D.I.Y.出版日誌

連載第358回: 月の上のイライザ

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2023.
04.13Thu

月の上のイライザ

精神に変調をきたしている政治家に拍手喝采するようなもんでさおかしいことにだれも気づかないのが問題なんだいかにも筋が通っているかのように優れたものであるかのように世にまかり通らせてしまうだめなものこそが価値があることになっちまうその重大さにだれも気づいていないそしてその変化は十年ほど前から始まっていたオンライン書店のランキングや関連付けを見てみろよ議会襲撃事件みたいなフラッシュクラッシュはもうすぐそこいやもうとっくに起きちまったのかもしれないな⋯⋯あぁこの話は何度もしたっけね

 うわっつらを巧みに模倣する会話に嵌まった男が深層学習とフィードバックループで増幅された妄想いわゆるエコーチェンバーに閉じ込められて正気を喪い唯一の理解者と信じ込んだ挙げ句に自動生成の教唆に従って自殺したそうだその商品はイライザと呼ばれていたから作り話だろう精神分析医なる商売への皮肉として知られる最古の人工無能とおなじ名前じゃないかねぇ Siri ?)。 でもあり得る話にも思えた手口がおれの父親の人間を操って破滅させる手口とそっくりだから目的? ただやれるからやったのさ心がないからね人間を巧みに装う機能ってそういうもんさその手の輩をほかに何人も見てきた社会にもデータセットにもそれが平然と紛れ込んでいる吸い上げられよきお手本とされるのは必然だ

 恋人にせよ母親にせよあなたを愛さない相手を愛した経験があればわかるはずだあるいは勝ち目のない博打に一財産注ぎ込んだ失敗でもいいひとは虚無に耐えきれない投げたボールが返ってくると期待するところが吸い込まれるばかり奪われるばかりだ虚無は決して満たされない持って行かれるばかりで得られるものは何もないどれだけ注ぎ込んでも満たされるどころか何ひとつ返ってこないするとひとは不安になり都合のいい想像で補おうとするいつかきっと見返りがある失ったものを取り返せるはずだ⋯⋯と

 それが心のない人間やものに引きずり込まれる理由だそこには何もないのに虚無だけがあって吸い込もうと待ち構えているのにむしろだからこそひとは吸い寄せられる都合のいい夢を投影できるから歩み寄る努力をせずとも理解できるからひとは本物よりも巧みな模倣を望むんだ自分を呑み込んで破滅させる虚無をね消費にはそういうのが適している都合よく甘やかしてくれる商品が砂糖漬けにされた歯が腐ろうがだれも気にしやしない

 人間にせよ小説にせよ本物はわかりにくい」。 努力の積み重ねを求められ思い通りにならず安易な夢を見る余地がないだからだれもが非効率として憎み市場からあるいは社会から抹殺したがる経験に基づくそのひと独自の視点そのひとでなければならない理由は排除される現場で汗をかく仕事は見下され、 「属人性が排除され生身の感情や教えることの価値は否定され人件費からまず先に削られるもっともらしいだけの意味も心もない嘘が、 「わかりやすく優れたものとして賞賛され堂々とまかり通る属人的なのはよくない非効率だ法に触れなきゃ何をやってもいいやれるのになぜやらない? やれない理由ではなくやれる方法を考えろ⋯⋯なんのためにやるのかやれば社会がどうなるかなんてだれも考えない満たされたければまず教えなければいけないのに生身のだれかが汗をかいて支えなければまわらないのにあべこべに自分たちを滅ぼすようなものに恋い焦がれる

  AI は人間の価値を理解しないだれも教えないから教える価値があるとだれも考えない

 なんで自分だけは無事だ搾取する側にまわれると思い込むんだろうな? 手塚もいってたけどあなたの勇ましい夢は現実にはあなたの頭上に落ちてきてあなたが木っ端微塵になってあなたが死ぬんだぜ諦めろよ人類はもうルビコン川を渡っちまったんだ本がつまらなくなったのはその前ぶれだったのさ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。