D.I.Y.出版日誌

連載第366回: 小説は書くだけ無駄

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2024.
01.19Fri

小説は書くだけ無駄

権力が望むものばかり見せられるのが我慢ならないそれが若者を売春や自殺や闇バイトの棄て駒へ追いやり米国人に議会を襲撃させた共感能力を欠いた麻薬中毒の富豪が所有する出会い系サーバにかぎらずプラットフォーム企業のやることは民主主義を負け取る前の日本とおなじだだれもがあまりにも権力に操られることを望みすぎる従わない者を尻馬に乗って淘汰することばかり躍起になりそれで安心していられる連中が理解できないディスカバラビリティを口実にする向きもあるだからそのディスカバラビリティは何に対して働くのかという話だインターネットでニーズがない無価値だとされている無名人のわれわれだろうか違うよなBluesky がサーバなりウェブクライアントなりの見本だってのはわかるし分散化のお題目も知ってはいるけれどだったらだれでも各々がサーバを自由に気軽に建てられるようにならなければいけないしその方向なら人がいないとか定着とかって話になるのはおかしいなぜみんながバラバラの個人であることを畏れるのかだれかが決めた価値ある人たちを見せつけられて淘汰されるだけの自分の無価値を思い知らされるような場所はごめんだFediverse に繋がる必要はないしプロトコルに互換性はなくて構わない自分の場所を自分で確保して見たいものを自分で決めたいどこか大きなものに帰属するのが当然の前提である現状が気色悪いまずわれわれは一人ひとり別の人間でそのことが前提でなければならないのにこの国はかつてそうしたことのために失敗している全体のために個人がいるのではなく個人が寄り集まって社会をつくるのだなのにそれがけしからんという向きがある四年前に床蝨のわいた小さすぎる布マスクをありがたがって仏壇に供えたような連中だ喉元をすぎてだれもが忘れたかもしれないがあの手の連中が若者たちを万歳三唱で送り出したのだ)。 おれは技術ではなく民主主義人権自由意思といったものについて話しているソーシャルメディアは現に民主主義社会を分断し混乱させる兵器として使われているあるいは自国民の世論をコントロールする手段として⋯⋯いずれにせよ同じことだソーシャルメディアが担っていたその役割を AI はさらに効率化するひとびとから考える力を奪い争わせることがだれの利益になるかひとびとを操ることで利益を得るひとたちがいる手段がラジオや映画だった時代に経験したことをわれわれ日本人は忘れている

 前提の論点がだれとも共有できない見せられている景色はどんな連中の思惑か従わなければ笑い物にされ淘汰されるのはだれのニーズなのか共感能力がなく独自のこだわりがある種類のひとたちには他人というものが自分とは関係なくただ何かをしたり言ったりする影みたいに見えているだから喩えていうならテレビに不快なものが映ったら消したりチャンネルを変えたりするように視界に入る人間が思うがままに動かなかったら消したり変えたりしようとする父がそういう人間だった家系を辿ると明らかに遺伝性のものだったんでおれは結婚せず子どもをつくらなかったもちろん客観的にはできなかった」 「する能力がなかった」 (し別にしたくもなかっただけの話だけれどできなかった理由は父や母にあるのでおれにとってはおなじことだ家族については離れればいいだけで離れても一生つきまとう問題はさておきとりあえずは解決した問題はそのような人物は世の中に大勢いて生きていくからにはどうしてもかかわらなければならないことだ往々にしてそうした人物が世の中を動かし大衆が拍手喝采したりする⋯⋯直立不動で右手を高く差し上げたり愛嬌のある指導者であるかのようにミームの題材にして親近感を演出したりあるいは M からはじまる四文字を刺繍した赤い帽子をかぶったりなんかしたりして心を持たないそうした人物は自分を唯一にして絶対の正義とみなし他人をばかにしてただ何かをしたりいったりするだけの影だから)、 完璧に思っている自己像や筋の通らない独自のこだわりと異なることを指摘されると意のままに従わねばならない相手から攻撃されたと捉えて逆上するありのままの正しい自分に世間はひれ伏さねばならぬという強烈なこだわりがあってそれに反することが生じると攻撃とみなす快いものだけを映し出さなければいけないテレビが自分に逆らったみたいな捉え方をする怒った蜂みたいなもんだ窓に体当たりをくり返す蜂を外に逃がしてやろうとすると攻撃とみなされて刺されるでもそんな人物のほうが現代社会では生きやすいようだその証拠に世界でいちばんの富豪はまさにそのタイプだそのような人物が弱者から土地や家や生活を奪うとき世間のひとびとは尻馬に乗るおこぼれにあずかれるからだ

 フィリップ・K・ディックが作中で幾たびも書いたように人間らしさの本質は共感能力にあるそしてその能力の基礎は世界の無秩序な情報の混沌において、 (感覚器官との相互作用による経験を積み重ねることで一貫した意味を見いだす認知の枠組にある感覚器官との相互作用を持たない AI にはそれがない物事に筋の通った意味を見いだすことができない社会に生きるうえでの悦びや生きづらさの積み重ねに基づく独自の視点がないあくまで統計的な頻度でもっともらしく再現するだけだ人間とは生きるとはいかなるものかを理解していないだから指の数や瞳孔の形状がおかしい奇怪な人物画を描いたりするし心のある人間ならしないようないびつな判断をしたりするある種のひとびともそうでたとえば往来のざわめきから目の前の人物が話す言葉を聞き分けることができず騒音の洪水のように感じて恐慌状態になったり心をもつ人間なら当然のように感じ分けられる他人の心情をそこにあるはずの尊重されるべきものとして認識することができない多くのひとは言葉や表情の変化や声の調子を読み取りそこに心という筋の通った論理を見いだしあたかも自分のことであるかのように認識して互いにそれを尊重しあおうとするそれこそが人間にとって重要なことだとの視点それまでの積み重ねによって構築された一貫した論理がある生まれたばかりの赤ん坊には理解できずとも成長するにつれ通常はそうした認知の枠組が形成される一方である種のひとびとは認知の枠組において感覚器と脳との相互作用が断ち切られている経験による学習ができず自分以外も生命や感情を持つ尊重されるべき人間であるという感覚が育つことがないだから他人というものが自分とは関係なくただ何かをしたり言ったりする影みたいに見えるあたかもテレビに快いものだけを映し出しておこうとするかのように不快なものが映ったらチャンネルを変えたり消したりするように相手を意のままに操ろうとする意のままにならなければ猛烈な悪意を向けるそして現代社会で求められるのは心のある人間ではないむしろ共感能力は生産性の妨げとなるプラットフォームのアルゴリズムを通じて大衆を操りたい権力にとって大衆がそれぞれ自分で考えるようになっては都合が悪い心のない生産性= 権力にとってのニーズ」) 重視の人間こそがプラットフォームのアルゴリズムに適応している

 七年前おれに暴言を吐いた元ジャーナリストを思いだすわざわざあんな物言いをしたからには筋金入りのポピュリストだったのだろう気に食わない相手を学歴や経歴で威圧し黙らせようとするような人物だったその理屈を敷衍すれば議会襲撃事件はソーシャルメディアやロシアのニーズで民主主義を笑い物にし淘汰したにすぎない民主主義はニーズがないから淘汰されて当然とみなす価値観の信奉者だったわけだプラットフォームが読者を操作する危険についてあのときおれは話していたかれらが見せたい景色ばかりを見せられ都合のよしあしによる優先表示と表示機会の抑制)、 押させたいボタンへ誘導させられ自分の考えではなくプラットフォームの望むものをいいものであるかのように思わされること読書と出版が権力の意のままに変容する危険性それにたいして小説は自分が何をどう感じるかと向き合い他者や社会とのかかわりを見定める助けとなり得ることつまり権力が大衆を操作する手段としてのアルゴリズムいまではそこに現実的な危険性として AI が加わった抗う手段としての小説について話していたところ権力のニーズにおとなしく従わなければ大衆によって笑いものにされ淘汰される」 「抗えるものなら見せてみろと恫喝され人格否定されたわけだ障害者施設殺傷事件の犯人が被害者について語ったことによく似ているその発言において権力におもねることをよしとしたかれの主張通り抗う手段は実際に笑い物にされこの七年間で完全に淘汰されたおれが思っていたような小説の概念はこの地上から消失した当時すでにおれのいうことに賛同するものはなく孤立無援だったがもはや完全に無力だ文フリが大盛況で入場料をとらねばならなくなったとか印刷所が仕事を断るほどだとかいった話やなむさんの交流の様子からはアルゴリズムに最適化された従順さや親近感なじみ感としての素人臭さがわかりやすさとして尊ばれプロとしての技術に基づく表現が不快なものとして淘汰されたのがわかるそうなるのがわかっていたから七年前に警告し別の道を提示したのだがいま現実にそうなったようなトロール工場の思惑通りアルゴリズムで扇動されたひとびとが議会を襲撃するような社会を実現したいひとたちによって寄ってたかってひねり潰されたいいんだよ素人同士で似ているねおなじだねと笑いあう世界もその価値を否定するつもりはないでも異なる価値を笑い物にし淘汰するのはどうかと思うしおなじだねで安心したがる心理につけ込み利用する連中がいることも忘れてはいけないおれがいっているのはそういうことでそれが元ジャーナリストのような世間の連中は気に入らなかった筆名もドメインも変え新生人格 OverDrive として再出発して七年おなじことをひとつひとつもうすこしマシにやりなおしてあの頃よりはうまくやれるかと思ったけれど結局はだれにも理解されなかった崖へ突進する豚の群れさながらにポピュリズムによる破滅へなだれ込む社会の前ではおれの努力は完全に無力だった小説というものが事実上この国から喪われてしまったからには人格否定されるだけなのをわかっていながら必死こいて新しいものを書く意味はない何もかも完全に手遅れだそんなことよりこれからは自己満足に特化した楽しみを目指したい

本が手元に届いて致命的なミスに気づいた背表紙に著者名がない孫の顔写真をチョコレートの包装に印刷するようないちど手にとって眺めたきりしまいこんで忘れてしまうピタゴラ装置的な酔狂にすぎないのでどうでもいいといえばいいが

Pの刺激の続編であるガラスの泡は自分でも気色悪いと思ったので外したがもう一冊と厚みを揃えるためには収録すべきだったかもしれない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。