万人の美しい神々が迎えに来るかも知れない。そして、たくさんの死んだ命が集まるエネルギーのかたまりの宇宙に連れて行かれるんだよ。そこからもう一度人間に生まれ変わることもできる。死んだらエネルギーになるんだ。」
 父が急に真面目な顔をしたので、とりあえず「ふうん。」と返事をした。納得していないのは父にも気付かれたようで、「いつかは死ぬし、死んだらわかるさ。」と頭を撫でられた。

 自分の部屋に戻って、ラジオをつけた。ベッドの上でサイエンス誌をめくりながら、さっきの父の話を反芻してみる。死んだら神様が来たり宇宙に行くなんて、死ぬ時の夢か妄想なのではないだろうか。もしくは死が怖くないように、誰かが考えた話かも知れない。どちらにせよ誰も見ていない世界なら、やはり死んでみるしかないのか。ラジオではパーソナリティーがリスナーの投稿ハガキを楽しそうに紹介していた。

 *

 大人には普通の大人と大人を超えた大人がいる。後者はただの大人よりも世の中の事や人間の事を良く見ていて、何でも理解する柔軟性があるように感じる。子供とも対等に会話することが出来る。幸福な事に、私の周りにはそんな人がわりといる。私は勝手に彼らの事を「超大人」と名づけた。父も、緑川のお姉ちゃんも超大人だ。
 超大人を見分ける方法も考えた。相手に妖精やサンタクロースはいるか尋ねてみるのだ。大抵の人は、どうかしらねえとニヤニヤしながら答えをごまかす。いい子にしていたら来てくれるよ、とやさしく言う人もいる。お父さんに聞いてごらんと言われる事もある。だけど、超大人の答えにはもっとリアリティーがある。

 親戚に「うそつきおじさん」という人がいる。父のお兄さんだ。父が「あの人の話は本当に面白いけど、嘘ばかりついているんだ。子供の頃はいつも騙されていたよ。」と言っていた。おじさんは常に色んな国を旅して回っていて、誰も今どこにいるのか分からない。時々聞いたこともない国から、父宛にハガキが来たりする。その度に父は世界地図を広げていた。
 そんなおじさんが去年のお正月、数年ぶりに帰ってきた。親戚の集まりで彼は、南の島のリゾート地でゴルフのキャディーをしていたという話をした。そのうち話はどんどん大きくなって、その国の王族の末裔に気に入られて宮殿に住んだとか、プリンセスと恋に落ちたとか言い出したので、みんなが呆れてしまい話はそこで終わった。もっと続きを聞きたかった私は少しがっかりした。
 大人たちが他の話題に移ったので、おじさんは「環ちゃん元気か。」と真っ黒に日焼けした顔を近づけてきた。元気だよと答えて、
「おじさんはサンタクロースに会ったことある?」
 と聞いてみた。彼はうれしそうに顔を歪めて「あるぞ。」と即答した。
「サンタさんって寒い国に住んでるんでしょう。」
「いや環、それは古い説だ。実はサンタクロースは宇宙に住んでいるんだよ。NASAの友達にちゃんと記録を見せて貰った。宇宙でソリに乗って飛んでいる写真も撮られているぞ。」
 彼が真剣な顔で話を始めてしまったので、なんだか嘘と分かっていながらも本当の事のような気分になってきた。
「何万光年も離れた所にサンタクロースの住む星がある。そこから光の速さよりもっと速いソリに乗って、地球の子供たちにプレゼントを渡しに来るんだよ。だからほら、煙突なんか無くても、彼らの科学なら子供部屋に忍び込むなんて、簡単な事だ。きっと昔はフィンランドにサンタクロースの地球基地があったんだろうな。だから伝説として残っているんだよ。」
「何のために地球の子供たちにプレゼントを配るの?」
「それだよ。そこが大切なんだ。もしかしたら地球侵略を目的とした洗脳活動かも知れない。だから俺はサンタクロースに聞きに行ったんだよ。」
 ここまで話した所で祖母がおじさんを制止しに来た。また子供に嘘ばかり教えてと怒られ、話はそこで中断してしまった。


1974年生まれ。福岡県北九州市出身。『SF雑誌オルタニア』『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』などで小説を連載。代表作に『泥酔小説家』『白昼のペンタクル』など。
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