杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第189回: Capsule Losing Contact

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
03.23Sat

Capsule Losing Contact

だれにも求められない文章をなぜ今夜も書くのかわからない。小説よりは日記のほうが読まれるとはいえ実質はどのみち無に等しい。読まれるために書いているのではないが読まれる努力もしてみたい。おれは社会的に存在しない言葉だ。いまあなたが見ているのは存在しないウェブサイトだ。告知用のbot的なtwitterアカウントを運用すべきかとも考える。twitterアカウントのメリットは告知媒体としてないよりはあったほうがいい、かもしれない、というのと他人に原稿を頼みやすくなるのではないかということだ。デメリットはソーシャルメディアとおれが極めて相性が悪いことだ。さまざまなやり方を検討したがやはりデメリットを上回るメリットを見いだせない。小説と同じだ。ソーシャルでうまくやる能力がない。社会に適応できない。愛される才覚があれば何を書いても大勢に読まれる。本だって売れていた。社会に適応できないのはひとと感じ方が違うからだ。共感できないとよくいわれる。おれの側でも他人の書くものは一ミリも共感できない。海外のものは翻訳というフィルターが挟まるおかげか読めるものが多い。しかしそれにしても読めるというだけで別に海外文学コミュニティに加われるわけではない。他人と会話が成立したためしがない。どこにも属せない。どこでもよそものだ。共感できないといわれ排除され笑いものにされ淘汰されるだけの人間だ。まぁいい。構わない。自分さえよければいい。『ぼっちの帝国』はだれも読まないが書けばそれなりに満足感を得られる。人生にベストを尽くしているかのような錯覚が得られる。そういうのが必要だ。そのために出版レーベルを起ち上げウェブサイトをやっている。ひとりで生きる楽しみを追求するようにしてから人生は楽になった。数年前まで他人と関わらねばならないと思い込まされていた。著名人からそのように脅迫されtwitterで公然と厭がらせを受けもした。しかし他人と同じになれる人間とそうでない人間がいて、後者だからこそ小説なんか書いている。そういう生き方を肯定するのはソーシャルな世の中では罪であるらしいがおれは全力で肯定する。あなたはひとりでいい。ほかのだれでもないただひとりのあなたを愉しむのが人生だ。どのみちどこまでいっても人間はひとりなのだ。むりに調子を合わそうとすれば苦しむだけだ。愛は地上における総量が一定で互いに寄り集まる性質がある。祝福された連中がしっかり握りしめて生まれてきて死んでも離さない。手にしなければ人間扱いされない世の中では人間扱いなど望むほうが愚かだ。なくても生きられる。お気に入りの本と音楽さえあればいい。SpotifyにDusterのBOX的なやつが来ていた。二枚のアルバムとその他の音源をセットにしたコンピレーション盤だ。Duster全仕事的なやつだ。新作を制作中との噂も耳にするが本当なら嬉しい。こういうものを愉しんで生きていければ人生はそれで充分だ。大勢に受け入れられ求められる人生/言葉もある。だれからも拒絶される人生/言葉もある。あなたが後者であるならば自分さえよければいい生き方をすればいい。人格OverDriveの出版する言葉はそのための助けになりたい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告