妄想中年日記

連載第190回: 孤独が稼業

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2019.
03.24Sun

孤独が稼業

単純に考えよう。何をしたいのか。どうなりたいのか。豊かな小説を書きたい。他人と較べて優れているか劣っているかは考えない。相対評価ではなく自分にとっての絶対評価でいい本を出版したい。他人には惑わされたくない。尊敬できるひととだけ関わりたい。余計な情報を視野に入れたくない。他人の評価などほしくない。有名になどなりたくない。お金も生活できるくらいあればいい。好きなように生きて書いて出版できればいい。物事はなるべく単純に収めたい。複雑な情報は処理しきれない。他人のルールは複雑すぎて従えない。いかなるゲームにも加わりたくない。好きなものだけを考えて生きていたい。そのための小説であり読書であり音楽であり出版でありウェブサイトだ。小説もウェブ制作も巧くなりたい、向上したいとは思う。読まれるのも稼ぐのも技術の指標であってそういう意味では現状が不満だ。しかしそれは手段であって目的ではない。三年前は自分が何を求めているのかわからなかった。少しずつ見えてきた気がする。人格OverDriveは非現実の王国だ。築くのに他人の目は必要としない。むしろ妨げになる。昨夜は告知用twitterアカウントを検討したがあれは社会スキルのゲームであって複雑すぎる。やるとすればフォローゼロ、完全放置のbot運用だが当然それでは不可視の存在となる。能力のなさを思い知らされるだけで何の利点もない。そんなものにかかずらう暇はない。この三ヶ月ほど何かしらほぼ毎日書いて公開した。習慣として悪くはなかった。しかしそんな暇があればむしろ本を読むべきだった。「本の網」の蓄積はそれなりに検索流入に貢献する、ような気がする。日記は石をひっくり返して虫けらを観察するのが趣味といった輩を集めるだけだ、あなたがそうだというつもりはないが。どれだけ嗤いものにされようと虫けらだとは思わないしこれまで出版してきた本が無価値だったとも思わない。アルファベット最初の文字からはじまる偉大なるストア様において場違いだったにすぎない。あるいはその他のあらゆるストアにおいて場違いだった、それだけだ。同様にウェブサイト人格OverDriveはインターネットにおいて場違いだし、おれという人間はソーシャルメディアで場違いだ。それ以前にこの世界において場違いで、だからどこでも何ひとつうまくやれない。それでもそういう人間だからこそ書けることがあるし、そうでない言葉なら別に出版されずとも幸福じゃないかと思う。あらかじめ祝福された人生ならわざわざ書かなくても満ち足りてるじゃないか。理解はできないけれどそもそも他人は理解する必要がない。あるのは自分だけだ。自分が何をしたいのか。どうなりたいのか。戸田さんの連載は当サイトでは思いきった実験で、ああした試みをつづける金はない。これ以上他人を招き入れる予定は当分ないのであしからず。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的な作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
ぼっちの帝国